舌の色はピンク
DiaryINDEXpastwill


2015年03月18日(水) いつでもどこにでも潜んでいる

無に緊張感が加わった。

/

最寄りのコンビニ行って
レジには年老いた客がひとり居るだけだったから
こりゃ待たんでよか、しめしめと向かってみるや
爺さん店員の前でくすぶってる。
小銭があぁだ、あれも買おうかいや要らない、
など小声でひとりごち続け
短期戦と見込んでいた僕はといえばその間
計4kgの飲料水の重みと容赦ない冷凍食品の冷たさにくたびれ
かと思えば爺さん背後の棚から商品まさぐり
なおも会計取りやめずレジ陣取ったままだもんだから
僕は

そして昨日を思い出す。
だめだ、簡単に人を値踏みして
ちょっと自分に不都合だったからって貶めちゃいけない。
人は豹変する。すぐに裏切るものだから。
心底昨日のはトラウマになった。
どこに善人潜んでるか知れたもんじゃない。誰も信用できない。


2015年03月17日(火) 不戦死

夕方、空気が 無 だった。
たまにある。年に二度か三度か…。
暑い寒いはおろか、暖かくも涼しくもない、
皮膚感覚の一切を刺激することない無の空気。
あれ、あっぶねー。あっぶねあれ。
何もかもを見失うったら。

/

スーパーでお魚買おうと売り場から
半額シール貼られた商品手にとったら、
まさしく現場で今シール貼っていってるおじさんが
「今日って17日だったっけ?」
と訊いてき、そうですと受けるや
「あぁそう! ごめんねぇ」
の一言で僕の手からお魚ひったくって手元に回収した。

この野郎!
たしかに本来まだ半額シール貼られるべきじゃない商品だったか知らないが
いちど客がそれと認めて手に取った商品をむげにキャンセルしていいのか、
そっちの落ち度と違うんか、
こっちはまた買い物プラン組み立て直すことになるんだぞ、
だいたいなんだおじさんその小汚い格好ときたら
到底飲食物扱うだけの自覚が足りないぜ
フケだらけのクシャクシャ髪ぐらいまとめろ
おじさんよオレが一介の小市民でよかったなもし大統領だっ
「間違えちゃうと怒られちゃうからねえ。すいませんねえ。
あぁでもこっちだったら…。まぁ、だいじょうぶかな…。
うんうん貼っちゃおう。
ごめんなさいね、こっち半額にしたんで、へへ、持ってってください」

はかりしれない自己嫌悪が。
ドーンてきた。ドーンて。
急転直下頭から叩きつけられて死んだ。
いきおい余ってもげた手足が東西南北に散っていった。


2015年03月16日(月) ついでに縁も切ってしまえ

今日は天気予報で午後雨降ることを確認してから
傘を置き去りに家を出た。
今後も幾度となく繰り返すであろうパターン。その踏襲。
どうせ持って出たところで
どこかで失くすのだろうから
電車に忘れるのだろうから
家に置き去ってむしろ得をした。ラッキーってやつさ。

/

祝い品や送別品としてのプレゼントに
包丁を贈るというアイデアがひらめき、
これは自賛したい。
実用的かつ永く手元に置けて、
好みのデザインも選べるし、
価格帯にも幅があり、
何よりプレゼントの鬼門である
「すでに持ってる」もクリアできる。
何本持っててもいいものだから。

開けた瞬間に一瞬笑っちゃうってのもよろしい。
いずれその包丁が誰かを刺すにしても
そんな悲しい未来には知らん顔決め込んで今を笑ってみせろ。
今を生きろ。世迷言ってやつさ。


2015年03月15日(日) いまのなーし!

やり直したいことって、ある。
それがやり直せるとして。
フィクションでの時間遡行ネタで語られるところの。
あれで稀にある、
「やり直したところでどうにもしえない」
がキツすぎる。
大抵の絶望に勝る。

セーブポイントを間違えたみたいな。
将棋で待ったかけても
一手戻ったところで詰みきってる、あの絶望。
深い絶望はいつも彼岸に希望を備えてる。

/

『並木道』鑑賞。
おもろかた。
普く少年の代弁者、きれるわめくちらかしまくる。
情熱や機運や決断や成長や失意や不条理や
そんなん大人語だって。
少年は無為に動き回って散らかすだけ。
彼がその道程で何を得るかなんて大人に関係ない。関係しようがない。
ラストシーンはともすれば
「なんなのこのアホ親子」
で一笑に付せてしまえそうなのに、ちょっと泣きそうになった。
とってつけたような救済。
爾後の物語は、やはりこちらに関係がない。

