まりんと私のシニア倶楽部
DiaryINDEXpasthomepage


2019年08月21日(水) 後悔の底なし沼

秋の虫が庭でしきりに鳴いている。
夏の終わりを告げにまた軒先にやって来た。幾年月、季節の移り変わりのセレモニーを迎えた事だろう。冬に向かうメランコリーに浸りながら、わびさびも抱きしめる晩夏。

今宵は耳鳴りのように聞こえる虫の声。嗚呼、レクイエムなら鳴かないで。

まりんのあごに棲みついた新生物が、醜怪な顔で私に話しかけるのだ。
不用意に人格を与えてしまったばかりに、私のポンコツ前頭葉に長期記憶として保存されたのは間違いない。

「連れて行くと何度も言った」
「まだ水が飲める、流動食も摂れる」
「与えれば与えるほど、己れは肥るしかないのだ」
「舌の動きを封殺したな」
「限界なんだよ」
「医者に薬で眠らせたいと言ったら、きっと後悔すると断られた」
「どっちを選択しても、ヒトは後悔する生き物だ」

エンマコオロギの鎮魂歌に導かれ、「後悔の底なし沼」に引きずり込まれそうになった。


2019年08月20日(火) ヒトは後悔するもの

12日の朝、私が迂闊にも寝込んだスキにまりんは逝ってしまった。

4時半頃まで起きていたのに、7時に目が覚めた時はもう硬直が始まっていた。まだ温もりが残っていたので、前足を整え、瞳を少し閉じた。

寝床から出たところにおしっこの跡があった。その先は水皿だ。

まだ、動けたんだ!

なんで眠ってしまったのだ!

最後の水を飲ませてやりたかった!

ちゃんと寝床に戻って、私の方に寄って息を引き取っていた。

昨夜、脱糞と水分を吐いた。最期の印しだと分かっていたのに、だから畳の上で床を並べたのに・・・

「なんちゃって」
「なんでやねん!」

また母娘漫才できると、微かな希望を抱いて寝込んでしまったのが、大失態だ。ドジ踏んだ!

「どうせ、あの瞬間、見るのが怖くて怖くて仕方なかったくせに」
「どうして分かった?」
「動物の本能でしょ」
「何で教えてくれなかった」
「愛でしょ、愛」
「じゃあ、お礼言わないと。ありがとう」
「なんちゃって!バイバイ(^^)/~~~」
「.............( ; ; )」



2019年08月18日(日) おかえり、まりん

まりんが白い骨になって帰ってきた。

小さい骨壷に、触ると砕け散るような蝶の羽根くらい薄い骨片。それと大腿骨、骨盤、上腕骨かな。

封書が届いたので、まりんを貰い受けに供養寺へ行った。供養棚にはそれぞれ工夫を凝らして亡くなったペットへの思いが込められていた。

小さい写真立て、小さいお皿、ありがとうの言葉。

皆、ペットの死を乗り越えてゆくんだね。

まりんにやってあげることが突然ひとつもなくなった。

まりんが帰ってきたので、俄作りの祭壇に、毎日水とペットフードを上げている。まりんのためにできる事がまだあることが嬉しい。

お寺のまりんの供養台をどうやって設えるか、ワクワクしているよ。


2019年08月09日(金) まだ頑張っていい?

