はぐれ雲日記
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2006年05月19日(金) 痛いよ〜。ハチササレ

午後6時15分。 こんなことってあるのだ。 ちょっと買い物にでようとして
靴下を履いたとたん、足に感電したような電気ショックを受けたような衝撃を覚えてうぎゃあと悲鳴をあげた。たとえようも無い痛み!
煙草の火でも入っていたのかとあわてて靴下を脱ぎ捨てた。
すると、なんと中から蜂がよろよろと出てきたではないか。
こんにゃろう、こんにゃろう! あわててそばにあった子どもの黄色い通学帽でバタバタとなぐった。
それにしてもひでーこの痛み。アンモニアなんて普通の家にありっこない。どーしよう。 
とにかく針と毒を吸い出そうと、足のかかとを口へ持ってきて吸い出そうとしたが・・・アイテテテ届かない。
ボールペンの芯を抜いて、赤くなってる刺された部分に押し付け、思いきり吸って陰圧にしてみた。
あ〜なんてことない!手応え無し!
もう一回挑戦!!とばかりおかしな姿勢でガブリと噛みついたとたん、ガリリッと軽い音が走って・・・
びっくりして何かを飲みこんでしまった。
そう・・・刺し歯が一本取れて、なーんと飲んでしまったのだ。こわいやら、情けないやら・・・。

あーもうやたらと笑えない・・・。目の前が真っ暗になる思いだ。
今時のサシバっていったいくらかかるの?
よろよろと立ちあがったわたしのもとへやっと子ども達が駆けつけた。
蜂の件については、子ども達全員が刺された経験があると言うのでびっくり。ついでに刺し歯の
ことの顛末を話すと口々に「ダッセー!」「お母さんあたまわるーい」・・・だとさ。 なるほど。

そういえば、今日は朝から土曜日の気分だった。なんかオオボケだった。
洗濯物に蜂がセットされてくるなんて想像もしなかった。御用心。
あんまり痛かったので、明日も休みの気がしてならない。
一週間って8日あったけか?



2006年05月18日(木) ミリオンダラーベイビー

「アメリカの核心にある『愛蘭土』」をやっと読ませていただきやした。
(以下転載)
しかし、この映画には隠れたストーリーがある。それは、アメリカにおけるナショナル・アイデンティティーとしての愛蘭土(アイルランド)を物語っているのだ。サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』で、冷戦構造解体後、世界各国ではグローバル化した中で
それぞれのナショナル・アイデンティティーを再構築しなければならないが、それは簡単だ、「外に敵を作ればいいのだ」と述べていた。
わたしはそれを、“ハンチントンの罠”と読んでいるが、世界各国はいまその罠に落ちて、「外に敵を作る」ことに必死になっている。アメリカしかり、中国しかり、ロシアしかり・・・。だが、イーストウッドはこの映画で、アメリカのナショナル・アイデンティティーは「外に敵を作る」ことではなく、いわば「内に誇りを再確認する」ことだ、と語っている。
映画評論家たちがそのことに気づかないのは、それはアメリカ人にとって自明のことであり、それゆえ(イーストウッドが)あえて言葉では語っていないからである。映画評論家はそのことを、映像において読み取らなければならない。しかし、それができていない。わたしが冒頭で、映画評論家がずいぶんと表層的になっていると述べたのは、その意味である。イーストウッドは、アメリカのナショナル・アイデンティティーを映像において語っていた。かれはマギーという女性ボクサーに“人間としての誇り”を語らせた。しかし、映画作家としてのイーストウッドは、そこに「アイルランド」を映し出すことで、アメリカ人としての誇りを重ね合わせてみせた。老ボクシングトレーナーのフランキーは、いつもアイルランド詩人イェイツの詩集を携えている。イェイツはイングランド系のプロテスタントだが、かれはケルト系でカトリックの「アイルランド」を発見した詩人でもある。イェイツにとって「アイルランド」は、自らの「魂の祖国(パトリア)」だった。
『ミリオンダラー・ベイビー』の老ボクシングトレーナーは、ゲール語を学んでいる。
かれは自分が愛する「娘」としてのマギーのガウンに、ゲール語で「モ・クシュラ(私の血)」と縫い込んだ。
ガウンの色は、アイルランドのナショナル・カラーとしての「アイリッシュ・グリーン」だった。イーストウッドはそのように、アメリカのナショナル・アイデンティティーとしての「愛蘭土」を映画にうたいこんだのである。
アイルランド人が石を砕いて土をつくったように、アメリカに渡ったアイルランド人は「アメリカ」を作った。
中国人も韓国人もロシア人もヒスパニックも、そして日本人も、みなアメリカを自由と民主主義の「理想の国」と考え、そこに移民してゆく。しかしアイルランド人は、アメリカを「理想の国」に変えてゆこうとした。(そこに、アイルランド移民の子の
ケネディ大統領がいつまでもアメリカの星であるゆえんがある)。
その意味で、『ミリオンダラー・ベイビー』はアメリカの核心に「アイルランド」を据えた『風と共に去りぬ』の後の物語なのである。
その女主人公スカーレットは、敗北を乗り越えるために、何度となく「タラへ」と叫ぶ。

