小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

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探偵ゲーム(笛/三上と渋沢と他)。
2006年10月10日(火)

 渋沢克朗が万引きで補導された。









 そのニュースは、松葉寮を席巻した。

「ンなワケあるかこんクソがーーーーッ!!!!」

 通達文書をあらん限りの力で床に叩きつけ、三上亮が吼えた。
 ところが彼のその行為の空しさを示すように、A4の紙一枚は音もなく宙を舞い、静かに彼の足元に落ちた。三上はそれを憎き敵と断定し、今度はスリッパの足で思いきり踏みつけた。
 夜五時過ぎ。夕食後の談話室には、緊急招集された部員一同が揃い踏みしていた。

「三上、気持ちはものすっっっっごくわかるが! わかるがちょっと足どけろ。それ読みたい」

 例によってホワイトボードがある演壇の一番手前に座を占めている一軍レギュラーの中西が、怒り狂う三上の足の下から哀れな文書を救出した。
 武蔵森サッカー部の順列とは、そのまま1軍から3軍までの能力等級を指す。こういった集会の際は、必ず議長となる部長が演壇に立ち、1軍から演壇に近い順に座を占める。
 ところが本来この場を収めるべき渋沢克朗は不在だった。

「……区内某所における店舗にて、渋沢克朗万引きの疑いあり。沙汰あるまで蟄居を命ず」
「おい中西、ふざけんな」
「はいはいスイマセン。要するに、我らが部長様は万引きをした可能性があるから、事がはっきりするまで自宅謹慎だって」

 自宅謹慎、という単語が出た瞬間、部員たちの間に動揺が木々を渡る風のように広まった。
 無確定の段階ですでに自宅謹慎が下されるということは、部長の疑いは余程濃いと感じざるを得ない。
 あからさまに顔色を変え、ざわつき始めた下級生たちに三上が舌打ちする。特に一年生は顔を青くしている者が多い。

「中西よく読め。自宅謹慎じゃねぇ、まだ『自宅待機』!」
「あ、ほんとだ」

 暴風雨の如く怒り狂っているかと思いきや、意外と冷静に読んでいたらしい三上は、一つ深呼吸して一度全員の顔を見渡した。

「謹慎と待機は全然ちげーからな。わかんねー奴は後で辞書引け。ともかく、まだ確定したわけでもなければ、部長が退部するわけでも、次の大会辞退するわけでもない! あってたまるか!!」

 再度三上が吼え、ついでにホワイトボードを拳で叩いた。
 割れるのではないかという音を本来の用途以外の目的で発生させたホワイトボードは一瞬たわみ、からんからんという音を立てながら何とか元の位置に戻る。
 不安そうに浮き足立った一年生の一部が、三上のその剣幕で逆に落ち着きを取り戻す。部長の右腕、部の戦略を担う司令塔の影響力は決して小さくない。

「…それにしても、由々しき事態であることには変わりはないですね」

 顎に手を当てながら、二年の笠井竹巳が呟いた。猫目の彼は、傍目には非常に落ち着いていた。

「よりによって部長が万引きなんて、本当に確定したらまず一年は公式大会を辞退するでしょうし、監督は解任、顧問にも厳罰。当たり前ですけど、本人は元より、同じ部員の進路問題にも関わりますね」

 高等部への自動進学が剥奪されるだけではなく、他学校への進学も不利になる。まず推薦入学の枠には加えてもらえないだろう。
 眉間に思慮深い皺を刻みながら言う笠井に、代理で演壇に立つ司令塔と副部長がそれぞれ違った意味の息を吐く。

「そうなんだよなー」
「その上、こっちにゃ奴がとっ捕まった状況も日時もろくに伝わってねぇ。文書通達のみで、顧問もまだ職員会議中で終わらない限り俺たちはただ待ってろとさ」
「…わかんないなら、調べりゃいいじゃないスか」

 低い声が、特徴ある語尾をつけて談話室に広がった。
 一斉に視線が集中した先は、藤代誠二だった。
 笠井の隣で胡坐を組んでいた藤代は、彼にしては珍しいほど笑みの欠片も見せず、勢いよく立ち上がって演壇の二人を見据える。