まりんは16歳2か月になりました。

下の歯肉の腫れに気づいて4カ月、緩やかな下降線の上に、低調期と高調期の波形を描きながら、まりんは生きてます。

腫瘍は私が与えたエサを栄養に、ますます肥え太り、巨大化が止まりません。

とうとう、まりんの舌の動きを阻み水を飲み込むことが困難になりました。

まりんはそれを悟り、水皿を前に佇むばかりです。

注射器による水と液体栄養食の補給を始めました。

注射器を見せると、まりんは受け入れ態勢に入るので、もう少し頑張ってみようと思います。


2019年08月02日(金) まりんの最後のプレゼント

きのう、電話でチラシを半分残したことを詫びた。

昨夜は一睡もできず頭が朦朧として気分が悪いので、猛暑にバイクでポスティングは流石に無理である旨を伝えた。

一度引き受けたものを途中でやめることは、300枚ものチラシを廃棄することになる。私のモラルが許さなかった。

もう一日早くチラシが届いていたら・・・と、自己正当化に埋没する。展示会はあさってだ。

まりんの容態はきのうに続き、今までのうちで最悪である。未だ水は一滴も飲めず、寝たきりで、呼びかけに反応しない。息だけしている。

私のメンタリティもどん底だ。

今夜が山だ。二日続けて寝ずの看病ができるのか不安で一杯である。

畳の上で添い寝をしようと準備をしていると、まりんが水を飲んでいる、四肢をぶるぶる震わせて。大急ぎでスイカを搾って出したら、飲んでくれた。

「なんでやねん!」

突っ込みも忘れて、万歳三唱して喜んだ。そしてへなへなと力が抜けてしまった。

お陰でぐっすり眠ることができ、まりんも嘘のように元気になってくれたので、ポスティングを完了することができた。

「大丈夫だから、行っておいでよ」

まりんの最後のプレゼント。そう思わずにはいられないほど、出来過ぎな幕間劇だった。


2019年08月01日(木) 緩やかな下降線

スーパーのスイカが安かったので
「あ、まりんに買ってゆこ」
と思うや否や
「まりんのはもう買わなくていい」
と思ったとたん、
悲しい、寂しい、辛い、虚しい、不安、恐れが全部襲いかかってくる。

心臓がキュッと縮んで全身の血の気が引く感覚が「まりん」が意識に上る度、襲ってくる。

汚れたタオルやマットを洗わなくていい、と思った瞬間。流動食や介護食を買いに、安い店までクルマを走らせなくていい、と思った一指弾、それは襲ってくる。

低血圧症のこの身には不安や恐怖は更に血圧を下げ、手足から体温を奪う。医学的にはどうなのか知らない。私のマインドが弱いのは、身体的事情が起因しているのではと思ったりするのだ。

一日半、まりんは水もスイカのジュースも飲めなかった。ペタンとへちゃいだまま、殆ど動かない。大きな目を見開いたまま、浅い息をしている。

何度も体を撫でて、体温と呼吸を診る。気がついたら…はどうしても嫌なので、出来るだけそばを離れない。

一睡もせず夜を明かした。昼間、夫にまりんを託して仮眠を試みるが、朦朧としているのに眠れない。

今までまりんは、24時間以内には回復していたのに…

緩やかな下降線はどこまで続く…


2019年07月31日(水) また律儀に来やがった!

名古屋で夏恒例の「もうひとつの戦争展」がある。

「もうひとつ」とは、既存の戦争展に対しての「もうひとつ」だと思うが、実行委員会のホームページで確かめてみた。

一部抜粋

【自虐史観に染まった左翼・反日団体の「平和のための戦争展」のカウンターとして愛知県の保守団体が立ち上がり、結集して平成14年から名古屋市で行われています。当初は、左翼の戦争展と同一会場、同一日時で開催していましたが、左翼側から同日開催を断られ平成18年からは別会場で開催しています。】

ということで、「もうひとつの戦争展」のチラシのポスティングを頼まれたので喜んで引き受けた。

長い梅雨が明け、やっと夏が到来したころチラシが660部届いた。開催日が間近に迫り、のんびりしていられない。

今朝はまりんが水、スイカのジュース、流動食を摂ってくれたので安心して準備をした。

午前に出て、昼食を取りに一度帰宅する。まりんの様子はいたって良好で、家人が帰宅と同時に午後も元気に飛び出した。

猛暑の中、全身お湯を被った有様で、シャワーを浴びた時の心地よさはなかった。この調子だとポスティングは明日で完了である。

夜、まりんの様子が一変した。

正に、一週間目の低調期の日だ。こうも正確性を持って訪れるとは、全くもって驚いた。

今夜も寝ずの看病だ!おっかさん頑張るよ!


2019年07月27日(土) むき出しの癌、ありのまま

まりんはいつも、あごを下にして横たわっている。あごの下の癌は全く見えない。

まりんが起きている時も、常に見降ろす形なので癌はすっぽり隠れている。抱き上げて下から見上げない限り、癌はその姿を現さない。

珍しくまりんが真横になって寝ていた、癌の全容を見せて。

私はそれを凝視した。

「あーーーーなんてことだ!」

苦心して懸命に与えたエサの養分を吸い取りながら、想像以上に肥大していた寄生生物よ!

