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2004年08月23日(月)

『新選組!』で山南さんが死んでしまった。

窪塚洋介がかなり元気なのでびっくりした。
9階から落ちて、車椅子ではあるけれど、顔も綺麗なままだった。

前に三輪明宏が三島由紀夫のことを書いていて、彼は『英霊の声』を書いたあたりから、霊に付かれていて、結局引きずられてしまったと。
窪塚も明らかに、どっかからか破綻していた。
精神世界に興味があるとかはいいんだけど、身体無視して、頭だけで精神世界につっぱしると、実社会から浮きすぎて、はじかれてしまう。リバー・フェニックスみたいに。

「落ちた時のことを覚えてない。」というのはホントかどーかは、知らん。
そういうことで通すと決めたのかも知れんし、忘れたいのかもしれないし、忘れたのかもしれない。

何があったにせよ、呼ばれてしまったんではないかと思う。
それでなお、9階からダイブしてなお生きてるんだから、誰か(あるいは何か)守ってくれる存在がいたに違いない。

綺麗なすごく透明な目をしていたのに感動した。
妙にねっとりと理論の断片を吐き出すところがなくなってて、静かに色々なものを飲み込んで湖面に波風一つ立たない、そんな深さを感じた。

汚れないように大事に守る白でなく、あらゆる光を重ね合わせた結果の白。
アメリカのネイティブ・アメリカンへの取材の後編は直って歩けるようになったら撮りに行くと言う。
一作品の中で前後が見られる。その番組は絶対見る!

『新選組!』で山南さんが死んでしまった。
最初に出てきたときは、なんだこのニヤニヤ仮面、やな感じと思っていたけど、もはや山南さんは彼以外考えられない!

温厚さと屈折(仙台という教育藩で教育を受け、北辰一刀流というエリート流派で、それが農民出身が主流の集団に入ろうとする、部下も引き連れずに。素直な生き方とは思えない)によるニヤニヤが、もう、山南さんだ。

明里もぶっとさとやわらかさがぐー。
慎吾ちゃんの上目にらみも気合を感じた。(それにしても太ったね・・・)
オダギリジョーが珍しく感情をあらわにする、その表情にもやられた。
ひでちゃんに、山南さんと歳さんの関係性について語るところ、山南さんの切腹を見守るのにすごく涙目なところ。
今までがクールな表情ばっかりだったから、余計、じーーんときた。

それより、なにより!
歳。あー歳さんが泣いちゃったよぉ。近藤さんが肩を抱いてあげてるよぉ。
というあたりで、もう駄目。やられた。

山南さんがどーこーというより、歳さんが泣いちゃった、泣いちゃった、泣いちゃった・・・。
頭はそのことだけだ。

やられた。ハートが砕けた。



2004年08月16日(月)

幕末とイラク

なんだかすごくだるくて。
でも、この間夜窓を開けたらリンリンと虫が鳴いていて、セミの死骸が道に転がっているようにもなったし。
秋が来ているのだ。もう少し。生き抜きましょう。

ラクーアとか行きたいな。平日の漫画喫茶でのんべんだらり。などなど。
なぁんかささやか過ぎる夏休みだ。

映画にも行きたかったのだがー。華氏911?スクリーンで見るほどのもの?とか思ってしまう。
下妻物語に行きたかったんだけど。終わってしまったようだしな。

オリンピックだらけのテレビにもだれるし。
でも、開会式はちゃんと見たいな。ニュースのダイジェストでしか見ていないのだが、さすが演劇と哲学の国。
抽象的なものを平易にかつ高尚に伝える事に長けているのだと思う。

今思い返しても、長野オリンピックの伊藤みどり(いや、彼女が悪いわけではなく、演出とメイクになのだが)は痛かった。
閉会式の欽ちゃんは怖くて見られなかったからなんとも言えないがー。

今回は聖火以外はカッコよかったと思うなぁ。聖火はなんか湾岸コンビナートの煙突のようで興ざめ。
一気に工業なんだもん。それも第二次産業的。テクノロジー方面にいくなら、せめて宇宙方面に進んで欲しかった。


