ステテコ日和
地球に優しい、目にも優しい
Yes,I love ego☆
No,I love ero

2005年05月25日(水) 謎の病気




胸骨が外れています。

多分。

ここ半年くらい、やばいです。

それはもう、言葉では言い表せないくらい。

ずっと胸骨のあたりでつっかえがされてるような状態です。

そして、それを外すために肩を斜めに引っ張ると、胸骨の一部が一時的に挟まります。

うまいこと挟まったら、ポキッって音が鳴るんです。

指の関節を鳴らしたような、あの気持ち良い音が・・・

そんなんが10分おきに起こります。

首や肩の骨とも連動して、かなりひどいものです。

そのうち、ポッキりと骨が折れてしまいそうです。

早いこと整骨院行かないと。



2005年05月24日(火) セレンディピティ




趣味はコレクションです。

今回はそのコレクションの制限について書こうと思います。

制限っていっても、何を対象物とするかという制限についてです。

収集のコンセプトと言ったほうがよさそうなもの。

一、タダで手に入る

一、統一感がある

一、整理しやすい

一、それを使った作品が作れる

一、他人から見たらしょうもない

一、あほらしい

一、大きくない

一、かさばらない

最近はチェルシーの包み紙も集めだすようになりました。

ガムとかの包装紙には目をつけていたけど、チェルシーは盲点だった。

チェルシーの包み紙は模様も珠玉ながら、手触りもかなり良い感じ。

大きさもちょうどファイリングしやすいので、新規参入となりました。

あとはシールの周りのふちの部分。

プリクラとかの碁盤目状の細い部分!!

あれを使って、なんか作りたいと考えています。

そのうち、収集が収集癖になる日も来るかも・・・



2005年05月23日(月) 伸び





手帳を落としてから、早一ヶ月。

あの手帳があった時は・・

なんてことがよくあります。

あの手帳は思いついたことを書き留める、メモ的な機能がとても強かったす!!

