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スナの自由気ままな画像付き日記
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2004年11月06日(土)_
ハンズではもうクリスマス


今日はゆっくり寝てから、横浜へ出かけた。コンタクトの定期検査を受けたり、有隣堂でランスの新著『毎秒が生きるチャンス!』を買ったり、ハンズに行って文房具を買ったり、ヨドバシでソフトやメディアを買ったり、「KILL BILL vol.2」を鑑賞したり。

ハンズの1Fでは、もうクリスマスツリーやらクリスマス用の装飾品がフロアのほとんどを占拠し、まだ11月始めだというのにクリスマスムード。なんとなく、まだ夏の終わりの気分が抜けていない感じがするんだけど、クリスマスツリーなんぞを見てしまったので、嫌でも年末を感じてしまう。もうそんな季節か〜。

ヨドバシのソフトウェアフロアの中心には、セキュリティーソフトコーナーがあった。この季節に各社次年度バージョンのソフトが発売される。おれが使っているNIS(Norton Internet Security)の2004も、そろそろ期限が切れそうなので2005を買った。

このシマンテックのコーナーに広告の大きな紙があって、それが黄色いヘルメットをつけたロード選手の姿がでっかく写っている広告だったので、ついつい魅入ってしまった。屈強なローディ=強いセキュリティという感じなのだろう。

そういえば、ロード購入を考えている同期と何度かメールのやりとりをしたけど、どうやら彼はLOOKを買うようだ。2005年モデルを購入予定らしく、ニューアルテ装備のロードを12月に買うとか。買ってすぐ冬休みが来るので、乗り始めるにはちょうどいいのかも。買ったら一緒に走りに行く予定なので、楽しみだ。
2004年11月03日(水)_
日没和田峠ラン


嬉しい平日の休み。10月は雨ばかりだったが、11月は最初の祝日から晴れだ。しかし、月、火といきなり睡眠時間3時間の生活が続いたので、睡眠をしっかりとることに。昼頃まで寝て、睡眠不足がかなり解消された。

外はけっこう晴れている。せっかくの晴れた祝日だし、走りに行く事にした。最近は涼しくなってきたので、久しぶりに和田峠へ行く事にした。往復100kmほどと、それほど遠くないけど、和田峠のきつさも手伝って、走り応えがあるコースだ。

前回のランでは秋装備では震えるほど寒かったので、今回はそれを踏まえて秋装備に加えてウィンブレもバッグに忍ばせて出発した。しかし、寒いどころかむしろ走っていると汗が垂れてくるほど暖かかった。

まずはR16を北上。元々平坦なのでペースが上がり気味になる道だが、久しぶりにロードで走れたので嬉しくなり、ついついガンガン飛ばしてしまった。やっぱり舗装路をロードで走るのは気持ちいい。

前回のランのときに自分のペダリングを動画で撮ってもらったが、その動画を見て、自分のペダリングの欠点を発見した。それは左足がややアンクリング気味な点。右足はきれいに一定の角度で足首が決まっているのだが、左足がカクカクしていた。

自分のペダリングは、自分では見えない。自分ではそこそこきれいなペダリングができているつもりだったが、まだまだ研究や練習の余地がありそうだ。今回はその左足のアンクリングを直そうと意識してペダリングをしてみたが、今までと違うペダリングになるために、ギクシャクしてうまく回らない。クセとは恐ろしいものだ。早く悪いクセは直さないと。

R16からR20へ。そして陣馬街道へ。もう日がだいぶ傾き、和田峠へ着く頃には日が沈みそうだ。でも、なんとか真っ暗になる前に上れそうな感じ。日没を気にしながら陣馬街道も飛ばし気味に走って行った。前回もそうだったが、けっこう和田峠へ行く前に足に疲れを溜めてしまっている気がする。

前回はあまりに足を使ってしまったために今回はやや抑えめにして来たが、それでも日没の事を考えるとどうしても足を速めざるを得ない。家からノンストップで30kmほど走った所のミニストップで小休憩とエネルギー補給。

その後もそこそこのペースで走って行き、川原宿の交差点を通過。和田峠TT起点までは、まだけっこうある。すでに緩やかに上っているが、ここもすでにTTが始まっているかのようなペースで走り続けた。もう日没時間の16時半を回っている。急がないと。

夕やけ小やけふれあいの里を通過し、落合橋を左折。しばらく上っていくと和田峠TT起点のバス停に到着した。かなりのペースで上ってきたために、止まると汗がダラダラ垂れてきた。