『新選組!』は視聴率はあんまり見たいだけど、私は凄く好きで。
今、"ほぼ日"でも毎週金曜日にレビューしてくれだして、応援団が増えた気持ちで凄く嬉しいんだけど、えっと、そんなことが言いたかったわけじゃなく。

つまり、あの時代って。
新選組はつまり政府軍で、薩長は反政府軍。(幕末の最後でひっくり返るがそれはともかく。)ばりばりの内乱だ。
英国公使館焼き討ちにしたり、道を歩く異人に切りかかったり。
"明里"は借金のかたに売られたっつーことは、ネパールの債務奴隷と似たり寄ったり。

高遠菜穂子さんは「イラク人のこと嫌いになれない・・・」と言ったが、当時、日本に対してもそう思ってくれた人がいたんじゃないだろうか。

今日は、っつーか、今日も話題はぶつ切れでした。


2004年08月09日(月)

中国の反日でいつも疑問なのが、反英とかはないのだろうか?ってこと

嵐は過ぎ去り、ちょっとばかり平穏。一息つきました。
分け目にそってはげたしまった夢を見て、(起きてすぐ鏡を見に行った)、気分が暗くなってしまったよ。

アジアカップは優勝でした。
相変わらず試合は見れない。見ると負けてしまうような気がして。
ニュースを見るのも怖く、スマステまでじっと待機。テレビもつけず。つけた途端に10chだったらやばいじゃない。
慎吾ちゃんの顔を見れば結果がわかるだろうと。待つ。

やったじゃん。

反日のことは、勝ったからかどーなのか、マスコミは案外冷静なので一安堵。きっとネットは凄い事になってるんでしょーが。
中国の反日でいつも疑問なのが、反英とかはないのだろうか?ってこと。

植民地に土地取られて100年近く返さなかった国なのに。
アヘン売りつけて民族廃人にされといて。
租借を持ち出せば、英だけに留まらない。アメリカとかドイツとかロシアとか・・・には反感は持たないのか?
白人は対象外?(← ここらへんは日本人と似てる。アジア人としてのシンパシーを感じる。)

やっぱり中国そろそろ分裂かなぁ。
満たされてる国の人は右翼にはならないと思うんだ。画一的思考なのかもしれないが。
東ドイツの失業者がネオナチとかさ。そんな印象ばっかり。

中国揺さぶるんなら、公式抗議とかじゃあしらわれるだけだと思うのさ。
気功団体とか宗教広めてみるとか。そんなゲリラ活動をお勧めしたい。
大体、国家分裂の分裂のきっかけって宗教の乱じゃんよ。細木数子あたりを流刑してしまえ。
"六星占術の乱"とかよ。


2004年08月03日(火)

右から左にと、片付けていけ

リディックは男のシンボル。
きっとあなたは歓喜に酔います。

おすぎの声で断言されると、非常に隠微なものを感じてしまう。狙いなんでしょうが。リ・ディックだもんなぁ。

週末はあまりのだるさで寝たきり老人。
週が空けて出社すると、瞬く間に打ち合わせ予定がなだれ込み、手帳を見て呆然とする。
うーん、仕事をする時間がねぇ。

こんな時昔話のことを思い出す。
ある農夫がとっても綺麗な天女の女房を貰う。

通りすがりにその女房を見た王様は、自分のもんにしたいと思う。
で、農夫に無理難題をふっかける。

明日までにこの畑を全部掘り返せとか、崩れた塀を修理しろとか。
で、出来なければ女房を渡せと言う。

それはぱっと見、とても一人でその時間ではこなせない。
農夫は妻に言う。「あんなん出来ねぇよ。二人で逃げよう。」

女房は言うのだ。「あとどのくらい残ってるとか、どのくらいやったのかとか、考えないでとにかくやんなさい。」と。
で、その通りに目の前だけ見て片付けると、ちゃんとリミットまでに片ついてる。

