子供はうるさい。 - 2008年01月02日(水) 早朝、ひいばあちゃんが亡くなったとの連絡が老人ホーム から入りました。 95歳です。 天寿を全うしたといえるのではないでしょうか。 ***** 実家滞在も、今日が最後。 実家は、両側を畑に挟まれてポツンと建っている木造一軒家。 寒い!! なんちゅーてもさぶい!! 窓からは冷気が、勝手口からはすきま風が・・・。 よくあんなとこで生活してるなって思う。 ウチらのマンションはすっげー暖かいんですが、その ぬくぬくに慣れてしまった自分たちの軟弱さ加減を思い知り ました。 そして行きと同じく、特急&新幹線を乗り継いでの帰京です。 2日は恒例の“旦那の親戚の集まり”に参加です。 私たちはいつも、2日の午前中に私の実家を発ち、夜には 旦那の親戚宅での宴会に参加するのです。 結構忙しい三が日です。 旦那は私と違って、年上のいとこがいっぱい。 だもんで、子供たちもいっぱい。(といっても4人だけど) この期に及んで何ですが、私はいまだに子供が苦手。 自分の直接の親戚だったり、友人の子供たちは皆大好きだし 大切だけれど、それ以外の子供たちにはほとんど何の感情も 抱くことができません。 子供だからって、赤ちゃんだからって無条件に「かわいい」 とは思えない人間なのです。 もうすぐ母親になるのにね。 もちろん、自分の友人の子供は、友人と同じくらい大切 ですよ。 本当にかわいいなと思うし、幸せも願います。 アレを買ってやろうか、コレにしようか、いや親である 友人の許可を得た方がいいだろうかと頭を悩ませたりも するのです。 そんな中、行きと帰りの電車の中、旦那の集まりに参加している ガキんちょどものはしゃぎっぷりは、私にとってメーワク以外の 何ものでもありませんでした。(苦笑) なぜ、親が注意しないのか本当に不思議で不思議で仕方がない。 2〜3歳未満の子供が、長距離移動を嫌がってむずかって 泣き出すのは仕方がないと思うんですよ。 だけどそれ以上の年齢になってくると、公共の場では静かに しなきゃいけないことが分かるわけじゃないですか? 親の方としても、それを教えなきゃいけない時期じゃないですか? なのに、兄弟どうしで歌を歌いだしたり“アルプス一万じゃく” 的な手拍子付きの遊びを始めたり、大声で笑い出したり奇声を 発することを、どうして咎めないんだろう?と。 「機嫌よく遊んでるからいっか」 と思うんだろうか? 「子供だから許されるだろう」 とでも思うのだろうか? 大間違いだバーカ 周囲の大人のほとんどは、「うるせぇガキだな・・・」と 思ってると思うんだけど。 泣くのも喚くのも仕方ないけど、だったら連結部分に引きずり 出せと私は思ってしまうわけです。 自分がそんなふうに育てられたから?(笑) 食事中にひじをついたら痣がつくほど叩かれたり、口に食べ物 を入れたまましゃべったらほっぺたをつねられたりしたから? だとしたら私が歪んじゃってるだけかしらねぇ。 旦那の親戚の子供たちも、私にしてみりゃうるさいだけで ちっともかわいくはない。 私にとって、子供の存在はそれだけでストレスなんです・・・。 残念ながら。 ... 新年!! - 2008年01月01日(火) 明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願い致します。 今年は、春以降は慣れない子育てに奮闘する1年になるかと 思います。これを読んでくれている先輩ママの皆様! 御指導、御鞭撻の程よろしくお願いします!! ***** 今日は、母方の親戚一同が集まっての焼肉パーティー。 もう20年以上も続く、恒例行事でございます。 20年前は、小さかったりまだ生まれてないいとこたちも いましたが、今ではすっかり大人になってデカくなってる ので、6畳しかないばーちゃんちの今はギュウギュウです。 