小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

サイトアドレスが変更されました。詳しくはトップページをごらんください。

日記一括目次
笛系小ネタ一覧
種系小ネタ一覧
その他ジャンル小ネタ一覧



夏の箱(種/シンとアスラン)。
2006年07月30日(日)

 夏の風物詩であることは聞いたことがあった。









 割れ物につき取り扱い注意。
 赤い文字のシールが貼られた箱がシンのところに届いたのは、夏に入った非番の日の午後だった。一抱えほどの箱。軍雇いの業者が持ってきたその箱の宛先は、ザフト官舎街、シン・アスカ殿。
 受け取った黒髪に紅い目の彼は、送り先の名前を見たきっかり五分後、赤い上着を引っ掛けて官舎を飛び出していた。

「な、何考えてんですかあの人はぁ!?」
「……カガリか」

 服装規定に引っかかりそうな格好で執務室に飛び込んできた黒髪の部下を前に、アスラン・ザラは泰然と椅子に座りなおした。
 シンが『あの人』と呼んでアスランのところに駆け込んで来るとすれば、まず間違いなくオーブのお姫様絡みだ。
 普段からあまり収まりが良くない黒髪を一層乱し、前ボタンを留めていない軍服からはアンダーシャツがのぞいている。これが公務の場ならばまず服装を正した上で、説教を始めるところだ。
 アスランの脳裏に、とても楽しそうにシンへの贈り物を選ぶ金髪の彼女の姿が浮かび上がる。

「お中元だな。ほら、伝票に書いてある。少し時期が遅れたが、あの国にそういう風習があることはお前も知っているだろう」

 お中元。
 中元とは、太古の暦で言う七月十五日のことだ。宇宙暦以前の中国大陸で発祥した道教の習俗であったが、後に別の宗教と混同され、死者の霊を供養する日とされている。この時期に世話になった人へ贈り物をすることを、シンの出身国では『お中元』と呼ぶ。

「いつぞやはお前に世話になったから、ということなんじゃないのか?」
「イ、イミわかんないですよ!? なんで俺? え、うわ、嘘でしょう!?」
「…落ち着け」

 シンは封も切っていないベージュの化粧箱を両手に持ったまま狼狽している。
 私用ということで気を楽にしたアスランは、机に頬杖を突いてそんなシンを見守る。シンは大して大きくもない箱を自分から遠ざけたり近づけたりしながら、視線を四方八方に彷徨わせている。
 カガリも、大した魔性の女になったものだ。箱一人で一人の男を右往左往させようとしている。

「シンの正確な住所と好みを教えてくれという依頼があったから、答えておいたんだ。中は見てみたのか?」
「またアンタですかッ!!」

 ぐわっとシンが顔一杯に、怒りとも憤りとも知れない表情を作った。面白い顔だとアスランは思ったが、頬杖を外さずに眉だけを若干動かした。

「アンタとは何だ。俺が上官ということを忘れるな、シン・アスカ」
「部下の個人情報売っといて何か上官ですかアンタは!」
「官舎に住んでいる以上、お前の住所は個人情報に当たらない。だいたいお前の情報を売る売らないを決めるのはザフトの軍規ではなくて、俺だ」

 俺の好きなようにして何が悪い。
 右の頬杖をやや傾かせ、呟いたアスランの言葉にはやさぐれた空気が漂っていた。
 その様子に、シンはおや、と思う。

「あのー…アスランさん?」
「何だ」
「なんか、不機嫌ですか?」
「別に。いいんじゃないか? カガリは妙にお前のことが可愛くて仕方ないみたいだし、何せ元国民だし、知らない国で不自由な思いをさせて負い目があるみたいだしな。素直に受け取っておいてやってくれ」
「…別に俺はこういうのが欲しいわけじゃないし、可愛がられたくなんかもないです」
「俺はもらってない」
「は?」

