| 2004年11月19日(金) |
『シンデレラ・クリスマス』など聞きつつ |
着々とクリスマス仕様になってきましたよー、家の中が。
っつーても、小さいシクラメンを2鉢と、さらに小さいポインセチアを1鉢飾っただけですが。
ツリーは、今年は気分的にPINKの飾りにしたかったのですが、イメージどおりのが見つからず、
(しかも作る器用さもなく)、去年のオレンジと一昨年の赤の玉っころが大量に飾られております。
これはこれで好きなんだけどね。
あとは、12月になってからお菓子の家を作製するだな。
ワタシは甘味好きなので、お菓子の家は子どもの頃すっごい憧れでしたわ。
作るようになったのは大人になってからだけど、
作ってみたら、砂糖衣でチョコやキャンディ飾り付けるから甘すぎて、
そんなに食べられないということがわかってちょっと悲しかったです。
ここ数年は子どもの友人が10人ほど、作製時も解体時(正月明けに食べるとき)も参加したがるようになり、
「絶対オレがいる時にして」とそれぞれが勝手なこと言いやがります。
人数が増えたところで2階建ての家を作るでもなく、飾りつけも変わりませんが。
でも、少年たちがこんなことを嬉々としてやりたがるのも今年限りだろうな。
中学になったら、男の子は特にシャイが過ぎて無愛想になるしね。
ま、少年時代を過ぎ、無愛想でわけわかんない思春期を過ぎて大人になったら、
みんなイイ男になってくれたまへ。
その折には、お菓子の家食わせてやった近所の優しいおばちゃんを必ず思い出すよーに。
↑ くれぐれも「魔女」とか言わないように
・・・なんてことばかり言うと、「ロリコン?」「美少年好き?」と思われてしまいそうですが、
事実、ジャニーズ好きはそう思われても仕方ないのでしょうが(でもご近所は私のKinKi好きをしらない)、
そんでもってうちに来る少年たちは整った顔立ちの子がなぜか多かったりするので
これまた近所の奥様たちから「お宅に来るのは可愛い子が多くていいわね」などと言われたりして
「来る者拒まずだよ。選り分けてるわけじゃねーよ。ジャ○ーじゃあるまいし。(←余計な一言)」
と思ったりするのですが、ひとこと申し上げておきますと、少年たちがうじゃうじゃいると
うるさいし臭うし(特に夏場)
部屋の中が砂っぽくなるし(靴下が砂にまみれてるヤツ多し)
おやつ代かかるし場所とるし結構ジャマです。
でも、幼稚園の頃から知ってる子達も多いし、成長ぶりを見るのは色々楽しいです。
さらに言えば、
ワタシはお子ちゃまには全く興味がございません。
美形な大人の男は好きですが、美しくても子どもには興味がございません。
きんきちゃんに興味を持ったのも、彼らが高校卒業してからだし。←それだけでは説得力なし
でも中学生役のワタルは好きだった・・・。 ←主張の信憑性が一気に崩壊
ま、きんきちゃんはふたりとも、早くから「大人な」少年だったからな。 ←無理やり少し挽回
最近Mステで聞いたせいもあり、『シンデレラ・クリスマス』のPVが見たくなって、
ついつい『KISS』のDVDを全部見てしまいましたの。
初期のシングルの頃の彼らはたしかに若い。少年っぽかったりもする。
あの頃から比べれば、今の彼らは着実に良い歳の重ね方をして、ぐんと魅力的になりましたわ。
『ジェットコースター・ロマンス』の若さ丸出し単純溌剌オトコノコな姿から想像すると、
将来の彼らはもっと男っぽく(ビジュアルの面で)なっていそうな気がしたのだけど、
どんどん色っぽく、どんどん性別不詳に、どんどん可愛らしくなってきてますね。
