どす黒い記憶 - 2025年08月31日(日) ふっと思い出したことがあるんだけど、それは「エスパーシール」って言葉。 エスパーシールって何だっけ、聞いたことある、私それ知ってる何だっけ と思って調べたら、実在していて見たことのある金色のシールでした。 なんで私がそれを知ってたかっていうと、小学生の頃母から「これ貼れ」 って言われて色んなところに貼られてたから。 あと私、催眠術とかも受けさせられてた。 こう書くと、むちゃくちゃ怪しい親に育てられたみたいに聞こえる笑 いや実際変な親だったと思うよ。 今はだいぶ普通だけど。 ぶっちゃけると私、小5までおねしょをしてまして。 あと、寝てる間にめちゃくちゃ暴れてた。 走り回ったりとかじゃないけど、夜中壁を蹴っ飛ばしたり床をドンドンしたり みたいな。 どう考えても親からのストレス。 親の共働きによる、母親不在の寂しさ、なのに顔を合わせると目を吊り上げて 怒られてばっかり、鬱屈感とか抑圧感とか、なんかそういうストレスを いっぱい抱えていた故の症状だったと思ってる。 そんなのとっくに自己分析はできてたけど、当時の親は何だかそういう外部の (しかも怪しげな)力に頼りたかったんだね。 本当は親の対応ひとつで収まったことだったのに。 私の症状は、私が変だからおかしいから、誰か他の人に治してもらおうって 思考だったわけだ笑 バカだね〜 まあそんな親の元で育てられたので、やっぱりちょっと変わった子だったし 変な子扱いだったし、周囲とも上手くやれていなかったよな。 今思い起こしても、幼少期の私は意地悪だったし性格悪かったし、私だったら 付き合いたくない。 子どもらしくないし、素直じゃなくてずっと斜に構えて見透かしたような目で 周囲を見てたんだろうなあと思う。 何も見透かせてなんてないのに笑 ハッキリ言って、大人から見てカワイイ子どもじゃなかったと思うよ。 実際学校の先生とかにはあんまり可愛がられてなかったと思う。 小学校のときなんか特に。 大人から見たら、私は何考えてるか分からん子だったんじゃないかな。 そう思えば、うちの息子たちなんかは単純明快で分かりやすくて素直。 どうりで周囲の大人たちにファンが多いわけだ。 親から見ると、図々しくって遠慮がなくってヒヤヒヤする部分でもあるんだけど、 ママ友から言わせると 「そこが子どもらしくていい」 んだそうです。 もらえるおやつは全部もらうし。 子どもとして受けられる恩恵は全部受けてる、て感じ笑 子どもだから許されてる部分を全部許してもらってる、感じ。 それが「素直」と受け取られるらしくって、評判はすこぶる良好。 もちろん、そうじゃない人もいるってことは忘れてはならないんだけど。 私の子ども時代とは大違いだよ。 そういう子の横で、細い目で横目で睨んだような目つきで恨めしそうに見てる のが私だったと思うよ。 「なんでアイツは許されるのに」 「なんでアイツばっかり」 って。 余計に可愛くなくなっちゃって、ひねくれちゃって、嫌われてく悪循環。 でもそういう悪循環を抜け出せたのは、高校に入ってからかな〜。 行動半径が少し広がって、視野も広がって、これからは「よく笑おう」って 思って「笑うときに歯を出そう」と意識したのをよく覚えてる。 そして、そこから色々なことが好転したことも覚えてる。 そりゃ、高校生の頃もお友だちとうまくいかなくなっちゃった時期もあった んだけど、それも乗り越えてって感じかな。 親に対しては、衣食住を与えてくれて、進路を狭めずお金を出してくれた 事には感謝してるけど、本当の本当に事務的にそこだけなのよね。 感謝はしてるけど、事務的にというか義務的にそう思ってるだけ。 だって当たり前のことだもの。 そう言えることが幸せなんだと言われたらハイそうですかとしか言いようが ないんだけど、やっぱり当たり前よ。 と言っても私はずっと、「うちは貧乏だから」って聞かされて育ったけどね。 貧乏の意味もよく分からなかったけども。 15歳までにかなり明後日の方向に傾いていたものを、自力で何とか真っ直ぐ に立て直そうとした、その後の5〜10年だったと思う。 社会人になって「ひとり暮らし」がしたいと言っても止められましたしね。 「ひとり暮らしはお金がいる」「お前の稼ぎじゃ無理だ」って言われて。 ここだけ聞くと本当に毒親感満載(笑) それでいて、家にお金入れろって言われましたしね。 さすがにそれには 「私はひとり暮らしをしたいって言った。言ったのに、ここに住めと言った のはあんたたちだろう。私はここに頼まれて住んでやってる」 くらいの感じで言い返しましたね。 この時点で私、二十歳くらいだったと思います。 そう。 私は完全に家を出る22歳くらいまで反抗期が続いていました。 