バス停には登山客がけっこういて、賑わっていた。皆バスを待っているようだ。そんな中、バッグからデジカメと大きなクリップにカメラを固定するネジが付いたカメラ用品を出し、それをステムに固定し、スタートの準備をした。

今回は和田峠を上る様子を動画に撮ってみようという試み。けっこう前からやろうかなと思っていたが、つい忘れてしまったりと、今までなかなかできなかった。それを今回ついに実現してみた。

気になるのは、もうすでに辺りが薄暗い事。上っている最中は木々が生い茂った区間が多く、さらに暗くなる。そんな暗い中でうまく動画が撮影できるかどうか少々心配だった。

まずデジカメの動画撮影スタートのシャッターを押し、腕時計のストップウォッチをスタート。5秒ほど時間を置いてから本当にスタートした。最初だけは緩やかなので24Tをガンガン回して突っ込んでいった。

しかし、すぐに勾配がきつくなり、27Tへシフトダウン。そして後はひたすら27Tであえぐしかないのであった。前回は3年ぶりでほとんど忘れていたが、今回は半年ぶりなのでだいぶコースの記憶がある。コースを覚えているほど精神的に楽になる。どこまで続くか分からない上りより、「あのカーブの先でちょっと緩くなる」とかわかっていた方がいいから。

それにしても、初めてだろうが3回目だろうが、きついものはきつい。相変わらず壁のような上りが延々と続く。スタートして5分しか上っていないのに、あまりの辛さに早くも辞めたくなってきた。

ただ、前回は垂直の壁に見えた折り返しのカーブが、今回は少し緩やかに見えた気がした。ちょっとした慣れみたいなものだろうか。それでもイン側は勾配がきつすぎるのでアウト側へ蛇行して上るしかなかったけど。

息が苦しく、HRも最大心拍数辺りまで上昇している。足も重たくなっていき、肉体的苦痛が激しい。なぜこんな辛い思いまでしてこんな激坂を上っているのだろう。すれ違うハイカーの人はそう思っている事だろう。上っている本人ですら思っているのだから。

そんな激しく辛い上りも、10分も続けていると体が少し慣れ始めてくる。相変わらず辛い事には変わりないが、ほんのちょっと心に余裕ができてくる。でも、まだ半分と思うと気が遠くなりそうだ。こんな辛い上りがまだまだ続くのだ。

薄暗く細い道を、たまに通る車やバイク、ハイカーなどを避けつつ上っていく。いくつかの折り返しの後、もう少しで頂上という記憶が蘇る。ちょうど勾配が少し緩やかになったこともあり、そこで気合いを入れ直して微妙にペースアップ。

和田峠はきつい割には木々に視界を遮られ、展望が全然ない。しかし、唯一開けた場所がある。そこを通過するときにチラッと横目で下界を眺める。深い山々がどこまでも続く、素晴らしい眺めだ。東京の都市部からちょっと離れただけで、こんな景色が広がっているのだ。

さらに折り返すと、ラストの直線。あの先には頂上の茶屋があるはずだ。ここでラストスパートと行きたいところだが、すでに足も売り切れていて体が全然思うように動かない。ヘロヘロになりながらゴール。

タイムには期待していなかったが、前回より30秒も遅く、20分を越えていた。10月は雨ばかりで全然走れなかったし、最近も相変わらず仕事でボロボロの生活をしていて体調もいいとは言えなかった。そんな状況だったので、まぁこんなものかという感じ。

やはり走り込まないと登坂力がどんどん落ちていく。休日が晴れる限り、これからもっと走っていかないといかんなと思った。去年は冬になってからやけに走行距離が増えたが(冬休みにガンガン走った為)、今年も同じような感じに走り込みたいものだ。

いつもなら上野原側へと下るが、今回はもう時間が遅くて、もう真っ暗になるところだったので、おれにしては珍しく来た道を引き返した。街灯が全くないので、ライトを付けていてもほんと道が見えなかった。

かろうじて路面が見える程度の暗さだったけど、一人上ってきたローディとすれ違った。「がんばれ〜」と声をかけた。彼が下るときはもう真っ暗だろう。事故らないといいが。

急勾配で路面も所々濡れているため、ブレーキをかけまくりながら慎重に下って行った。暗かったから余計そう感じたのかもしれないけど、下りが長く感じた。こんなところよく上ってきたな〜と思った。

