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2002年12月30日(月)
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ショーケースの前で横座りによよと泣き崩れそうだったよ。
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寒いっ!寒いねぇ。 明日は雪かも!だって? 大晦日が雪だなんて記憶に無い。 12月でこんなに寒いってめずらしい。地球温暖化なはずなんだけど。
聞いたところではN.Y.も寒いっていうし、アフガニスタンでは凍死者が出てるっていうし。 間氷河期の終わりなのかも。氷河期のSPAN見てると、今回の(第四だっけ?)って 例外的に長い間氷河期じゃん?
人間がちょっとばかり二酸化炭素出しても、地球には関係ないってことかも。
ところで、この間、表参道のベネトンの裏でMOTOYAエキスプレスのカフェオレ飲んだんだけど、 これがバカウマ!!!噂以上の味でした。
普段コーヒー飲まないから、コーヒー飲みの人と基準が違うかもだけど、 ここのコーヒーは今まで飲んだ中で、�癸韻鯀茲辰道櫃�った。
エスプレッソにすれば良かったって思ったくらい。 スタバ、Tully's、ましてやドドールおや。眼中無し。問題外! 苦くないのに深く、粉っぽくないのに濃く、脂くさくないのになめらか・・・と、とにかく美味しかった。 こんなコーヒーSHOPが近場にあったら、私は即座にコーヒー党に鞍替えするね。 他には私の好きなコーヒーは、新宿カフェハイチのコーヒー。
寒い中、路上でカフェオレすすってるから、熱が上がるのだと言われればその通りなのだが。 美味しかったからいいの。
美味しい関連でつけたし。 この間、帰りにはアンジェリーナのモンブランを買おう買おうって、 朝からずーっとずーぅと思ってて、店にたどり着いた時は身も心もモンブランで一杯で、 で、買いに行ったら売り切れって、それ、なんだんだよ! もう、ショーケースの前で横座りによよと泣き崩れそうだったよ。
・・・しょーがない。MAXIMのナポレオン・パイで手を打つか?って思ったら、 げーっ!、シャッター閉まってんの。 信じられない!!!
最近なんだかんだケーキのこと書くなぁ。矛盾して聞こえるかもだけど別にケーキが好き! ってわけじゃないんだ。 だからこそ、どこのでもいいわけじゃないのよ。 コージーコーナーのケーキを買いたいとは思わないし、 この間人から貰った焼き菓子3点セットは一ミリも美味しいと思えなかったし、 (アントワネットでもパンの方がましと思うはず。)、 アンミラのパイは猫またぎだと思ってる。
あんまり好きじゃないからこそ、美味しいものしか食べたくない。
この際だから、美味しいものつけたし。銀座の明治屋に行って、美味しいもの色々買ってきちゃった。 アデリータのトルティーヤ。カブリのクリスピー。ウォーカーのビスケット。 (ジェンセンのフォアグラ・パテも買ったんだけど、これはイマイチ・・・哀しい) 美味しいものを食べると幸せになるー。
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2002年12月26日(木)
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偉大なる将軍さま、万歳!
