| 2006年04月20日(木) |
たくさんのご意見、ありがとうございました |
先日の「ケリーの話に思うこと」へのご感想を、いっぱいいただきました。
本当にありがとうございます。
こう申してはまた火に油を注ぎかねないのですが、
ケリーのMCよりもはるかに本当の愛を感じさせる、
深い洞察力にあふれたご意見を、いっぱい読ませていただきました。
心理学に基づいた詳細な分析あり、
わたしもそうですが子育て中の現役オカンからの意見もあり、
そのどれもが冷静な語り口と心遣いに満ちたもので、
きんきファンってすげー! と、あらためて思いましたよ。
と、言うか、
そんな賢くて優しい大人な皆さんが、
誰に頼まれたわけでもないのに、
どちらかと言えばしんどいことの方が多いような気もするのに、
どんだけメゲずに真剣にファンやってんだよ、と言いたくなるほどで。
あきれつつ敬服。 >ほめてますからっ!
いろいろなご意見があったのですが、一番多かったのはやはり
「自分もだいぶ以前から剛さんの言動の中に、
素直には受け入れがたいものが増えてきていた」ということでした。
そこでバッサリ斬り捨てるのももちろんアリです。
そうしなきゃ本人も気づかないだろうし、と思うのも当然。
それが一番楽だから、実はそうしたい、という気持ちは
わたしにもあったのです。
でも、メールを下さった方の多くが、
そこを斬り捨てずに何とか乗り切る方法はないものか、
剛さんの発言の内容には全然共感できないが、
そんなこと言うようになってしまった理由がわかれば
剛さんのこともきんきさんのことも、
これからもちゃんと応援していけるのではないか、と、
まるで理解不可能な犯罪者の犯行動機をさぐるがごとく
>不謹慎だとは思うがこれ以上ぴったりな表現がみつからない
すごく一生懸命考えたり、悶々と悩んだりして
みなさん、自分なりの気持ちの整理をつけ方をしていらっしゃるようでした。
ファンをここまで哲学者・心理学者にさせる男っていったい・・・
それと、「剛さんは充分に大人な男だと思う」というご意見も、
もちろんありました。
わたしがそう思えるようになるのが、数年先なのか、
そんな日は来ないのか、あるいはいきなり数日後だったりするのか、
まったくわかりませんが、そうなれることを心から願っています。
正直なところ、ここまで共感していただけるとも、
ここまで励ましていただけるとも思っておりませんでした。
この件でこんなに共感していただくのは、本当は喜ぶべきことでは
ないのでしょうけれど。
でも、わたしの文章で多くの方を深く傷つけたのも確かです。
自分が失礼で不遜で何様なことを申したということは、
しっかりと肝に銘じておきまする。
抗議メールに埋もれているのでは・・とご心配くださった皆さま、
大丈夫です。お心遣い感謝いたします。
全部にお返事させていただくには、しばらく時間がかかるかと思いますので、
まずはこちらにてまとめてお礼申し上げることをお許しください。
本当にありがとうございました。
| 2006年04月18日(火) |
ケリーの話に思うこと |
今日はとても不遜なことを書きます。
ケリーのMCが大好きで最高に感動している! という方は読まないでください。
その感動に水を差すつもりはまったくありませんから。
それと、これはあくまでもわたしの聞いた4月9日のMCの感想です。
これ以降はもう、MCの内容は変わっているのかもしれないし。