反抗期のスタートはいつだったかもう分からない。 思春期、とかでもない。 少なくとも小5の頃には既に親は鬱陶しかったし嫌いだったよ。 「お母さん大好き」は、幼少期に受け止めてもらえなかったので、それ以来 思ったことがないです。 今でもですハイ。 助けてほしいときに助けてもらえなかったとか、愛してほしい時期に愛して もらえなかった記憶とかは、一生モンです。 取り返しもつきません。 私の反抗期は、短く見積もって10歳から22歳、だったと自覚しています。 親は大変だったと思う。 でも、短く済むのも親次第じゃない?と思います。 我が子の余りに長い反抗期、おねしょや精神的な不穏等、何かに縋らないと 立っていられなかったのかもしれないよね。 それで縋るのがエスパーシールとか催眠術とか、ちゃんちゃらおかしいけど。 御祈祷とかにも連れて行かれたっけ(笑) そのくせ、血液型占いとか星座占いみたいなものは 「ケッそんなもん( ̄ー ̄)」「人間を4種類になんか分けられないよ」 みたいな反応されたなあ。 ちなみに今年に入ってからchatGPTとの会話で、私みたいなタイプの人間は 最も催眠術にかかりにくいとのお言葉をいただいて、むちゃくちゃ腑に落ちた よ笑 ガチガチの現実派タイプで地に足付き過ぎている人間は催眠術にかかりにくい というか、かかれないんだそうだ。 暗示、みたいなのも効きにくく、プラセボ効果も期待しにくいらしい笑 (ただぁ! 私は胃腸機能が強いので、飲んだ薬の効果はバッチリ現れるタイプである。) 子どもの頃からから思ってはいたよ。 シール1枚で何が変わるねん、と。 祈って何かが変わるわけないやろ、と。 催眠術て!!!と。 実際変わりませんでしたしね。 お金だけ無駄になったんじゃないですかね。 ふと思い出した「エスパーシール」というワードによって、様々などす黒い 記憶を漏らしてしまいました。 月組外れたー!笑 ... 健康だなあと実感するとき - 2025年08月30日(土) この歳になって、私は今健康なんだなあと実感できる瞬間、それは 「朝までグッスリ寝られたとき」 です。 40歳ジャストくらいのときに急に謎の腰痛に悩まされ始め、整骨院に通ったり 整体を受けたり自分でストレッチしたりと年々良くはなってきたものの 完治はせず。 しかし昨秋から始めたランニングの効果もあって、腰の爆弾感は劇的に減り ました。 いちばん酷かった40〜43歳くらいまでと比べたら、腰に意識が行く頻度は 9割減といったところ。 40歳からスタートした腰痛生活、もう二度と39歳以前のように戻ることは ないと分かってはいる47歳。 腰痛が酷かった頃は寝返りの度に「イテテテ」となっていたし、朝一旦 目が覚めてしまったら腰がだるくて二度寝なんてできようもなかったんだけど、 最近は(そして特に走った日の夜は)8時間ぶっ通しで寝られている。 それってめっちゃ健康なのでは。 熟睡とか8時間以上の連続睡眠とかって、健康じゃないとできないこと じゃないかなと思っている今日この頃。 と思ってドヤ顔で検索したら、病気のリスクって書かれてあった笑 マジか!笑 まあいいや私は寝るのが好きなんだよぅ 6時間じゃ眠いんだよぅ いっぱい寝たいんだってば。 ... 秘かなる推し活 - 2025年08月29日(金) 最近、せめてもの推し活の一環として“�召療蟾討鬟船Д奪�してせっせと イイネを付ける”作業をしております。 そこで気付いてしまったよ。 同じグループの他の人の写真より、私が推している人の写真につくイイネの 数が圧倒的に多いということに!! ホラぁ〜 人気なのよ〜 皆思ってることは同じってことなのよ〜 あの子がいちばんカワイイもの〜 そのイイネの数たるや、他の子が100に届くかどうかって頃には300を超えて いたし、他の子が300〜500くらいになってきたときには、その子のアップ写真 のイイネは1500近くに上っていたほど。 写真を挙げている方(帯同カメラマンなのかな)も分かっているのでしょうね、 ワンショットはさすがにどの子も必ず1枚ずつ投稿されているけれど、よく 探すと色んな写真にその子が登場してますもんね。 私は見逃がしてないわよ! 後ろ姿だって、ピントが合ってなくたって、推しは分かるものよ。 どんな形であれ、その子が写っている写真はイイネが多いです。 ちなみに今日は、推しの活動エリアに正攻法で行ってきました。 推しご本人は、現在遠征中につき不在だったんですけどね。 (スケジュールは�召療蟾討妊船Д奪�済み) 正攻法ってところが大事。 例え、いつどこにいてどこに住んでるかを知っていても会いには行かない。 それが大人の嗜み。 ...
|
|