自宅出産であってもなくても、妊婦さんにとって、体重の管理は大切なことです。妊娠中毒症の予防のため、安産のため、産後の体重をもとに戻りやすくするため、体重を増やしすぎないように注意しなければなりません。 『カラー版 はじめての妊娠・出産』(池下久弥/ナツメ社)2002年、という本によると、体重増加の目安として、「ふつうの人 8〜10kg」、「やせている人 10〜12kg」、「太っている人 7〜8kg」とありました。 ちなみに、1人目を出産したときは20kg以上も増え、助産所の助産婦さんにも、そのことで「こんなに太っていては、難産になりますよ」とたびたび怒られました。このときに太ってしまった原因は、ストレスのためです。この頃の生活については、頁を改めて書きたいと思っていますが、生活が不安定で、しかもぼくがバイトのことばかり考えており、非協力的でした。それに加えて、助産婦さんに怒られたことがさらなるストレスになってしまったのです。 2人目を自宅で出産したときは、助産婦さんに何も言われず、体重増加についてはそれほど神経質になりませんでした。もっとも、当時は妻が働いていたので忙しく、太る暇もなかったということもあります。
そして、このたびの三人目の妊娠ですが、妻は、「ふつうの人」ですが、抑制気味にしたかったので、目標増加体重を8kgと設定することにしました。現在4か月なので、残り28週(=7か月)を、1週あたり250g の増加とすると、増加体重が7kgになってしまいます。これを目標値とすると、多少オーバーしていても大丈夫だと思ってしまい、危険です。かといって、1週あたり275gとすると、管理が難しくなります。 そこで、1週あたり300g の増加とすることにしました。こうすれば、1か月で1.2kg、7か月で8.4kgの増加となります。これでは、多少目標よりもオーバーしてしまいますが、300gが最大値だと認識していれば、抑制気味に管理できるでしょう。
9月8日(12週=4か月)時点の体重が52kgで、これを起点とします。これに、7か月で8.4kgの増加分を加え、予定日3月23日の目標体重は、52kg +8.4kg =60.4kgとなります。ぼくたちは、カレンダーに毎週300gずつの増加分を、予定日まで書き込みました。 ちなみに、9月26日現在の体重は、52.4 kgで、計算によると、9月29日時点で52.9kgまでよいので、今のところは範囲内です。これから、つわりがおさまってきて、食欲が回復してきたときが要注意です。 特に、病院にかからず、自宅出産に臨もうとするときは、安産をめざした自己管理が重要となってきます。自宅で快適に出産をするためには、それなりの努力がいるということです。でも、実は、どの妊婦さんとその家族にとっても、妊娠・出産について自覚的になり、体調を管理することはいいことです。
などと書きつつも、今日はアップル・パイを作ってしまいました。とても喜んでくれるので、つい、作りたくなってしまうのです。まだまだ、ぼくも徹底できていません。せめてものカロリーダウンのために、アップルパイの 「ふた」は省略しました。体重が増えすぎたら、「底」も省略しましょう。そうすると、アップルパイはただの「アップル」になってしまいますね。
ぼくたちは、おなかの中に子どもがいるときに名前をつけて呼ぶことにしています。3人目の子どもは、「しーちゃん」と呼ぶことにしました。 産まれるまでその名前で呼びます。例えば、妻が疲れておなかがいたくなったときは、 「しーちゃん、だいじょうぶたよ。ちょっと、疲れただけだからね」と言ったりします。 また、子どもたちは、 「しーちゃんが生まれたら、おむつをかえてあげて、抱っこして、散歩に連れて行ってあげる」などと言っています。 半年以上もの間、家族でその名前で呼んでいると、産まれて名前をつけてからも、その呼び名を変えることはできなくなってしまいます。かと言って、本名には産まれたときの親の思いもこめていますので、呼び名とはまったく別の本名になります。 ですから、子どもたちはそれぞれ、本名と呼び名の2つの名前を持つことになります。家にいるときには、ほとんど呼び名で呼びあっていますが、保育園に行くようになると、本名も必要になってきます。それでも、保育士さんたちには、呼び名があることを伝え、呼び名で呼んでもらうようにしています。 つまり、「しーちゃん」は、「はやししおり」といった名前になるとは限らず、「はやしはなこ」になったりします。保育士さんたちには、「しーちゃん」と呼んでもらいますが、友達の親や、担任以外の保育士さんの中には、「はなこちゃん」などと本名で呼ぶ人もいます。 本人たちは、このような状況をどうとらえているかというと、驚くほど的確に、場面によって使い分けています。 自分のことは、「しーちゃん」と言いますが、例えばはじめて会った人に 「お名前は?」とたずねられれば、 「はやしはなこです」と答えます。そして、「しーちゃん」と呼ばれても「はなこちゃん」と呼ばれてもふりかえることができるのです。