 頬杖を外し、背筋を伸ばしたアスランの緑の目が真剣だった。

「オ レ は 、もらっていない」
「……………」

 嗚呼この人も疲れているんだな。シンはそう思った。
 そういえば秋の組織改変を前に、何かと調整や会議などでここ数週間はほとんど高級仕官用の官舎に戻っていないという話を聞いたことがある。その合間にプライベートの連絡や、通常任務をこなし、出張に出ている。アスラン・ザラの体力は底無しなのかもしれないがそれでも限界があるのだろう。

「…あの、これ、いります?」
「いらん。アイスコーヒーの詰め合わせだ。好きに飲むといい」
「……………」

 道理で大きさの割には重いはずだ。伝票が張り付いた箱を見ながら、シンは鬱陶しげに伸びた髪に指を差し入れている上官を眺めやった。

「あのー、なんであの人は、アスランさんにはないんですか?」
「古馴染みすぎて、今更お中元もお歳暮もない。その代わりに誕生日とクリスマスがある」
「…どっちもずいぶん先ですね」
「まぁ、別に今更な」

 微妙に明後日のほうを見ながら、アスランは口元だけで笑っていた。
 この人も、本気で想い人からの時節の贈り物が欲しいわけではないのだとシンにはわかっていた。ただ、妙にカガリがシンに何くれと世話を焼きたがるのが複雑なのだろう。
 シンとしては祖国のお姫様に淡い恋心すら抱いたことはなく、これからも決してないと誓える。しかしアスランの心とは、全く次元が違う問題だ。

「とりあえず、突っ返さずに受け取ってやってくれ」
「…俺だけ貰うわけにはいかないですよ。プラントに来た元オーブ国民は俺だけじゃないんですから」

 こういう償いの形が欲しいわけではない。箱を抱えながら、シンは受け取ったときとは別のところで途方に暮れた。
 彼女が、ずいぶん前から自分のことを気にしてくれているのを知っている。個人的に知り合ってしまった、オーブの元国民と現国家元首。苦い繋がりばかり彼女とシンの間に横たわる。

「…そうか」

 シンと目を合わせたアスランは、先ほどのやさぐれた雰囲気ではなく、ただ穏やかに微笑した。

「そういうことなら、俺から返しておこう。…たぶん、彼女は単純に知人としての立場からだったんだろうが、考えが甘かったな」

 公私の区別をつけていなくて、すまなかった。
 椅子を立ち、シンの前に立ったアスランはシンの手から箱をそっと取り上げた。すまない、と言った声音にはシンへの労わりと、カガリの行動について一旦の責任を負うものが滲んでいた。
 どうしてあなたが謝るんですか。シンは軽くなった両腕を感じながら、アスランの態度に少しいらついた。
 決して、あの箱は不愉快だったわけじゃない。戸惑い、狼狽したけれど、遠い祖国から届いた贈り物は初めてだった。遠い血縁はまだあの国にいるけれど、あの人が初めてだった。
 何を思い、何を考えて、彼女はあの箱を選んだのだろう。
 シンは誰かに物を送る習慣はほとんどないが、それでも相手が喜んでくれることを願って物品を選ぶ気持ちは理解出来る。
 送り返したら、あの金の姫はきっと寂しがる。悲しむのではなく、寂しそうな顔をするだろう。いつか、シンの部屋で見せた横顔と同じように。

「…やっぱり、いいです」
「え?」
「それ、俺貰います」

 遠ざかりかけていたアスランの前に行き、シンはその箱をもぎ取った。象牙のようなベージュ色は簡素で、伝票の宛名は手書きだった。
 シン・アスカ殿。この宛名を書いたのは、彼女本人だろうか。

「やっぱり貰います。それで、俺からこういうのは止めてもらうように言います」

 他人任せにするのはずるいことだ。彼女の好意も償いも、それに答えを返すのはシンが直接すべきことだった。
 決然と顔を上げたシンの赤い双眸に、アスランがそっと笑うのがわかった。

