小ネタ日記ex
※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。
サイトアドレスが変更されました。詳しくはトップページをごらんください。
:日記一括目次
:笛系小ネタ一覧
:種系小ネタ一覧
:その他ジャンル小ネタ一覧
●●●
卒業
2011年03月26日(土)
卒業はたった一人。
『こんなときだから…、ごめんね』
ゆるしてね。 常より細い声で、電話の向こうの女性は謝った。 まだ冷たい風が吹く早春。何年も通ったクラブハウス前で、三上亮は出来るだけ優しい声を心がけ、返答する。
「いいえ。俺なんかより、どうぞ…ご家族のそばに…」
どう言えばいいのか悩む時間は三上にはなかった。 電話の向こうで三上に謝罪したのは、故郷と家族を失ったばかりの人だ。それも、三上の何年ものプロ人生を支えてきてくれた恩人でもある。 現役引退の最後の挨拶に訪れた、元所属球団のクラブハウスは大変な騒ぎだった。日本列島をおそった未曾有の大震災。国内サッカーリーグの継続すら危ぶまれる状況は、まさに前代未聞だ。 それが、三上亮の契約上の退団日だった。 長年面倒をみてきてくれた営業の中年女性も、被災地に家族がいたらしくクラブハウスには不在だった。
「お忙しい中、俺のこと気にかけてくれて、ありがとうございました」
スーツのネクタイの端を見つめながら、三上は心からそう思った。 もう戻らぬ家族と対面したばかりと聞いた。その後に、退団する三上のために連絡をくれた。母親にも近しいその人と一緒に仕事が出来て、本当に良かった。 本当の別れを知った人と、リーグ戦当面延期に忙殺されるフロント、今年の戦績や試合で頭がいっぱいの元チームメイトたち。三上はもうその輪に入れない。 状況により、送別会をキャンセルすることになったと告げられても、三上に否やはない。 未曾有の事態に、災害に遭わず家族も失っていない人間の感傷は後回しにしてもいいと思った。
「どうぞ、お元気で」 『ええ…三上くんもね。元気で、次のお仕事もがんばって。何かあったら連絡ちょうだいね』
故郷や家族のことで大変だろうに、電話の向こうの彼女は三上のことも気にした口調だった。 それには及ばない。その気持ちを隠し、礼を述べ、三上は彼女との通話を終わらせた。 呼気で汚れた携帯電話の画面を手で拭き、スーツのポケットに戻すと、やわらかく晴れた空が見える。この事務所から続く玄関ポーチを感慨深く見たのは、入団式以来かもしれない。 学生サッカーから始まり、プロになれて数年。三上は現役を離れることを決めた。 まだプロとして働きたい思いがないとは言えない。けれど、離れざるを得ない理由のほうが大きかった。悔しいと、何度も思った。 その最後の日が、これだ。 誰かに惜しんで欲しいという気持ちもあり、けれどそれ以上に大変な出来事がこの国を襲ったという現実が、個人の上に覆い被さった。誰を責めることも出来ない。 一歩踏み出すと、枯れ葉が端に溜まったタイルがじゃりと音を鳴らした。 何かを感じるが、これを何と呼んでいいのかわからない。
「三上」
そのとき三上を呼び止めたのは、朝別れたはずの婚約者だった。 やわらかな頬に笑みを浮かべ、淡いベージュのスプリングコートのシルエット。重ねられた手の左薬指には三上が贈った指輪が光る。
「彩?」
思いがけない登場に目を瞬かせると、彼女は公道の真ん中で三上を手招いた。
「帰りましょう」
迎えに来た様子だった。 わざわざ仕事を休むとは聞いていなかったことと、突然現れたことに驚き、何も言えずに彼女の前に立つ。 二車線の道路には車はほとんど通っておらず、常より人通りが少ない。だからこそ彼女も、一番目立つ道路の真ん中に立つということが出来たのだろう。 ぼんやりと近づいてくる三上を、微笑んだ彼女が迎える。 白い手が、三上の右手を取り、包み込む。 少しひやりとした柔らかい手。ためらわず三上の指輪を受け取ってくれた手だ。
「三上、…卒業、おめでとう」
