日々の泡

2011年02月22日(火) 詩 遠くの夜の空の下

遠くの人よ
声も聞こえない
手を伸ばしても届かない
遠い彼方の人よ
あなたがいるのは随分と遠い空の下だけれども
時々 わたしにはあなたのため息が聞こえてくる
重い農作業で
一日働いた後の
静かに風呂に体を沈める時に
思わずあなたが漏らす
安心と疲労と諦めの混じった
細い吐息が聞こえてくる
浴室のタイルに微かに響く
細い吐息が聞こえてくる
そんな晩には思い出して欲しい
そこからは大分遠い屋根の下だけれども
あなたがひとりで聞いている
あなたの静かな細いため息を
一緒に聞いている者のあることを



2011年02月20日(日) 詩ー津軽三味線

あたしが盲いたのは(めしいたのは)
おじいちゃんのせいかもしれないななどと
あの時の母はそう思っていたに違いない

北の果てで田舎の宿を営んでいたおじいちゃんは
門付けに北盲の三味線弾きに
帰れ!
と水をかけて追い払った
暑い夏の日のことだったか
雪のちらつく寒い日のことだったか
あたしは聞かなかったけれど


母やあたしには穏やかだったおじいちゃんが
気の毒な人にそんなことをした
母の思いは遠いあの日に帰ったように
話す声の粒子には苦いものが混じっていた



親の因果が子に報い
子の因果が…
あの時母は言わなかったけれど
そんな巡り合わせが娘の身に降りかかったのだと思っているようで
遠い昔を責めているように
話す声には苦いものが混じっていた


苦い声の粒子を吸い込んだあたしは
ちょっと病気になった気分だった


そんな因果の巡り合わせが本当だとしても
あたしはおじいちゃんを責める気がしなかった


高橋竹山の津軽三味線が
地吹雪のように心をかき乱す
凍るような崇高さを伝えてくる


おじいちゃんが水をかけて追いはらったのが
たとえ竹山だったとしても
あの撥の捌きに一層のきれが加わっただけで
高橋竹山という人を
おじいちゃんは傷つけることはできなかったんだと
あたしは知っている
気の毒なのは
竹山ではない
無知で無学だったおじいちゃんの方だと
あたしは知っている




2011年02月09日(水) 左へ

今朝は30分ほどヨガができた。
ブリッジもした。
なのになのに…
通勤途中、厄介な持病が発症。平衡感覚が損なわれて左へ左へと傾いていく。
右の端から昇り始めた駅の階段、昇り終えてみると左端へ寄っている。
混雑しているところに甚だ迷惑な奇行だが自分ではどうにもできない。
どんどん左へ寄ろうとするので右寄りに軌道修正を試みるもよたよたして返って危険。
仕方がないので道の左端を壁や塀をつたわりながら職場へ。
わたしと同じ眼病を持つ人は時々このような平衡感覚の異常を訴えるのだと以前耳鼻科のドクターに聞いた。
で、そのドクターはそんなことを言いながらわたしに目を瞑らせて10分ぐらい片足立ちをさせた。
わたしは片足立ちが得意で若い頃はなんぼでも立っていられたものだ。
先生は「ふん…異常ないね」などと言っていたけれど、この左より病の発祥は突然にあまりにも突然に日常の中へやって来るから恐いのだ。
年がら年中ふらふらしているわけじゃない。
でも1ヶ月に一度ほどだからその日をしのげばなんとかなる。
教も無事に帰って来たぜ。
朝、雪がちらついた。
傘にさわさわと雪の音。
小鳥が曇り空に可愛らしく鳴いている。寒そう…
わたしは頭をふりふり左引力に抵抗している。
月は地球を28日で回る。
地球は太陽を一年で回るし、
地球自らは一日で一回転する…
これらのことはわたしが左へ引かれることと何か関係があるんだろうか…
満潮とか干潮とか
いったいわたしは何に引かれているんだろう?
このままずっと左へ引かれて行くと もしかしてパラダイスが待っているのではないだろうか?
素敵な王子様が待っているのではないだろうか?
マカロンの山がさまざまなパステル模様に彩られて立ちはだかっているのではなかろうか?
それとも大好きなミルクビスケットの丘だろうか?
いいや、それとも…


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茉莉夏 [MAIL]