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2020年09月15日(火)

http://sociology.jugem.jp/?eid=991

もともとTwitterで社会学のことを怒っていた人のブログを読んでいて、「浜ちゃんありがとう」に似ていると思った。

浜ちゃんありがとうとは、私がたまに思うことで、浜ちゃんみたいな人はお笑いに理解を示さず、アホかとか言ってふつうに世間で消費されてしまうはずだったのにお笑いの世界に足を踏み入れてくれてありがとう、の略である。

文化資本とか社会資本というと非常に悲しい話になるが、お笑いというのはけっこう特異点だと最近よく思う。ダイアンとかBUCK-TICKとかもそうだが、なんか本来なら別の職業としてそのへんでやっててもおかしくなさそうな人が、なんの因果かその世界に入り、そうなることについて。あとはそうなれない人との差について、たまに考える。北海道の人が漫画家になる(荒川弘)とか、なんかそういう。そういうのはなぜなんだろうと。

音楽(ロック)とか漫画とかお笑いとかゲームというのは世の中にばら撒かれてあれになろうやという契機になるが、それ以前にアホかっていいそうな人がそれになってるとすごい面白いなと思う。そういう人はわざわざ職として、それをやっていることになると思うからだ。それを思うと背筋がぞくぞくして泣きそうになる。漫才コンビだとどちらかが才能か憧れをもち、もうひとりはアホかと言いながらもう親を継ぐの確定だったのにお笑いに足を踏み入れて職業としてお笑いをやっている。この人の心の闇(仕事観)って、いったいどんな感じなのだろう。

美術、音楽(クラシック)、スポーツとかの素養とかしょっぱなの置いてあるものとか位置関係とかがけっこう起因するような、入り口のよくわからない微妙なやつはいかにもそれっていう入り口があるからもうそういうのが積むように土台ができていてそれはそれでいい。

自己規定のうだつというか、そういうのが上がる人と上がらない人がいて、お笑いは自己規定のうだつを文化的には上げずに職業として上げていく感じなのがすごい微妙で不思議だなと思う。そこに浜ちゃんが奇跡的にすべりこんでいるように思えてときどきなんともいえず感動してしまう。

そんなことを思った。



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nemaru [MAIL]

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