昼食に誰かを待つ日は

2020年03月16日(月) 女性のいる部屋

深夜。ひさしぶりに言いようのない不安に襲われて眠れず、すこし眠ったと思えば夢のなかでも恐ろしいことが起こり黒い渦の中に飲み込まれてどうすることもできなかった。部屋のなかが息苦しく感じられ、深夜窓を開く。冷たい空気が部屋のなかに入り込んできて、それですこしだけ落ち着いたが不安は消えず、耳鳴りは止まず、また恐ろしい夢を見て、私は恋人の名前を呼んでいたがもちろん隣にはいなかった。不安の渦は簡単に人を底に落とす。簡単に人を覆ってその場所に永く居座らせようとする。私はかつてその中でもがき苦しんでいたが、同時にそこは居心地が良かった。そう感じたら終わりで、そう感じたら地獄が当たり前になって、何もできなくなるし、人にも会えなくなるし、ただ1日涙を流して終わる。そういう風になるのはもう嫌で、健全に健全に健全に、負けちゃだめだ負けちゃダメだと自分に強く言い聞かせていた。闇が手招きし、ささやくのを必死で拒否していた。それは強い力を持っている。私は頭の中でひたすらに、恋人が自分をさすってくれる手や優しい眼差しや抱擁を思い出していた。闇の中から救い出してくれる優しい手や眼差しがあるということは救いでしかなく、深夜すがるものは、助けを求められる場所は、それしかなかった。前は母親がずっとそばにいてくれていたけれど、同時に私がこういう風になる姿を見て心を痛めて泣いていた。母も不安にさせていた。でもあの人は誰よりの味方だった。今は恋人が誰よりの味方であるのだ、と思える。そうして頭の中でずっと、その手を、眼差しを、温かさを思い出しながら、でも交互に不安や恐怖や底知れない何かがすぐそこにあって、引きずり込まれそうだった。この時間が、とても長く感じられる。お願いだからどうか早く朝が来ますように、光のなかで目を覚ますことができますようにと祈って涙を流しながらなんとか眠り、そうして次目覚めたときには朝だった。ちゃんと朝を迎えられた。

ぼうっとしながら午前中の会議を超えて、仕事も終えて、部屋に戻って、手を動かさないと何もかもがまた振り出しに戻りそうだったから、料理をして掃除をした。動いていないと余計なことを考えてしまいそうで、それが怖かった。久しぶりに今はレコードをかけている。ショパンとリストのピアノ。部屋のなかを改めて見回すと、女性が描かれた絵やポストカードしかないことに気がついた。私の部屋には女性がいる。暗い部屋で編み物をしている女性、白い衣服で扉の前に佇んでいる女性、テーブルの上に肘をついて、おそらく昼食の後のお茶をしている女性。それからマリア様。無意識に購入していたそれたちを眺めている。一人でもちゃんと立てるようになっていたい、そういう女性になっていたい。でも昨日は人が恋しかった。

そばにいるから大丈夫。負けちゃダメだよ。と、言ってくれた恋人は、でも今そばにいない。
それでもあの人がいることが心強い。また泣きそうだ。でもこれは淋しさのせいではない。精神的な問題だと思う。


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左岸 [MAIL]