ステテコ日和
地球に優しい、目にも優しい
Yes,I love ego☆
No,I love ero

2006年02月09日(木) Not in Employment, Education or Training




旧石器時代、縄文時代、弥生時代、飛鳥時代。

奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代。

江戸時代、明治時代、大正時代、昭和時代、平成時代。

ん〜。

なんか抜けてる気がする・・・


いよいよ明日は妹たちの私立高校受験日です。

そーり風にいうなれば、『2・10事件』

年末までクラブばかりしてたツケが回ってきてるようです。

そりゃもう、かなり必死に勉強してます。

そんなわけで一緒に勉強してるというわけです。


そういえば今の年号は「平成」

小渕さんが発表していましたね。

2000円札発行したのはなんのためだったんだろう。

もちろん良かれと思って出したんだろうけど。

歴史に名前刻めたしいっかって感じかな?


話を元に戻して、平成って誰が考えたんやろ。

省庁が考えるんかな。

平成の次の年号を自分で考えてみたけど思い浮かばない。

これはなかなか難しい・・・

ってわけで省庁さん、提案です。

次の年号は「森永」で行きましょう!!

江戸の次が「明治」なら、平成の次は「森永」だろ。


おっと、忘れちゃいけないお富さん!

ここまでの日記は前フリですよ。

バレンタインチョコレート、宜しくお願いします。

高校3年生の時みたいに、本命チョコと勘違いしませんから。


写真:『網膜剥離』(京都北白川にて)



2006年02月08日(水) 僕の誰か




高槻センター街が阪急からJRに向かって延びている。

その一つ北の筋が高槻中通り。

高校三年生の時に働いていた市場やマルコー、STEPがある。

盛期学園の角を曲がったところのイロハコロッケは最高!!

もう一つ北の筋が高槻本通り。

�睫攵攘瑤忙呂泙蝓⇒襯蕁璽瓮鵑簑臚洩隋�韓国ヘルス、ALOOK。

反対側には頑固やメシヤ丼、雀荘にゲームセンター。

そして宝くじ売場の裏側に七玄ラーメンがある。


そんな今日の日記。


写真:『Swallowtail』(兵庫県佐用郡三日月町卯ノ山峠にて)



2006年02月07日(火) ひと段落




i・ryan・san・su・u・ryu・chi・pa・kyu

村人A、村人B、村人C、村人D


今日は京都の老舗三旅館を書いておこう。

せっかく教えてもらったんだから。

一、炭屋

一、柊屋

一、俵屋


そして日本のホテル御三家は

一、帝国ホテル

一、ホテルオークラ

一、ホテルニューオータニ


現在の新御三家は・・・

一、ウェスティンホテル東京

一、フォーシーズンズホテル椿山荘東京

一、パークハイアット東京


実は旅館、ホテル業にも関心があったりして。

やっぱり接客業が好きみたいだ。


写真:『黄色い鳥』(兵庫県明石市にて)



2006年02月06日(月) CREEP




あんまり考えずに、前を向いて歩いていくことも大切。


考えて行動するひと。

行動してから考えるひと。


文にしただけで、ほら、二文字も違う。

頭の中は一直線。


そして最後に直線は大きな球を描く。

迷ってもいいからとりあえず進もう。


なぜなら道は続いてるから。


写真:『creep』(京都鴨川にて)



2006年02月05日(日) くだらないし、




同じものを持つ二人。

二人は惹かれ合っている。

それは+と+で+になる。


お互い好きじゃないけど、なぜか気になる。

二人は敬遠しあってる。

それは−と−で+になる。


でも恋愛の形はそんなに単純じゃない。

お互いを補い合うような+と−の関係。

結果だけを見れば−になってしまうけど、それは数学の話。


ただ、同じアイを共有しながらも、−になってしまう時もある。

i×i=・・・


あぁ恋愛なんてくだらない。


写真:『6時14分』(静岡熱海カフェ吉にて)



2006年02月04日(土) 花は枯れていく




僕は京都にいた。


受験番号:文100685

氏名:木村晃一郎

方式:A方式

試験日:2002年02月04日(月)


