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2004年07月28日(水)
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もぐら叩きみたいな日々は疲れる。
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身体がだるい。頭蓋も腕も重い。
日が差して、草が伸びて、植物が成長する。 一方枯れていくものもあり、牛も夏ばてで乳が出なかったりする。
育つ事と死ぬ事。表裏一体で同じなんだと。 要するに変化。腐敗も変化だもんな。オブジェクトのもつエネルギー値を増幅するのが夏の光と思えばいいのだ。
マイナスはマイナスでつっぱしるのみ。
前に同期としばらくぶりで会って、「どんな仕事をしているの?」と聞かれ、「。。。やれって言われた事をやってんの。」と答えた。
それじゃあ、何がなんだかわかんないじゃんと言われたが、それ以外になんとも思いつかない。 本日のお仕事。
・明日出す見積書と付随資料の最終チェック ・人が作った画面の稼動テスト&不具合点チェック ・契約が稼動しているという定義をどーとらえるか、残高の計算基準をどーするかについて検討。 ・木、金の作業について説明。 ・今後の配員スケジュールの調整。 ・データ調査要件について質問がきていたので対処する。 ・少額資産の定義についての質問に答える。 ・逆仕訳を入れるための補助資料についての相談にのる。 ・その他いろいろあった。
ほら。何にもしてない。 聞かれたことに答えて、何時までに何を出せと言われて対応して、それだけ。 ・人が作った画面の稼動テスト&不具合点チェック、だけは何か作業っぽくて、仕事したぜ! 見たいな気持ちなんだけど、これは本来、私のタスクじゃねーんだよな。。。 他にやる人いないから、手遊びでやってるってなもんでよ。
仏像彫るみたいに、一意に専心して、おー仕事したぜ!みたいな充実感が欲しいのう。 小突き回されてる、もしくはもぐら叩きみたいな日々は疲れる。
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2004年07月22日(木)
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瞑想すると意識を飛ばせるっていうけど
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町じゅうがクーラーの排出口。 あんまり外でないから実はあんまりわかってなかったりするのですが。
朝電車に乗ってしまうと、後はほとんど外に出ないので。 こう暑いと昼食も地下か地下道を辿っていけるところにしか行かない。 40度近かったらしいが、35度でしたと言われてもそーかなぁと思っただろう。 スーツも着ないしね。女で良かったって心から思う。
暑いけどわりと食欲もあり、なんとかやってます。 っつーか、まだ7月なんだよな。まだまだ。
地軸が傾いているから日照時間が違うっていうのはわかるの。 で気温が違うって言うのもわかる。
でもさぁ、日差しの強さそのものが夏のが強いような気がする。 冬の日ってとおーくから、やっとたどり着いたんですけど、もう力尽きました。。。ってくらい弱いじゃん。 傾いている分だけ、太陽と地球の距離が縮まるからなのかしら?
その分の距離であんなに違うものなのかな。 だったら火星に届く日光なんて、ちょー弱いと思うのに、日が当たってる時はけっこう暑いんでしょう? わかんないなぁ。
冥王星から太陽って見えるのかな。 瞑想すると意識を飛ばせるっていうけど、そうなれたら、自分の内面に沈するよりも、太陽から光にのってまっすぐ旅をしたいなぁ。
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2004年07月18日(日)
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銀製品を綺麗にしよう
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銀製品を綺麗にしようと、それ以外にも色々使ってみようと重曹を買った。 水に溶かしてつけて置けばいいのかな?と一日放置しておいたんだけど、帰って見ても変化なし。
ネットで調べる。(こういう行為をする度にネット出来る前はどーしてたんだっけ?と思う) 検索かけているうちに所さんの目がテンのページに行き当たり、塩水を沸騰させて、そこにアルミホイルで包んだ銀製品を入れて10分煮る、とあった。 こっちの方が簡単そう。やってみる。
抜群。アクセサリなんて数分つけるだけでぴかぴかである。 お湯が硫黄臭くなって、アルミホイルにさびがつく。きっと科学的にはいろんなことが起こってるんだと思う。
さびすぎてんのは10分煮ても取れきれなかったけどな。 今もう10分やってみてるとこ。
やりすぎもだめ?
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2004年07月17日(土)
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尾崎豊のトリビュート"BLUE"
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新聞を読んでたら、青山ブックセンターが営業停止とあった。 なんで、なんでだ? いかんの?売れてなかったの?
