Hiro's Diary
DiaryINDEX|past|will
2005年06月05日(日) |
大陸横断第8日目 「ゴ〜〜〜ル」 |
宿泊したウィリアムスは「ルート66」上の町であり、グランド・キャニオン観光の拠点の町でもあります。古い風情のある町でした。夜に散歩していると古〜いホテルの看板が・・・一泊3ドル50セントの表示がまだ残っていました。
アリゾナを西へ向かいます。回りは西部劇そのままの景観が広がります。この風景は前回の横断ドライブで既に見ていますが、やっぱりいいもんです。歴史のある東海岸の町並みも勿論素晴らしいのですが、このような西の風景も最高です。気分が徐々にほぐれてくるのを感じました。「早くLAに着きたい」という思いも強くなってきています。LAはもうすぐそこです。あと一息!
カリフォルニア州に入りバーストウという町からI-15に。後もうひとつ峠を越えたらLAです。そして・・・・峠を越えるとフリーウェイに沿ってパーム・ツリーが!ゴールは近いぞ!
I-10に入りしばらく走るとLAのダウンタウンのシルエットが見えてきました。着きました。懐かしいLAの風景です。
本当は寄ってみたかった、アイオワ州にある映画「フィールド・オブ・ドリームス」の野球場も、岩に大統領の顔が彫られたサウス・ダコタ州のマウント・ラッシュモアも、コロラド・スプリングの大露天風呂も行けなかったのは残念ですが、そんなことより事故もなくNYからLAを走破出来たことで良しとしましょう。
さあこれからはLAの生活が始まります。アパートを探したり、車を買ったり・・・・忙しくなります。
走行距離;461マイル(737.6キロ) 宿泊地:ガーデナ(CA)
全行程走行距離合計:3510マイル(5616キロ)
2005年06月04日(土) |
大陸横断第7日目 「空が違う。色彩が変わった。」 |
まずはアルバカーキ方面へ引き続きI-25を南下します。その途中に「ラス・ベガス」がありました。といってもネヴァダのラス・ベガスではなく、小さな町です。でもヒストリカル・プレイスだそうですよ。僕らはコーヒー・ストップで休憩しただけでした。
そして「サンタ・フェ」へ。このあたりは米国先住民族(インディアン)の部族たちが今でも住んでいる保護区があります。とりあえず情報でももらおうと思いインフォメーション・センターへ。でも土曜日で閉まっていました。残念。下の写真はそのインフォメーション・センターの建物の写真です。
そして保護区の住居エリアのひとつである「Santo Domingo Puebro」というところへ行って見ました。今でもこのような写真の建物に住みコミュニティを作って生活を営んでいるようです。のんびりしたいい雰囲気でした。
ニュー・メキシコ州の空は本当に広く青いです。雲も絵画的で素晴らしい!思わず写真をいっぱい撮ってしまいました。でも夕焼けもまた素晴らしい!太陽が沈んでいく瞬間、まさに地平線に消えた瞬間に太陽は雲を下から照らします。で、このように雲の下のみが赤く染まるようです。きれいでしたよ。この夕焼けはアリゾナでのものです。アルバカーキからI-40に入り、今度は西に向かっています。
走行距離:604マイル(966.4キロ) 宿泊地:ウィリアムス(AR)
2005年06月03日(金) |
大陸横断第6日目 「高山病になってしまった」 |
今回のドライブではコロラド・スプリングで数泊してゆっくり温泉にでも入ろう、というのがサブテーマでした。が、そんな場合ではなくなってしまいました。なんか頭が痛く、気分も悪くなってきたんです。考えてみると、この辺は標高が3000M以上と高いための「高山病」の症状が出てきてしまったようなんですよ。
いくつかの見たいスポットがあったんですが、それをひとつにしてとりあえず「世界一高いつり橋」に行って来ました、「Royal Gorge」というところなんですが、本当に高い!!渓谷にかかっている橋から下を見ると・・・いえいえ、僕は見ることが出来ませんでした。くらくらしてましたから・・・。でもカミさんは下をずっと見てました。後で聞くと「下でラフティングをやっていたのが見えて面白かった」とのこと・・・強心臓だなあ・・・。