ほわほわ浮かんできた、アイデアたちがストックされていました。

それがなくなった今、僕はもぬけの殻です。

感覚的には「卵の殻」みたいな感じです。

だから最近、ここで何を書いたらいいかわからなくなりがちです。

あのノートじゃないと駄目なんです。

伸びきった輪ゴムを見ても、前みたいに楽しい連想が浮かんでこないんです。



2005年05月22日(日) 落ちてた銀歯




自分自身と深く向き合い、未来への期待と不安を抱きながら東奔西走した4ヶ月間。

就職活動を始める時に作ったノートは残り数ページになった。

机にはいつもこのノートと、スケジュール帳が隣にあって。

そんな就職活動ノートを読み返してみた。

僕の就職活動は、05月12日からだった。

ちょうど一年前〜♪

初めてのエントリーは10月26日。

未知の世界、社会人、仕事・・・

右も左もわからずに、とりあえず第一歩を踏み出した。

そして初めての企業との接触は11月26日。

セブンイレブンジャパンだった。

この頃は、とりあえずSPIばかり勉強してた気がする。

初めての面接は02月24日。

3月まではエントリーはコンビニ業界のみだった。

コンビニ業界以外には目も向けなかった。

好奇心でエントリーするなどということは、考えられなかった。

ずっと憧れていたコンビニ業界。

コンビニ業界に就職できれば、これ以上の幸せはないと思っていた。

そして今、僕はコンビニ業界から内定を頂いた。

しかし、なにか違う。

憧れだけで・・・

色々な思いが交錯しながら、足は止まってしまった。

昨日、ハウス食品の最終面接選考結果が届いた。

コンビニ業界に進むことに、僅かながらの抵抗がある。

その理由はわかりそうで、わからない。

仕事がきついとか、休みがないとか。

そんな問題ではなくて、もっと核心的で根本的なところの話だと思う。

だから少しでも将来への可能性を広げるために、ハウス食品は内定が欲しかった。

「コンカイハソウゴウテキニハンダンシタケッカキイニソイカネルカタチトナリマシタ」

これで持ち駒はなくなった。

就職活動前半戦で絞りすぎた業界選びが、結果として帰ってきた。

大丸百貨店も、3日前に選考が終了した。

これから先のことが、わからなくなってきた。

「納得行くまで!!」

そんな理想を追い求めるような、かっこ良いものではない。

自分の始末の悪さを拭いきるための、ある意味仇討ちみたいなものだ。

6月3日にJR伊勢丹の説明会が催される。

ほんとに好きだから、仕事にしたくないのかもしれない。

そんな僕のコンビニへの思いはどんどん大きくなってきた。



2005年05月21日(土) 集大成




これまでの集大成として何か残したい。

というわけで、今回はこれまでにPLAYしたボーリングのスコアを載せます。

データーベースとして使って頂ければ幸いです。

1995/03/07 @茨木Brunswick
062・060

1996/03/07 @茨木Brunswick
084・061

1996/03/26 @高槻ジャスコ 
135・109・079

1996/03/29 @高槻ジャスコ
066・077・077・093・071・106・100

1996/03/30 @高槻ジャスコ
106・085

1996/04/05 @高槻ジャスコ
119・111・117・130・080・119

1996/05/08 @高槻ジャスコ
127・076・026・032

1996/05/10 @高槻ジャスコ
048・081

1996/05/29 @高槻ジャスコ
091・092・075・086

1997/08/09 @高槻ジャスコ
127

1997/08/14 @高槻ジャスコ
124・103

1998/09/26 @吉祥院ボール 
124・078・087

1997/09/23 @高槻ジャスコ
083・134・110・095・094・089・084・109・132・106

1998/12/24 @高槻ジャスコ
153・121

1999/08/14 @高槻ジャスコ
067・087

2000/01/20 @Brunswick
121・101

2000/02/04 @箕面ボール  
067・183・116

2002/03/21 @Brunswick
083・105・104

2002/05/26 @Brunswick
106・142

2002/12/15 @京劇ボール  
145・101

2003/02/03 @京劇ボール
076・114

2003/02/04 @BRunswick
112・102

2003/04/23 @高槻ジャスコ 
122

2003/05/29 @京劇ボール
108

2004/05/27 @京劇ボール
108

2005/05/26 @京劇ボール
125


通算73ゲーム
合計得点7356点
平均得点100,76点
最高得点183点
最低得点26点



2005年05月20日(金) SEVEN ELEVEn JAPAN




セブンイレブンジャパン

前日赤津んちで軽く宴会やって、この日は朝一で面接。

セブンイレブンジャパンの最終面接だ!!

と言っても04月30日の面接の際に内定っぽいこと言われてたし。

しかも昨日の昨日にファミマから内定を頂いて。

かなり余裕ぶちかまして面接に臨む。

意思確認だけと踏んでたら、これまでで一番厳しいくらいの個人面接。

後から「みん就」見たら、落ちた人もいたみたいで・・

それでも選考終了後に人事部の木下さんから「内定」と伝えられる。

「君は言葉を丁寧に選んで喋ったりと、素直な言葉の一端が垣間見られる。」

「木村君はOFCで凄く活躍できそうだね。」

そして木下さんも立命館大学出身ということもあってか、

「木村君に大阪地区で一番最初の内定をお出ししようと考えていたんです。」

とかなり嬉しいことまで言ってくださった。

どこまで本気に取っていいかわからないけど、かなり嬉しかった。


2004/11/19
京都産業大学就職課 業界説明会(流通) 16:45〜18:15

2004/12/21
仕事体感セミナー 大阪茶屋町アプローズタワー 16:00〜18:00

2005/03/28
会社説明会 新梅田研修センター 10:00〜

2005/04/06
一次選考(筆記試験) クリスタルホール 16:00〜17:30

2005/04/07
一次選考通過連絡

2005/04/15
二次選考(個人面接) 大阪サムティフェイム 16:30〜17:30

2005/04/18
二次選考通過連絡

2005/04/26
三次選考(GD) 大阪国際会議場 15:00〜16:30

2005/04/30
三次選考通過連絡

2005/05/07
四次選考(個人面接) 大阪野田事務所 15:30〜16:00

2005/05/12
四次選考通過連絡

2005/05/20
五次選考(個人面接) 大阪野田事務所 09:30〜10:00


コンビニ業界のリーディングカンパニーであり、日本屈指の高収益企業。

25期連続増益増配を達成という恐ろしいような企業である。

CEOの鈴木敏文は「小売の神様」と呼ばれるほどの人。

日本に初めてコンビニが出来たのが33年前(諸説あり)なので、
25期連続増益増配がどれほど偉大なことか、想像もつかない。

しかし、こんな日本有数の先鋭企業には黒い噂が絶えない。

昨年も新人研修中に、KUBITURIが出るほど。

就職活動中に一度は目にする、ブラック企業リストの常連でもある。

忘れもしない、20041230ミンチ事件もあって内定は辞退する。

ただ、同業他社として参考とすべき点は多いのは現実。

業界勢力図をいつか変えていこうと思う。



2005年05月19日(木) Family Mart





この日、正式な内定を初めて頂いた。

それは例会中だった。

浅野の春一プラン発表の最中に携帯が鳴った。

ファミリーマートだった。

内定と伝えられた。

席に戻って、赤津と喜びを分かち合った。


2004/10/26
ファミリーマート エントリー

2005/02/06
一次選考予約

2005/03/11
会社説明会 大阪IMPホール 14:00〜

2005/03/11
一次選考(筆記試験)

