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家系のことをしらない

2020年09月28日(月)

たまにインタビューとかで何代も代々どういう家で……とか言ってる人みると、いつ家族とそんな話するのかとおもう。昔からそういうことに興味がなく、祖母がよく話す○○(地名)のおっちゃん、○○(地名)のおばさん、おやえちゃん、おたみちゃんとかの急に前説もなく名前から始まる人のこととかがまったく意味がわからなかった。誰やねんとも思わず、物心ついたころからスルーしていた。たまにおやえちゃんてだれぇ?と盛山みたいに尋ねたことも、あるかもしれないが覚えてない。たぶん地名のおっちゃんもおばちゃんも、もう死んでるだろう。あのひとたちはいったい誰だったのだろう。あと祖母は今も生きてるのだろうか。もう97とかになる計算だがまったく聞かない。

そのおたみちゃんとかの系統も、サザエさんのおかるさんみたいなやつよりはもうちょっと眷属圏内のひとびとだとはおもうのだが、祖母の家には、いつも古い振り子の時計があって、振り子のある空間の内壁にクローバー状の持ち手のついた鍵が挿してあった。仏壇があった。仏壇に備える用のちっちゃいごはん盛るやつを2個いつも盛っていた。

そういうのをしながら、祖母は話してくれていた。わたしはそういうのを聞きながら電気のひもをねりちゃぎに憧れながら蹴っていてなにも聞いてなかったり、551をもらいにいくために子供アニメ大会を見に行ったりするために祖母の家に行って、アルマイトのかなだらいで551のドライアイスを水につけて煙を眺めたりとかしてまったく聞く要素がなかった。

祖母の話で覚えているのは(満洲から)引き揚げてきたこととか5代ぐらい前は福井のでぇく(大工)だったらしいことで、そこになんかすこし遊女のニュアンスを記憶しているのは、なぜだかおもいだせない。これもひきこもってたころ日記に書いているからで、祖母が話していたうちの0.0000001%ぐらいだと思う。

わたしはもともと脳のよわい人だった。ここ5年?10年からは特にそれを痛感する。脳がよわいというより相互で外部記憶することの意味とか重要性に無頓着だった。昔からそういうGPU的な、それを専用で処理する領域がなかった。だからそういうのを持ってる人をみると別腹でそういうのを処理する領域を持ってることに気づき劣等感をもった。

わたしは今、じぶんが地名のおっちゃんだとおもうのだが、たぶん周りの眷属には語られてないとおもう。もうそういう人は最初から語られない時代に突入してるとおもう。弟ももう、おれはひとりっこだと自分の子供に言い聞かせていて、妻にも兄は死んだと言ってるかまたは死んで欲しいとピロートークで言ってるとおもう。

家族とか眷属公式イベントにはもう20年近くでていない。最初はひきこもっていて祖母の怪力で引っ張られながらぶちぎれて部屋に逃げ帰っていた(親戚が来たときの祖母の引っ張り強さは異常だった)が、そのうち親戚が来るという時代がオワコン化して、なくなってきて、なんかいっぺんだけか、街中の華僑みたいな中華料理屋に一族が集合して食べたことが一度あり、そのとき親父もなんか見かけていちおう生きているということでよかったよかったと思ったが、眷属確認会食みたいなことはそれ以来、行われているのかも定かではない。

わたしはもう戦力外通告をとっくに受けたか、呼ぶとチェーンソーを持ってきてヴィーンとかしそうなので呼ばれないとか、なんかそういうのがあるような気がする。

あと眷属公式イベントでおもいだしたが、わたしは誰の結婚式にも行ったことがない。あとディズニーもUSJにも行ったことがない。やはりわたしは脳がよわかったのだとおもう。

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nemaru [MAIL]

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