でも少年とも言い切れないか。青少年…16歳とか?
主人公の呼び名がジョジョだった。


2015年03月14日(土) 人と人と人と人と

他人が抱えてる人間関係のトラブルって、いいですよね。

不和がじゃなく。
関与して解決解消、改善に向かう経過が楽しい。
ゲームってそういうもの。
何か問題ごとを与えられて、
自分の力でその組成を解体するのが目的となる。
シンプルなはなし野球を例にとればわかりやすい。
バッターに打たれたくないならピッチャーはボール持って
全速力で球場を走り去って逃亡するべきなのだ。
それをわざわざバッターに放るんだから。馬鹿か。
いや違う、ゲームってそういうものなのだ。
困難を配置して向き合い対処する。
ほどほどに厄介な困難が望ましい。
場に応じた制約…ルールをいかに出し抜くか知恵を絞る。
人間関係のトラブルにはゲームの要素がある。
だから、舞台のキャラクターでなく外側から、
プレイヤーとして参加させてもらうのが理想。
厄介事には首をつっこみたい。

これをマッチポンプだとか呼ぶのもお門違いで、
外科医が患者の腹を裂いたのち縫う一連を誰が自作自演というのか。
かといって上首尾に結末しても感謝されるいわれはない。
目的はゲームクリアーにあるだけだから人の役にたつのはついでだ。
誰もRPGでゲーム内世界の平和を目的にプレイはしない。

/

めちゃくちゃなことを言ってる気もする。
だいたいが僕にそんな厄介事は今日日なかなか持ち込まれない。
持ち込まれたところで厄介事は厄介で、
実際誠心誠意付き合ってやるほど時間が余ってるわけでもない。

4月になったら人間関係を縮小する腹積もり。
今月中に関われるだけのゲーム楽しめたらいいな。


2015年03月13日(金) 13日の金曜日ごっこ

小学校4年生のころ
イエスキリストの磔刑について知りおよび、
今となっては子供だましの俗説も仕入れ、
13日の金曜日ごっこという遊びを開発した。

任意の人間を選んで壁際に押さえつけ、
手には釘!
と叫ぶや掌を突っつき、
イバラの冠!
と叫ぶや頭髪を掻きむしり、
そして…アダダダダダダ!
と叫んで全身を殴打する、
最高に楽しい遊びだった。
被害しかないイエスキリスト役も人気だったから
だいぶ平和的だったといえる。

僕と並んでその戯れに夢中だった林くんとは
時を問わずクラスメイトに率先して励んでいたものだったけれど
実際に暦の上で13日の金曜日を迎えようならば
発狂するほど身も心も跳ね回ってた。
「これはもはやごっこじゃないよ!」
そんな文言すら飛び交っていた。

しかし僕は転校してしまう。
林くんとは「絶対次の13日の金曜日には、やろう」と熱い約束を交わした。
果たして新天地での生活は無事始まったけれど、
新しい学校新しい友達新しい恋愛に触れ合っている間も
僕はずっと林くんとの約束が心残りで、
いよいよ13日の金曜日が訪れるにいたり、
僕は電車を乗り継いで林くんの家に遊びに行った。

なにより留守が怖かった。
がインターホンには林くん自身が応じてくれたので、舞い上がり、
「や、約束果たしにきたよっ!」
と決めゼリフを吐いた。
「え、約束?」
「うん。ほら、今日……」
「今日? …うん、あぁ…。…え?」
「…………いや、ほら、今日13日で…」
「うん」
「金曜日でしょ…」
「あー。あぁ、ん? えーと……。あ、え?」

僕は逃げ出した。
到底子供に耐えられる脚本じゃなかった。
懐かしい公園も、通っていた学校も、
かつての住まいも振り切ってただ逃げた。

/

抜粋してみるとありふれた話。
よくよく思い返せば林くんとは特別仲良かったわけじゃなく
その戯れだけで結ばれていたような縁だったこともあって、
学校でのテンションを家にまで来て持ち込むなよ、
みたいな不安はもともとあった。
当のごっこ遊び自体も僕が開発したものだけに
一人で盛り上がっちゃってた痛々しさもある。
約束とやらだって、林くんと対等にじゃなく
僕が一方的に取りつけたものだったかもしれない。
なにより林くんはすでに別の、僕の知らない遊びを
日々に取り入れて楽しんでいたのだろう。
わかっていても辛かった。今も辛い。
僕にとって13日の金曜日はまぎれもなく忌み日。


2015年03月12日(木) 善のありか

同僚(男)が僕の出てくる夢を見たらしい。
夢のなかの僕は、実は女だった…という設定で、
これまで男として接してきちゃった身からすれば
複雑な思いにとらわれたらしい。
で、その僕(女)は同僚(男)に恋愛感情抱いており、
なんでも旅行先で迫られたとかで、
勢いで、至ってしまったらしい。
夢のなかの僕は相当乱れていたらしい。
和室だったらしい。


涙が出るほど笑った。
気味悪さとか妙ちくりんな邪推だとかは
笑いの前ではひとえに無力で、ただ笑った。
強いていえば話を聞く前よりも
少々目を合わせづらくなった事情は受け止める他ないが、
瑣末なことです。ひと笑いの前には。

/

『閉じられた裸体』鑑賞。
ねらって80点を取りにいったような出来で、
まさしく80点で、それすなわち満点と言えてしまう。
そつない…。ちっとも減点できない。
名作だとか心に残る一本だとかを目指す気負いが全くなくて、
かといって流動食的な摩擦不足の感もなく、
よく噛んで味わえ、きちんと余韻に浸れる。
役者の顔と音楽とてもよかった。
あとキャラクターがよかった。
クライマックスになって一ところに集結する感じ、
おフランス映画らしくないけど発熱を得た。