4年前の僕が甦る。

この0204が僕の出発点であり、終着点であるとは露知らず。

思い起こせば、この日僕は徒歩で衣笠まで受験しに行った。

もちろん西院からやけど。

「徒歩より詣でけり」

とか頭で考えながら、円町の緩い坂上っていったのを覚えている。


そして春が来て僕は立命館大学に通うことに決めた。

その時から終わりは用意されていたのだろうか。

その時から今日は用意されていたのだろうか。


オガリンちゃりで花背峠を必死に漕いだり。

真奈美ちゃんドロボーとか。


二回目のランで前歯を八丁に捧げた。

その頃僕は、RUCCが全てだった。

後期から入った僕の目には毎日刺激で溢れた毎日が映っていた。


追い出しを重ねるごとに考えるようになっていた。

僕が卒業する時はどんなふうに卒業していくんだろう。

そして時は流れ、僕が言葉をみんなに贈るようになった。


以下は追い出しの時に話そうと思っていたことだ。

だけど結局何も喋れなかった。

緊張じゃなかった。

多分頭がRUCCからの卒業を拒否していたんだと思う。

走ってる時からずっと頭は真っ白だった。

ネギの言うように、卒業なんて全然めでたくない。




この4年間は本当に早かったです。
大学で多くの友人に出会い、
多くの馬鹿をやり、
時にはケンカし、
時には峠の上で喜び合い、
時には悔しさや悲しさで涙し、
楽しい時間ばっかりじゃないけど、充実してた。

この追い出しに来る前に、昔の写真とか轍を見返していた。
ほんとに様々な思い出が蘇ってくる。

そういえばいつのまにか写真が好きになってた。
日本の地理に詳しくもなってた。
年上の人たちに飛び込んでいく勇気もついてきた。
旅に出て、友達のありがたみを感じた。
旅に出て、人のやさしさに触れた。
旅に出て、帰る場所があることを知った。
僕はどんな大学生よりも大学生をしてると思える。
どんな大学生よりも良い人たちに出会えたと思える。
そんなすべてが過去になってしまうのはちょっと寂しい。
でも、そんないい思い出があるからこそ次も頑張れる気がする。

まず最初に思うのが、4回生なのに何もしてあげられなかったこと。
就職活動とか試験とか色々大変な編集をはじめとする執行部たち。
轍の手伝いも全く顔ださへんかったし。
あんまりプライベートランとか誘うこともなかったし。
飲み会とかもあんまり行ってへんかったし。
気がつけば一人でフラフラどっか行って。
こんな小さな先輩でしたが、本当にすいませんでした。

僕が一回、二回の時に先輩たちに色んな旅に連れて行ってもらって、
執行部になる時に、強く思った。
「僕も後輩たちに恩返しをしていこう」
そして何よりも、後輩と走りたいなぁっていう思いがすごくあって。
で、頑張って3回生の夏前哨戦に初めて後輩を連れて行きました。
それまであんまり話したこともなかったけど、
勇気を出して3人を誘ったのを覚えています。
いざ北海道に渡ってからも毎日が精神的にハードな毎日で、
「どうすれば楽しませてあげられるのか。」
「やっぱり先輩から会話ふった方がいいんかな。」
「何か微妙な空気流れてるけど、気付かへんふりしとこ。」
とか毎日悩んでいました。

茶志内の夜とかルベシナイ川とか肉体的にも精神的にもかなり辛い時。
うまくいかないことや後輩たちへの気配りが全然できなくて、
そんな自分がものすごく嫌にもなって、
一人で来たら良かったって何度も思いました。
やけど前哨戦も終わって、3人からありがとうの言葉を貰って・・・
泣きそうなぐらい嬉しかったです。
頑張って誘って本当に良かったと思いました。

だけど振り返ってみれば、まだまだ出来たことはあったなぁと思います。
本当はもっと喋りたかったけど、恥ずかしくて喋れなかった人もいます。
もっと大学生らしくアホやりたかった人もいっぱいいます。
いつも喋れへんで後悔ばかりで、だけど何も前進がない。
いつも決まった人としか話せない自分がすごく嫌いでした。

何かこのまま消えていくんかな。
そりゃ何も残せなかったし、大したこともしていない。
でも、忘れられたくない。
「木村晃一郎」ってやつがみんなの心の隅っこにでもいられたら、
それだけで僕は良いです。

このRUCCで出会ったみんなのことは忘れません。
死ぬまでずっと、死んでからもずっと。
もう一度生まれ変わって大学生活を送るチャンスがあったら、
もう一回同じようにRUCC生活を送ってみたいと思っています。
それだけ僕の大学生活は充実していました。