おまけに私も弟も結婚したりして、食べる量も倍増です。 でも毎年楽しくやってますよ。 幸せなことです。 お年玉ももらっちゃいましたよ、今年で30なのにー!! アチャー 母方のいとこたちの中では私が一番年上なので、一番 最後までお年玉をもらい続けてしまいました。 結婚して、旦那の親戚の集まりに参加したとき、 「アラ、お年玉はないのね?」と思っちゃったくらいです。 普通、学校を卒業したりハタチを超えたりしたら、もらえなく なるシステムらしいです。 知りませんでした。(笑) 来年からは、私たちはいいからご長男様につぎ込んでもらおう! ... ひいばあちゃんへ。 - 2007年12月30日(日) 朝イチの新幹線に乗って、一路故郷へ。 2人なのになぜか駅弁は4つ買って、指定席へと乗り込みました。 新大阪で降り、そこからさらに特急に乗り換えて2時間の 道のり。 早く出たおかげで午前中には実家近くの駅に着き、そこからは 父の車を借りて恒例の親戚めぐり。 まず最初に会いに行ったのは、もちろんひいばあちゃんです。 ひいばあちゃんは個室に移されており、1人で寝てました。 前日の食事は全く取らず、その日の朝食も食べていないとのこと。 お医者さんいわく、 「もうあと2〜3日でしょう。三が日越えられるかどうか・・・」 大きな声で話しかけてみると、一瞬目を開けてうっすら笑みを 浮かべたりするものの、もう言葉は全く話せません。 こちらのことが分かっているのかどうかも怪しいところ。 ひとしきり話しかけたり身体に触れたりして、帰ってきました。 ***** (後日談) 結局ひいばあちゃんは、私たちが帰る1月2日の早朝、息を 引き取りました。 まるで、親戚一同が田舎に帰ってくるのを待っていたように。 私と、義妹(弟の奥さん)は妊婦ということでお通夜と告別式 への参加は控えることになりました。 田舎の風習とかお年寄りの考えとかはよく分からんけど、 妊婦は参加すべきではない、ということになったらしく。 まあ、葬儀の場とかって寒いしね・・・。 そんな場所に妊婦を何時間も居させられないという周囲の 気遣いでしょうか。 てことで、予定通りの電車で帰京してきました。 今、思い出せるひいばあちゃんの顔はいつも笑顔だったな。 入院した先の看護士さんも、老人ホームの介護士さんも 口を揃えて言っていたけれど、ひいばあちゃんはいつも 明るくておもしろいから、話しててとっても楽しい、と。 痴呆の症状はもうずっと前から出ていたけど、痴呆症の 老人にありがちな、ひがみっぽい台詞や他人に攻撃的なことを 言うことも全く無く、いつも朗らかで明るい人でした。 もちろん、ボケてるから話の辻褄は途中から合わなくなって くるんだけど、それも明るく笑って聞けるようなネタみたいな 話でした。 「ベッドの横に置いてあったお菓子を、像と狸が持って行った」 とかね。(笑) 他人が財布を盗んだとか言い出すと困ったさんだけど、そんな こともなかったみたいです。 ひいばあちゃんのお菓子や果物を盗んでいくのは、いつも 動物たち。 楽しいお話でしたよ。 いつもいつも、私を一番にかわいがってくれてありがとう。 私からのハガキを一番楽しみにしてくれてありがとう。 私の結婚を喜んでくれて、妊娠を喜んでくれてありがとう。 ひいばあちゃんに抱っこしてもらえないのがすごく残念で なりません。 ひいひいばあちゃんがいるなんて、すっごく自慢できる ことなのにな。 流産してなかったら間に合ってたな〜なんて、考えても 仕方のないことが頭をよぎります。 何年も何年も同じベッドの上で、天井ばっかり眺めて 暮すのは、もう疲れたよね? ゆっくり安らかに眠ってください。 ひいばあちゃん、ありがとう。 ...
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