「こんなとこで足踏みしてないで、俺たちで調べましょうよ! 渋沢先輩がそんなことするわけないってみんな思ってるんでしょう!?」

 藤代の清冽な活だった。彼を中心に、顔を見合わせた周囲の人間たちも思わず演壇の二人に向かってうなずきを返す。

「渋沢先輩は、そんなことしたら自分や部がどうなるか考えたらすぐわかると思います。だから絶対、そんなことしません」

 驚くほど冷静に、藤代誠二は部長の無実を訴えた。
 渋沢克朗は、時と場合によっては校則を捻じ曲げて笑うような人ではあるが、責任感はこの部を背負って立つに相応しい人柄だ。
 何かの間違いに決まっている。その思いは部員全員で共通していた。

「……っていうことだけど、どうする、三上」

 それっきゃないよなぁ? そんなかすかな笑みを浮かべて、副部長は役職は無くとも指揮権は持つ司令塔に意見を求めた。
 藤代はまだ真っ直ぐに三上と中西を見ている。
 三上はその藤代の視線を受け止め、また部員全員の顔を見渡す。今回の件において校内で権力を持つサッカー部部長の名を借りられないことは、大きく力を削がれる。
 それでも。
 三上亮の黒色の目が、鋭く光った。

「中西、一年の統括はお前がやれ」
「りょーかい」
「二年は笠井を中心に生徒メインでちょっとでも事情を知る奴を調べて、片っ端から連れて来い。伝令は藤代、記録作成は間宮に任せる」
「はい。すぐに班を決めて情報収集に当たります」
「三年はレギュラーは顧問とコーチに連絡。それから渋沢の実家調べて電話して本人の口から状況聞き出せ。現場の店がわかったらすぐに適当な教師の名前使って電話して、店からも状況聞け。記録作っとくの忘れんなよ。俺は今から生徒会室行ってくる」

 どうせ、あの肝心なところでぼやんとしている部長のことだ、ぼんやりと店先をのぞいている隙にどこかの阿呆に鞄の中に商品を入れられたとかに違いない。
 矢継ぎ早に指示を出す三上の胸に、そんな予想が浮かぶ。
 トップのフォローも、部の名誉を守るのも司令塔の仕事の内だ。

「門限まであと二時間ある。それまでに調べるだけ調べとけ。対策立てるのはそれからだ」

 わかったな。
 ゲームの盤上と同じ目で三上が部員を見ると、全員一斉に応えを返す。

「ま、中坊にどこまで出来るかナゾだけど」
「人海戦術ならお手の物ですからね」
「キャプテン救出作戦かー」
「一年全員、渋沢キャプテン信じてますから!」

 どこの誰だかは知らないが、うちの部長をハメた以上、相応の目に遭わせてくれよう。
 犯人か警察に突き出した店へか、あるいは現在疑いを晴らそうとしているのかわからない学校側へか。とりあえず矛先は様々だったが、全員の気持ちは部長救出に固まっていた。
 当初の暴風雨状態が嘘のように冷淡に腕を組んだ三上は、時計を見ながら号令を出す。

「使えるもんは蟻でも使え。暴力恐喝その他犯罪に完全に抵触しない限り何でもやれ。俺が許す。不明点は逐一俺か中西に報告。近藤、全員に俺の携帯電話番号通達しとけ。本日1930にこの場所で報告会だ。
 以上、解散!」

 イエッサー!!
 本来ならば練習のローテーションのための班分けは、こういう時にも役に立つ。自然と普段通りのチーム編成を作り、部員たちは夕飯そっちのけで現場へ走る。

 渋沢克朗救出作戦は、こうして幕を開けた。









***********************
 アンタも大概アホですね、と言われるのはこういうネタを書いたときだと思う。

 古畑 VS SMAPを観ていたら思いつきました。
 一致団結して完全犯罪を目論む、でもよかったのですが集団少年犯罪はこのご時勢いかがなるものかと考え、逆パターン。
 当たり前のように続きは全然考えていない。
 三上は何より渋沢の不甲斐なさにマジ切れしてくれればいいと思う。再会したらとりあえず一発殴るぐらいの心持ちで指揮官として捜査(でも実際無実を証明して再会したらほっとして殴るどころではないぐらいでいい)(※私は本来三渋の人です)。