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なんだかなーって思うこと。
NEWSの北朝鮮特集。世界のびっくり映像番組になりはててる。 独裁者を神のごとく崇拝しています。ほら、踊ったり泣いたりしてるよ。 おかしいやねぇ〜。
軍事訓練で自転車隊の走行訓練とか、頭突きでガラス割る訓練とか、してるんだって。 ICBMも陳腐化する時代になんて馬鹿げたことやってるんでしょうかねぇ。 笑っちゃうよね。
もしもし? 各学校にご真影掲げてたのはどこの国だったんでしょう。 学校で一番防火設備が整って立派だったのは奉安殿ですって、時代はついこの間じゃないか。 ご真影が焼けたのを、はたまた教育勅語を読み違えたのを苦にして、 教師が自殺した国がどっかにありましたね。
8月15日の皇居前広場で号泣してた人はまだ生きているはずで、 「偉大なる将軍さま、万歳!」にデジャヴを感じたりする人いなんでしょうか。
軍事訓練って言えば、もっと上手がいましたね。 そうそう。飛行機がどさどさ爆弾落とすのをバケツと竹やりでなんとかしようとしていたのは、 どこの誰だったんでしょう。
なんか『奇妙で遅れててあほくさくておかしな国』特集やってんの見てると、いらいらするんだよな。 爆弾抱えた人間を飛行機やら戦艦やらに突っ込ました国に言われたくないんですけどーとか、 金正日さんにはここらで、まっとうに反論していただきたいって、まじ思う。
あと、最近のなんだかな。 中村ノリのFA。
決断の過程って自分にしかわからないもんだし、別に天秤がふれた理由なんてどうでもいいのだけれど。 説明の課程で、みみっちさを暴露したなぁって思った。 自分にしかわからない自分の内的要因を理由に挙げるのは良いと思うのね。 空が青かったからとか、MACが嫌いだとか、なんでも。 でも、人に原因を押し付ける場合、つまり外的要因を理由に挙げてるのに、 その中身が自分にしか分からない・・・っていうのは、卑怯じゃないかって思う。
監督の誠意にうたれました。 近鉄を離れようとして始めて分かりました。僕は近鉄を愛しているのだと!
とか、なんとか嘘でも言っときゃあいいのに。
犯罪が起こった時、自分には関係ない上に今後も参考にはまずならないであろうに、 人は動機を知りたがる。 納得しないと心のすわりが悪いんだろう。
それはホントのことじゃなくても、自分の心が安定すればそれでOK。 人が聞きたがってることを餌だと思って投げてやればいいんだよ。 サイモン&ガーファンクルも言ってるじゃないか。 Still a man hears what he wants to hear And disregards the rest.
中村ノリは失敗しましたね。 1つは、迷いから抜け出すのに、人に責任を押し付ける形での決着を選んだこと。 2つに動機を曖昧にしたまま、それを公にしたために、 下手な詮索(結局、金額で選んだんじゃないのお・・・とか)を、掘り起こしてしまったこと。
生きるって演出なんだ。あゆ みたいに自分をつくらないと。
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2002年12月24日(火)
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DHC使ってたんだけど、最近いい加減やんなっちゃった
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37度から、MAX7分ってとこでしょうか。 別に気分は悪くないんだけどなー、熱が下がらないねぇ。 ま、いいんだけど。
配線工はばっちし。一人で出来るもん!って感じで、ちょっとだけ鼻高々。 スピーカーが同じなのに、結構音が違うのでびっくり。
アンプっつーもん? やっぱ、色々あるんだね。 (というか、アンプというのがあるのを今回始めて知ったんだけど。暗譜?とか思ってた。 CDプレーヤーだけじゃ音って鳴らないんだーってことも、店で物色しててやっとわかったの。)
スピーカー一緒なのに、音が深いというか厚くて柔らかい。嬉しいねぇ。 今度構成変えるときはスピーカー変えよう。
変えるって言えば、化粧水とクレンジングと石鹸とオイルは、 ずっとDHC使ってたんだけど、最近いい加減やんなっちゃった。 品数増えすぎ。
どんどん、趣味悪く安っぽくなっていくさまが、セシールみてるようだ。 売上高のばしゃあ良いってもんじゃないでしょうに。
在庫があるんでしばらくは続けるけど。 あと、ほら定期的に買ってるとランクが上がって10%OFFとかで買えるじゃん。 それをチャラにするのも勿体無いような気がしちゃうんだよね。 そこが狙いなんだよっていうのはわかってるんだけど、あっさりひっかかってしまう。 頭の足りない消費者であることよ。 オイルは気に入ってるから、それだけ残そうかしら。
