極端なつぶやき
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どうして私はパフォーマンスをするんだろうと、ふと、思った。
今の自分の生活、自分のスタンスを分析してみると。
*私にとって、一番といっていいくらい大切なことは、経済的に自立すること。 そのことによって、自分のやりたいことがやれる。 「結婚しろ、結婚しろ」とうるさい親とは、絶対一緒に暮らせない。
*じゃあ、自分のやりたいことって何か? →これに関しては、一言で答えられない。 やりたいことというより、欲しいもの、目指している状態と問うた方が答えやすいかな。
→じゃあ、それは何か? そうすると、声のパフォーマンスが出てくるんだよね。 声を使って、いいパフォーマンスをすること。 私が一番惹かれること、一番興味があること(つまり欲望)は、声を使った表現。 人間の声帯周辺から出る音を使って、面白いことやかっこいい!って痺れるようなことをやりたい。 身体感覚的にも声を出すって、気持ちいいんだよね。
→だから、そのためにいろいろ練習する必要性を感じている。 というか、もしかして、声を出すことの気持ちよさに依存しているのかも? 部屋の掃除を何ヶ月してなくても、台所に洗物がどっさり溜まっていても、そんなことお構いなしでスタジオに一人で練習に行く私。 多くの人から見れば、理解不能だろうな。(全然気にしてないけど。) 前、カウンセラーに「声の表現は、長いことかかって、あなたが見つけたテーマだから大事にしてね。あなたの年齢で、そういうテーマが見つかる人って少ないのよ。」と言われてうれしかった。
でも、この間出演した声表現の公演で、演出家にさんざんしごかれて、まだ凹んでいる。 みんなで、並んで出て行くシーン。 「bety君がダメだ。」 「bety君だけ、もう一度。」 「周りをキョロキョロ見ない。」 「場所感覚がないんだね、君。」 「集中力が低いんだよ。あと、腹筋の力も足りない。」 マジ、きつかった。 舞台に立つ厳しさを改めて感じた。
演出家の指摘を受け入れるまでに、なかなか時間がかかったけど、確かに指摘はもっともなので、合気道を始めたわけ。 私の真面目なこと! まあ、昨日の日記にも書いたけど、ここが私のいいところでもあり、欠点でもある。
そう、パフォーマンスをよくする目的で合気道を始めた。 パフォーマンス以外にも、いろいろ自分のためになりそうだけどね。
その演出家にしごかれた公演、またやるそうで、それには出演できないので、残念。 (開催時期が仕事が一番忙しい時期と重なっているので。) 残念なような、もうしごかれなくてすむと思うと、ほっとするような。
2005年の5月に会社の先輩とのことをアサーティブトレーニングのロールプレイで取り上げてもらう。 その時のメモ。
<トレーナーの言ったこと> (先輩、私が隣の席に座っていて、ため息をつくと、今のため息は何?って聞いてくると言ったのを受けて) 「隣の人のため息という自然現象に対して、いろんな反応があるわよね。 ため息に気づかない人もいるし、気づいても何にも言わない人もいる。 先輩みたいに、それを受け取って、何?って聞いてくる人もいる。 この先輩のそばにいるのはなかなか大変。」
「このシーンでは、先輩の側はあなたを非難していないのに、あなたは非難されたと思っている。それが、先輩から言わせると、あなたは空気が読めないってことになるのよね。」
「いつも、彼女に非難めいたことを言われているから、あなたの側が必要以上におびえている。 今まで、非難されてきたのよね。悲しいわね。だから、非難されることに敏感になっているのよね。」
「この人、言いたい放題ね。結構きついわね。 会社と言う公的な場にしては、子どもっぽい反応するわね。」
「彼女は、自分の感情を撒き散らしているだけ。」
「彼女に感情の撒き散らしをやめさせることはできない。 彼女を変えることはできない。」
「先輩、人との距離が近い人なのね。」
<トレーナーからのアドバイス> 「あなたは、先輩からの言葉を真に受けすぎ。」
「先輩が感情を撒き散らしているのに、トーンを合わせない。 シラーっと返す。」
先輩を責めて、糾弾して、自分は正しいと自己防衛するためでなく、中立的に事実を見るために、書きました。
まぁ、本当の中立なんてないけどね。 でも、自分ひとりで考えているより、人に聞いてもらった方が、客観的になれる。
<ある本を読んで心に残った言葉> 「人がどれほど自らの正しさに執着しているかに、私はずっと驚かされ続けてきました。自分を防衛すれば、相手との会話は成り立ちません。」
「エネルギーは自分が変えることのできるものに対してだけ使う。」
頭でっかちなところがあります。 考えすぎ。 何回も言うけど、よくも悪くも真面目です。
昔、鍼灸師に 「本当に自分を好きになるって、ダメな自分を愛することよ。 かっこいい、できる自分なら、誰でも好きになれるけど、ダメな自分を愛するのが、本当に自分を好きになることだと思うわ。」 と言われたことがあって、それを思い出しました。
私が、パフォーマンスやりながら、正社員で編集の仕事して、まあまあのお給料をもらえるのも、私が真面目なおかげです。 考えすぎが、いい方向に働いているおかげです。
人から言われたことを、真に受けすぎて、落ち込むこともしばしばだけど、なんでもプラスでたりとマイナスでたりするってことです。
自分の性質を変えようとするのでなく、受け入れて、プラス面ともマイナス面ともうまく付き合えたらと思います。
打たれ弱いです。 ここがダメとか、できてないとか言われると、すぐ凹みます。 結構長く引きずります。
その代わり、そのことにきちんと向き合います。 言われたことについて、納得するまで考えつづけます。 考えて、本当に自分ができてないと納得すると、できるよう努力します。
結構重い奴です。
真面目で、なんでも真に受けるから、疲れる。
人間不信でドロドロの面と、無邪気な子どもみたいな面が同居しています。
−*−*−−*−*−−*−*−−*−*− 少し時間が立ってから、書く。
今読んでいる本でこんな記述に出合い、心に残った。 「人は自分が100%幸せになるのを恐れて、自ら問題を抱えている」 自分のことを思い浮かべると、確かにそうだなと思う。 幸せ貧乏。 ある声表現のお芝居に出た時、たくさんの人に誉めてもらったけど、思い出すのは演出家に怒られたことばかり。 アンバランス。。。
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