帰りは当然ナイトランとなり、ナイトラン装備で慎重に走っていった。R16は意外にも流れていたので、すでにボロボロではあったけど、そのとき出せるだけの力でガンガン走って行った。

今回は久しぶりにロードで思いっきり走れたので、走った時間・距離は少なかったけど満足だった。和田峠を上ったのも久しぶりだったけど、動画を撮影したのも新鮮だった。たまにはこんなランもいいな。


出発:14:17 帰宅:19:32
走行距離:98.7km
走行時間:4h 6m 38s
平均速度:24.5km/h
最高速度:56.4km/h
上昇距離:890m
平均ケイデンス:97rpm
積算距離:7012km(ロード)
カロリー消費量:1899kcal
身長/体重:178cm/55.0kg
体脂肪率:10.5%

2004年10月31日(日)_
雨ばかりの10月


結局、10月は週末がことごとく雨に降られ、全然走れなかった。秋雨前線やら台風やら、とにかく雨が多かった。相次ぐ台風で水害の被害に遭った地域もあるくらいだった。

10月の走行距離は300kmちょっと。去年の10月の走行記録を調べてみたら、なんと281kmと300km未満だった。何でこんなに少ないのだろうと思ってSUNA Lifeのバックナンバーを読み返してみた。

そしたら膝を壊していたり、風邪をひいていたりで色々大変だったようだ。1年前の日記を改めて読んでみると、いろいろおもしろい。「あぁ、こんなことあったなぁ」なんて懐かしみながらついつい読んでしまった。

この頃、まだロードを買ったままの53-39x12-25Tのギアだった。「アウターが重すぎる」とか「39x25Tでは激坂で重すぎる」なと、いろいろ悩んでいた事が記されている。

その後アウターは50Tへ、スプロケットは12-27Tへと交換していき、自分にあったギア比が得られるギアセットに変わっていった。しかも、なぜかコンポがデュラに変わっているんだけど…。

会社の同期がロードを買おうとしているようで、なかなか予算と合うものが見つからないとメールをくれた。一応、それなりに知識はあるつもりなので、何かアドバイスできればいいなと思う。

そういえば、他の部で鈴鹿とかにも出るくらいバリバリ自転車に乗っている先輩がいると、前に同期から聞いた事があった。もっとたくさん自転車乗りが増えてくれると嬉しいのだけど。

うちの会社のような職種こそ、心身共にリフレッシュでき、健康維持にいいサイクルスポーツが向いているのではないかと思う。女性の誰もが気にしているダイエットにも最適だし、中年の生活習慣病予防にもいいし。

これからは紅葉の季節。涼しいから汗もあまりかかないし、カラッとした冷たく心地よい空気の中、走って行く事ができる。夏に比べると日は短いけど、ツーリングには最適な季節だ。10月は雨ばかりだったから、11月以降は晴れて欲しいなぁ。
2004年10月27日(水)_
土砂崩れの道


新潟中越地震後に行方不明になっていた親子3人が乗っていたと思われるワゴン車が土砂崩れ現場で発見されたというニュースを聞いたとき、もう最初の地震から4日目に入っていた事もあり、3人が生存している可能性はかなり少ないだろうな、と思った。

しかし、夜、2歳の男児が92時間ぶりに救出されたというニュースを知った。TVや新聞、Webで、あの現場のすさまじい崩落ぶりを目にしていたので、あの土石の中、しかも度重なる大きな余震を経て、さらに水も食料も口にできないという過酷な状況の中で、2歳の子供が生き延びる事ができた事には驚かされた。

正に奇跡としか言いようがない。残念ながら母親の方は亡くなってしまったが、男の子が1人生存していた事だけでも、あの状況を考えればいい方だと思う。

実は、今回の母子の乗ったワゴン車が巻き込まれた、あのすさまじい土砂崩れが起こった道も、2年前のロングツーリングでおれが走った道だ。信濃川沿いに道が続き、ちょうど長岡市から小千谷市に入るあたりだ。

地震は、思い出の道も景色も、すべてを破壊してしまった。多くの人々には、今回の地震で壊滅的な被害を被った地として記憶に残るのだろう。思い浮かべるのは、土砂が崩れ崩壊した道だろうか。おれが思い浮かべるのは、2年前の、あののどかな道だ。