「そうだな。そのほうがいいか」
「はい。一々、すみませんでした」

 ぺこりと頭を下げ、退去しようとしたシンはふと思いつき、アスランの執務机の上を確認した。今は特に書類などは広がっていない。

「あの、隊長はアイスコーヒー飲めますよね?」
「あ、ああ」
「じゃあ俺これ今淹れてきますから、一緒に飲んで下さい」

 一人で部屋で飲むよりも、そのほうがいい。
 そう決めたシンは、アスランの答えを待つ前にさっさとドアのほうへ脚を向けた。

「すぐ戻りますから!」
「おい、シン!」

 シンは、たとえアスランが嫌がっても絶対に飲ませてやるつもりだった。
 そして彼女には、上司と部下という関係にある以上、部下だけが物品を受け取ったら人間関係に差し支える事実をしっかりと伝えねばならない。男というのは、意外なところで嫉妬深いのだ。
 ありがとうございますと言うのは、社交辞令だ。
 廊下を歩きながら、シンはお礼状の文面を考える。給湯室はすぐそこだった。









************************
 …いつ振りの種なのか。
 シンが好きです。シンとカガリを絡めるのも好きですが、シンとアスランの組織の中での関係を書くのも好きです。双子も(以下略)。

 ちなみに私の中で、デス種の終盤あたりの記憶はすでに薄れています。知りません見てないもん知らないもん(しっかり見てるくせにどうなのそれ…)。
 種に関しては妄想の世界でいいとこ取りして楽しみます。種作家さんは素敵作家さん率が高くてうはうはですよ。しあわせだー。

 忘れがちなのですが、この日記は有料版なのでお金払って借りてます。
 その更新月がそろそろなのですが、最近の日記の書いてない有様に非常にもったいなさを感じました。
 なので、せめて土日ぐらいは出来るだけ書いていきたいな、と。






今年の夏(笛/渋沢と三上)。
2006年07月29日(土)

 戦えばいい。目指す未来に望む自分がいるのなら。









 出る杭は打たれる。
 三年間の中等部生活を終え、同校の高等部に進学した渋沢克朗にとっての半年は、まさにその諺通りの日々だった。
 年功序列。古き者から上へ立つ。文武両道を謳う武蔵森学園の中でも、基本はその通りだ。強豪サッカー部も例外なく、部長は現存する部員の中の最上級生から、レギュラーは新三年生を中心に選抜されていく。
 ただし、『渋沢克朗』を除いて。

「………………」

 レギュラー部員用ユニフォームを着た渋沢克朗は、その日顎を引いた直立不動の姿勢で目の前の上級生たちを凝視していた。
 することがなかった。
 一軍とも呼ばれるレギュラー部員の自主練習枠として割り当てられた時間だったが、フェンスで区切られた人工芝のピッチには現在三年生の部員しか入ることを許されていない。
 そこまではいい。よくあることであり、芝の負担を考えて投入される人数に制限のあるこのピッチなら納得も出来た。
 しかし、ゴールキーパー部門の長とも呼ばれる副部長から渋沢に発せられたのは、『待機命令』だった。文字通り待機だ。自身の練習どころかマネージャーの手伝いやボール整理まで、すべての練習・作業を禁じられた。
 かといって、一軍選手のフリー練習として与えられた時間である以上、何も出来なくとも寮に戻ることも許されない。時間一杯、他のゴールキーパー候補が練習している現場を眺めているしか、することがなかった。
 青い空が広がる、盛夏の午後。傾きかけた日差しが少しずつ色を濃くしていく。
 ため息をつくのだけは死んでもやらないと心に決めたとき、懐かしさに涙が出そうになった。