わたしがケリーのMC(4月9日)に感じた居心地の悪さを、
どーにかして言葉にしようと何度も何度もトライしているのですが、
どうにも上手くまとまりません。
これはもう、語るなってことか。黙ってやりすごせ、ということか。
そうなのかもしれないな。
今までもそういうことはいっぱいあったし。
剛さんがいろいろ経験して成長していけば、
おのずと解決するだろうと思ってきたし。
愛してるとか優しさとか感謝とかありがとうとか、
そんな心地よい言葉がいっぱい出てくるMC。
でも、
ケリーの一言一句を全部覚えているわけではないのだけど、
MCの間じゅう「ひえ〜 そんな話聞きたくないよー」と、
内心すっごくじたばたしていたのは覚えているのです。
たいていの人はケリーの言葉に感動している。
剛さんはいっぱい傷ついたから人の痛みがわかる。
だから人にも優しい。
お母さんのこともファンのことも大事に思ってくれている。
「愛してる」って何度も言って、ファンといっぱい分かり合えてくれている、って。
今までの剛さんのソロコンの中で、一番優しい空気に満ちている! って。
そんなふうにうっとりできればどれほど嬉しいことか。
でもわたしには、やっぱり何か違うような気がしてならない。
剛さんが色々大変なことを乗り越えて、今最高に幸せな気持ちで
ライブを行なえていることは、本当に喜ばしいことだと思う。
剛さんが、剛さんのことを大好きな人たちだけに囲まれて、
「愛されてる」という実感をもって、日々歌っていられるのは素晴らしいことだ。
きっと、いっぱい辛い目にあったから、
そんなあたたかい場所にたどりつけたのかもしれない。
ハッピーエンドだ。
なんてふうにはわたしには思えないのだ、哀しいことに。
自分の言っていること、やっていることは「愛だ!」と
確信に満ちすぎている世界は怖い。
愛なんだから共感してあたりまえ、感動してあたりまえ、
そんな雰囲気も、ものすごく排他的で恐ろしい。
剛さんは本当に愛情深い人なのだろうと思う。
でもごめん。剛さんの言う「愛」の話には、
「愛」に絶対必要な(と、わたしは思っている)「厳しさ」とか「強さ」が
欠けているような気がする。 と、いうことに、今気づいた。
だからあのMCを聞いていると、あんなに居心地が悪かったんだ。
そんなこと言うオマエは何様じゃ! というお叱りはごもっともです。
わたしも自分には甘い。自分に甘く人に厳しい。
でも、その甘さを自覚しているつもりではいるのです。
それは変えていかなきゃいけないことだ、とも思っています。
だから、自分に厳しい人には心から憧れるのです。
ザル頭で一生懸命考えてみたのだけど、
愛とはすべてを受け入れ、すべてを赦し・・・とか言うでしょ?
だから、「愛する」ってことを、
相手の甘えや依存や束縛までも受け入れることと、
間違えたりするのじゃないだろうか。
「愛される」ってことを、
相手に甘えてもいい、依存してもいい、束縛してもいい、
と、間違えたりするのじゃないだろうか。
わたしにはホラーにしか聞こえなかったんだよ。
剛さんのお母さんは、生まれ変わったら剛さんの子どもになりたい。
そして、剛さんも、サインを出してくれたらちゃんと気づいてあげられる
自信があるよ、というお話が。
それを大切な人への愛情だと思い、それを親子の絆だと思う剛さんにも、
それに感動する客たちにも、正直ゾっとしてしまったのです。
恐ろしいほどの依存と束縛と甘え。それは愛とは違うのではないか?
優しさとは違うのではないか?
