あたたかなおうち



 手のひら

バイト先と祐ちゃんの家はとても近い。
バイトのある日はたいてい祐ちゃんの家に帰る。

祐ちゃんは居間でうたた寝していた。
ここで寝たら風邪ひいちゃうよ、と
一度起こして、部屋に連れて行って寝かせる。
隣に座って、布団の上からぽん、ぽん、ぽんと
ゆっくりと軽く拍をとる。
まるで母親のように。

祐ちゃんが眠ったのを確認してから、
私も着替えて歯を磨いてくる。
電気を消して、祐ちゃんの隣にそっと潜りこむ。

布団があったかい。
手をつなごうとして、手のひらを合わせると
祐ちゃんが握ってきてくれて驚く。
眠っているはずなのに。
確かめてみるとやっぱり寝ている。

優しいなぁ、祐ちゃん。
私は、くすくす笑いながら
手を握り返して眠りにつく。


2004年10月22日(金)



 週末

祐ちゃんは今週末、地元に帰っている。
同窓会があるのだ。


祐ちゃんのいない週末を迎えるのは
なかなか久し振りだということに気がついた。
こういうときに限って、
ひとつもバイトが入っていない。


友達とのんびりランチをして、
午後は美容院で髪を切ってもらった。
いつもは自転車で通る道を、今日は歩いてみる。
いつもより念入りに部屋の掃除をして、
いつもよりゆっくりとお風呂につかる。


明日は祐ちゃんが帰ってくる。
髪型、気がついてくれるかな。

2004年10月23日(土)



 地震

地震があった日、ちゅちゅを見ていた。

私の手の上で動き回っていたちゅちゅが
突然飛び降りて
まわし車を勢いよくまわし始めた。
本当に、とても勢いよく。

するとレンジの上のお皿がカタカタと音を立てた。
私は驚いて、すごいねちゅちゅ!と言った。

しかし、ふとおかしいと気づいてテレビをつけた。
画面には地震発生の文字がおどっていた。
私は唖然とした。

動物の本能は本当にあるのだろう。




被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
本当に辛いことと思いますが、どうか頑張ってください。

2004年10月24日(日)



 おかえり

祐ちゃんが実家から帰ってきた。
私は何も用事がなかったので、
電車で途中まで迎えにいった。

車に乗って、隣を見る。
運転している祐ちゃんの横顔が好きだ。

同窓会の話や実家の話を聞く。
祐ちゃんは楽しそうに、懐かしそうに話す。
私はうんうん、とかみしめて聞く。
私の知らない祐ちゃんの話がうれしい。

でも髪を切ったのには気づいてくれない。
少し寂しくなって、会話が途切れたときに窓の外を見る。

すると急に頭の後ろをぽんぽん、とされる。
驚いて振り返ると祐ちゃんが優しく笑っている。
あとでちゃんとほめてあげるから

気がついてたの!
と私は笑いながら言う。

2004年10月25日(月)



 ゆめ

昔から、目指している人物像のようなものがある。

名前を聞いて、顔をふと思い出すときに、
必ず笑顔が浮かぶようなひと。


そんなひとになりたい。
そんな先生でありたい。

いつかなれたらいいな、と思う。

2004年10月26日(火)



 なくしもの

昨日はホワイトシチューにした。
寒い日が続いている。
もうすぐ、11月だ。

祐ちゃんが申し訳なさそうに、
指輪をなくしてしまったことを報告してきた。
私は、ついになくしたか、と思い、
いいよいいよ、と笑う。
祐ちゃんの身の回りを見れば、
なくすのは時間の問題だと容易に想像がついた。
机の上にも床にも、教材や資料が散乱した部屋。

かなり探したようだった。
子どものようにうなだれる祐ちゃんを見て、
私はなんだか切なくなる。
そんなに気にしなくていいよ
穏やかに声をかける。
それが余計にこたえるらしく
祐ちゃんは力なく頷く。

2004年10月27日(水)



 リップクリーム

肌が弱くなった。去年の冬からだろうか。
特に唇が荒れやすい。
ひびが割れて、血がにじむ。
昔は肌荒れなんて無関係だったというのに。

リップクリームを塗るようにしているのだけれど、
忘れっぽい私は持ち歩くことがなかなかできない。

また持ってくるの忘れたの?
祐ちゃんはあきれて言う。
うん…
私の唇は、がさがさというよりもぼろぼろだ。

ちょっとコンビニ行ってくるから待ってて
祐ちゃんが車を降りる。
飲み物でも買ってくるのだろう。
映画のレイトショーに出掛けるところだ。

帰ってきた祐ちゃんが私に袋を手渡す。
はい、プレゼント。
リップクリームだった。
私は口をあけて祐ちゃんを見る。
メンズしかなかったんだけどね。なくしちゃだめだよ
祐ちゃんが笑う。

単純な私は
これからちゃんと持ち歩ける気がする。

2004年10月28日(木)
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