思ってもみなかった言祝ぎだった。 現役を引退すると伝えたときは「お疲れさま」としか言わなかったというのに。 けれど、すぐに気づく。これは卒業なのだ。三上亮というプロサッカー選手にとっての。また別の道を生きるための最初の儀式。 そしてこれからは、この彼女と婚姻によって繋がれ、共に生きる。 先ほど感じた気持ちの名を思い出した。寂しさだ。何があっても、たとえ目の前の彼女がいても拭えない寂寥感。渾身の力で駆け抜けた場所を離れるがゆえの。 ああそうだ、自分は寂しいのだ。まだ未練があるから。 誰かに惜しまれ、必要とされ、あの場所にいたかった。けれどそれを許されなかった。その三上亮としての感傷。タイミングにより仲間からの見送りを受けられなかった、人情としての寂しさ。 学生時代、各自の進路を選んで離れた卒業式の気持ちとよく似ている。
「うまいこと言うな、お前」
なんとか苦笑を作り、彼女の手を握り返す。 ふふ、と穏やかな彼女の笑い声が桜色のグロスを塗った唇からこぼれた。
「これから先、まだ人生は続くんだから。卒業の後は、何かが必ず始まるのよ」
彼女らしからぬ詩人のような言葉だった。 それでも、彼女が三上の退団を後ろ向きなものにしたくなくて、精一杯言葉を選んでいることはよくわかった。 この彼女と一生、共に生きていける。 その事実が、この時間を幸福にさせる。 共に生きる。今その言葉が、何よりも大切な言葉に思えた。
卒業式を迎えられなくても、 卒業おめでとうございます。
どこかで必ず、あなたの卒業を祝う人がいます。 春を迎えて、一緒に生きていきたいです。
******************* 今回の小ネタもフィクションです。実際の退団がどういう状況なのか事実に基づいて書いているわけではないことを、ご承知いただきたく、お願い申し上げます。
共に生きる。 その言葉を繰り返し胸中でとなえ続けた二週間でした。
災害に遭われた方々に、心からお見舞い申し上げます。
そして卒業式を迎えられなかった方、卒業おめでとうございます。
三上の卒業話は以前から考えていたことでした。 何か組織から離れることを、「卒業」と呼ぶのは、私が前いた会社の習わしのようなものでした。 前の会社も東北に支社があり、そこに家族がいる方がたくさんいました。今もかける言葉が見つかりません。
関東にいた私は、地震発生直後電車内におり、ゆりかごのようになった電車内で、脱線してこのまま死ぬのではないかと咄嗟に思いました。 しかし無事で一時避難所で夜を明かして自宅に戻り、二週間たってようやくPCを立ち上げることができました。
一時避難所でしたが、思った以上にストレスフルな場です。 いつ帰宅できるか・家族の安否は・今後は…等々、不安を抱えた人間が、ろくにプライバシーも確保できない場所に物資もなく、脚を伸ばすことすらためらいながら、じっとしているだけですから、想像はしてましたが想像以上でした。 そんな都内ですらそうなので、長く被災地の避難所にいる方々が早く安心できる場所で寝起き出来るようになることを、心から願っています。 決してラッキーな体験ではありませんでしたが、一時避難所での経験は、私の震災における考えの甘さを一掃してくれました。
思うところたくさんあります。 節電のためPC使用は遠ざかっていましたが、ちょっとでも和むための手助けは出来るだろうか、と悩んでいます。 私自身まだ余震等々不安で、お話ものは書けるか不安ですが、リクエスト反映再録も含めてちょこちょこ更新して参ります。
正直、首都圏でも計画停電で電車の本数が減る・業務の予定が狂う・計画停電の対応・原発の不安・買い占めによる物資の不足…などで、深刻な被災地でなくても、人々のストレスが募っている気がします。
ちなみに。 29日のチャリティーマッチ、行くべしとチケット狙いましたが買えず、ゾーン席分をそのまま募金しました。 行ったつもり募金。 メンバーだけで私は大興奮でした…。 こんなときだけど、カズが自分の世代と混じって代表戦を戦うのが見られるとは! エンターティメントは、ひとときでも現実を忘れて笑顔になれるんだ! と思った瞬間でした。
|
|
●●●
再録:閑話(笛/アンダートリオ)。
2011年02月20日(日)
それは郭英士の一言で始まった。
「結人、ドコモって何の略だか知ってる?」