『出る杭は、打たないと目障りだ』

 吐き捨てられた言葉を、三年が過ぎた今もよく思い出せる。あれは武蔵森学園に入学した一年めの夏だった。
 強豪武蔵森学園サッカー部で、入学早々にレギュラーの地位を獲得出来た人間はそうはいない。この学校で1番以外の番号を背負ったことのない渋沢は、その現実を自分のものとして生きていた。
 怪我に泣いた年ですら、ピッチに立たずとも渋沢は武蔵森の守護神だった。
 ゴールキーパーは11分の1の割合しか存在出来ない。唯一にして無二。だからこそ同チーム内でのポジション争いは熾烈を極める。
 いつもその中で渋沢は勝ち抜いてきた。どんな手段も使っていない。ただ、努力しただけだと自分では思っている。他にどんな手を使えというのか。
 それでも縦階級が基礎として染み込んだ組織には、稀に下級生がレギュラーを奪取すると上級生の権利を傘に理不尽な命令を出す輩が後を絶たない。
 忌まわしき風習だと、心から渋沢は思う。
 暴れ出したくなるが、同時に今の自分の孤独さが悲しくもなる。一年生で唯一の一軍入りは、見知ってきた友人たちが近くにいないことを指す。慕ってくれた後輩もおらず、元より年上にあまり好かれない性格もあってか親しい先輩も大していない。
 だからといって、絶対に俯くことはしない。ため息もつかない。暗い顔や歪んだ顔を目の前の先輩に見せるぐらいなら、睨みつけて後で注意を受けたほうがマシだ。

(…出る杭? 上等だ)

 出る杭は打たれても出てやると、絶対に思い知らせてやる。
 知らず腕を組み、ますますフェンス内を睨みつけた渋沢は、汗ばんだグローブの中の手を拳のかたちに変化させた。

「…お前、誰か殺しにでも行く気か?」

 あきれ果てた声がおもむろに掛かったのは、熱気と殺気が入り混じる気配を察したせいかもしれなかった。
 渋沢が顔だけで横を向くと、右隣によく見知った黒髪が現れた。真夏の陽光が、渋沢の友の髪を漆黒に光らせる。どれだけ太陽を浴びても色褪せぬ黒髪。

「…三上」
「懐かしいな、センパイ方の渋沢イジメ」

 口の端を芸術的なほど皮肉げに歪め、三上が小声で呟いた。
 センパイ、のくだりに侮蔑的な響きを感じたのは渋沢だけではないだろう。

「アレだよな、ああいうのって他人から見るとものすげ馬鹿に見える」
「…お前は自分がああいうのをやった自覚はあるのか」
「反省してる。それでいいだろ」

 早口で三上が吐き捨てた。渋沢たちの学年でひそかにささやかれ続けた『司令塔交代疑惑事件』と『監督入院事件』の当事者らしい言い様だった。

「もうやるなよ」
「さぁ。あの程度でレギュラー掻っ攫えるなら、俺はまたやる」
「…後味の悪さを考えたら、俺には無理だ」
「今さっきまで背中で殺気振り撒いてたくせによ」

 せせら笑う三上も、中等部の三年だった頃とは変わった。三上だけではない。また二軍から始まった新一年生は、全員がそうだ。
 確定だったポジションはたった一年と少しで消えうせた。後はまた、一の位から這い上がらなければならない。そのための知略と努力と、攻撃性。

「面白いだろう。一軍しか知らない俺が、またこうやって爪弾きだ。笑いに来ただけなら帰れ。目障りだ」

 腕を組み、声を上げながら緑の芝を駆け回る人間を睨みつける。渋沢には隣の三上が目に入らなかった。

「自慢してんのか卑下してんのかわかんねー言い草。俺は、この後俺たちの練習時間だから来たんだっつの。被害妄想すんな気色悪い。目障りはむしろお前だ馬鹿ッタレ。うぜーんだよボケが」