ロングツーリングルート(抜粋)と新潟中越地震
↑画像更新。
2004年10月25日(月)_
思い出の道が変貌〜新潟中越地震〜


2年前に走った思い出の土地が、同じ景色と思えぬほど姿を変えた。TVや新聞、Webで写真や映像を見る度に、2年前の素晴らしい景色と比較してしまう。あのときは、まさかこんな事になるとは思いもしなかった。

23日(土曜日)に、地震で家が揺れた。そのときはPCに向かっていたのだが、けっこう揺れたので、「これから大きな地震になるのではないか」と思って少し焦った。しばらくして再び揺れて、「また地震だよ、恐いなぁ」などと思いつつ、揺れが収まるのを待った。

夜のニュースで、新潟で大きな地震が起きたと知った。神奈川であれだけ揺れたのだから、震源地では相当揺れただろうなぁと思った。実際、まだ情報が少ない状態だったけど、その少ない情報でも被害の大きさが伝わってきた。

数日のうちに、様々なメディアが先日の台風の被害の状況から地震へと感心を向け、この地震についての情報が入ってくるようになった。台風の被災地の方には申し訳ないが、これもある程度仕方がないことなのだろう。

長岡市、十日町市、小千谷市、川口町……聞いた事のある地名が続々と耳に入ってきた。2年前のロングツーリングで通った辺りで地震が起こったみたいだな、と思った。調べてみると、正にその通りで、ちょうどおれが通った道のすぐ側に、強い震源が記されていた。

ロングツーリングとは、おれが2002年の夏、北海道から神奈川までMTBにすべての荷物を積み、キャンプしながら1ヶ月かけて走りきった、大学時代最後の旅の事だ。北海道から本州にフェリーに渡ると、日本海側を南下し、新潟から内陸に入り、長野へと向かった。

新潟市から日本海側を南下、信濃川沿いに内陸に入っていき、長岡へ。国道17号で小千谷市へ。ここでは道の駅で風呂に入った。そこからさらに国道17号を進み、その日は川口町のキャンプ場に泊まった。

キャンプ場に着いたとき、すでに夕暮れで時間が遅かったため、キャンプ場の受付が終了していた。仕方がないので適当な場所にテントを張り、夕食は定番のスパゲッティを茹でて食べた。夜は雨が降ってきて、天気の事で憂鬱になりつつ眠りに入った。

翌日、夜明け前にテントを出ると、雨は止んでいた。澄んだ朝の空気が気持ちよかった。靄の中テントを畳み、いつものように午前5時台には出発した。信濃川を渡り、関越自動車道の上を渡る道も走った。

霧が残る朝の道は、夏だというのにほどよく涼しく、とても爽快だった。よく晴れてきて、気分も爽快。好調な出だしだった。しばらく県道71号を走ると、国道117号に合流。小千谷市から十日市町へと入った。

その日は、その後国道405号で長野の山岳地帯に入り、この旅で唯一死を覚悟した展開になり、その印象の方が強かった。しかし、新潟の内陸部分の思い出は、今でも強く残っている。

長岡市で走行中の上越新幹線が脱線。小千谷の原形をとどめていないほど崩壊した家屋。、川口町で斜面が崩壊して壊れた国道17号。川口町のすぐ隣、堀之内町での陥没、崩壊した関越道。次々と、思い出の道沿いに起こった、悲しい現実が伝えられてくる。

きっと、あの町並みも、のどかな道も、広い畑も、緩やかな山々の姿も、雨だったキャンプ場も、激しい通り雨に思わず雨宿りした家も、おれが覚えているすべての光景が、別の世界に変わっているのだろう。そう思うと、とても悲しくなってくる。

日本は、多くの自然災害に遭い、多くの犠牲を払ってきた。しかし、その度に人々は不屈の精神で困難を乗り越えてきた。不毛の大地に生えてきた1本の芽から草原が広がるように、再びあの地域に以前の素晴らしい景色、生活が戻ってくることを願う。

ロングツーリングルート(抜粋)と新潟中越地震
↑の画像はロングツーリングで通ったルートの抜粋と新潟中越地震の主な震源地の図。2002年8月20日は新潟市出発。この日の後半は長岡〜小千谷と国道17号を走り、川口町のキャンプ場泊。21日に十日町市を通って長野へ向かった。

ちょうど今回の地震の強い震源と走ったルートがかぶり、当然それと同じく被害が大きい。(震源地のマークは新聞の小さな地図を参考に付けたので多少ずれている可能性があります)
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