気がついたら木枯らしのように、サヨナラはやってきて。
僕たちはもうそこにはいないけど、
木枯らしの去った京都にはまた春がやってきます。

その頃には新しい執行部と2回生が春合宿を終えて慌しく新歓活動してて、
就職活動に悩むスーツ姿の4回生もいて、

そして京都伊勢丹の売場で毎日奮闘している僕がいると思います。

自転車に乗ってみんなと旅をしてきた4年間を誇りに思いながら、
僕も新天地で元気にやっていきたいと思います。


最後にもう一度、
「長くて短い4年間、本当にどうもありがとうございました」




僕は死ぬ時も同じことばかり考えてるだろう。

死ぬまでにRUCCに出会えて良かったと。


写真:『サヨナラ』(岡山鷲羽山にて)



2006年02月03日(金) 四度目の追い出しに




一回生の時は30期の追い出し。

和歌山県は白浜で行われた。

僕は吉野あたりまで一人で走り、そこから先輩たちと自走した。

いわさん、セキさん、そぼろ、そして趙さん。

ガストで一人寒さに凍える僕に、みんなの励ましメールは温かすぎた。

ナイトランでイワサンの自転車修理。

そこには僕の知らない星空が広がっていた。


二回生の時は31期の追い出し。

静岡県は館山寺温泉で行われた。

僕は当時一回生の赤津を誘い、自走の旅に出た。

雪の武平峠から見た星空。

深夜まで走ってようやく辿りついたガスト。

そして隊長や長谷川さん、そぼろと合流して廃線巡り。

宿に着いたときはホッとした。


三回生の時は32期の追い出し。

静岡県は島田で行われた。

僕は後輩を引き連れて静岡を目指した。

ワダカン終了後Avr28kmでドキッチとnight run

ディレーラーが凍り、足は凍傷寸前。

氷点下6度の作手村は語り草。

浜松で合流したYO平には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

過去最上級の旅を作れた赤津、横P、にぃやん、ドキ、クロマ、YO平。

野郎ばかりの旅は最高に楽しかった。


そして今年。

気がつけば追い出される側になっていた。

場所は岡山県岡山市。

知らぬ間に自走の輩は集っていた。

三年連続の赤津。

VIGOREに変わってまた自走のにぃやん。

走ることが本当に好きなんだろうと思う走り屋ドキッチ。

二回生の北山走り屋そーり。

そして今まであまり交流のなかったドンタ。

雨の171号線、176号線を駆け抜け滝野で6人集合。

ガストを深夜3時に追い出され、路頭に迷った僕らは走った。

体力なんて関係なしに走った。

コンビニでみんな死んだように突っ伏していたのが印象的。

西の横綱湯原温泉では混浴に6人大興奮。

赤津とはよく頑張った。

次の日も総理のディレーラーはイカレルは、2時間の遅刻やら。

ドンタと一緒に走れたのもすごく嬉しかった。


こうやって野郎ばかりの集まる追い出し自走。

それももう最後。


カウントダウンは始まっていた。


写真:『薄れていく日々』(岡山県佐用町にて)



2006年02月02日(木) リズムがズレテル




自分としてはできる限り言い訳をせんとこって心掛けてる。

言い訳の内容が正当であっても、その行為自体は笑止千万。

100回の言い訳より1つのごめんなさい。

簡単そうに思えるけど、そうでない人もいる。


言い訳することで本人は罪悪感が打ち消され、自分の心は納得する。

それは失敗の正当化である時が多いと思う。

自分の論理を合理化してまで、僕は自尊心を保ちたくはない。


しっかりとこれができてから書こう思ったけど、今の気分だった。


写真:『黒い情景』(京都八坂神社にて)



2006年02月01日(水) たるしる




今日気付いたことなんて何もない。

24時間1440分86400秒の中で僕は何も得るものがなかった。

損得勘定ならば、今日は自分にとって何も成長材料がなかった日になる。


おれがそのひとのことを考えていても、
その人の世界の住人はおれだけじゃない。


そっか、今日は無生産で価値のない一日だったんだ♪

三歩歩いて二歩下がる♪


写真:『四畳間に二人』(京都晴明神社近くにて)



2006年01月31日(火) mixixixixixixixixixixixixixixim





最近MIXIを始めました。

で、ブラブラしてると・・・

妹の友達発見!!

数分後には、微妙な知り合い発見!!

しかもしかもクリックして内容まで見て行ったし。

足跡残してしまったしメンドクサイなー。


MIXI見てると、凄い人はいっぱいいるんだなぁって。

関さんみたいなんもたまにいるし。

オカシナ(オカシソウナ)人もいっぱいいる。

友達だって一万人作ろうと思ったら作れると思う。

そんな所がおれは苦手。

友達は何人かでいいや。

メンドクサイし。


写真:『山寺の住職』(宮城県山寺にて)


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きむそん

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