まりんと私のシニア倶楽部
もくじ過去homepage


2020年10月12日(月) 彌助という名のハムスター

ブルーサファイアのジャンガリアン、オス。

名前はヤスケ、でもなく弥助、でもなく彌助。

名付けてはみたものの、呼ぶのにいささかおもはゆい。他の名前も考えていた。

まりんを育児放棄した引きこもりの娘が「彌助!」と話しかけるのを聞いて、あっさり認知されたことを知る。

以来、彌助は日に日に彌助になっていった。


2020年09月23日(水) 敬老の日にハムスター🐭?

隣に住む娘がハムスターを持ってきた。

ケージ、エサ、巣材一式、いきなりドン!と持ってきた。

生き物はもう、こりごりだからとお引き取りを願ったが、親に似ず鈍感で無神経なこの四十女は、
「ハム好きでしょ。敬老の日だから」と訳わからんことを言う。
母の日ならまだしも、、、

「この家まりんが居なくなって、つまらんし」
「だめ」
「いいじゃん」
「だめ」
「いいじゃん」

17、8年前の三匹ハムとのつらい死別、1年前のまりんとの慟哭の別れは今なお深い傷として消えることはない。

二度と再び金魚一匹飼うまいと決意し、周囲にそう公言していた。

私の気持ちを逆撫でするように、あやつはうちには大き過ぎるケージを置いて帰ってしまった。

ガラスの繊細なハートを隠しつつ鬼親を演じて四十年。
育て方を間違えた報いがこれか。  



2020年08月31日(月) お茶を飲む時はお茶を飲む

ご多分に漏れずコロナ禍で公共施設は閉鎖して5ヶ月。

ほとんど使われないトイレなどを何度も磨き上げ、これ以上することはない。ないことはないが、適当にやっていても大丈夫。

でも、私は辺りを見回し他の人が気づかない場所を見つけては掃除に励む。

滴り落ちる汗をふきふき、ピカピカになった個所を少し離れて眺めては悦に入る。なんて素敵なワ、タ、シ。

そんな自分を見ている自分がいる。
「誰も見てないよ。誰にも褒められないよ。適当にやればいいのに」

また、もう一人の自分がつぶやく。
「誰か見てみて、私一所懸命仕事をしているよ。私を評価して。評価されてなんぼでしょ」

トイレの隅の誰も目につかない場所。ピッカピカにしたって申告しない限り迷宮入り。

「逢茶喫茶 逢飯喫飯」(ほうさきっさほうはんきっぱん)
禅語でお茶のときはお茶を飲む、食事の時は食事する。

過去未来ではなく「今」を生きる道。

もう一人の自分の声がしたら、それは過去未来を彷徨っている。

一挙手一投足は只管打坐に同じ。座禅を組む禅僧と一ミリも違わず。

「逢茶喫茶 逢飯逢飯」

便器を磨くときは、便器を磨く。ただそれだけ。


2020年08月27日(木) まりんの骨疑惑

老犬のいる知人と話をしていた。

ペットは個人で火葬場に持っていっても、一度に数体まとめての火葬だから骨はもらえないらしい。

業者に頼んだ時、
「○○の火葬場ですよね」と訊ねたら、
「いいえ△△で火葬します」

確か○○は動物はできないので、動物専用の火葬場なのだと言ったと思う。

遠い動物の火葬場まで行って、一体、一体、別々に焼く手間をかけるだろうか。

まりんの骨は本当にまりんの骨なのか。手羽先の骨より小さい。小さい骨壺に入るように骨を選んだともいえる。

電話で問い詰めようか。。。

いやいや、大の男が神妙な顔して、小さな祭壇を整えてお葬式してくれた。たとえビジネスといえども、これで別れの踏ん切りをつけることができた。

いいじゃない。

誰の骨でも。

最後は土に返る。

自も他もない存在を超越した宇宙(理屈では分かっているつもり)

