| 2003年12月13日(土) |
苦しみのない鑑定依頼 |
これまでの日記で 「念」についてお話をさせて頂きました。
HPを開設した当初は、あえて霊的なことには触れずに どちらかというと、 医療従事者としての私を前面に出し、書いていました。 その頃の私は、 自分の心で感じる声や色、音などを どう表現していいのかわからなかったからです。 勿論、今もそうですけど。 私はこの日記を書きながら 様々な勉強をさせて頂いています。
先日の鑑定でも、私は学びを受けました。
鑑定の依頼内容は、一言だけ。 「私から感じる事を教えてください」 「私の未来を見てください」 とだけ、書かれていました。
この方からは何の苦しみも感じられませんでした。 勿論、この方に悩みがないわけではありません。 彼女の中にはやるべき事があり、 それが悩みとなって出ていましたから。 けれど、 彼女からのメールには救って欲しい という気持ちは全然なく 明らかに、 「霊能力者なのかを見抜いてやろう」 という悪意に近いものがあると 私の心は感じていました。
彼女は私と同じように 占いか鑑定の様な事をされているのでしょう。 こういう場合、 私の心が強く感じるのは 彼女の持つ「障り」と 今後、障りによって 起こるであろうと思われる将来の彼女の姿です。
私の心の中では、声がしていました。 「この人を知っている」 おそらく、 掲示板の中での彼女を知っているのでしょう。
私の中には、悲しみ、と同時に恐怖がありました。
私は自分を完璧な霊能者だとは思っていません。 前にも書きましたが、 私は普段、力を表に出す事はなく、 その力を使うのは、鑑定の時だけ。 そして、鑑定の時は神仏の力もお借りするのです。 彼女は私を試したのではなく、 神仏を試したのです。
これが、どういう意味を持つのか。
それを知っている私は今後の彼女を とても心配しています。
遊びでやる占いではないのです。 私の行う鑑定は重要な意味を含むものです。 だからこそ、 私は普段はこの力を抑えるのです。
勿論、 私の事を完璧に信用していなくて 不安な気持ちで一杯の依頼が殆どです。 けれど、依頼の内容には 「霊能者かどうかはわからない。 でも、助けて欲しい。」 という真剣な思いが詰まっています。
それが普通の方です。 それが当たり前の反応だと思っています。
本当に苦しむ人に 何かのきっかけを与える事が できれば、いい。 私の鑑定で何かを感じてくれればいい。 それが私の願いです。 その後、 どうするか、決断するのは本人です。
「毎日の生活、毎日の行動で、未来を創る」
今回、私が改めて感じた事です。 この方にも鑑定から何かをきっかけとして得て欲しい。 自分で自分の幸せを壊す事はやめて欲しいのです。 人は幸せになる為に生まれたのです。 何度でも言います。
貴方は幸せになる為に生まれたのです。
どうか、その事を忘れないで。
もう今年も残りわずかです。 今年の貴方はどうでしたか? 来年はどういう年にしたいですか?
一日、一日を大切に 善徳を積めるような行動をしましょうね。
さぁ、私はこれから何をしようか、 するべき事は沢山あるけれど・・・ まずは深呼吸! 貴方も深呼吸!
明日という大事な一日に向けて頑張りましょうね。 良い一日をお過ごし下さい。
−AYA−
| 2003年12月10日(水) |
物に宿った念・・・�� |
今日は物に宿った念についてお話します。 皆さんは「エメラルドの呪い」という 高価な指輪にまつわるお話を聞いた事がないですか? 王族に伝わる指輪で、その指輪を持った人には 災いが起こると言う話。 実際にあったのかはわかりませんが。
今日のお話は私が過去に経験した実話です。
相談者の方は30代半ばの離婚経験をもつ女性。 将来を鑑定して欲しいとの依頼で、 彼女の自宅へ訪問しました。 部屋にはどんよりとした濁った空気が漂っていて そこには彼女の自画像が飾ってありました。 その絵の中に、彼女に強い「念」を持った男性の姿がみえます 彼女に強い未練を残していると私の心は感じていました。 お話を伺うと、それは前のご主人が書いた物でした。
この方の場合はすぐに特定することができましたが、 中には特定する事が難しい物があります。
その人は私の個人的な友人の一人で、 彼女の部屋に遊びに行った時の事です。 彼女の部屋に入ると、獣の匂いとお線香の匂いがする。 私の心の奥では警告を発しています。 「うーん・・・」と思いながらも、 心は落ち着かず、とにかく何かある、と感じていました。
私は個人的な友人の鑑定は一切しません。 なぜなら、 表面にいる私(普段の私)と 心の奥の私(ユタの私)とが対立をするからです。 頭の中に個人的な見解が浮かび、 どうしても、冷静な判断ができないのです。 この人の場合は 僧侶の六明師に霊視をお願いし指示を仰ぎました。
原因は遊園地で買ったむいぐるみでした。 むいぐるみの中に憎しみの念が入っていたんです。 勿論、新品ですよ。
心のこもった手作りの物や歴史のある古い物に 念が入る事は想像できますが、 何故、新品のものに念が入っているのか?