2005/03/18
一次選考通過連絡

2005/03/24
二次選考(GD) 大阪IMPホール 15:20〜17:00

2005/04/05
二次選考通過連絡

2005/04/13
三次選考(集団面接) チサンホテル新大阪 14:00〜14:50

2005/05/02 
三次選考通過連絡

2005/05/14
四次選考(集団面接) チサンホテル新大阪 11:00〜12:00

2005/05/19
四次選考通過連絡→内定


「選考結果はご縁のある方のみ」ということだったのでハラハラした。

特にここは、電話での連絡なのでかなり神経質になってしまう。

それでも、ファミリーマートは人を凄く大事にしてくれる。

就職活動で何十社も見てきたが、一番と言ってもいいくらいだった。

これから先の就職活動どうなるかわからないが、
10年後に自分が働いてる企業がここだと良いなー。




2005年05月18日(水) ∞




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・・・・∞∞∞



2005年05月17日(火) 右から左に




家の前にJAZZ喫茶があります。

この前書いたとおり、高槻はJAZZの街ですから。

半年に一回くらいその店に行きます。

「JKcafe」

全くジャズは知らないですが、演奏を聴くと心が躍りだします。

そうそう、このお店ではどこかから招いたバンドさんが演奏をしてるのです。

この日は京都のなんちゃらと言ってました。

ジャズは自分の中では音符が流れるイメージです。

ストーリーが作られるのではなく、音符が左から右に流れるんです。

店内でキャラメルティーを味わいながら、ジャズを楽しむ。

かなりゼイタクだと思います。

外の道行く人たちが横目でこちらを見ながら家路に向かう、そんな午後のヒトトキ。



2005年05月16日(月) TOUR OF JAPAN




自転車の世界に足を踏み入れて、早4年目。

メッセンジャーなんかは高校の時から憧れていました。

そしてこの日は、念願のツアー・オブ・ジャパンを見に行ってきました。

ツアー・オブ・ジャパンは日本では数少ないステージレースの一つ。

自転車ロードレースとしては日本でも屈指の国際大会です。

ロードレースの三大大会はちなみに以下の三つ。

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��ジロ・デ・イタリア(イタリア)

ツアー・オブ・ジャパンの名の通り、日本国内の6ステージでの闘いとなる。

一日目は大阪堺。
ここは古くから自転車の町として知られている。
高低差はほとんど無く、ゴールスプリントが見られる。

二日目は奈良。
東大寺大仏殿前のスタートはかなり圧巻。
歴史的木製建造物に、色とりどりのレーサースーツが鮮やかに映える。

三日目は信州飯田。
天竜川に沿って沿道の歓声がのぼる。
一番の山岳コースで、前半戦の山場でもある。

四日目は富士山。
このコースの平均勾配は11%と言われ、想像すらできないほどの過酷なステージ。

五日目は伊豆修善寺。
自転車競技のメッカである修善寺は個人的にもかなり行きたい場所。
熱海峠や天城峠など、春合宿のコースと大きく重なる。

六日目は東京日比谷。
最終日は東京が舞台。
皇居に近いオフィス街のため、スタート時は特に観客で埋め尽くされる。

そして今回は二日目の奈良ステージに向かったのだった。

深夜1時に高槻を出発して、奈良についたのは3時過ぎ。

精華町のベンを誘おうかと迷ったが、勘弁してあげた。

しかもこの日はかなりの冷え込み。

深夜3時に大仏殿前まで行ってみたが、当然誰もいない。

ゆきまーに相手をしてもらおうかとも考えたが、勘弁してあげた。

仕方なくコンビニで立ち読み。

奈良に詳しい人ならわかるだろうが、高天通りにセブイレが出来てた。

そしてその向かい角にあったファミマは姿を消していた。

祇園精舎の鐘の音。

そんなことを考えながら、コンビニを後にして深夜の散歩。

東大寺や興福寺、猿沢池などをまわった。

そんなこんなで気がつけば7時。

場所取りもかねて大仏殿前に向かう。

鹿すらいなかった。

それでも30分してから大会実行委員の人が続々登場。

コースの整備などに尽力されていた。

ぼくは東大寺を何周も何周も走って、スタート時刻の9時を待った。

8:30くらいからギャラリーも集まり、選手たちも姿を見せ始めた。

外人選手はやはり奈良にすごく興味があるみたいで、写真を撮ったりしてた。

ちなみに今回のレースは16チームが出場。

そのうち8チームは海外のナショナルチーム。

オランダ、イギリス、オーストラリア、インドネシア、フィリピン、香港、南アフリカ。

そしてアジア最強の自転車大国カザフスタン。

日本からはブリジストン・アンカーやミヤタ、NIPPOなどが出場。

僕も外人選手に積極的に話しかけ、写真などを撮らせてもらった。

スタート時間には東大寺の参道にはかなりの人が。

9:00ちょうどに選手たちはスタートを切っていった。

初めて見に行ったロードレースだったが、やばいくらい興奮した。

8時からはテンションが常にMAX。

刺激的過ぎる一日だった。

帰りは二時間かからずに高槻に着いた。

そして僕は晩まで、死んだように眠り続けた。


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きむそん

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