私の雑記帳
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2016年07月01日(金) 家族崩壊

娘が家を出て行った。
嫁に行ってしまった。
私は相手にも会わないし、どんな家庭なのかも知らない。
知りたくない。

わかっていたことだが、私はその日家に居られなかった。
人気の無い田んぼのほうに車を停めて時間をつぶしたりした。

お昼近くなって家に戻ると
娘の居た部屋の最後の荷物も無くなって空っぽだった。
部屋の端に亡父のお仏壇がある。
その前で私は一人で号泣した。

テーブルの上には手紙があった。
娘は最後まで私と和解しようと努力していたが
私は娘を許せないと思う。
そこにはたとえ身勝手であろうと私には私の気持ちと意地もある。

4年前に父が亡くなって家族の形が少しずつ変わってしまった。
頼りにしていた娘が出て行き、
私はどうやって生きていけばいいのだろう。

誰にもわかってもらえない。
だれにも助けてもらえない。
どうやったら生きるというレールに乗れるのか
どうしても世の中に出て行けない。

父の仏壇(骨壷)の前で途方にくれる。
最後の最後は仏壇の前で父の元に行くのかもしれない。

ここはおそらく誰も読んでいないだろうし
これからも誰も見ないだろうけれど
もし本当に私が死んでしまっても
ここにこの日の、私にとって絶望的な気持ちの一日のことを
記録しておく。




2016年06月07日(火) どうにもならぬ

どうにもくるしい。

中年で引きこもり。

仕事したくても面接にさえ行けない。
このままだとどう考えても生活できない。

誰かちょっとだけ手を引いて立ち上がらせて
欲しかった。
何とか立ち上がったら、そこからは自分の足だけで
歩いていくから。

その介助の手が私には差し伸べられない。

世間は甘くないとわかっているけれど
こんな情けない人生、孤独である。


2016年05月30日(月) 苦しくてたまらない

誕生月の五月が終わる。

苦しい
苦しい
苦しい
苦しい

どうしようもなく孤独
どうしようもなく辛い

一人で生きていけるようになることが
ささやか且つ最大の望み


2016年05月01日(日) お父さん、たすけて

つらい つらい つらい

みな人の苦しみには無関心で他人事

このままで済むと思うなと思ってみたところで
事態はなにも変わらない

どうしていいかわからない、途方にくれて泣いた

父が生きていれば、きっと話を聞いてくれただろう
でもその父はもういない。

お父さん、助けて


2016年02月29日(月) うるう年

昨年12月からわずか3ヶ月の間に葬儀が4件も。
昨日は伯母のお葬式だった。
昔から若々しくてすてきな伯母さんだった。享年95歳。

今月は葬儀が3件に、先々週から十日ほどお手伝いでずっと東京に行っていたり本当に忙しかった。

いろいろたまってるなあ。

それで今日は、うるう年。

よくわからないけど今年は良い年になりますように。


pearl〈パール〉 |MAIL

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