 罵倒語の語彙で、渋沢が三上に敵うわけがなかった。
 ごく自然に三上の口から飛び出てきた単語の数々に、渋沢のささくれ立った心は逆に落ち着いた。まさにその通りだと納得した。
 そして安堵する。前を駆け回る上級生のように、碌に口も利いてくれないよりも、悪口でも三上のように話しかけてくれるほうがずっといい。

「…ぬるま湯だったなぁ」
「あ?」

 ぽつりと渋沢は呟いた。
 一軍と二軍とで練習場所も時間も異なるのが、武蔵森だ。三上とこうしてサッカーを前にして並ぶのは、久しぶりだった。

「中学三年の一年が楽しすぎて、こういうのがあったことを忘れてた」
「それが今じゃ、上には睨まれ、下はおらずで、クラスも知らない連中が増えるし彼女は中等部にいるしで、お前一人ぼっちだもんな。かわいそうになー。いい気味」

 くくく、と喉の奥で意地悪く三上が笑う。
 間違いなく、本心からだろう。司令塔として幅を利かせていた立場から、一転してタダのMFに格下げされた彼も、相当ストレスが溜まっているに違いない。
 渋沢は、一人ぼっちという意味に思わず笑ってしまった。本当にその通りだ。寮ですら一軍と二軍が別れるような世界で、気づけば一人になっていた。
 隣に三上がいて、久しぶりに大きく息を吸うことが出来た気がする。渋沢は腕を組んだ姿勢で、ちらりと三上のほうを見た。

「だからといって、腐ったら負けだよな」

 現状の打破を諦め、停滞し、このままでも楽だからと言って困難から逃げる。曖昧な言い訳をして、いい加減に日々を過ごしたところで、未来で待っているものが今より優れたものであるはずがない。

「負けんに決まってんだろ」

 ふんと鼻から息を吐いた三上が、彼らしい傲慢さで言い放った。
 優等生の渋沢に比べ、三上のほうが底知れぬ強さがある。少なくとも渋沢はそう思っている。三上は、たとえ三軍からのスタートでもひたむきに、貪るように、欲するものを求めるだろう。
 本当に同じ位置に立ったとき、最後に笑うのは飢えた心を満たそうと走り抜いた者だけだ。
 最初から自分の望んだものが手に入るわけがない。かといって手に入らないからと、心を腐らせ、諦めたら、そのときも欲しいものは手に入らない。
 不本意な立場でも、不愉快な処遇でも、自分たちにはそれを跳ね除ける努力と実力があると、信じたい。

「どうせあいつらはあと半年で消える。そうすれば当然、俺が行く」

 新一年生で渋沢に次ぐレギュラー入りの二番手は、まだ名乗りを上げていない。憶測も出ていないというのに、三上亮は堂々と言い切った。
 中等部で司令塔を張った日々は、着実に彼の中に息づいている。無駄な三年間はなかったと黒髪の中の双眸は語っていた。
 とうとう身体ごと横を向いた渋沢に対し、今度は三上が腕組みをして笑っていた。

「半年で俺が行く、他の奴らも来る、一年経てば藤代たちが上がってくる。それまでにお前はあの馬鹿どもの後を均しとけ」
「お前…上級生に向かって何てことを」

 聞こえるぞ、と嗜めた渋沢に三上は全く意に介していない。

「だってそうだろ。レギュラー獲られた相手を締め出したところで、結局自分が敵わないって言いふらしてるようなもんだ。馬鹿じゃねぇの。それでいて裏じゃ『渋沢は体格に恵まれているからいいよな』だと? マジで馬鹿だクソ馬鹿。いいよななんて台詞はな、死ぬほど努力して節制した奴が初めて言う台詞だろ。体格うんぬん言う割に自分の体脂肪のチェックすら怠る奴に、ヒトを羨む資格があるか」
「………………」

 一体どこで三上がそんな話を聞きつけていたのか渋沢は知らないが、噂というのは大抵本人を避けて通るものだ。
 意外なところで義理人情に篤い三上が、親しい人間への悪口に、どうやら怒っているらしいということは渋沢にもわかった。