保育園のクラス名は、動物の名前になっています。話がややこしくなるのは、クラス名と本名に同じものがあって、しかも違うクラスに所属していたりする場合です。 例えば、本名が「はやしいるか(仮名)」だとします。そして、保育園には「いるか組」があり、しかし、「いるか君」が「くま組」だとします。 すると、「しーちゃんは、本名がいるかだが、いるか組ではなくくま組です」ということになります。しかも、きょうだいが「いるか組」だったりすると、こんなことになってしまいます。 「しーちゃんは、本名がいるかだが、いるか組ではなくくま組です。弟は、もーちゃんで、本名はたかしですが、いるか組です」 こうやって、事態は混沌としてくるのですが、これは、実際にあったことなのです。
2004年09月22日(水) |
普光院亜紀『共働き子育て入門』 |
『共働き子育て入門』(普光院亜紀/集英社新書 714円)2003年、読了。育児休暇、学童保育などについて知りたかったので、保育園に関する部分は飛ばして読みました。制度、親の心情、子どもと接するときの具体的な行動指針についてなど、必要な情報がぎっしり詰まった好著でした。 以前、職場の総務部に育児休暇中の給与について問い合わせたら、「ゼロです」との返答でしたが、本書によると、雇用保険から給与の30%が支給されるとのことでした。調べてみる必要がありそうです。 ぼくの職場では、女性は結婚したらやめることになっているそうで、そうなると、育児休暇をとる可能性があるのはほとんど男性だということになり、周りを見渡したとしても、そんな話は聞かないので、おそらく誰もとったことがないのでしょう。
保育園に子どもを迎えに行くため、夕食の支度をするために定時に退所したり、子どもの病気を理由に遅刻したり休んだりする人もいませんが、ぼくはそうしています。周囲の理解もあるのですが、多少の居心地の悪さを感じることがあります。でも、これからは、どんどんそういうことが当たり前になっていくのです、ということが本書には書かれており、これでいいんだな、と思いました。 「みんなが子育てのために仕事を休んだりするという前提になれば、それなりの職場の体制づくり、意識の変化が進むはずです。『家庭の都合を職場にもち込む』のは母親社員だけでなく、父親社員も同様。」 「『必ず残業をする』『家庭の都合で仕事を休まない』という働き方が『一人前に働く』ことだと考えるかどうかは職場風土にかかわる問題ですが、職場風土は働く人たちの意識によっても変わっていきます。」
こんな文書を読むと、元気が出ます。 ちょっと、「自宅出産日記」から脱線してしまいましたが、おすすめの本でした。
2004年09月21日(火) |
つわりのピークが過ぎたようです |
9/14の日記に少し手を加えました。ご覧ください。
13週も終わりが近づいてきました。妻の体調が回復してきました。つい先日までの生活は、朝は頭痛やら腹痛やらで調子が悪く、なんとか朝食は食べるものの、午前中は寝込んでおり、昼食を食べてテレビを少し観て、それで疲れてしまってまた横になり、しかも頭痛がしてあまり眠れなかったりして、夕方ぼくが帰宅して、やっと起き上がり、夜も具合がよくなくて、足の裏を押したりする、といった感じでした。つまり、1日中、体調が良い時間帯というものは存在しなかったのです。
しかし、行けないかと思っていた子どもたちの運動会も皆で行けました。子どもたちも嬉しそうでした。他人のことは気にせず、もくもくと自分の動きに集中する娘は、リレー走でアウトコースながらも、ほとんど隣の男の子と並んで走り続けるというがんばりを見せてくれました。 一方で息子は、クラスでも年齢が高いほうなので、あまり真剣になれないのか、なんとなく競技に参加しており、きょうだいでもこんなにも違うものなのだなと、思わされました。とっくに3歳になってしまった息子には、2歳児はとても小さく思えてしまうのかもしれません。
昨日、今までベッドでとっていた食事を子どもたちと一緒に食卓でとる、と宣言していました。友人の子どもの誕生パーティーをうちでひらいたのですが、妻もしっかりと台所に立ち、久しぶりに一緒に料理をしました。何よりも、妻が元気になったと思わされたのは、ぼくに対していろいろ注文をつけられるようになったことからでした。 今までは、なにかと 「家事も育児も何から何までやってもらって、すまないねえ」と言っていました。しかし、昨日は 「普通、肉はこっちの方向に切るでしょう」とか(たしかにぼくが変な切り方をしていました)、 「シンクの中にむいたジャガイモなんか置いておいたらじゃまでしょうとか(すみません)、言っていたのです。 そんな声を聞いたのは久しぶりだったので、ぼくは注文をつけられながらも、内心嬉しく思っていました。