唯一、心意気だけはオトコマエ驀進中ですが。
これからどうなるのかなー。
剛 「僕の50はなんとなく50だと思うんですよ、あぁ50やな、みたいな。」(11/18の『どヤ』より)
どうかなぁ。
18歳から7年後の今の姿すら予想外でしたのに。
あと25年後、サブちゃんになってるか、それともまた全く予想外の姿になっているか。
光一さんは、ん〜 タカミーみたいにはなっていないと思うけど。
・・・他人の心配よりオノレの心配っすね。
日曜日の夕食はすき焼きだったけど、
月曜日の今日も世界は終わらずにちゃんと(?)生きている ふーです。
すき焼きにしたのはもちろん、人生の終わりを覚悟したからではなく、
ただ単に、牛肉がお安かったからです。んまかったです。
すき焼きで力はつけたものの、今日は雨がとても激しく降って肌寒い日でしたわ。
どっかの可愛いクマさんがどんよりしていないとよいのですが。
光 「コンサート、いいね・・。」
天職を得て生き方に覚悟決めてる男のひと言は、カッコよさが違いますわ。
このひと言に「いざという時の私の死に場所は決まった」と、心の安らぎを得た者は推定数十万人。
↑ 例によって根拠のない数字
世界が終わるその直前、ふたりがコンサートやってくれて、
それにファンのみならずふたりの関係者ご一同、そしてそのご家族ご一同、ぜーーんぶで集えたら楽しいね。
で、最後ににみんなですき焼き。
いいねー。
っつーか、多すぎてドームでも絶対無理じゃん。
某豪華客船が沈む時、お客さんたちの気持ちをを少しでも和らげることができたら、と、
最後まで静かに演奏続けた音楽家たちのような、そんな神々しいアイドルの姿がそこにっ。
おぉ、ここにも音楽の原点、及び、エンターテインメントの原点がありますね。
が、そんな素敵な最後のコンサートに集うためには、
自分のみならず家族全員をKinKiファンにせねばな。家族を置いては行けまい。
・・・なんて、一瞬でも真剣に考えた自分。 ← どーにかしろコイツを。
世界の終わりまで面倒見てくれるオトコマエ王子はしかし、
今夜もまた、クマさんを見る表情がとんでもなく可愛らしくて。
光 「『運命のひ〜と〜さぁ♪』や。」
あいだの朋ちゃん通り越して、のけぞって剛さんの方を向くのはいつものことですが、
今回はなぜか3段階くらい カクッ カクッ カクッ ってのけぞり続けた光一さん。
この一見無駄にも思える余計な動きは、
剛さんをしっかり見てしっかり対話するために、
手間ひまかけていることの現われですね。
カクッ1 剛の顔見えた。オレの顔見える?
カクッ2 剛の顔もっと見えた。オレの言ってることわかる?
カクッ3 剛しか見てない。 剛何か言って。
みたいなーーーっっっ ←アホはほっといてください
そんな可愛らしい光一さんの結婚式には、剛さんが歌ってあげるのね。
きゃ〜。想像しただけで感動して泣けてきちゃうねー。
題名は「スネ毛の歌」でも、そこは意表をついて正統派祝福ラブソングで来るに違いない。
かつて「光ちゃん脱いで」なんてフザケタ題名の即興曲で
横浜アリーナを感動の渦で包み込み、(『-ISM』DVDのフィルコン特典映像参照)
相方から画面越しキスを引き出した男ですもの。
・・・ん?
・・・キス。
光一さんを無事に結婚させるためには、
ひょっとして剛さんは登場しない方がいいのか?
・・・・・・・(思案中)
ま、
そうなったらそうなった時で。(思案するまでもなかったな)
野球大会に行かれた方たちは、ほぼどちら様も
光一さん登場の時が一番歓声が凄かった!
