このところずっとKinKiさん関係のCDもDVDもカレンダーも
『ファンタスティポ』関係のものも、ぜーんぶネットで注文して
家に届くのをおとなしく待つばかりでいたのですが、
『TSUYOSHI DOMOTO 2nd LIVE [si:] 〜FIRST LINE〜』
これだけは自らお迎えに行きたいと思ったので、近所のCDショップに予約しました。
予約票もお店の人になんか書かせないもんね。
口頭でこんな長いタイトル言っても、ちゃんと書いてくれるハズないので、
いや、『ツヨシドーモト セカンドライブ シ ファーストライン』
くらいは書いてくれるかもしれないけど、
そうじゃないだろ。
みたいな顔をしてしまうのも(私が)、お店の人に失礼ってもんなので
ホント長いタイトルだよな・・・と、枠内に収めるのに苦労しつつも
ちゃんと初回版と通常版用の2枚を、自分で書いて出してまいりました。
あとはお迎えに行くばかり。
激しく楽しみです。
でも、
『SHOCK』が終わって光一さんがキンキラに戻ってきたと思ったら、剛さんいないし。
どヤ!も、先々週ほんの4日間だけ光一さんがいたと思ったら、先週はまた剛さんひとりだったし。
なかなか、ふたり揃っての自由気ままなおしゃべりが聞けませんわ。
ま、剛さんがひたすらお魚さんの話をしているのを聞くのも楽しいし、
光一さんがひたすらF1の話をしているのを聞くのも楽しいから、それはそれでいいんだけどね。
そうそう、キンキラで光一さんが、今年のF1GPの総合2位と予想したルノーのフィジケラは
今日のオーストラリアGPで早速優勝しましたねー。すごいね。
でね、
剛さんがひとりでどヤ!をやってるうちに、いつの間にかエンディングの言い方が、
「それでは明日もお会いしましょう。お相手は堂本剛でした。」
から、
「また明日お相手したいと思います。」とか
「またお相手しましょう。」とか
言うようになったのですが、そのたびに
みょーにドキっとしてしまうワタシはアホですか?
>アホですね。そーですね。
さ、『新・堂本兄弟』が始まるぞ〜。
剛 「想いはいつか届くだろうと思ってます」(『ポポロ』4月号より)
愛はパワーだよっ。
がんばれトキエダユウジっ!!
って、今頃『to Heart』ごっこやってんじゃねーぞ、
そこの可愛くてオトコマエなふたりぐみーーーっっ!!
ま、『薔薇族』も復刊することですし。 >だからなんなんだ
話が激しく飛びますけど、
この復刊に際して編集長が、同性愛者と言われる人たちも高齢化してきているから、
そういう人たちのニーズにも応えられるような雑誌にしたい、みたいなことをおっしゃってまして、
そうだよな、こういう問題は若者だけじゃなくて、人間一生死ぬまでの問題なんだよな、と
ちょっとうなづいてしまった次第。
さて、冒頭の言葉は、話題にするにはちょっと遅いかもですが、
4月号の『ポポロ』に載っていたものですね。
元日のバースデーコンで、剛さんが光一さんに絵のプレゼントを贈ったとき、
光一さんの表情が微妙だった、ということから出た発言ですね。
届いてるんだよ、いつだって。
剛さんも、それを知っててわざわざこういうことをおっしゃるとは、
届きすぎちゃって余裕しゃくしゃくってことを
見せびらかしたいのかっ この幸せ者ーーーっっ!!!
