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2005年06月06日(月)

この幸せは手放したくないの

今日、寝てて窓から外を見たら、青空と雲があって、お昼にパン屋に焼きたてのパンを買いに行った。
30分早かったため、結局欲しいパンは買えなかったんだけど。

この幸せは手放したくないの。
とひしひしと思った。

まぁベッドもなくてマットレス置いて寝てるんだけどさぁ。
机も椅子も家に一つもなく、ダンボール箱で食事すること一ヶ月をそろそろ超えようとしているのだけれどもね。
(内装屋がこねーんだよ。。。やっと見積もりと図面が出たけどな)

ま、過去のことはしょうがない。
今月中にはなんとかなるという話だし。ほんとかー。

何か怒り爆発っ!とならないのは、なんつーか。
身の回りの気を下手に荒らしたくないんだよね。という抑制の故なのだと思う。

つまり、今自分が持っているもの、それは全然ブランド物でも豪勢なものでもなく、
雑誌とか見てたり、周りの人に聞いたりしてると、あー自分ってびんぼーだと思うのだけれども、
でも、ある程度自分の欲しいものを買えて、静かで寒くないし、あれ食べたいなーって思うと食べられるし、
そんな幸せを感じていて。

でも、地球上の誰もが自分ほど恵まれているわけではない。
他の人と比較して自分の幸せ感じるのってすごくさもしいけど、行為としてどうかという問題はさておき。
自分が恵まれていることに対して、正当な対価という感触がない。
持っている人、持っていない人。その分岐はなんなのかということ。

努力とも能力とも思えない。
出自で割り切れるほど単純な時代でもない。

だから、結局、前世だとか、悪想念だとか、ポジティブとかにすがるのだろうな。
ま、それで表面だけでもいい人で過ごすのならば、それはそれで穏やかな社会になるというもの。

不安でぱんぱんになった風船が静かにすれ違うみたいな。
刻一刻と不安は導入され続け、あぁどこまで行けるのだろうか。

とか、思いつつ。
自分だけは大丈夫と思ったりもしているのだな。
ま、せいぜい人に感じよくして悪いこともあるまい。
報われるかどーかは知らんが、知らぬまま死んでしまうのだろうから、それはそれでいいのだろう。



2005年06月02日(木)

花田勝のホロスコープ

前にぐーたんのホームページを見たときに、彼の生年月日が出ていて、かつ、鏡リュージの西洋占星術による解説が載っていた。

もうページが消えてしまっているので、うろ覚えで書くのだけれども、
父親が有名人っつーか、何かを極めた人で、彼はその跡継ぎではないかという話と、2005年の7月頃に、
父親に関することで彼の人生に何らかの変化がある。。。というようなことが書いてあった。

生まれ時間まで書いてあったので、私も彼の図を作って見たのだけれど。
うーん。確かに。っつーか、判り易すぎ。すごく焦点の絞られたぎゅっとした図だった。
花田勝のホロスコープ。

番組を見ていないから違うかもだけど、7月というのは多分、n太陽とt土星のアスペクトだと思うんだけど、
オーブを緩く5度と取れば5月末でも有り得ない話じゃない。

それを見た時期って、まだ父親が大病だ何て知らなかったから、そう?とか思ってたけど、
うーん。。。
自由意志と運命と。     どーなの?とか考えてる。
ま、その関係性がわかったところで、どーにもならないのだけれども。


2005年06月01日(水)

引越し後ほぼ一ヶ月

ファイルを作ってて気がついたのだけれど、6月です。
引越し後ほぼ一ヶ月。内装屋からやっと見積もりが出た!!

結構っつーか、かなりはるが、ここは度胸だ。行くしかない。
っつーか、(あ、上とかぶってる。。。)ダンボールに囲まれて暮らし続けるわけにもいかんし。
いまさら、店に行ってあちこち家具探すのもだるいし。(←私の決断のほとんどはめんどくさいに起因する)

今月中にはなんとかなるのではないか。
ま、先が見えただけ気が楽になったよ。

色々、ストレスでさ。
家は片付かないし、仕事はうざいし。
木曜は頭殴られたみたいに寝倒し、金曜は夕方から出社したけど、月曜も休んでしまった。
どこがどーという具合の悪さではなく、気分がだるだるで動きたくなかったんだよなー。

疲れが溜まったっつーことと。自分を甘やかす。
自分LOVEで尚且つ自分に厳しいというのが理想なんだろうけど、なんかやってること真逆な気がするよ。

ま、まずはセミオーダーのブラジャーを作ることから始めようかと思ったのでした。
(ここらへんの思考回路は、龍多美子のエッセイを読んだ故である。
ならばなぜに、Rue de Ryuに行かないかというと、いくらなんでも高いから。
内装費で頭がぐるんぐるんしている昨今、2万のブラジャーはいくらなんでもだろう。
デューブルベくらいでお茶を濁そうかと。


2005年05月25日(水)

続編きたぁぁ−−−−−−−−−−−−−−−!

続編きたぁぁ−−−−−−−−−−−−−−−!
組!ですよ。組。新選組!の続編が正式発表。
う、嬉しい・・・。なぁんか雰囲気いけそうな気はしていたんだけど、前例がないし。
ヲタうけはしても視聴率悪かったからどーかなと思っていたけれど。

あ−−−−−−。いてもたってもいられん。
また番宣スポットを張り、スタパを録画し、そんな心落ち着かない12月かと思うとうんざりするような、嬉しいような。
いや、嬉しいんだけど。なんか怖いよ。思い入れが強すぎて。

なんか最近気持ち暗くてさ。色々と。
でも、1月の放送日までは生きてるぞ。
飛行機が落ちても生き残る気合が湧いてきた。何があっても大丈夫!!いくぜっ。(←どこへ?)


2005年05月24日(火)

現実は自分の心の具体

外界に対して起きる反応の一種がアレルギーと考えると。
感情は何にせよアレルギーなんだろうな。

何を異物としてとらえるか、異物に対してどういう症状を発するか?は人それぞれ。
生まれ持った変えられないものもある。
けれど、自然と変化することもあれば、人為的に、例えば食べ物の摂取によって細胞の組成や活動が変化させて、
反応の種類も、強さも、表出の方法を変えることも可能だろう。

・・・ということは前から思っていた。
外界とのI/Fは反応だけしかない。外界は自分とは関係なくそこにあるものだと。

考えが変わった。外界の全てが脳内の具象ではないか。そんなことを考えている。

例えば、自分の中の律儀な部分とか、だれてる部分が、人格化したものが回りにいる人で、
その人が嫌なことを言ったり、優しかったりも、全てが自分の脳内感情。
時期は必ずしも同時ではないにせよ。
全てが何時か、どこかでで見たようなものばかり。

夢は何かの象徴だとか、シンボルだとか言うけれど。
現実は自分の心の具体だなぁ・・・と、そんなことを考えている。


alain

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