タラはアイルランド独立運動の聖なる丘の名である。無一物のスカーレットもまた、「アイリッシュ・グリーン」のカーテンから緑のドレス、つまり誇りを作ったのだ。
(転載終わり)

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防人さん。やっと探してきて読んだんですけどこれ、何言ってるんだかよくわからねーですよ。まあ映画評論家といえば映画評論家らしい意見ですけど。

・・・この映画のあらすじは
マギーとトレーナーのさわやかスポ根物語変じて不幸の問屋のチンレツ。ということで
テーマは、神様なんていらねー。これでキマリ。
尊厳死のプロセスも描き方も雑なので言及しない。
ただ、あんなにすぐ褥創ができるのはおかしいですよ。しかもすぐ肘に。てまえみそですが勤務先の病院にも植物人間状態の方が何名かいます。中でも、さーたーあんだーぎーを詰まらせて呼吸不全から脳死状態で二年経過されてる患者さまもいらっしゃいますが褥創予防に関するケアは徹底しているのであのように(映画のように)なることは考えられません。
口腔ケアもとても力を入れて歯科医と相談しながらていねいに時間をかけています。とてもきれいですよ。・・・・ただ。このまま生きているのがどうか。という問題は別ですが。
職業がら。人間は生命の奥底からの生への希求はあるんではないかと考えます。たとえば生まれたての赤ん坊は生命の奥底から「生きる」ことを本能的に希求している生命体だと思います。ただ。マギーは赤ん坊じゃーねーですよ。マギーはわけわかんない赤ん坊なんかじゃねーです。意識は清明だし。生きるということは、ベッドの上で人口呼吸器を付けて朝がきて夜がきてまた朝がきて夜が来るのをじいっと待つだけの
デクノボーでいたくねい。自分の生はリングの上で完結した。自力で呼吸もできない。永遠に体を動かせない。これは自分じゃねー。と思ったから自殺未遂したんじゃなかろうか。

とにかく自分を、そして愛する者を守るには強く賢くなければならない。
愛する人に適切な助言を出来る人でいたい。弱さに流されない自分でありたい。
そんなことを考えました。「愛蘭土」とかはちぃっとも考えませんでした。
それはそうとあてくし。モーガン・フリーマンのファンでして。
今夜辺りプロポーズのお手紙を書こうと思ってたとこなんですよね〜。
「今世はむりだろーから来世。あーそうそう。来世は、かもかのおっちゃんと約束したから
できれば来来世あたしといっしょになってくださいまし〜。とね。」
来来世。これでええ。これならあたしもほうぼうに顔が立つ。(爆)


2006年05月17日(水) 東京高裁の悲しみ

知人の公判に行く。若葉が急に桜田門に萌え出したようなまぶしい陽射し。
傍聴席は満席。やはりその筋と思われる方々がほどんど。
Yさんは自分と自分の家族(奥さま、お子さん四人)が殺されることを聞き
死刑覚悟で暴力団員組員5人の人間を射殺してしまった。


Yさんは堅気の人間や市民、婦女子には絶対迷惑をかけるないじめるな。
と組の若い者にも大変厳しかった。
娘さんたちものびやかで子どもさんにしては一本筋の通った優しい性格。
わたしはこのご家族が大好きでした。

夕暮れどき、わんちゃんを散歩させながらちょっとぽうっとした様子で
考え事をしながら町内をてくてく歩くYさんを見ることができないのは
とても残念です。

なにかあるときちっとあやまる。その見事な土下座っぷりはとうてい
最近の堅気の人間には見られない。
わたしは警察へ用事で行く都度、Yさんのことを気にして刑事に聞いていた。

大丈夫。Yさん。子どもは未来に向かって育つ。
安心して刑に服してください。
面会には行けないがお嬢さんにはお会いしてくるつもりです。


公判はあったが判決は7月11日13時30分に持ち越される。
傍聴は抽選になると高等裁判所係官に教えていただいた。
 
おそらく判決は死刑。



鈍角 |MAIL

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