もし光一さんが、自分が親切にされたり愛されたりしている状態を、
まんま自信たっぷりに受け止めて、その嬉しさとか感謝の気持ちとかを、
器用にソツなく表現できる人だったら、
剛さんがわざとスネてみたり、
剛さんが光一さんを愛情たっぷりにちょこっとイジメてみたり、
みたいな、微笑ましいやりとりはできないからね。
光一さんのこういう可愛らしい不器用さが、なんともありがたい。
ありがとう。ちょっと不器用光ちゃん。
あっちからもこっちからも隣からも、すごくすごくすごーく愛されているのに、
とても照れ屋でとても謙虚なこの人は、
「そんなはずないんじゃないか」とか「そんな風に思って天狗になったらアカンのじゃないか」
みたいにブレーキをかけて、それがついついクールな物言いになるから、
ここぞとばかりに「冷たい」だの「気持ちが込められてない」だの、いじられ放題に。
でも、光一さんのそんなところ、大好きです。
千秋楽後、初の更新となった『SHOW MUST GO ON』の題名が
『終わった』
最高です。
あの舞台を観て、カッコよさ美しさに酔いしれ、
さまざまな想いに感涙した客(含むワタシ)たちの暑苦しいほどイタイほどの想いをよそに、
そんだけのことをやってのけた当の座長は、このひと言。
でも、言い方がクールなだけで、秘めたハートの奥がどれほど熱い人かということは、
ちゃーんと存じております。
想いはいつか届く。
いつ届くかわからないけど。
すんごく回り道して届いた頃には、
届けようとしたことすら忘れてるかもしれないけど。
光一さんの想いは
『終わった』
の、ひと言だけでも、確かに届きましたよ。
♪あかりをつけましょ ぼんぼりに〜♪
ひなまつりですねぇ。
ひな人形、好きだったんだけどなー。
色白の可愛らしい顔も好きだったが、なんと言ってもあのちまちました道具類が大好きで。
三人官女の持ち物をちょっと拝借して、杯にお酒を注ぐ真似したりとか、
お茶道具の棚を飽きずにながめていたりとか、相当遊びました。
結婚してからはマンション住まいで、飾るどころか仕舞っておく場所もなく、
東京の実家に置きっぱなしで、もう10年以上飾ってないのがさびしいです。
ま、せめて部屋に飾る花に桃を加えたりとか、綺麗な和菓子を買ってきたりとか、
その程度で季節を演出しております。
20代の頃は、通勤ルートが地下鉄から会社のビルに地下道で直結していて、
朝、家を出てから最寄駅まで歩く3分間以外は、1日中ずーっと屋内という生活だったので、
季節感なんて本当になかったですわ。
それから比べると、今は季節をそこそこ感じながら生活できているような。
でもさ、舞台とかライブとかの世界は、
日本の伝統芸能でもないかぎり、季節ってあまり関係ないよね。
帝劇の舞台の上、基本的に季節はなかったものね。
最後のあの美しい大桜、あれは冬の終わりと春の始まりのこの季節にふさわしかったけど、
季節を意識したというよりは、散ってもまた次の春には活き活きと芽吹く、
命の強さとつながりをイメージしたものでしょうし。
ライブも、屋内でやる限りは、一歩会場に足を踏み入れたら、そこはもう別世界。
酷暑の夏だろうと、厳寒の冬だろうと、そんなこたぁ全く関係なく、
そこにアナタさえいてくれれば世界は完成するの、みたいな。
季節にふさわしい歌も歌ってくれるけど、
だからその季節をしみじみ感じる、なんてことはあまりないです。
だからなのか何なのか、
ふたりのカレンダーにも季節感ほぼなし。
いいのいいの。
そんなモノ求めたことないです。
1年365日、そこにアナタがいてくれさえすればいいのです。
ほんと大好きですよ、今年のカレンダー。
でもさ、このカレンダーたちは飾る場所を厳密に選ぶよー。
どちらも相当に個性的ですからね。
全く似合わない部屋に飾ったりしたら、
ゴキゲン損ねて、手に手を取って家出しそうなカレンダーたちですよ。
しかも、剛さんのと光一さんのと、まったくテイストが違うから、
これに合う部屋を作ろうと思ったら、
一軒の家の中とは思えないほど違う雰囲気の2部屋が必要です。
っつーか、カレンダーにあわせて部屋を変えようと思う時点ですでにオカシイでしょうか?
>もっとずっと以前からオカシイですから。
ま、剛部屋と光一部屋を作るのが無理となったら、
潔く2つ並べてしまうだな。
あまりの統一感のなさに、
もうどんな無秩序、混沌、カオスな部屋でも大丈夫。
部屋を作りこむ必要もございません。
そんなふたりのカレンダー。
でも、生身のふたりが一緒にいる様子は、
他の誰と一緒にいる時よりも一番しっくりくるのだな。
永遠の謎です。
解き明かす必要もないけど。
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