 ついでにオマケの三上と彩姉さん。

*********



「……それで上着のボタンも留めず、取るものも取りあえずやって来たわけね」

 こめかみに指を当てながら、今期の生徒会長はふーっと息を吐いた。
 すでに外は暗い。校内にいられる時間ぎりぎりまでここにいる生徒会長ならば、渋沢の今の状態も把握しているかもしれないと考えた三上の予想は当たっていた。
 校内に入るため、本日二度目の制服を着た三上に、親しい付き合いの彼女はにこりともせずに持っている情報を披露する。

「職員室でも大騒ぎだったけど、渋沢が補導されたのは確かみたいね。場所はコンビニ。対象商品は雑誌。渋沢にとって災難だったのは防犯カメラのない店だから、目撃者の話が重要視されたせい」
「目撃者が渋沢がやったって証言したってことか」
「その通りよ。状況証拠に加えて目撃者あり。…これが渋沢でなければ、学校も早々に謝罪してたでしょうね」

 渋沢克朗といえば、優秀で真面目な生徒の代名詞と言っても過言ではない。だからこそ、学校側も現在の対応に苦慮しているというのだから皮肉なものだ。
 制服のシャツの上から腕を組み、難しい顔を隠さない元彼女に三上はついでに尋ねる。

「お前はどう思ってる?」
「私? 絶対やってないと思ってるわよ」

 当たり前じゃない。下らないことを聞くなとばかりの視線で彼女は言った。

「あの渋沢が、そんな陳腐な犯罪するとは思えない。愉快犯的なことはしたとしても、自分の名誉も社会的地位も不意にするほど馬鹿な男なわけないじゃない。あの渋沢が」
「…だよなぁ」
「それで、サッカー部の方針は? 当然このまま事態が落ち着くまで静観しているわけがないんでしょう?」
「今状況掴むために奔走中。…あと一時間しかねぇ」

 精神的な焦りを覚え、三上は嘆息した。
 まだ生徒の身の上である以上、門限を越えてまで行動を続けるわけにはいかない。所詮自分たちはまだ学校や保護者に守られる子供の年代なのだ。
 ぎりぎりの時間まで情報を集めたところで、自分たちに出来ることはたかが知れてる。それでも、仲間が疑われ、自分たちの行動にも制限が課せられる可能性があると知っては動かずにはいられない。

「…落ち着いて。大丈夫よ、渋沢なんだから」

 すっと三上の側に白い手が伸ばされる。
 彼女は三上の適当に結ばれたネクタイの玉をきちんと三角に整え、ブレザーのボタンをすべて留める。そして彼を見上げた。

「学校側もちゃんと動いてるし、いざとなったら生徒会主体で署名だって何だって集めるぐらいは出来ます。もちろんサッカー部が中心で渋沢の援護をしたっていい。だけど、今あなたが一番しなければいけないのは?」

 部長が騒動の渦中にあるいま、司令塔が一番すべきことは?
 凛とした双眸が三上の間近で問いかける。焦らず、揺らがない彼女の態度に三上のざわついていた心臓が落ち着きを取り戻し、思考が正常に動き出した。