クレンジングはSHUのが良いって言うけど、高すぎる・・・。 ファンケルかしら?化粧惑星のは私にはこくがイマイチだったので。あとは?VOCEでも読むか。
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2002年12月19日(木)
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体じゃなくて、心がぐれてるんだよ
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流浪の旅人。明日の予定は、新宿→江戸川橋→白金→南青山。私用もこみ。
鼻水がたれるー。くしゃみ連発。 なぜか年末恒例なんだけど、風邪をつかまえた。 去年は28日の夜寝込み、次に外に出たのは年明け5日。外界がまぶしかった。 今年も妙な予感がする。
熱があっても、わりとそこらへんはタフなんで、お仕事はする。 というか、気分悪い時に家でごろごろしてても、もったいないっつーか。 どうせ具合悪いなら、働いてたほうがいいじゃん。
私の病欠の70%は、体じゃなくて、心がぐれてるんだよなぁ。
土曜日にはCDプレーヤーがくる。 この間壊れてしまって、修理を依頼したんだけど、もう古くて直せない部品も無いって言われてしまった。 家電って消耗品なのね。そうして地球がまた少しごみに占拠される、と。
燃えないもの朽ちないものを捨てるのって、気分良くない。が、なんともしようがないよな。 一応自分でも分解して修理を試みて、それなりに努力はしたのだ。
スピーカーがラックにはまっていて、そのラック構成を崩すのが嫌だったので、 プレーヤーとアンプだけを買った。 ラック構成は、液晶かプラズマにTVを買い換えるときにやろうと思うんだ。
土曜日はなんとか配線しなくちゃ。 一応、配線工の手配はしたけど、飯くらいおごらなきゃだろうし、 配線くらい私にだって出来るんじゃないか・・・と思うのだが。
奴に出来るくらいのことは出来るさ、みたいな。かわいくねー。
プレーヤーのない暮らしは、思ったよりずっとずっと辛かった。 DISKMANを持ち歩いて、家の中歩いていた。
それでは自分は聞けても、家の空気とか気配に音楽のバイブレーションを注入することは出来ない。 空気圧が硬くて、居心地が悪かった。
世界に音楽は必要だと、思った。
とりあえず、ハツネッツーなので、今日はここまで。お休みなさい。
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2002年12月17日(火)
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読んでも気持ちが遠くに居るまま。
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本を読んでいないわけではないのだが、感想がなかなかUPしない。 本棚の整理を兼ねて、片っ端から再読しているのだけれど、昔のエッセイとかって、 あまりに心がシンクロしないので、感想がかけない。
貰ったっきり読んでないエッセイで、題名は『幻想の現代』っていうやつなんだけど、初版が1966年。 生まれる前の現代。
これが、見事にわけわかんない。 共感とか、もしくは、なんか気にいらないなーとか、いう感想以前に、異質なのだ。 作者の心が全く読めない。
本気で書いているのか、反語的表現なのか、しゃれてるのか、批判しているのか、 賞賛しているのか、まぁ見事にわからない。
ここ最近出たやつは、あほくさーとか読んでて思うものは色々あるけど、何を言いたいのかはわかる。 論旨が破綻していたとしても、ある事象について、作者がそれを好きなのか?嫌いなのか?ということは、 まず絶対にわかる。 それすら、わからないのだ。ちょっとSHOCKだった。
60年代、70年代にかかれた本を、数冊読んでたんだけど、なんつーか、 気持ちが曇りガラスに隔てられて、とおーくにいて、なんとか読み終えても、遠くにいるままだった。
一概に昔だから、ってことはないと思うのね。 夏目漱石の永日小品なんか好きだもん。
というか、時代性を超えて心の奥に共鳴する文章だからこそ、古典なのかもしれない。 社会を構成するグッズや常識がどんなに変わっても揺るがない、 もしくは矯正不可能な、人間の心というもの。
文学って名作って、それ何?とか思ってたけど、それはつまり人そのものなのかもーって、思った。
なんかやけに眠い。ので、今日は寝ます。おやすみなさい。
alain
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