「神よ!」

存在としての神なんぞ、私の中ではありえない。家に神棚があるが、「困ったときの神頼み用に置いてある」と周りに吹聴している。

図らずも口にしてしまった神は何処に在らせられるか。

己の躰の中の魂のことではないか、と考えた。

武田邦彦氏は「魂の存在は化学で証明される日が来る、かもしれない」という意味合いの事をネットで言っていた。肉体が滅びても魂は残るというオカルトが常識になる時代が来るというのか。化学は妄想から始まるとも言っているが・・・。

魂の正体はいざ知らず、神棚や神社は不完全な人間の魂の具象ではないだろうか。

家におはします神棚よ!私の魂よ!まりんのあごの下の癌が余りにも醜くて恐ろしいので、打ちひしがれてしまいました。

以下、魂の声もしくは記憶の受け売り

どの口が言う。人間は動物の臓物や肉を喰らうではないか。醜いと思うのが煩悩なら、美しいと思うのも煩悩である。

煩悩のまま「ありのまま」を静観せよ。

※禅仏教が好き


2019年07月25日(木) あいつは突然やって来る

あれから一週間、まりんはとても元気だった。

私のあとを追ったり、隠れてアイスクリームを食べてもすぐ見つけてしまう。足元で、もの欲しそうにジーッと見上げる姿が切なくて、最後のひと舐めだけ、つい許してしまう。

そんなまりんと私の儚くも幸せな光景を、打ち壊しにあいつはやって来る。不意を突いてやって来る。

一週間前と同じ状況が訪れた。同じではない。容態は悪化している。水もスイカのジュースも飲もうとさえしない。

舌をだらりと下げたままピクリとも動かない。

午前2時、ものは試し。また階下の水飲み場へ連れて行った。弱弱しく少し飲んだ。スイカのジュースを与えたら、今度はしっかり飲みだした。

ただ飲む力が弱ってしまったのか、なかなか減らない。半分残して力尽きたようだ。

まりんを抱えて階段を下りると、まりんの正気が戻るのか、あいつが、びっくりして退散するのか、それは分からない。

やっと寝息を立てて眠ってくれたので、気持ちがフッと軽くなった。

まりんよ、あしたも母娘漫才やろうぜ。


2019年07月17日(水) 寝息と雨垂れと遠雷と

午前1時。ベッドに横たわり、アームスタンドで固定したタブレットで日記を付けている。

さっきはまりんの寝息に安堵して私もウツラウツラしかけたが、急に起きて水を飲もうとするので、介助しようと私も起きた。でも飲めない。

今日(昨日)はまりんを軽く洗って病院へ連れて行った。体重、心臓、異常なし。

受付でクスリと缶詰をもらいながら「何が起きてもオタオタしなくなった」とドヤ顔で口走った。また余計なことをと思いながら帰宅した。

まりんはまだ水を飲んでないが、夜になれば元に戻り、もっとクレクレビーム光線で私を悩ますことになるだろう。

裏をかかれた。

のどの渇きに耐えられないのか。水を飲みに行くが、飲めない。これを何度も繰り返す。夜中になってもそれは続く。

雨が止んだら、雨だれが何かを打ち付ける。ポタポタと時を刻む単調な音が耳を突いて離れない。

諸行無常の音がする

まりんの寝息も聞こえてる。

と、そのとき

またもや、まりんは起き上がり、水を飲もうとするので、咄嗟の思いつきで階下のいつもの水飲み場へ連れて行った。

飲んでる、飲んでる。1日分をガブガブ、ガブガブ、鼻が浸かって溺れそうになりながら、飲んでるじゃないか。顎の腫瘍も浸かって濁るので、何度も水を替えた。

急に体温が下がり震えがが来たので、アンカを添わせた。

震えも止まり、満足そうにフニャフニャ言い出したので、これで私もやっと眠れそうだ。

なんで水が飲めなくなるのか、なんで突然飲めるようになるのか、分からない。

雨だれは何時しか不調和に変わり、 遠雷も聞こえてきた。


ハムのいる家+わん

My追加