ささやかな日々 / 浅岡忍

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2020年10月22日(木) 
アメリカンブルーのプランターをひっくり返した朝。仰天する。二十匹以上のコガネムシの幼虫がぞろぞろと。私は仰天すると同時に息子を呼びつける。これ全部潰しちゃって!息子はよーし!と言って次々潰す。
昔は私が自分で潰していた。娘に頼んだりはせず絶対に自分で潰した。何故なら虫だろうと何だろうと命を奪うことに代わりはない行為。だから全部自分でやった。
じゃあ何故息子を今呼びつけたのだろう、私は。きっと私がひとりでやっていたら、後で文句言われると思えたからだ。息子は何でもやりたがる。だから呼んだ。
でも。やっぱりいたたまれなくて、私は息子が喋るの先で潰した虫の残骸を、自分でも潰す。いまさらかもしれないけれど。
アメリカンブルーの根はすっかりぼろぼろになっており。これじゃあ再生は不可能かもしれない。そう思うのだけれど、このまま捨ててしまうなんてとてもじゃないができなくて。だって長年育ててきたのだもの。だからそっと、そっと、プランターに戻す。どうか少しでも長く生きてくれますよう、祈りながら。その足元に散らばった虫の残骸たちの分も、どうか。
近々、全部のプランターをひっくり返そう。そうしてひとつずつチェックしていこう。コガネムシの幼虫は絶対他のプランターにも居るに違いないから。今頃嬉々として私の植物たちの根を喰らってのうのうとしているに違いないから。

舞踏家Sさんと久しぶりに横浜で会う。彼はこの後小田香監督「セノーテ」を観に行く予定で、その前にせっかくだからと会うことになった。会うということはたとえ1時間でも2時間でもコラボするということでもあり。私達は早速場所を選んでそれぞれに立つ。
シャッターを切り始める直前、彼が着替えている隙間を縫って、私は空をぱっと見上げる。いい空だ。雲がいい具合に散っている。
彼が踊り始める。すぐに、今日の彼の調子がいいことに私は気づく。海を背中に空を背中に、彼が手を足を撓らせる。私はひたすらにシャッターを切り続ける。ここで彼が踊った、私がここに居た、その証として。
微風が時折私のうなじを滑ってゆく。その風がそのまま目の前の彼の指先に絡んだり、足先に戯れたりしているのが見えるかのような錯覚を覚える。風の匂いがする。いや、風の色が見える。もちろんそんなもの、写真には写らないのだけれども。

明日は通院日だ。正直ほっとする。明日が病院なのだから、今夜はどれだけ解離しても大丈夫、と安心できる。おかしな言い方だけれど、解離してしまうことに対して私には常に罪悪感がつきまとっている。私の解離によって私の身近なひとたちがどれだけ迷惑を被っているかを思うと、どうしても罪悪感が拭えない。申し訳なさが拭えない。でも、明日病院なら、今夜くらいは。そう、思うのだ。
そんな夜はだから、なかなか眠る気になれない。自分と世界との境界がとても薄くなる。曖昧になる。何処までも世界に溶け出していけそうな気さえする。それが許されるような、気持ちに、なる。


浅岡忍 HOMEMAIL

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