この話題だけからそう感じたわけじゃないのだけど、
たぶん、剛さんはまだ、幼児期なんだな、と思いました。
自分がまずいっぱい愛されないと、
愛することができるようにはならない、と言うでしょ。
で、それはまず、ちっちゃい時から親に、家族に愛されるところから始まる。
その頃は、依存も甘えも束縛もあって当然。
いくら甘えても頼っても「小さいのだから」と、ゆるしてもらえて、
おかーさんが他の人と話をしているだけで不愉快になるほど
おかーさんをひとりじめして。
そんな時代を経て、大人になって、ようやく自分から愛せるようになる。
剛さんは、子どもの頃からいっぱいいっぱい愛されてきた人だと
思っていたのだけど、まだ足りないのかもしれないね。
愛したい量が多すぎて、
その割には愛されたと感じる量が少ないのかもしれない。
だから、本当は愛じゃないものまで、愛と感じてしまうのかもしれない。
お母さんと、お母さんみたいなミュージシャンのみなさんと、
お母さんみたいなファンに囲まれて、それで幸せを感じている精神状態は、
本当にヒドイことを言うようだけど、まだ子どもなのだと思う。
哀しいが、わたしは大人な男にしか憧れないし萌えないのだ。
子どもは守らなきゃいけない対象ではあるが、憧れる対象ではないの。
早くに大人になることを求められていたから、
剛さんは人生でのいろいろな経験をすっ飛ばしてきてしまい、
だから思春期をやりなおさなくちゃいけない人なんだな、と
思うことはたびたびあったのだけど、
子ども時代もやりなおす必要があったのだな。
剛さんがいつか、お母さんみたいなミュージシャンがいなくても、
お母さんみたいなファンに囲まれていなくても、
堂々と幸せを噛み締められる、そんな大人な男になったら、
その時にまた、
「剛さんったら、いつの間にそんなカッコイイ男に〜!」って
萌えつつ大絶叫させていただこう。
ヒドイことを言ってごめんよ。
でも、ここまであのMCの空間が居心地悪かった理由を、
わたしは自分のために解明しておく必要があったのだ。
でなきゃ、剛さんをわけもわからず毛嫌いしてしまいそうだったし。
わたしはそんなにオカン話が嫌いなのかな? って、
マザコン界最高峰(?)のリリー・フランキー氏の
「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」も、読んでみたくらいですから。
でも、「東京タワー」は全然イヤじゃなかった。普通に感動した。
リリー氏は母上を大切にする、魅力的な大人の男だと思った。
だから、オカン話が全部嫌いなわけではないの。
リリー氏の力まで借りて、自分なりに納得できたことで、ちょっと楽になった。
また同じ話をされても、「はいはい。そーね。」と聞いていられるかも。
でもやはり、歌だけ聞いてうっとりしていたかった、というのが
正直な気持ちだよ、ケリー。

ぶた。
いただき物の透明な石鹸の中にいて、ずっと飾られておりました。
このたび、ようやくその石鹸を使いきったので、晴れて世の中に。
意外にかわいらしかったので記念の1枚でございます。
さて、お絵かき堂本兄弟。 >タイトル違います
剛さんが上手なのは今更言うまでもないので、
ここで何かとオイシイのは、やはり光一さんでしょう。
そしてその期待に見事応えてくれましたわ。
ナスみたいな曲線を描いていらした時は、
これがいったいどーやって「皇帝ペンギン」に!? と思いましたが、
アゴの皇帝ミハエル・シューマッハ! >アゴ言うな。
すばらしい。
確実に、堂本光一にしか描けない絵ですね。
そして次のお題「スフィンクス」。
たかみーが大変可愛らしい絵をお描きになるのにも驚きましたが、
誰よりも早くちゃっちゃと描き上げられたのが、あの
風化と侵食の激しいスフィンクス!
「写実的」とはこういうことを言うのだわ。
軽く感動を覚えたわたしはアホでしょうか。
絵の上手な友人に忌憚ない評価をしていただきたい。 >そこまで入れ込むものでも
あとね、コンタクトレンズ使用者のその苦労はよーくわかる。
うちは窓とお布団の位置的に、寝たまま月が見えるんですの。
でも、大変に視力の悪いわたしは、夜更けの綺麗な青白い月も、
裸眼では見えませんのよ。(5重くらいにブレて見える)
星なんてもっと見えない。
ま、その分天敵のゴキくんや蜘蛛くんが出現したときでも、
裸眼ならその形状をはっきり認識することなく始末できたり。
そうそう。
武田真治くんが演奏のみならずトークの時も居てくれるようになったのですね。(嬉)
大好きな役者さんなので、トークへの絡みでも大好きになれるといいな。
でもな〜。素では相当に不思議な人という印象もありますが。
とりあえず、ポケットのないドラえもんへのツッコミぐっじょぶ!
これからも容赦なくお願いしますよ〜。
|