日曜日の午後12時半。冬のグラウンドの端で、ささやかな太陽と束の間の休憩時間を満喫していたのはいつもの三人組だった。 郭英士、真田一馬、若菜結人。 仲良し三人組は東京選抜でも大抵一緒だ。 割り箸片手に突然持ち出された問い掛けに、結人は思いきり顔をしかめた。
「は? 何言ってんだよ英士」 「いやね、ちょっと人から聞いたものだから、これは是非結人に教えてあげなきゃなあって思って」
にこりと英士は微笑んだ。常の彼らしくない愛想の良さで。 それを見てびくりと身を竦めたのは弁当箱のコロッケを口に運ぼうとしていた一馬のほうだ。笑顔の行き先である結人は全く意に介していない。
「ドコモー? ドコモって、ドコモ?」 「そう。NTTドコモ」 「ドコモがドコモで何なんだよ」
ドコモドコモと繰り返すその名は、日本最大手のモバイバル通信企業だ。そのぐらい一馬でもわかる。しかし、英士の言いたいことの意図がわからない。 こういうときは黙っているに限る。 これまで散々二人の間で痛い目に遭ってきた一馬は学習能力がついていた。 ふっと英士が笑った。
「そのドコモ、何の略を取ってそう読んでるんだと思う?」 「え、ドコモってそれが会社名じゃねえの!?」
食いついた。 冷凍コロッケを口のなかで噛み砕きながら、一馬はまたしても英士の手口に乗った親友の片割れを、しみじみといい奴だと思った。 結人は軽薄そうな印象とは裏腹に計算高いところがあるが、自分の知らない情報に弱いという欠点がある。ちょっと興味を惹かれることを出されると飛びつくのだ。
(それがまた、英士だから上手くいくんだよなあ…)
赤の他人とは思えぬ精神的な繋がりを持つ自分たちにとって、互いの言葉というものはそのまま信用してしまう。 それを使ってときどき結人をおちょくる英士も、何度やられても懲りない結人も一馬はすごいと日々痛感してきた。 ちなみに一番引っかかりやすい一馬で英士が遊ばないのは、一馬では手応えがなさすぎるという英士自身の趣向の問題だった。 英士はさっきの笑みをより深め、不敵そうな顔を作った。
「そう、ドコモって携帯電話関係がすごいところだよね。それで、携帯電話って文字通り携帯するために開発されたもので、初期の頃は高額だったり維持費が高かったりして、なかなか普通の人は買えなかったでしょ。でもやっぱり必要なときになかったら困ったり、逆のこともあったんだ。 その点を踏まえて社名を決めるときに出されたキャッチフレーズがあって、その 『どうしても 困ったときに 持っていけ』 っていう宣伝文句の略なんだよ」
どうしても 困ったときに 持っていけ
『do』 『co』 『mo』
英士は自信に満ちあふれていた。 一馬は吹き出すのをこらえた。 結人は一瞬で冷めた顔になった。
「…おい、英士」 「なにかな、結人」 「お前またウソついてんだろ!」 「ついてないついてない。今度は本当だよ。昨日学校の友人に教えてもらってね、あんまりに意外だったから結人たちにも教えようと思ったんだ」
英士は心底から大真面目に言っているようだった。 訝しげな顔をしている結人が、信頼と疑心の狭間で揺れ動いていた。 それを見ている一馬も、英士がこれほど真剣に言っているのなら本当なのだろうかと信じかけていた。
「面白いでしょ? あの会社がこんなギャグみたいな方法で名前決めたなんて」
畳みかける郭英士。嘘くさい微笑は消え、相手を説得させる真摯さが垣間見えた。
「…マジで?」 「本当だってば。気になるなら、そのあたりの…そうだな、上原とか桜庭とかにも言ってきてみれば? 知ってるかもよ? 案外風祭が物知りだから本当だって証明してくれるかもしれないし」
第三者を出すことで、英士は結人にそこまでの自信があるのだと暗黙的に伝えた。 一馬は最初から何も言えなかった。 まんまと英士の語る情報に引っかかった結人は、とうとう納得してしまった。
「っへー、俺そんなん知らなかった!」 「でしょ? ちょっと意外で間抜けな企業裏話だよね」 「おもしれー! 後で他のヤツらにも教えてやろー」
愉快な新情報を得た結人は機嫌よく笑っていた。 それを見ている英士が、口許をほんのかすかに上げ、にやりとほくそ笑むのを一馬は見た。