と言って下さってるようで、嬉しい限りです。(私は行ってないけど)
こう言ってるのがKinKiファンだけだったら、
あるいはワタクシが唾飛ばしながら言ってるだけだったら、
オマエの耳は正常じゃないからな、と一蹴されるところですが、
正真正銘Jrファンの方たちにもそう聞こえたようなので、確かですね。
剛さんのソロコンに一緒に行ってくれたKAT-TUNファンの方も、
「光一さまがサプライズで登場した時が、昨日一番会場が盛り上がった気がします。」
と報告くださったのですよ。(Oさん、ありがとうございます)
しかも、光一さんが登場してない時でも、
KinKiさんの映像が映されるたびに沸き起こる歓声が群を抜いていたとか。
いや〜
「光一さま」だなんて、
うちのこーさんとつーさんに、 >そんな呼び方してねーよ。しかもつーさんのことは言ってねーよ。
さま付けだなんて、本当に恐縮でございます。
これからも、このふたりを
どしどし愛してやってくださいませ。
あんなに可愛らしくほわほわキラキラでいられるのは、あっちからもこっちからも隣りからも、
どしどしがんがんバリバリに愛されているからだと思いますので。
さて、
王子も愛されていますが、クマさんも愛されてますよー。
『ギターマガジン12月号』に、剛さんと先生こと西川進氏の対談が載っているのですが、
素晴らしいアルバムを作り、素晴らしいライブをやり遂げ、その過程で本当に素敵な関係を
築けた先生と剛さんだったのだ、ということが実によくわかる対談です。
互いに思いやってリスペクトし合える関係って、表面的にはいくらでも有りそうだけど、
本当のところは、なかなか無いものなのかもしれないね。
そんな関係を結べる奇跡的な出会いをして、剛さんは音楽的に今までできなかったことを実現し、
先生は今まで忘れていた色々なことを呼び起こされ、そして互いに立派に評価される仕事ができた。
本当に素敵なことです。
剛さんの
「あの弱々しかった曲が笑顔になり、勇ましく変わった」
という表現が凄い。
その過程は、完成品しか聞けない私どもにはわからないけれど、
剛さんにとっては心が震えるような素敵な体験だったに違いないですもん。
でもさー、悲しいのは、剛さんの使うギターの専門用語がさっぱりわからんのよ。
チョーキング、ミュート、クリシェ・・・辞典で調べなきゃな。
あぁ、いつの間にやら剛さんはいっぱしのギター小僧に・・ >「小僧」言うな、「ギタリスト」と言え
フィッシング天国に代わり、ギター講座を切にお願い。
ついでに毎回ギターの弾き語りお願い。
対談とは別に、先生はご自分の連載コラムでも「堂本剛という男」という題でいっぱい書いて下さってます。
剛さんが先生を呼ぶときの「センセ」が、最初の「セ」がミの音で、
最後の「セ」が一オクターブ下のミの音、と、分析されていたのは面白かったですね。さすがセンセ。
で、その呼び方だと、尊敬を込めた呼びかけというより
「ちょっとアンタ、大丈夫?」みたいなニュアンスになるというのも関東人には初耳。
ちなみに、ワタクシたちが「つよしーっ」「こぉちゃーんっ」と叫んでいる音はどんなんなんでしょね?
ノイズにしたって音階はあるはずだ。
話が逸れました。
コラムでは、対談では言えなかったけど、と前置きして「剛くんを尊敬している」と。
剛さんの「闘い」と重ね合わせて語ってくれた、サポートミュージシャンとしての自分の「闘い」も
とても興味深かったですわ。
センセはギターもカッコイイけど、仕事ぶりもオトコマエっす。
何より素敵なエピソードは、センセが悲しい思い出で落ち込んでしまった時に、
剛さんが「センセ、ちょっと」と楽屋に自分を呼び入れて、
アコギ弾きつつ耳元で歌ってくれたというお話。
生まれて初めての体験にドギマギしている先生を想像すると、めっちゃ可愛い。
でも、その隣りで先生のためだけに心をこめて歌い出しただろう剛さんは、
きっともっと可愛かったのだろうな。
っつーか、
性懲りもなく
べったべったに甘く優しいことやってくれるじゃねぇか
剛さんよぉ。
>明らかにうらやましがってます
音を聞くと分析するクセがついてしまい、
音に癒されることが無くなってしまったというセンセなのに、
目を閉じて聞いていたら涙が出てきて、本当に癒されて、「これこそ音楽の原点」と感じたそうな。
あぁ、剛さん素敵っっっ。
職業音楽家を、音と歌で癒してしまうなんて、
技術もさることながら、技術だけではできないよねぇ。
そんな剛さんの素敵なアルバムとライブを堪能できて、本当に幸せだったな。
癒されっぱなし、翻弄されっぱなし(この場合は「癒される」と同意)だったな。
ワタクシたちはいつだって剛さんの歌と音で気持ちよーくなってるだけだから、
まさしく「音楽の原点」の恩恵に預かっているわけですね。
そう。
愛しいアナタのピンポイント攻撃のド真ん中に、
いつだってワタクシたちはおります。
動かないもーん。
もっと撃ってもっと撃って〜。
なんだか、
剛さんのカッコいい歌、センセのカッコいいギターが聞きたくなってきたぞ。
「誰かさん」と「リュウグウノツカイ」で堪能いたしましょ。
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