渓谷の下にも降りれます。降りてしまえば楽なもんです。でも切り立った岩壁といい、そこに流れる川といい、自然の景観は凄いです。
また雲行きが怪しくなってきました。上記の理由でコロラド・スプリングには泊まらずに、またロッキー山脈もここから越えることはやめてルート変更、I-25をアルバカーキに向かって南下します。下の写真はそのときのものですが南下しながらの左手方向(東)は雨、右手方向(西)は晴れという天気の境目を見ることが出来ました。全米の天気図なんかを見るとやはりロッキーあたりで雨雲が形成されるようですね。
走行距離:449マイル(718.4キロ) 宿泊地:レイトン(NM)
2005年06月02日(木) |
大陸横断第5日目 「走った走った」 |
この日はよく走りましたよ。遅れをとり戻すかのようにただひたすら前進です。まあ車の故障の心配もなくなったので、気分も軽くなっていたのかもしれません。イリノイ州からアイオワ州に入りそのまま突っ切ってネブラスカ州へ。それでもとまらずにコロラド州まで一気に移動です。
そうそう、実はこの日まで全く音楽を聴いていなかったんですよ。無音(?)の中でのドライブ、景色を楽しんだり開放感に浸ったり・・・きっとそれらが「自然のBGM」になっていたんでしょうね。で、この日はフィリップ・セイス、メセニー・グループ(途中でやめる)、クルセイダーズ(意外とマッチしました)、水野正敏、山下達郎(すぐにやめる)を聴きました。
下の写真のような景色が続きますが、走りやすい道でしたよ。特にネブラスカ州の道はコンディションが良く、快適なドライブでした。
そしてコロラドに入ったとたんに下の写真のように雲行きが怪しくなってきて、あっという間に豪雨となってしまいました。山岳地帯は天気が変わりやすいといいますけど、絵に描いたように天候が変化しました。
走行距離:736マイル(1177.6キロ) 宿泊地:スターリング(CO)
2005年06月01日(水) |
大陸横断第4日目 「車の修理」 |
朝一番にボルボのサービス・ショップへ。調べてもらうとオルタネーターが全く作動していないとのことで交換を余儀なくされました。このまま走っていればどこで息絶えていたか分かりません。危ないところでした。カミさんの助言は聞くものですね〜。
修理代の出費は痛かったですが、まあ前回の横断時にも修理したわけですから、まあしょうがないでしょう。
さあ、走ろう! 11時頃の出発になってしまいましたが、シカゴを目指します。オハイオ州を&インディアナ州を抜け、イリノイ州に入ります。が、シカゴに近づくと夕方だったために大渋滞・・・・何が嫌いかって、渋滞の中での運転ほど嫌いなものはないです。なんとか迂回しながらもやはり渋滞にはまりながら、「もうシカゴはやめよう」ということになりそのままアイオワ州方面へ。
NYからシカゴ近郊までは基本的にインターステート90番(以後I-90等と表記します)を通っていたのですが、この後はI-80に乗り換えます。I-80はニューヨークとサンフランシスコを結んでいるインターステートです。
この日は、アイオワ州との州境まで走り「モーテル6」へチェックイン。 11時スタートにしてはまあまあ走れました。
走行距離:534マイル(854.4キロ) 宿泊地:ロック・アイランド(IL)
2005年05月31日(火) |
大陸横断第3日目 「ナイアガラ瀑布」 |
この日は平日で午前中早くにナイアガラ・フォールズに着けたので、駐車場はガラガラでした。まずはアメリカ側からの滝をすこし見た後、歩いて国境を越えます。左の写真がまさに歩いて渡れる「国境の橋」です、たしかレインボウ・ブリッジという名前だったかな・・・。
やはり噂どおりカナダ側からの景観の方が圧倒的にいいですね。迫力がありました。しばらく散歩した後、昼食を済ませもう一度歩いてアメリカに戻ります。ここでは勿論、入国管理局のチェックがありますが、オフィサーと一言二言雑談を交わした後、「はい行っていいよ」と一言。「えっ、何にも書類かかなくていいの?」「そんなのいらないよ」・・・・簡単に再入国です。
でもきっとこうした雑談を通してでも「怪しい人物」は察知できるのでしょうね。その場合は「はい、こちらの部屋へどうぞ」となるのかもしれません。