天女の力だと思って読んでたけど、そしてストーリーとしてはそうなんだろうけれど。
きっと昔話ってある意味実話で。きっと自分であぁだめやって思うことで自分の枠を決めていて、それを外せば案外なんとかやっちゃうなんてことが実生活であったんでしょうなぁ。と思うわけよ。

だから、後どのくらいとか、どれだけやったかとか、意義とか、そのことにどう思うかとか、オートマティックに反感かき立てられたりせず、右から左にと、片付けていけ。と。思うのだ。淡々とな。淡々と。

ロシア民話だったような気もすれば、日本昔話だったような気もする。


2004年08月01日(日)

女の人のほうががっさがさで、男の人のほうがうるうる。

木曜日の会議終了後、Hさんと小爆発。
まわりの失笑と呆然をかった。
やってこいと言ったものを全くやってこず、ぐだぐだと中身のない言いっぱなしを延々聞かされていらいらしてしまったのだ。

どっちが優れているというのではなく、一般に言い聞かされてきた事と違うなぁってしみじみ思う。
男の人にあるのは社会性であって、決断力じゃない!

顔を立てるとか穏便にとか、波風立てないとか、そういう気の使い方と忍耐力には感心するけど、もーちょっとぱきぱき出来ないもんでしょうか?

立場を慮って、なぁんとなく曖昧に曖昧に決まったような決まってないような言葉遊びで、だらだら会議することが、ゆるせないっつーか、いらいらする。

会議なんだから、意見戦わせてなんぼ。
主張を明確にして、論点洗い出して、調整して、結論して。短くできるじゃん。
さっさと片付けて、さくっと帰ろうよ。暇なの?!

女の人のほーがあーだこーだ、決めないっていうけど、ホントに?
クライアントでも内部でも、女の人とだと物言いが直接的でクリアだから、仕事が早い早い。

ストレートすぎてカチンとくるだとか、カチンを表に出しすぎて大人気ないだとか、仲悪い人と仕事するのイヤがって、わがまま言うなよぉ〜と悩ませてくれたりだとか、色々あるけど。

だから、どっちが上って言ってるんじゃなくて。
男の人の方が気ぃ使いで人情派で、女の人の方が理詰めで実だけ取った味気ない論展開をするように思える。
それって言われてきた事と違って、そうかなぁでもなぁ気のせいかなぁ偶然かなぁとずーぅっとずーぅっと思ってきたけど、やっぱ違うよ!

女の人のほうががっさがさで、男の人のほうがうるうる。
女を演じることが職業の女優さんが大抵、素では"兄貴"なのが良く分かる。

男の目で女性性を演じられるから、魅力的な女優なのだと言っている人がいたけど、それは違うと思うよ。
ばっさばさこそが女性性で、もちろん一面ではあるけれど、ばっさばさが大きいほど、それと表裏一体の女性性、細やかさとか包容力とか情緒不安定性とか依頼心とか。。。も大きいって、それだけのことなのだよ。きっと。

社会的組織として男の人中心だったっていうのは良く分かるんだ。
人格・人情が中心に来ないと理屈を超えた力が出ない。
惚れさせるっていう人格求心力を中心にした組織(西郷隆盛を思い描いてるんだけどね)ほどの集団としての強さは望めない。
あまりに合理的過ぎると自分の利害をまず冷静に考えてしまうので、組織として強くなれない。
惚れるっていう熱狂がないと馬鹿力が出ない。
つまり、人情に惚れて内部では気を使いまくって、そのくせ責任はぼやかすって組織の方が強いってこと。

でも、社会の集団の目的は既に変わってきてる。生存、生死をかけた戦いのために集まるのではなく、楽しく死なず殺さずに過ごすことに。
だったら、いっつもいっつも目を三角にてんぱってる必要はない。
組織は使うだけ使って(お金を貰うとか運営するとかね)、とっとと個人生活を大事にするってありじゃん。これからは。

しかし暑いね。
それやこれやで、先週は疲れたよ。すっきり行きたいね。スーツも脱いで言葉も飾らずに。


alain

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