「だいたいお前は、変なとこぼやんとしてるから締め出されんだよ。いい子にしてたってあの連中にゃ通じねぇっつの」

 ナメられんな歯向かって蹴散らして潰せ。
 多少音量は落としたが、間違いなく本物の意思を持った三上の声だった。おそらく、三上は三上で心底からのストレスが溜まっているに違いないと、渋沢はしみじみと悟った。
 いま渋沢が先輩ゴールキーパー相手に喧嘩を売ったら、三上は爽快感で拍手喝采をしてくれた上で、大笑いするだろう。

「…他の皆は元気か」
「他の連中も似たりよったり」
「そうか。今度そっちの寮に行くから、適当に騒ごうと伝えておいてくれ」

 武蔵森に入学した最初の年は、もっと孤独だったことを渋沢は思い出す。親元を離れた初めての年、初めての中学校生活、寮生活、先輩後輩のしがらみの強い世界。
 初めから、立場も仲間も力も手に入れたわけじゃなかった。
 最初は、本当に何もなかった。けれど今は、少なくとも愚痴を言い合える友や、歯を食いしばるのに必要な自負と誇りも手に入れた。
 笛が鳴り、ミニゲームに明け暮れていた上級生たちがピッチの端に集まり始める。おそらく互いの課題点などを話し合うのだろう。そこに呼ばれない悔しさをかみ締めながら、渋沢は身体の横で拳を握る。
 ゴールの前にいられなくても、グローブを外して背を向けたりはしない。
 またここで、不動の地位を築く。
 出来るはずだ。三年間そうであったように。
 真夏の光を浴び、渋沢の髪が琥珀に透ける。身長はまだ少しずつ伸びている。それは運が良いのかもしれない。遺伝子にすら恵まれた。
 けれど、その恵みだけで今ここにいるわけではない。正当な努力をいつも重ねてきた。恥ずべきことは何もない。

 誰かを羨んだことはなかった。羨むよりも、近づく努力をしたほうがずっと早いと思っていたから。

「…悪いが、半年待ってくれ、三上」
「ん?」
「半年後、完全に正ゴールキーパーになる」

 神の声を手に入れる。
 一瞥した三上に不敵な笑みを見せ、渋沢克朗はフェンスの向こうを睨みつけたまま一歩踏み出した。背を向けた渋沢に、三上が小さく笑う気配が届く。
 向かってくるなら蹴散らす。阻んでくるなら振り切ってみせる。嘘でも強がりでも、そう思わなければ戦えない。


「先輩、そろそろ俺も混ぜてもらっていいですよね!」


 上級生への媚は、ゴールキーパーには不要なものだ。
 胸を張った夏の日は、渋沢克朗の十六の誕生日だった。





 お誕生日おめでとうございます。









************************
 今年は間に合いました…!!

 克朗さん、お誕生日おめでとうございます!
 ってことで、渋沢月間本来の目的『克朗さんのお誕生日を祝う』です。
 もはや誕生日何も関係のないネタですが。

 今回、友人葉月ちゃんを筆頭にリクエスト上位に常にある『渋沢と三上』でした。
 葉月ちゃんにはずいぶん前から「ヒロイン抜かした渋沢と三上で」とリクエストされていたのに、「そのうち書くよ」と言ってずいぶんお待たせしてしまいました。ごめんよ。
 っていうか葉月ちゃんには、ズバリと私が『書いてて楽しいヒロイン』トップ3を当てられてしまいました。ぎゃ。
 女の子はいいね。女の人じゃないんだ女の子なんだ、と思うのですが妙に変態くさいのはなぜだ。