さて、これからシカゴを目指します。が・・・車の様子が変・・・。問題なく走ってはいるのですが、電圧計が全く上がってこないんですよ。バッテリーは出発前日に交換したので大丈夫なはずですが、なんか変です。横でカミさんが「絶対おかしいから早めに修理に行ったほうがいい」と・・。しょうがないのでクリーブランド近郊でストップし、この旅で初めての「モーテル6」に泊まります。
チェックイン後、部屋にあるイエローページでボルボのサービス・ショップを調べていると・・・なんとすぐそばにあるではないですか。全くの偶然とはいえ驚きました。この日のうちに一度顔を出し、症状を伝えたうえで改めて明朝に持って行くことになりました。
お昼過ぎまでナイアガラにいたし、車の異常で早めにピットインしたので、あまり走れなかった日でした。
走行距離:254マイル(406.4キロ) 宿泊地:メントー(OH)
2005年05月30日(月) |
大陸横断第2日目 「まだNYか〜」 |
昨日の出発の直後、一度コネチカット州に入り再びNY州に戻ったのですが、この日はNY州から出発するも、ニュージャージー州−ペンシルバニア州を経由して未だNY州におります。なんといってもアメリカ大陸は広い!が、各州も広い!んですよ。NYはマンハッタンからカナダとの国境のバッファロー&ナイアガラ・フォールズまでありますからね〜。
ということで写真のような緑豊かな起伏に富んだコースを取りながら、一路ナイアガラを目指します。この日のうちにナイアガラに到着することも出来たのですが、宿泊費が高めであろうと判断し、手前の町で泊まりました。バタヴィアという小さいながらきれいな町でした。「スーパー8」というモーテルに泊まったのですが、受付のおばさん曰く「この辺は10万ドルでそこそこ大きい家が買えるわよ。いいところよ。」ということでした。
走行距離:357マイル(571.2キロ) 宿泊地:バタヴィア(NY)
2005年05月29日(日) |
大陸横断第1日目 「出発」 |
夕方から友人達が送別会を開いてくれましたので出発は夜8時でした。とりあえずこの日は、NY界隈から脱出すればいいという予定だったのであまり走りませんでした。写真はクイーンズを含むロングアイランドとメインランド(?)を結ぶホワイトストーン・ブリッジです。いよいよNYともお別れです。
で、宿泊予定地に向かうとき間違ってフリーウェイと並行して走っているローカルの山道へ入ってしまい、真っ暗闇の中を走る羽目に・・・。30分ぐらい走ってもう一度フリーウェイに合流できたのでよかったのですが、この先どうなることやら・・・・といった感じでした。
走行距離:115マイル(184キロ) 宿泊地:ミドルタウン(NY)
昨日はな〜んにも出来ませんでした。ストレスなのか何なのか分かりませんが、頭痛と眩暈が酷くて・・・「もう今日はあきらめた。明日にしよう」ということで、今日です。さすがにてきぱき動いております。でも「LAに行ってから出来ることは、行ってからやろう」と性格そのままの方針で片付けてしまったことも・・・・多々ありです。
公共料金関係の処理も終えました。あとはDSLだけですが、これから電話します。ですのでこの書き込みがNY最後になります。
それでは明後日からの「第2回大陸横断ドライブ引越し」後の、ドライブ報告をお楽しみに!
ってそんな奇特な人いるのかな???? まあいっか・・ では行って参ります!
2005年05月26日(木) |
キャンプ生活スタート−あと3日 |
昨日は友人がうちに来てくれて、全くはかどっていない梱包作業を手伝ってくれました。S君、H君、Dちゃん、Yちゃん、Rちゃん、そしてM様ありがとうございました。おにぎりも美味しかったよ〜。
台所の小物も全て梱包されてしまったのでもう料理は出来ません。今からもう自宅キャンプ状態です。
郵便物の転送手続きも出来ました。さあ、今日は書類関係及び公共料金等の支払い関係をすべて整理します。明日はDSLの解約手続きを残すのみ、とするのが理想です・・・・が、多分そううまくはいかないでしょう。いつものことだから明日ウィークデイ最後の金曜日にばたばたするに決まっています。
いや、分からんぞ。
|