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2019年03月28日(木) 好きなものを最初に食べるか、最後に食べるか

( 前回の日記は 2019年3月21日付 「『自分』をかたち作るもの」 です )

六年ぶりに会った友人と、寿司屋でランチをしていたときのこと。食事の終盤、互いに相手の皿に残る一貫に目をやり、どちらからともなく笑いだした。
「人間、変わらんもんやねー」
昔からそうだった。彼女は好きなものを真っ先に食べ、私は好物は最後まで取っておく人。だから、今日も彼女の皿にはかっぱ巻きが、私の皿にはイクラの軍艦巻きが残っていた。
彼女は言う。
「男きょうだいが三人もおったら、ごはんどきはほとんど戦場。ちょっとテレビに気を取られてたら、お皿の唐揚げが一個になってたとか当たり前やってん。母親に泣きついても、『さっさと食べんからや』って言われて。そんな食うか食われるかの家に育ったら、大事なもの順に食べていくことを覚えるよ」
だけど、いまはもう、あわてて食べなくても誰もあなたの唐揚げを取ったりしないじゃない?
が、友人は首を振る。旅行先で、彼女の大好物のカニが出た。もったいなくてなかなか箸をつけられずにいたところ、ぐずった子どもが彼女のお膳をひっくり返してしまった。そのとき、「好きなものは一番に食べる」と固く心に誓ったという。
なるほどねえ。以前、やはり好物は先に食べるという人から、「もし突然地震が来て食べ損なったら、後悔するもん」と言われたことがあるが、それよりよほど説得力がある。
そうは言っても、やはり主役は大事に取っておきたい私。「おなかがいっぱいになって、おいしさが半減したらもったいない」という声もよく聞くけれど、私の胃袋はそんなに小さくないから大丈夫。
ちょっと張り込んだ寿司屋のランチで、私の最大の楽しみはイクラ。その“ピーク”を先延ばしすると、期待感が長持ちする気がするの。たとえば、先生に「さあ、今から遠足に行きますよ」と突然言われるのと、何週間も前から指折り数えて当日を迎えるのとでは、ドキドキワクワクの総量が違うと思う。弁当のおかずを考えたり、服を選んだり、てるてる坊主を作ったりといった準備の間も、私はウキウキしている。いきなり遠足スタートじゃあ、そのプロセスがなくてもったいない。
という話をしたところ、友人は可笑しそうに言った。
「ほんま、私らは食べ方が正反対やもんね。ほら、前に回転寿司に行ったときもさ」
私も思い出した。彼女が全種類制覇しようとしているかのように毎回違うものを注文する隣で、私は数種類のタネをリピートしていることに気づき、その違いに愕然としたことがあった。
一皿百円なのだ。珍しいものに挑戦して、たとえ口に合わなくてもどうということはないのに、つい間違いがないとわかっているものに手を伸ばしてしまう。かたや、得体の知れないタネが回ってきたら、試さずにいられない彼女。
そういえば独身の頃、好きな人ができると枕を抱えて押しかけるくらいの勢いで猛アタックした彼女に対し、私は感情よりもタイミングを優先、いろいろ計算し、機が熟すのを待った。周囲は私たちを瞬間湯沸かし器と電磁調理器に例えた。
ものを食べたり人を好きになったりといった場面にその人の性格や考え方の癖がよく表れるのは、それらが本能的なものだからだろうか。

ところで、この「好物をいつ食べるか」に関して、友人は結婚以来、夫に思うところがあるらしい。
「まず漬け物で白ごはんを半分くらい食べるのね。単純な人やから、『一番食べたいもの』につい手が伸びるんやろうね。悪気がないのはわかってるけど、どれだけ手の込んだ料理を作ってもそうやから、腹立つで」
うちは漬け物や梅干しはおかずが少ない日にしか食卓に並べないので、こういうことは起きない。でも、仕事帰りに大急ぎでスーパーに寄り、ひと息つく間も惜しんで作った夕食で、家族が料理に目もくれず、漬け物で白ごはんをモリモリ食べたら、やっぱりがっかりするだろう。虫の居所が悪かったら、「明日から晩ごはんはお茶漬けでよさそうね」くらい言うかも。
なにから食べようが、個人の自由。だけど、夫婦円満には「想像力」も必要よね。


蓮見 |MAIL
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