はぐれ雲日記
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2002年02月04日(月) アメリカ・アメリカ

昨日、ニュースでWTCビルのテロで九死に一生を得たイスラエル人が
今度は先日のパレスチナ人女性の自爆テロでまたまた負傷したと伝えた。

インタビュアーが被害者の男性に(担架に転がっていた)

「ニューヨークとイスラエルとどちらが危険ですか?。」と質問。

被害者は「わかりません・・・。 こんな私にひどい質問ですね。」

思わず「ふふふ・・・」と苦笑いしてしまった。
わたしはこんなアメリカ人が大好きだ。

「苦笑い」といえば
年末のテレビでアメリカ人に
「なんでテロされたとお思いですか?」という質問に
「その質問、失礼じゃないの?」と言って、真相を追究しようとしない。
さらに、同じ質問にほとんどの小学生が(!)

「ジェラシー。」と答えていた。

アメリカは広島で、長崎で、ベトナムで、アフガンで、民間人を殺し
東京大空襲で多くの江戸っ子を殺し、パレスチナ人をジェノサイドする手助けをして
京都議定書も調印しないし、えひめ丸も責任を認めようとせず、
沖縄で米軍兵士がやりたいほーだいだし。何様のつもりだろうか?

これを友人のアメリカ人に言うと反論も否定もせず黙り込んでしまう。
もし、これを読んでいるアメリカ人がいたら、あなた達から説得してくれないか?
ブッシュはかなりクレイジーだぜ!「クレイジー」な大統領が
人気あるなんて国民性にも問題ありだぞ!地球規模で考えたら、
アメリカのしていることは正しいとは言えない!説得してくれ!
他国が説得しても聞く耳を持ってくれない。あなた達からアメリカ人に
説得してくれないか!一生のお願い!

と言いつつブッチュがプレッツエルを詰まらせた時はマジ心配したよ。
脈が・・・脈が遅くなって、反射が鈍くなって詰まったのではないか・・・
つまり、かなりな老化現象か、かなり疲労してるか、心臓が不具合あるのか。
いや、これはまったく嘘で、夫人にぶんなぐられてソファから転げ落ちたのでは?
なんて。 アハアハアハ・・・


2002年02月03日(日) 昨日、ニュースでWTCビルのテロで九死に一生を得たイスラエル人が

わたしも子どもたちのことや、35年の住宅ローンのことや、肉体的な衰えのことなんか
考え始めるとドキドキ・・・動悸がしてきたり、呼吸ってどうやってするんだっけ?みたいな
不安や、不眠で半病人状態になってしまいます。
こういうときは、ああいかん、こころが風邪をひいた。 ガス欠だわと小さな旅をしたり
お友達に電話したり、家事なんかしないでのんべになったり・・・

でもでもこんなのは応急処置だよね。
失恋、職場の配置換え、家族の死、未来への失望・・・なんかで
「気分が憂うつで、何をするのもおっくうである」「頭も体も動かない」状態になったら
即 病院へ。 ずっと前ですがなんとも言いようの無い不安感におそわれて
近所の内科医に行きました。

「がけっぷちで、指先でつかまっている気分」と訴えたら「ああ、そうだろうね。」と!
これで50%解決。 さらに「手を思い切って離しちゃえばいいんだよ。下は海じゃなくて
案外でかい台がちゃあんと置いてあるんだからさ。」と言われ、不安感がスウッと引いて
行きました。 なるようになれってことか・・・。
その時は「デパス」を処方してくれましたが飲まなくても大丈夫でした。
それから「森田療法」という本を貸してくださいました。
ありのまんまに現在の自分を受け入れ、ただ、毎日やるべきことを淡々と
こなして行く・・という風な内容で、森田療法の本を書泉グランデで探したら何百冊もありました。

「わたしはおかげさまで、なーんにも悩みがなくって」という人もいますが
なぁに言ってやんでぃ。 今日び、みんな大変なんだい。それはめでたいと思いますね。
よく話して見ると大なり小なりみなさん半病人。

ある悩みで心理療法士と面談したことも。
テストの結果、「母性と父性が非常にバランス良く、他者にも自己にも大変肯定的。
しかし、ベースとなっている性格は「夢見る子ども」ということで現実生活に
適応しすぎるため無意識の世界で葛藤が生じているとか・・・。
な、那覇るほど。
にびのびと、思ったことを文章で書こうかなあとも考えています。




2002年02月02日(土) 東村山美住町

西武新宿線の小平駅から 西武拝島線・西武遊園地行に乗って一駅
八坂という駅があります。
野暮用で、時々この駅を降りますが、「ああ一度、こんなところに住んでみたいな」
思わずつぶやいてしまうほどの、武蔵野の面影が濃いしっとりとした街です。

駅を降りてすぐ水道道路。せいせいとする広い散歩道。
地下には、狭山湖、多摩湖(村山貯水池)の水を運ぶ水道管があるのでこのように呼ばれ
散歩道、サイクリングロードとして親しまれているようです。
美住町区域は三角形 にまとまっています。三角(みすみ)」を、美しく住むという意味で、「美住町」となりました。環境がバツグンに良く、地価も大変高いそうです。

さて、この水道道路に沿って多摩湖方面に向かって左手にすばらしい中央公園があります。
くだんの図書館もここにあります。道路の右手にはゲートボール場。
ゲートボール場の奥にゲートボールをする人たちの休憩所を兼ねた物置があります。
電気は通っては無く、夜の灯りは水道道路のポツンとした街路灯だけですね。
とにかく、ホームレスの鈴木さんはこちらの休憩所兼物置をついの住処としてしまったわけです。

以上は事実。これからは村山方面の人や同僚の噂の域を出ない話をもとにした
推察ですが、おそらく、この緑豊かな文京地区に住みついてしまった鈴木さんを
地元の大人は眉をひそめていたのでは?
子どもの前でも「汚い、」「何をするかわからないからそばにいっちゃ駄目」「邪魔だよな〜」
くらい言っていたのかな・・・と感じました。 あくまでも推測ですが。

こんなことになる前に自治会や市で、話合われていたのかな。 現実的な対策をさ。
生命の大切さじゃなくって・・・。住宅の大切さとか。公共物の扱いについて。
もちろん、ホームレスの方たちとの共存を話合ってくれれば一番良かったのですが。


寛文12年4月、京都三条橋の下で20歳あまりの乞食女の遺体が発見された。死因は自害で、かたらわには辞世の句が残されていた。

   「 ながらえば ありつる程の 浮世ぞと 
                    思えば残る 言の葉もなし 」


平成14年1月 東村山 美住町に立ちてどんかく 三首

家がありあまるといふのにホームレス

やめてくれ 誰かを真似て 殺すのは

集団のガキに殺されるために産まれたのか神なんて豚



鈍角 |MAIL

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