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かまいたちと「生まれてこないほうが良かったのか」

2020年12月30日(水)

図書館で借りた「生まれてこないほうが良かったのか?」という本の最終章を読みながら「かまいたち」を感じていた。

ポイントカードやタイムマシンやトトロのネタが、「生まれてきた場合」と「生まれてこなかった場合」、「自分が存在しなかった場合」と「自分が存在する場合」の議論と似てるような気がしたのだ。そして読んでいくと、子供を産むことについての議論に突入する。現代のやたら自律を求める世界と子供は相性が悪い。しかも、子供というのはなんだかんだいっても基本的に物心がついて思春期ぐらいになるまで「誰が産んでくれいうてん」とか言わずに何も考えずに生きているし、親側も特に同意を得ずにいろいろやってあげたりやらせたりしている。このへんの折り合いというか、じゃあだったらどういう原理で子供を産んでいいという判断をしますか?という話になって、それを考えた人は「モチベーション制限」と「出産バランス」でやっていきましょうと言ったらしい。

モチベーション制限は子供を愛でる気概があるかどうか、出産バランスはもし産んだ子供がなんかなってたとして、そのなんかが自分自身でも許容できるかどうかみたいなことらしい。要は自分が産まれさせられて「ありえへん!」とかならない感じなら産んでよしということらしい。ここでまた「あやまってこられてきてたとしたら、ぜったいにみとめられてたとおもうか?」が頭によぎった。そして、だんだんと「かまいたちは存在と非存在の漫才、あるいは誕生と非誕生の漫才をやってるのかもしれない…」と思うようになった。

こう考えると、よくできた漫才というのはおそらくほぼすべてなんらかの哲学に当てはめれる気がする。当てはまるというか、かするというか、微妙に並走する瞬間がある。

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nemaru [MAIL]

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