「えええええええ英士?」 「ん? 何かな、一馬? 一馬は知ってたよね、『どうしても困ったときに持っていけ』って」
にっこり。
「…………………」 「知ってたよね?」
微笑の圧力。 耐えきれなかった一馬がこくこくと頷くと英士は満足げな顔を見せた。
数分後、若菜少年不在の場での郭少年の言。
「あんなの嘘に決まってるでしょ。 どうしても困ったときに持っていけ? 非常時にしか使わない携帯電話作ったところで使う人すごく限られるって、ちょっと考えればすぐにわかるのにね。そもそも普通に考えてあんなのあるわけないでしょ。信じちゃう結人の将来が心配だよ。 でも結人が言いふらせば、多分桜庭とか上原とかも信じるでしょ。風祭なんて素直だからそのまま鵜呑みにしそうだし、そこから小岩とかにも伝わって、面白いことになりそうだよね。 一馬は人の話を全部鵜呑みにしちゃダメだよ。嘘つきが嘘つかないって言ってること自体が嘘なんだから。 え? ドコモ? 確か日本語の「どこでも」をヒントにしたとかじゃなかったっけ?」
友情とは時にひねくれた愛情表現になる。 その日一馬が悟ったのは、構わずにはいられない英士の結人への愛だった。
ちなみにその後、東京選抜内でドコモ名称の話が流れに流れ、飛葉中のキャプテンが「バカだよお前ら」と一笑に付し、武蔵野森のキャプテンが正解を伝えることで噂の沈静を得た。
*************************** きっと杉原くんは正解を知らずとも違うことぐらいは見抜き「でも面白いからほっとこう」と微笑みで知らない振りを、黒川くんと木田あたりが「…そんなわけない」と内心でツッコミを。 藤代そのまま信じ、帰寮して笠井に報告。呆れられる。 渋沢「こいつら素直で可愛いなあ」と杉原とは別の意味でチームメイトを微笑んで見守る。そろそろマズいと思った頃、友人三上にネットで調べてもらった正解を教える。 椎名、最初からばかばかしいと無視。彼の携帯はきっとドコモ。 噂の出元を知りつつも、嘘だとは言えない真田。 自分のささやかな発言で思った以上の効果を得て至極ご満悦の首謀者。 やっぱり嘘だったと知った瞬間「英士のばかやろうーッ!」と泣いて去った若菜少年。
という妄想でした。
*********再録ここまで 2003年3月28日からの再録でした。 どうしてもこまったときにもっていけ、ネタ。
リクエストくださったShinさん、ありがとうございました! そうですよね、メルフォないとメールとかするのって、勇気いりますよね(実感あり)。長年お付き合いくださってありがとうございます。
実は、当時もけっこうな反響があったネタです。
元ネタは、長い友人の神咲あきこさんが言い出しました。 発想力の桁が、私とは三つぐらい違うお方です。私の思考が三角なら、彼女は金平糖です。すごいよ! 関係ないですが小・中・高一緒で、学生時代の初バイト先は一緒で、大人になってうっかり同じ会社に勤務したりもしました。
当時笛ネタで会話できるのが私の周囲では彼女ぐらいしかおらず(今もか)、よくネタをもらいました。 原作:かんざきあきこ 文章:とおこ(さくらいみやこ) のネタは、割とよくあります。人が言ったネタを横取りしてすいません…。
私は三上に夢を持ちすぎだと思いますが、彼女は英士に夢を持ちすぎだと思います。いつもネタをありがとう!
おまけ。 昔から彼女が言うもののまだ私が書いたことのない英士ネタ。
「カエルの卵が苦手なら、きっとタピオカとかも食べられないよね。でもフェミニストだからきっと女子にこれ食べてって言われたら無理やり食べてみせると思うんだ」
…これをうちのサイトでアレンジするなら、結人に「ほれあーん」とかスプーンにタピオカ乗せて差し出されたら遠慮なくべしっとはね除けるけれど、従妹にされたら渋面で視界に入れないようにしながら無理やり飲み下し、鳥肌をやせがまんする英士くんになるのではないかと思います。
ところでこれ書いた当時、まだドコモは業界最大手で、そふとばんくなんて社名はなく、えーゆーとかもありませんでした。
|
|
<<過去
■□目次□■
未来>>
|