私が金正日かマイケル・ジャクソンだったらやりたいことがあって、じぶんちにABCと築地銀だことナチュラルハーモニー(自然食のお店ね)を作る事、もしくはこたつ持参でABCに住み込むことで、品揃えとか好きだったんだよねー。
良くわかんない。なんでなんでだ?
BGMは尾崎豊のトリビュート"BLUE"(借りてきた) ユーミンと同じで作品は好きなんだけど、本人の声がどーにもだめなんだ。 ユーミンの場合はすわりが悪くてぐらぐらしてるところが落ち着かず、尾崎豊の場合はあの野太さで感傷を歌うというアンバランスがきつく思う。 他の人が歌うと好いんだけどね。って思い、トリビュートで聞いてみた。
すごくいい。愛情を持って丁寧に作ってることが伝わってくる。 そんな作品を愛情の無い人が聴いていいのかっつー気はするが。
どの曲も両手で枯葉を割れないように大事に包んですくい上げてて、愛情ってベクトルが自分に向いてなかったとしても、そこにあるだけで心が温かくなるものであることよ。 心がぬくくなるよ。
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2004年07月15日(木)
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脳みそ使う気ないなら、アルマジロでもやってろ
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暑い。けどクーラーの寒さも好きじゃないので、わりとそのままでいる。 去年まではクーラーかけて布団かけて寝るのが好きだったんだけど、今年は何もかけずにどよーんと寝てるほうが好き。 便秘体質だったのに、ここ一年くらいはどっちかって言うとよわよわ。 ちょっとずつ変わってく。停滞しているとしか感じられないけれど。
引越をきっかけにおきるのが合理化だと言う。 何とはなしに取っておいたもの、捨てる事も忘れていたもの、捨てる気になれなかったものを、この際だから、新しい気分で。。。とか言いながら捨てていく。無駄がなくなるというのだ。 無駄と言うのはつまり、遊びで、でそれがなくなることは、思い入れとか日常生活で役に立たないものを切ってしまうことで、それは心にあまりよろしくないという。 直近の役に立つ以外の価値観を認めない世界では寛げないというわけ。
引越しはなかったけれど、合理化好きだったんでなぁ。 部屋は自分だとすると、うーむ、そこらへんが潤いのなさなのか?! 引越しということで、さらに弾みがついておりますが。
弾みと言えば思い出したぜ。この間、図書館に本を寄付した時のうんざりした話。 (売りに行く本も山のように。なぜにそんなにあるのだ。そりゃ買ってるんでしょーよ。) でね、読んでもいない、若気のいたりというか、大望というか、つまりペイパーバックが4冊くらいあったんです。 それも持っていったところ、「洋書の寄贈は受け付けません。」と。
そこまではいい。貸し出し対象でないんですって言うのはしごく当然。 ところで図書館では古くなった本とか寄贈されたものの、幾らなんでもこれはってな本などを、 "好きに持っていってね"と置いて置く棚とかダンボール箱が、時折でる。 「そこに置いて、誰かに持っていって貰えないか」と言ってみた。
それも駄目だと言う。 「ならそこらへんのゴミ箱に捨てるだけなんですけど。勿体無くないですか。」 と言っても、ぼーっとした顔で説明もせず受け取れないと言う事になっているというのみ。
納得いかない。 本を扱う仕事をしている人が本をいるかもしれない人のところにではなく、ゴミとして捨てられる事をみすみす容認する姿勢が許せない。 きまりとか制約にはそれなりの理由があるはずで、それを外れてきまりが一人歩きして権力を持つ事が、たまらなくイヤだ。
洋書だと本の内容に責任が取れないから、怖くて受け取れないとでも言うのだろうか。 卑しくも図書館の司書が題名も作者名も読めないんでしょうか。 チャールズ・ディケンスの小説が図書館で廃棄本の棚に置くにまずいか否か位は判断つくでしょーよ。
自分の頭で考えない人を見てるとうんざりして、同じ空気吸ってるのもイヤになる。 脳みそ使う気ないなら、アルマジロでもやってろ。
話し変わってこの間見た夢。 誰だかは分からないが、打ち合わせの時に配られた資料を見る。 いたずら書きがそこかしこに。それが全て目だった。
私もだいたい手持ち無沙汰で書くのって、目だなぁ。というか今思い返してもそれ以外はない。 実用的なメモ(席もどったら何の順番でなにしようか。。。)みたいなのはある。 手が勝手に。。。って場合は、99.9%目だ。
目で思い出したけど(話とびすぎ)、週刊誌のつり広告でGacketの自伝のことが出てて、『目白』。 なぜにめじろ?住んでんのか?と思ったら、『自白』だった。納得。
alain
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