皆さん、前回の日記に書いたこと覚えていますか? 憎しみや妬み、恨み等といった心には 低い位置にいる御霊が近づくと、書いた事。
実は彼女はその頃、 一人の女性の悪口をしきりに言っていたんです。 憎しみの念の入ったむいぐるみを 彼女の心が引き寄せてしまったんです。
わかりますか?
人の持つ心が環境を創るんです。 偶然に流れている様に見えても、 実は自分の心が環境を引き寄せているんです。
憎しみを持つ心には それと波動を同じにする人や物が、集まります。
怖いですか? ごめんなさいね。
でも、 「念」というのは良いものも存在しています。
「あの人がどうか無事でありますように。」 という祈りにも近い「念」です。 貴方の中にある思いやりの心です。 仏教的に言うならば「慈悲」の心。 その良い念を持った人の周りには良い物や人が集まります。
今日も鑑定なしでの「身代わり念珠」のお申し込みがありましたが 御念珠の中には「性根」という神仏の念が入っています。 だから、御念珠をしてから、なんだか心が落ち着くとか スムーズに物事が流れるようになったとかという感想が出るんです。
今日は「物に宿る念」という事についてお話しましたが 何でもいいですよ。 皆さんが聞きたい事がありましたら どうか、遠慮なく、上のメールから申し込んでくださいな。
明日も寒いですよ。 心にしっかりと暖かい思い(念)を持って過ごしましょうね。
−貴方の明日が暖かいものでありますようにー 心を込めて。
ーAYAー
| 2003年12月06日(土) |
「生霊」 (�皚◆� |
先日の日記に「念」という事についてお話しました。 良くない思い、「念」は「生霊」というものを生む。 という事が皆さんにはご理解頂けましたでしょうか。
「生霊」が何故、怖いのか? 亡くなられた人の御霊は供養をきちんと滞りなく行えば、 貴方に幸せを運ぼうと貴方を優しく見守ります。 けれど、 「生霊」というのは解除する事が本当に難しい。 送った人の心を変えなければならないからです。 自分を変える事も難しいのに、 自分の事を憎んでいる相手の心です。 その人の心を変える事なんて、 普通ではとても困難です。
「生霊」を送られた人の殆どは不眠を訴えます。 必ず、昔でいう「丑三つ時」に目が覚める。 ちょうど、夜中の2〜3時くらいです。 又、送った人も物事はスムーズに流れず、 その人にとっての「災い」がもたらされます。
結局、どちらも幸せの毎日から遠く離れてしまう。 人はこの世に幸せになる為に生まれてきたのに・・・
でも、 憎しみの「念」を送った人が悪いのではないのです。 それだけの「念」を受けてしまう人にも、 必ず、何か原因があるはずです。
その原因が何か。と考え、 自分の悪いところを直していこう、と努力する。 それが、幸せになるための心、行いなのです。
人は痛い目にあって、初めて、己(自分)を知るのです。
だから、 一概に「生霊」はいけないもの! とも言い切れない。 だって、 長い目で見た時、それは幸せになる為の教えになりますから。 貴方が良くなるように、 貴方が幸せになるように、 と導いてくれたと私は考えてしまう。 貴方が「生霊」というものを通し 自分の毎日を振り返る事ができる。
そう考えると「生霊」も又、ありがたい事になりませんか?
人から批判されても中傷されても 「感謝」という気持ちが生まれ、 喜びに変わる。 心は穏やかに、又、光を放つ。 毎日が幸せと思える様になる。 そうなれば、夜もぐっすり眠れるようになります。
この世の全ては、 貴方が幸せになるために用意されているのです。
今日は「生霊」について 先日の補足をさせていただきましたが、 実は 「念」というものは、物にも宿る事があるんです。 今度は、私が過去に体験した 物に宿った「念」 についてのお話をしたいと思います。 又、楽しみに待っていて下さいね。
人は幸せになる為に存在しています。
自分を良く思っていないあの人も 貴方の幸せのお手伝いをしてくれているのです。 それを 心におき、毎日を振り返る。
ー貴方はこの世に幸せになる為に生まれたのですよ。− 貴方の心の奥深くの幸せの扉の中から「声」が聞こえます。 扉の鍵を持っているのは貴方だけです。 私は貴方の心の扉を軽くノックするだけ。 幸せの扉を開くのは貴方です。 扉の向こうには 幸せの光 が存在しています。
−貴方の心が 光 に包まれますようにー 心を込めて。
−AYA−
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