内村航の日記

内村航

My追加

行動
2017年01月09日(月)

白楽に行ってから、鶯谷に行き、生田に帰り、寝て、起きて根津に行ってから、武蔵五日市に行き、また生田に帰って寝る。


今年の抱負
2017年01月03日(火)

皆が抱負といって様々なことを言っている。私もその流れに乗ってひとつ。

去年は年明けすぐに転職、教育実習、個展、祖母が亡くなる、旅行もわりと行く、と実にいろいろなことがあった。たくさんの出会いがあり、別れがあった。たくさんの場所に行った。楽しいこともあったし、悲しいこともあった。実はまだ整理しきれていないくらいだ。

そこで、今年はゆっくりじっくり過ごすように心がけたい。そんなことを思っていたって、実際たぶん忙しく過ごすのだと思う。だけど、去年のたくさんの出会いをきっかけに、今年はそれを深めていく、というとなんだか辛気臭い。けれど初めて会った人と次会う時は、もっとゆっくりじっくり、たくさん話したいと思う。「出会い」というのは、たんに人と人が「こんにちは、はじめまして」ということだけではなくて、相手をよく知る、知ろうとすることだということを最近思っている。だから旧友と話すことだってそれは新たな出会いだ。新たな出会いを重ねること、そんな一年にしたい。


正月
2017年01月02日(月)

2017年がはじまった。
年末から始まった整理整頓の願望が年を越しても続き、しかもその願望が親にも感染してしまったようで、連日ネットでポリプロピレンのケースを発注し、箪笥の中で今まで大小の段ボールで仕分けされていた荷物の整理や、玄関の戸棚に溜まった履かない靴、汚れた布、園芸用品、スポーツ用品、捨て忘れ続けた小物金属、電池、インクカートリッジなどの廃棄、工具箱の中のネジやビスなどの仕分け、など、家族皆で狂ったように掃除している。
楽しい。


祖母のこと
2016年12月29日(木)

今年は節目となる展示を終えて、新しい仕事がはじまり、未来にむけての希望が生まれた。しかし、秋に祖母が急逝し、残された者としての深い思いも味わった。

小さい頃から大好きだった祖母。

保育園によく迎えにきてくれた祖母。
初めて僕にCDを買ってくれたのも祖母。
サーターアンダギーを揚げてくれた祖母。
真面目で、決して派手ではなかったけど、フォークダンスが好きで、
部屋の奥にキラキラしたドレスや靴をしまっていた祖母。

幼少期からの様々な思い出がよみがえり、その愛情を改めて感じた。

さらに、四九日を過ぎ落ち着いてからは、祖母の生まれ故郷である熊本を訪れた。祖母の姉妹たちと会い、故人の思い出や生い立ち、育った家庭環境についてかなり細かく聞き訪ねた。その中で、家庭がその人に与える影響の大きさや、戦争が落とした暗い影、決死の思いで上京してきたこと、などを驚きを持って知った。

年齢としては、当然、上の人間だけれど、自分と同じように幼少期があり、青春があった。その時の思いを追体験するようで、時代を超えて祖母のことを知れたような気もした。もういなくなってしまったけど、これからも、いろいろ知りたい。ひとまず、今までありがとう。80年の人生とてもがんばったね。

生きることは大変で、時にはくじけそうになることもある。だけど、自分なりの尊厳をもって、信念をもって生きること人は、とても美しく感じる。自分もそうなれるように、ちゃんと生きようと思う。


己の道を行く
2016年12月27日(火)

生産性のあることしか考えられないような精神状態でここ3日間くらい過ごしている。そして人の意見を聞くことよりも自分の思考を整理することに手一杯である。そう、年末の大掃除が仕事場と実家とほぼ同時に始まったのであった。どうしたら最小のスペースで最大の物質を配置できるのか。しかも美しい分類、美しい配置によって。既に決定された間取り図と棚の寸法の中で、私は最高の整理を目指す。「未整理」と大書きされたクリアファイル、山積みになった書類、「きちっと整理するべきではない。あいまいな物もあっていい。」といった意見などの反逆要素にもめげずに、自分なりのディヴィジョニズムを具現化させていく行為。