盆をすぎてから納骨堂へ行った。

骨壺の蓋を開けて、カビが付いてないのを確かめながら
「まりん、会いに来たよ、水をあげようね」と話しかけた。

ヒトという俗物は、何がなんでも「存在」から離れることができないでいる。

骨に話しかけ、まりんに伝わった気になり「ね、忘れてないでしょ」と満足顔で納骨堂を後にした。


2020年08月12日(水) 就業シフト表

シフト表を作る人がいる。

以前は人材センターで作っていたが、組み方に苦言を呈した人がいた。Aさんだ。「現場でやる方がいい」と言って自ら引き受けてしまった。

そもそも分刻みの過酷な仕事中にシフト表を作るのは土台無理。
家に持ち帰ることになる。

やってみたら意外と大変で、現場だからこそ私情が入りすんなりと出来ない。

「やっぱりできません」と事務所に返したが、やっかいな仕事が減り、これ幸いと喜んでいた事務所が元に戻すはずがない。これが公益社団法人(天下り)シルバー人材センター事業協会のほんの一例。こんどはBさんに押し付けた。

なぜBさんだったのかよく分かっていない。勤務歴10ヵ月の私が皆から聞いた話を妄想も入れてまとめてみた。

Bさんの心労は自他ともに認め、同情とともに尊敬に値する先輩、と思いきや、シフト表から見えるBさんの「人となり」に、悶々としている今日この頃である。


2020年07月08日(水) どうせ死ぬなら癌がいい?

ダンナの手術は一応成功したようだ。

手術は15時間かかったが、経過が良いので予定の3週間を2週間で退院することができた。

取り出した拳ほどの腫瘍を見せられた時は、まりんの腫瘍と同じ色だと思った。黒と赤と青をぐちゃぐちゃに混ぜた色。マスクをしていたためか、臭いはしなかった。

手術から一カ月経過したが、これから30回の放射線治療が始まる。

目視や検査では見えない細胞レベルの癌でも、摘出した腫瘍の表面に癌が付着しているので、残っている可能性は非常に高いという話をされた。

顔が半分歪んで痛々しいが、食欲旺盛なのであまり心配はしていない。

まりんの一周忌が近づいてきた。スイカはまだ買う気がしない。

近藤誠氏の言葉を借りると、まりんの癌は長寿癌と言ってむしろ喜ばしいと思ってよいのだろうか。

氏は「喜ばしい」とは言っていないと思うが、

「どうせ死ぬなら癌がいい」と言っていたくらいだから、、、。


2020年05月27日(水) 術前検査が多すぎる

6月3日、ダンナの手術の日がやっと決まった。

耳下のしこりに気が付いて、2か月になる。

検査の結果が分かるまで1週間、大学病院の予約が取れたのが、2週間先、コロナの感染者が出たため、さらに2週間伸びた。

その間、痛みが日に日に増してくるので、予約なしで1週間早めに紹介状を持って病院へ行った。

覚悟はしていたが、9時前に入っても終わったのが昼をとっぷり過ぎていた。診察ではなく、MRI3日後、そのまた3日後のPETの予約を取っただけ。

そしてようやく1週間後に結果が出て、12日後に手術が決まった。

手術日前日の入院日に、さらにCT撮影があるという。

かかりつけの病院では「進行が遅い癌だから、そんなに心配しなくていい」と言ったし、紹介状のMRIの画像ではよく分からないので、改めて撮るというし、なんだかなぁ。二重の検査を防ぐための紹介状だと思っていた。