2015年03月11日(水) マスクを痛がるきみへ

マスクとメガネの重ねがけで耳が痛い。
耳が二つあればいいのに。
ばかね、耳は二つあるじゃない。
そうじゃない。
マスクやメガネを掛ける用の他人の耳が
自分の耳についてたらいいのにと願うのだ。

ピアスを改造した小道具で装着する寸法。
耳から耳が生えているみたいに。あたかも四つの耳。
模造品はいけない。貧乏くさい。
やはり生の耳が高級感ある。
これが世界中で大ヒット。
商品が追いつかないほど売れまくる。
当然耳なし人間も多くなる。
悲しいけどしかたない。
アスリートなんかはいいかもしれない。
空気抵抗も解消するし。

新たなおしゃれとしても大人気。
右は白人の耳、左は黒人の耳にするなどやりたい放題。
とはいえ反対派の主張も声高、
それはもはやマスクの痛みを回避する名目を失って
人間の体をもてあそんでいるだけだなどと
もっともらしいことを言う。
若者は「聞く耳持たん」というアピールの為に
馬の耳をつけたりしだす。
そこまでいったらもう下火。
街頭にはポイ捨てされた耳があふれかえり、
一過性のブームに過ぎませんでしたねと評論家が冷笑顔で締める。

/

あるいは自前の耳を蝋で固めてもいいかもしれない。
かなり無敵。痛みなんてなんのその。
入浴時にドロッドロに溶け出すけど。

/

……。

いいかげんそろそろ誤解されそうな
猟奇的観想をつつしまないと。
もういたるところで何度も言ってる、
「冤罪かなにかで過去の記述を引っ張り出されて
"あぁやっぱりこういう人は"と思われる」のが怖すぎる。
芸風としてもワンパだしなぁ脱却せんと。
すっかり慣れきってしまっていて、安易だ。


2015年03月10日(火) あらがいのすべ

駅前のラーメン屋に行きましたがねー
店主がバイトをいびってる現場だった。
孤独のグルメではゴロー立ち上がってたけど
あんなの無理だし
現実的に穏便な手口で抗議し得ないものだろうか。
店の中ではどうあってもその場しのぎの対応されて
客が去ったあとにその件口実にまたいびり倒すだろうから…
店主が店を出たあとを尾けてって…
投函…投函か…?
自宅のポストに抗議文を投函…それはいいかもしれない…
いや手紙では力に欠ける…ラーメン…ラーメンを入れてはどうか…
何を言ってるんだ…入れてはどうかじゃない…
難解さはいらない…もっと直接的に考えろ…
バイト…あのバイトがポストに入ってたら…ビックリする…
待てビックリさせるのが目的じゃない…考えろ…わかりやすくだ…
手紙…手紙か…?
まわりくどいか…待て…直接店で言ってみては…
それだ…武力…武力行使だ…力に勝る力はないのだから……

/

同僚が昨日建物の陰で大きな蛙と遭遇したらしく
横に煙草の箱置いた写真見せてもらった。
まじででかかった。
絶対近寄りたくない。箱を横にも置けない。
だけど生きてなければ大丈夫だと思った。
やっぱり生きてるものは危ないですからね。
人間誰だって、死体となら仲良くなれるものです。


2015年03月09日(月) 蓋をめぐる冒険

僕が漫画など読むためにしつらえた小部屋にはお飾りの机があって、
お飾りらしく机としては全く機能していない。
なもんだから同じく機能していない雑貨のたぐいが散らばったりしてる。

それらは僕の知覚から離れて自立している。
ふと全く覚えのないブリキ缶の蓋付き灰皿をみとめ、
手に取ってみたらやけに重い。
何かがぎっしり詰まっている…。

何かが。

あんまり考えたくない。
考えたくないが自明的に、なまものの重みを感じる。
いやそんなわきゃあない。
どうして僕が自ら、灰皿に詰めるというのだ、その、
あまり考えたくない何かを。
サイコ野郎か。
それも無意識にって。
いずれ下世話なコンビニ本の題材になったりするのか。


なけなしの勇気振り絞って開けてみると
中身は用済みの電池たちでした。
あーホッとした。
安堵のあまり泣きそうに。
電池と知った瞬間にも小さくヒッ!って言ったもんな。

/

どうあれ閉ざされた蓋が怖いのだ。
という私論があるのです。
蓋がされていればすなわち恐怖もやってくる。
実家にいたころ
ただいまと帰宅して誰も家にいなかった日には
浴槽の風呂ふた開けるたび
 アー絶対家族のバラバラ死体入ってるわ…
と震えてた。必ず。

実際の中身がなんであれ、
知覚をあしらって未知が浮上するなら、
想像力は限りなく湧きたつ。
じゃあ蓋の裏側には何がある?
恐怖の本質だと思う。


れどれ |MAIL