「…他の連中を落ち着かせること、か」
「正解」

 強い自信に満ちて彼女は微笑んだ。

「渋沢は特に下級生に人気があるんだから、下の学年のほうが動揺は強いはずでしょう? 支えてこそ先輩なんじゃないの? 三上」

 ぽん、と彼女は軽い力で三上の胸を手のひらで叩く。
 落ち着きなさい。もう一度、彼女は言った。

「私とあなたが組んで、負けたことがあった?」

 傲慢一筋サッカー部司令塔と、数々の男子候補をなぎ倒してその座に就いた生徒会長。
 その上救出対象が、強豪武蔵森の名を背負って立つサッカー部キャプテンだ。

「守りは任せるから、交渉は私。警察でも現場の店でもどこでも行くわよ」
「……お前、マジこういうときは武闘派になるよな」

 落ち着くのはむしろお前だ。そう言いたい気持ちをこらえた三上の前で、強気の生徒会長は堂々と胸を張った。

「うちの学校の名前に泥塗られるのが死ぬほど嫌いなだけよ。渋沢に恩を売る機会なんて滅多にないし」

 生徒の総代表としてあるまじき台詞だったが、味方に引き入れれば頼もしいことこの上ない。
 きちんと整えられた身なりで、三上は背筋を正した。

「頼んでいいんだな?」
「当たり前でしょう」

 口の端を上げ、嫣然と彼女は微笑む。
 今日のタイムリミットまで、あと45分。






再録:僕の生きる道(笛/渋沢克朗)。
2006年10月05日(木)

 いつか終わるその時を、幸せだったと笑って終われればいいと思う。








 よく晴れた空が、頭上一杯に広がっていた。
 芝から立ち上る大地の匂いをすぐ真横に感じながら、渋沢克朗は中庭で午後の空を寝転がりながら見上げていた。
 突き抜けるほど遠い空を見ていると自然にあくびが出るのは仕方ないことだ。同時に太陽の眩しさが目を焼き、大きな手のひらを顔の上に乗せた。

「あ、いたいた」

 がさりと音がして、横の茂みが割れた。
 ツツジの樹木の合間をすり抜けるようにして渋沢の幼馴染みの彼女がやって来る。それを見つけた渋沢は、とりあえず身を起こした。

「どうした?」
「こっちの台詞。三上さんが探してた」

 探索を手伝っているところだったらしい彼女は、気軽に近寄ると渋沢の制服についた芝をしゃがみながら払ってくれた。

「どうしたの?」
「え?」
「居場所も言わないでいなくなるなんて、らしくなかったから」

 別にいいんだけどね、と彼女は繋げて笑い、しゃがむのを続けるのは足が疲れると判断したのか、膝を崩して渋沢の隣に座った。
 風の中に、近くで咲いている白い梅の花の匂いが混じる。
 もうじき春が来ると教えるこの時期には、色と香りが華やかな草木が冬の終わりを彩っている。

「来週からまた練習に戻るんでしょ?」
「ああ。やっと怪我も治ったからな」
「無茶しないでね」
「わかってる」

 まじめに渋沢が言うと、彼女が安心したような顔になった。
 怪我を負って二ヶ月弱。とりあえず運動をするには支障のない程度に回復したのは少し前だったが、一応の大事を取って本格的な練習に戻るには少し間を空けることにしていたのだ。
 精神的にも不安定になっていたことを考えると、今のこの穏やかな気持ちで怪我のことを話せる自分が、ひどく不思議に思えた。
 いい天気だ。軽く首を逸らして渋沢は空を見上げた。

「…戻らなくていいの?」
「そんな急用でもなさそうだから。急ぐんだったら校内放送で呼び出されるだろ」

 それに、と渋沢は不意に悪童めいた笑いを伴って、彼女の手を掴む。

「せっかく二人なんだしな」
「…いつものことじゃない」

 言い返しつつも、手を取られた彼女は少し引きがちだった。付き合う前もそれからも、自分からは決して触れてこようとしない彼女はその類のことに弱い。
 逃げるわけではないが、どこか落ち着かない視線で渋沢のことを見つめるその一対の瞳。振り解かないのは信頼の表れだ。そういう彼女が好きだと思う。
 この、二人でいる穏やかな時間が好きだと思う。
 焦れた時間が緩むように、渋沢はゆっくりと笑った。

「…なあ、一つ頼んでいいか?」
「なに?」
「膝貸してくれ」
「え?」

 互いの体勢からその意味を悟った彼女が、やや返答に詰まった顔になる。渋沢は狡さを自覚して、さらに言う。

「ダメか?」
「…いい、けど」
「ありがとう」

 言うなり渋沢は幼馴染みの膝と腿の上に自分の頭を出来るだけ勢いがつかないよう、ゆっくりと落下させた。仰向けになり、長い脚の片方の膝だけ曲げる。
 青い空を背景に、どこか緊張したような幼馴染みの顔が見えた。
 どこかで鳥が鳴く声が聞こえる。花と太陽の匂いと、人のぬくもり。
 あまりに穏やかで、静かで、胸のどこかが切ない。