昨日のメニューは、豚バラの角煮とカラーピーマンとたまねぎの酢豚風、あなごと豆腐の卵とじ、肉じゃが、ロールキャベツみたい、アップルパイ、ソフトクリームでした。来る予定の人たちが来なかったりして、ずいぶんと余ってしまったおかげで、今朝の朝食も温めただけですみましたし、今日のお弁当も豪華になりました。 もっとも、子どもたちは、デザートさえあれば幸せ、といった風情でしたが。 ちなみに、「ロールキャベツみたい」というのはNHKの「きょうの料理」で小林カツ代さんが紹介していたもので、「巻かないけれどもロールキャベツみたいにおいしいもの」です。スープ、ケチャップ、トマトジュース、の中に8等分したキャベツと人参を入れて煮、煮立ったらひき肉を入れるだけです。妻のアレンジでひき肉ではなく、肉だんごにしました。キャベツの芯、人参の皮、卵、片栗粉、パセリやセロリ、ナツメグなどと豚肉を、それぞれフードプロセッサーで細かくして混ぜ、丸めて鍋に入れました。 なんだか、アメリカ南部の母の味、といったような感じでした。友人はロシアの味だと言っていましたが、大好評でした。
ここのところ、妻は洟をひっきりなしにかんでいました。先日来続いていた頭痛が、蓄膿症などの鼻の不調と関連があるのではないかと心配し、医者にかかりたいと言われました。 「薬は飲めないけど、鼻の中を洗浄してもらえたら、すっきりするし」 そこで、近所の耳鼻科へ行きました。まず、問診表に自分で記入します。下の方に、「妊娠している方 → か月」と書く欄がありましたので、妻は「4」と書きこみました。 病院がとても苦手な妻は、待合室で待っているあいだも、「やっぱり帰ろうか。こんなことで来て、なんて怒られそうだし」と言っていました。そして、やっぱりひっきりなしに洟をかんでいました。 名前が呼ばれ、妻は診察室に入っていきました。耳をそばだてていると、何やらやりとりがあってから、吸入をすることになったようでした。しばらくすると、すっきりとした顔になって出てきました。 「どうだった?」 「鼻炎だって。洟が透明だから蓄膿ではないって。薬品入りの吸入をしたら、すっきりしたよ」と言いました。 「薬は?」 「出るって」 「飲み薬?」 「うん」 「妊娠しててもいいのかな。先生は妊娠のことわかっているのかな」 「そりゃあ、わかってるんじゃない。ちゃんと、『4か月』って書いたんだから」 そんな話をしていると、先生が診察室から出てきて、待合室を横切って、奥に入っていきました。 それから受付で名前を呼ばれました。 「処方箋が出ています」 と言って差し出された紙を見ると、2種類の飲み薬が7日分も処方されていました。 「あのお、妊娠しているんですけど、この薬飲んでもいいんですか」とぼくは聞きました。受付の人は 「先生にお話しましたか」と妻に向かって言いました。 「いえ。問診表には書きましたけど」 「ちょっと待ってください」と言って、受付の人は先生に内線電話をかけました。 「今、先生がいらっしゃいます」と言われて、ぼくたちは腰掛けて待っていました。すると、先生がやってきて、こちらを見ずに前を通り、診察室へ入っていきました。 ぼくは、どうも、感じが悪いなと思いました。 再び診察室に呼ばれて妻は入って行きました。少しして戻ってくると 「飲み薬はやめて、吸入する薬にするって。でも、1日4回の薬だけど、2回くらいにしてくださいだって」 ぼくは、何ていいかげんなんだろう。もし、気づかずに薬を服用したら、大変なことになったかもしれないのに。と思い、怒りを表明しようかと思いました。しかし、妻がちっとも怒っていなかったので、ここでぼくが怒ったりしたら、逆に妻に不快な思いをさせてしまうのではないかと考え、怒らないことにしました。
医院を出ると妻は言いました。 「吸入薬も買いに行かないつもりだよ」 「そうか。最初の薬も、結局、処方されても飲まなかったか」 「うん」 「でも、あのお医者さん、感じ悪くなかった? 怒ろうかと思ったよ。こっちを見もしないでさ」 「ああ。あれは、恥ずかしかったんだと思う。なんか、早口だったし、目を合わせないし。とても人見知りをする人だったんじゃないかな」 「そうだったんだ」 「それに、ちゃんと『うっかりしてました』って謝ってくれたよ。ちゃんと、診察室で。あんなとき、電話だけで済ましちゃう先生もいるんじゃないかな」 「そうか、じゃあ、怒らなくてよかったよ。でも、薬のことは自分で気をつけなくちゃいけないね」 「うん」
自宅出産に限ったことではないと思いますが、他人任せにしないで、自分で注意を怠らないことが大切だなと、改めて思った日でした。まあ、どのみち、妻は薬を飲む気はさらさらなかったようなので、処方箋ごときに目くじらを立たせることはなかったのかもしれませんが。
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