昼食に誰かを待つ日は

2019年07月28日(日)

非常に暑い日。私は今日コンビニに行く以外部屋から出ませんでした。
昨日はうんと夜遅くまで夜更かしして1冊の本を読み終えた。そうしてまた今日新たに読み始めた本がある。

あらすじもろくに見ないでなんとなく購入した本なのに、笑ってしまうほどその2冊の本で描かれていることに共通点があって、本当に笑ってしまった。
恋愛小説であるのだろう。両方とも男が主人公で、男目線で描かれている。ここまでは何ともありがちなのだけれども、ふたつとも母親の年齢に近い女と恋愛し、激しい情欲に溺れる話なのだった。
読もう、と決心して買ったわけでもないし、他にも本を結構買ったのにもかかわらず、昨日と今日で、連続してこの種の内容を読んでいるのは何とも皮肉なことだ。男はみんな"mother"を求めているんだろう。
そんなこと不可能なのに。母親代わりになるなんて真っ平御免。私はいつまでも母親にべったりくっついているような男をすこしだけ軽蔑している。それでも思ってしまった。もっとうんと、歳をとっていたかったと。

さりとて、今読んでいる本はとてつもなく面白い!
下品で無知で貧乏で汚い40代の女と、広告会社に勤める20代の金持ち男がハンバーガーショップで知り合い(女はこの店で働いている)、互いに罵り合いながら、蔑みながら、心のどこかで終わりにしたいと願いながら、それでも結局は離れられなくなってしまうのである。

この男は妻に先立たれている。死んでしまった妻は美人で非の打ち所がないひとだった。男は妻を愛していた。でも、今目の前にしている女のことは愛していないのに、妻に抱いたことのないエネルギーでこの女を欲し、支配され、感情をかき乱されているのだった。そして他人から指摘される。
「あなたは母親を求めているのよ」と。
強く求めることと、愛していることはイコールではないのだろうか。

今読んでいる場面で、初めてこの女がとてつもなく愛おしい!
女はこれまで本など読んだことがなかったのにもかかわらず(セックスか酒を飲むことにしか興味がないのだ)、男の本棚からマーク・トウェインの『ハックル・ベリーフィンの冒険』を手に取り、ベッドの上で夢中になってそれを読んでいる。男はその姿にいたく感動し(これまでまったく本に興味を示さない無教養な女だとばかり思っていたため)、ちょっかいをかねて女を誘う。けれどもそれすら断るほどに女は読書に熱中しているのだ!これまで読むものといえばマリリン・モンローの伝記だけだったのに。しまいには、「ねえあなたもそんなとこに突っ立っていないで、なにか本を読んだら?」などという始末。奇跡のような発言!

そんなこんなで気がつけばもう夜。明日が日曜日だったらよかったのに。


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左岸 [MAIL]