悲しき熱帯
2016年12月20日(火)

レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」やっと上巻読み終わる。志の高さと知性溢れる素晴らしい本。
こんな自分が言う資格なんてないかもしれないが、その崇高さを目指す者でありたいなあ。頭を使って時に苦しい時もあるけれど、この調子で下巻を読むのだ。読破するまで他はお預けです。


ここ7ねんぐらいを回想してみる
2016年12月19日(月)

一枚の美しい布を見たときに感じる、きらきら光る崇高さ。その奥には、日々の生活から生まれる力強さ、それも豊かな自然環境の中で育まれた人間にしかできないしなやかな力強さがある。
なぜこんなに力強く美しいものが生み出せるのだろう、そう思いながら自分の浅い制作経験と照らし合わせてみる。油絵学科のときは、「なぜつくるんだろう」という問いばかりが先行して、頭だけで手が追いついていないようだった。テキスタイルに移ってからは、手に職をつけるのが精一杯で、それでも後からなんとか思考もついてきたようにも思う。その途上で経験した共通絵画の1ヶ月は、今から考えても自分にとって大切な時間だった。

目の前にある石、たったひとつの、だけどとてつもない存在を、どう受け止めればいいのか。シンプルな故に小手先では逃げられない命題を出されたようだった。それまでの油絵の課題では言葉ばかりが先行していてモノが後回しになっていたが、(今自分が生活している環境も、モノより言葉が重要視されがちであるけれど、)あの時は「大きな石と自分」というシンプルな関係をどうとらえるか、その一点だけが重要だった。大きな石というモノの秘めている力と、自分の奥深くに眠っている無意識を、ひたすらに感じ、対峙させた一ヶ月だった。そしてその時は「こわい」という単純な感情が、石と自分のとりあえずの帰結点となって画面に現れた。

その後の、テキスタイルの2年間、社会に出ての3年間は、いってみれば技術習得がメインだった。しかし、日々の合間を縫っての制作や、これから始まるミュージアムの仕事も、技術ではなく、「モノがあって自分がある」というシンプルな関係性を追求し続けること、(もしかしたら美術という枠すらも取り払って)そうして見えてくる本当の美しさを求めることが、これからの自分にとってのテーマなのではないか。


議論
2016年12月14日(水)

議論というものは、自分が思っていることと相手が思っていることの差異を確認し、その差異をお互いの歩み寄れる一つの帰結へと導こうとする行為である。がしかし、そもそも自分の思っていることを他者に伝えるということが難しい。一人で考えた末のモヤモヤをわかりやすい言葉で伝えることがまず難しいし、話している間に自分でもよくわかならくなり、余計なことを言ってしまう。そして、今度は相手の言っていることを聞かなければならないが、これも難しい。自分が言おうとしていることで精一杯で、相手の話を聞くのもままならない。それに自分が話していることが既に破綻しかけているので、その話を理解しようとして返ってくる言葉も、もともとの議論の前提からは外れている場合が多い。


NHK
2016年12月05日(月)

100分で名著、今月はレヴィ=ストロースの「野生の思考」です。未読ですが、丁度いま「悲しき熱帯」を読んでいたので、とても楽しみです。彼は美術に携わる人たちに対しても、重要なことを書いてあるように思う。とくに自分にとっては、所謂アカデミックな文化人類学なモノの見方と、「何が美しく、何が美しくないか」という審美眼の間にある溝を、この当時ですでに的確に指摘していることが衝撃。少し背伸びをしつつ紹介。


アフリカ的段階とラオスの布
2016年11月18日(金)

深い傷を癒すためには、人類の起源となるアフリカの地を目標に、思考を一旦ゼロに立ち戻らせることが必要。

ラオスの短繊維を柔らかく紡ぐ。短繊維だからと言って強撚にするのではない。何事も単純な軌道は描かない。



BACK   
目次ページ