「もう春になるんだな」
「うん」
「卒業か」
「…うん」

 冬の終わりは、春を待ちわびる心と併せて、少し寂しい。新しい季節に移る時期はいつだってそうだ。慣れたものから巣立つとき、新たなものへの不安も同居する。
 彼女のほうが置き場に困っていた手を渋沢の肩のあたりに置いた。いつもとは逆に、彼を見下ろす視線が寂しそうなのは渋沢の気のせいではないだろう。

「春になったら、またサッカー出来るじゃない」
「まあ、そうだな」

 一緒にいる時間はきっと減るだろうけれど。
 同じことを二人同時に思う。
 口にしないのは、言ったところでどうしようもないと理解しているからだ。縮まらない年齢差がある限り、学校教育の階梯は必ず彼女のほうが一年遅れる。
 きっとまた春になれば、怪我が治った渋沢はサッカーのほうばかりを見るようになるのだ。渋沢自身そのことは容易に想像出来る。
 夢の情熱ばかりを追う自分を、彼女が本当は快く思っていないことも薄々気付いていた。支援はしてくれるが時折見せる曖昧な笑い方の意味を見抜けないほど浅い付き合いをしてきたつもりはなかった。
 ただ、彼女が頑なにそのことを隠す気持ちもわかる。
 相手が望むものを否定して、嫌われるのが怖いと思うのは誰にでもある感情だ。

「…お休みはもう終わりなんでしょ?」

 逆光のせいか、彼女の表情がよく見えない。渋沢は息を吐き出しながら答えた。

「ああ」
「よかったね、またサッカー出来るようになって」

 その言葉はどこまでが真実なのだろう。
 素直に受け止めるには渋沢は気付きすぎていた。そして、それを気取られないだけの器用さがあった。

「そうだな。でも、怪我して気付いたことも多かったな」
「どんなこと?」
「道を歩くとき、無意識にゆっくりになるだろ? そうすると今まで通り過ぎるだけで、見てなかったものが見えた」

 いつもと同じ道でも、ゆっくり歩くことによって建物の二階にカフェがあることに気付いた。
 空の色は同じ青でも湿度によって若干その色を変えていることを知った。
 これまでも隣を歩く彼女の歩調に合わせていたつもりでも、彼女にはそれでも早いほうだったと気付いた。
 怪我をしたことは失敗だと思った。けれど、怪我をしなければ気付かぬまま終わっていたこともきっとあっただろう。
 そう思うと、全部が悪いことではなかったと前向きに考えることが出来た。

「…たぶん、人生に無駄なことなんてないんだろうな」

 遠回りでも、時には挫折しても、いつか辿り着く未来にその事実は確かな礎となる。傷つくことも、悩んで苦しんだことも。泣いたことも泣かせたことも。
 だからどうか、今の彼女の葛藤もいつか良い方向に向かってくれればいいと思う。
 子供時代を焦ることなく、共に悩んで励まし合って大人になっていけたらいいと思った。

「…そうかもね」

 ようやく表情にあった寂寥が消え、笑った幼馴染みに渋沢は内心安堵した。
 少しだけ風が吹き、渋沢を見下ろしている彼女の髪が揺れた。
 彼女は顔を上げ、斜め上の空を見て口許に笑みを浮かべる。

「ほんと、いい天気ね」
「次の休みは花見にでも行くか。公園の梅が見頃だって話だしな」
「お弁当持って?」
「いい考えだと思わないか?」
「うん」

 視線を合わせて、二人で笑う。
 空はよく晴れていた。







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 懐かしいなぁ、という感じですが再録です。
 タイトルの通り、草○のドラマを観ていた当時でした。まあざっと三年半ぐらい前。
 季節が今と合っていないのはご愛嬌。

 人生で無駄なことなんてない。
 二十数年しか生きていませんが、今でもそれを信じています。




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