まりんのように剥き出しではないが、腫れは大きくなって痛みが酷くなり、ついに、麻薬を処方されるも効き目は今一のようだ。

「腫瘍の場所が悪すぎて、かなり難しい手術になる」
「もっと早く手術かできたら、難易度は下がるのではないか」の問いには、
「変わらない」


2020年05月14日(木) まりんと西瓜とコロナと癌

カット西瓜がスーパーに出回りだした。

まりんを思い出さずにいられない。

西瓜を搾って搾って搾りまくってまりんに飲ませた去年の今頃。

何の因果か、まりんと同じ四月の上旬、今度はじいじが癌だって。

耳の下にしこりできて癌と診断された。大学病院に予約を入れてもらったが、1人の看護師さんがコロナに感染して2週間閉鎖された。

そのため予約が2週間後ろにずれたのね、癌だっていうのにさ。

しこりが出来てひと月、そんな悠長に待っていて良いものかと主治医に訊ねた。
「進行が遅い癌だから、あまり心配しないで」と仰るものだから、ズコッと気が抜けた。気が抜けたら、文句の一つも言いたくなって
「このコロナ騒動の最中にガンなんかになるなんて」と言ってしまった。

まりんはじいじの膝の上が好きだったね。私の膝の上は嫌がってすぐ下りてしまうくせに。

分かってるって、私にこねくり回されるのが嫌だってこと。

今日、病院でじいじがPET検査してきたよ。一週間後に結果が分かるけど、近藤誠vs勝俣範之で揺れてるこの頃ですよ。


2020年04月22日(水) トイレと一体化してしまった私

シルバー人材センターから派遣された職場、公共施設。ここも新型コロナの影響で、3月から閉館している。

さあれども、我ら清掃員3人体制と勤務日数と時間は変わらない。

手順は変更を余儀なくされ、今まで手付かずだった場所を、時間に翻弄されることなく丁寧にできるようになった。

和便、洋便、立ち便。トイレの話である。

トイレの水道管が銅製らしい。

その緑青が白い便器を画布にして、それはそれは美しいヒスイ色の水流を描いている。

それを「サンドペーパーで消去せよ」と業務命令が出た。

長い歳月をかけて築いた幾多の線は盛り上がり、すでに陶器と一体化している。満身の力を込めて百回こすってもびくともしない。(数えた)

このままだとトイレに殺される。

そこで取り出したるはマイナスドライバー。

他の者は陶器に傷をつけるからと尻込むが、私は果敢に挑んだ。

ある時は便器を抱え、またある時は便器に頭を突っ込み、テコになる場所を探し、ドライバーの刃先を当ててこする。

カリッ!シャリッ!「しめた!いける!」

アリの一穴、雪崩のごとく崩れ始めた。

子供用の立ち便と一体化している我が奇態に驚愕している人がいた。たまたま入ってきた若い女の職員だった。

「だいじょうぶですかーーーー!!!」

掃除のおばさんが具合が悪くて立ち便に寄りかかっていると思ったらしい。

それはさておき、センターの事務所から直々のお出ましがあり、明後日から2人体制を仰せつかった。


2020年03月28日(土) 口は災いの元

シルバーの職場に手本となる人がいる。8歳年上で勤続10年。人生、仕事の大先輩である。

物静かで仕事ぶりはよく、会話はいつも聞き手にまわる。それでいて温かみのある、一緒にいるとほっこり気の休まる人である。

「口は災いの元」

古今より伝わる先人の智恵が、この年になってずっしり重くのしかかるとは思ってもみなかった。

今日から心を入れ替える、というと冗談に聞こえるが真顔で言っている。あの人を手本にして口数少なく心穏やかに、仕事は一所懸命やるのみ。

人の陰口はもちろんのこと、称賛も法度である。なぜなら、それが「そしり」となって我が身に帰ってくるのだ。

例えば、おっとりとした話し方をする人がいる。

「あの人はおっとりして、いいね」がいつの間にか「あの人はおっとりとした仕事ぶりだ」と私が言ったことになってしまった。

幸いなことに、この恐ろしき職場に手本となる人がいる。その人と組んで仕事をしていた時、そっと私に囁いた。

「ここでは決して余計なことを言ってはなりません」

ここで修羅場を見てきた人なのだ。


ハムのいる家+わん

My追加