はぐれ雲日記
DiaryINDEXpastwill


2001年12月05日(水) オルグな日々

アフガニスターンから帰って来た友人が、「いやぁ、何処からも援助の届かない中央部の悲惨さは聞いていた以上だった」と声をひそめる。
「連中は草を食べているンですヨ。これから冬になったら雑草もない」

別の友人は、「3-4日も食べていない子供達は、もう起きあがる元気もないンですヨ。そんな子供達の様子に耐え切れなくって、母親は子供たちに背をむけ、火も焚いていないかまど(石を置いただけ)に鍋をかけ、水を入れて掻き回しているンです。鍋の中で何かを煮ているのかという期待で、子供達が元気づくからと……。」
子供に何も与えられない母親、そんな無力な母親が1人でも減ることを祈って、夢のように美しい理想に燃える援助団体から、ビシバシ援助金(品)を取り上げ、そういうところに配れるようにしなければ……と、思う。
(以上本日付けパキスタンのサイトから引用。)

昨日は中村医師が吉祥寺で講演。
病棟から看護婦さんが行ったが、会場に入り切れなくて、玄関でビデオだったそう。
昼休みにアフガンの子ども達のことを話したら、みなさんからカンパ。
ドケチ人生で有名な看護婦さんもパッとカンパ。
あ”〜、何も何もしてあげられないなあ〜!!とみんなで地団太。


かたや日本の少年犯罪の実態

まず、この子(A)ですが、幼い頃から自分はいつもついていない。
自分が両親から受け入れられた日々が少ない。
学校から帰っても「お帰り」と彼の帰ったことを喜んでくれる人がいない。
ごはんがまずい。話を聞いてもらえない。精神が、生活が不自由なことなどを訴えても
(メッセージを送っても)常に無視され続けられた。

あなたはNOである。自分もNOである。
陽性のストローク(交流)がもらえない代わりに陰性のストロークを求める。
幼い頃、ほめられたり、思いやりで接することをされない子どもは
無視されたり、かかわってくれないより
たとえマイナスのストロークであっても
他人が自分にかかわってくれるのを好む。
けられても、なぐられても、罵られても、かかわってくれないよりはまし。

・・・・・こんな子ども、いくらでもいるよ。
でも、自分をだましだまし一生懸命生きている子がほとんど。
しかし、荒涼としたこころを癒す時間と場所は、いったいだれが作ってあげられるの?


2001年12月01日(土) 祝!お姫ちゃまご誕生

染めの助・染め太郎でーす
お・め・で・とうございまーーす〜。

こどもは授かりもの。
男は当たり〜
女はスカ〜
みたいなアホらしいことがこれを契機にこの世から無くなりますように。
女系家族多いにけっこうじゃあないの。 平和で。
たしか、推古天皇もおひめさまでした。 
雅子さまデカシた!。 
皇室に不幸やトラブルが起きればいいとでも
思っている奴も少なからずいたろうに・・・。
よく長い間の屈辱やプレッシャーに耐えた。

なんか日本の未来は明るい気がするよ〜
はでは日本酒「つるかめ」をあつかんでいっぱいやって
ちょうどいいあんべいになったところでPCに向っています〜。
ではではとにもかくにもおめでとうございます〜。おめでとうございます〜
今日はいつもよりマウスを多めに回しておりまーす〜〜♪ 
2001年12月03日 23時00分16秒


2001年11月16日(金) くもり空

来る日も来る日もくもり空。 曇天。曇天。曇天。てんどんは好きだけど・・・。
今朝もやれやれ・・・。今にも泣き出しそうな小江戸のお空。
子ども達が寺子屋に行ったあとはゴミ出し。
ビン缶は一月2回しか収集してくれないので、一回忘れると1ヶ月分貯まってしまう。すごい量。
あいにく家から5秒ほどのところがバス停。出勤前とあってずらりと人だかり。
バッチリメイクや舞台化粧のような顔やあか抜けたファッションの行列の前を
上から下までユニクロに身を固め、いっぱいいっぱいの私はガラガラとゴミを引きずって通り過ぎる。
ゴミ捨て場まで100メートルちょい。ふうぅ。  いろんな意味で遠すぎ。
ふと、まだ顔を洗っていないことになんとなし気付く。
バスはまだ来ない。人は増えている。やっぱり朝いちで捨てとけば良かったー・・・。
気鬱だ。気鬱だ。下にいぃ〜。下にいぃ〜。顔を伏せて小走りに通りぬける。
いっそ雨でも降ってくれればと、うらめしい今日の空。


鈍角 |MAIL

My追加