 そういえば、もう文庫版のネタには踊らないぜ…! と決意していたのですが、5巻の表紙には唖然としました。
 え、だれ、なに、この縦じまユニフォームの黒い人。ちょ、いや、あの、アンタ何してんの…!? と。
 別にこれが樋口せんせーがすごい好きなキャラとか、すごい活躍したキャラだとかならわかるんですが、表紙に三上亮。あいつは所詮名台詞「傷ついてるのは俺のほうさ!」ですよ?(それだけでもう一部で有名だけどね!)
 お前がいるならいっそアニメ版笠井を出せ!! と思いました。アニメ版の笠井くん、かなり好きだ。
 ちなみに私は名前変換を知るまで、三上亮は「みかみりょう」だと思っていた(当時森ではなく桜上水一辺倒でした)。

 あ、当然5巻の後の6巻にはギャー!!な感じでした。
 おお、ここで来たかミズユキ…!! と。嗚呼可愛いな小島さん。私にとってミズユキは笛カプの基本です。これが崩れたらもう原作読めない。

 ところで、文庫版で次々と明らかになっていくあの人とかあの人とかあの人とかの設定についてですが。
 すみませんが、このサイトでは見なかったことにして下さい。
 ちょ、もう、無理、訂正追いつかない…!! という感じです。そもそも共学設定の違いからしてもう訂正することが出来ない。
 作品全部下げたいところではあるんですけど、そもそもオリキャラまがいのものを出してる時点で原典との違いはどうしようもないので、樋口先生に土下座しつつ現状維持でお願いします。

以下適当に笛創作に関することをつらつら言っているので、裏設定とか嫌いな方はそのままスルーしてやって下さい)
 そんなわけで、当サイトの渋沢克朗さんは一人っ子でお父さんはサラリーマンでお母さんは専業主婦で実家は新興住宅地の一般家屋でお隣はお医者さんの一家です。
 書いてませんが、渋沢家は過去半年ほど、お隣のお母さん入院中につき、隣家の一人娘を居候させて面倒を見ていたという設定です。なのであのお嬢さんは渋沢家のお母さんも実母ではないけれど、中学生時代から「お母さん」と呼んでいます。
 …こういう書くのに必要不必要問わず、ヒロインたちや原作で描かれていない部分での設定など、溢れるほどあります。

 ヒロインのお嬢さんたちも、一人称から出身地、相手役との対比としての身長、口癖や口調など、じみ〜に紙にびっしり書いた設定集があります。…暇だったんだネ。
 あと渋沢・三上部屋や松葉寮の間取りとか、武蔵森学園の規模と形態とか、真田のマンションの概観資料と間取り、作中の柏レイソルのチーム状態、三上の森卒業後の経歴、木田ヒロインの姉妹関係、英士の叔母設定、長瀬と香山さん、渋沢と高橋達也の中学一年時代、太一パパと百合さん、とか、明らかに「これいらない」と思われるような設定のメモ書きがネタ帳にありました…。

 そのうちデータベース化しようと思っているのですが(公表するわけではなく私の資料用に)、結局時間なくて出来てません。
 まあなくても大して困らないのですが、こう時間が過ぎていくと正直設定とかほんと忘れるので、ヒロインたちのメモ書きについては過去の自分ありがとうです。
 でもサブキャラの名前をジャ●ーズから取るのはいただけないと思う。TOKIOが全員いることに、一体誰が意味を見出すというのか(若さって馬鹿と紙一重ですよね…)。

 そういや最近新聞にどうしても甲子園の記事が多くなるわけですが、昼休みに地方版(神奈川)の甲子園球児たちをクローズアップした記事を読むと泣きそうになります。
 特に終盤に入ると、すでに代表校が決まってる県もあるのに神奈川はまだ準々決勝にも至っていないことがあったりと、出場校の数の差がまた泣かせる。
 神奈川の甲子園球児になるために、あの子らは何回試合やってんだー…。

 同時期に、ベルマーレの専属ピッチとクラブハウスが移転するという記事に、また別の意味で泣きそうになりました。
 別にまだベルマーレが金銭的な問題でJリーグにいられなくなったわけじゃないんですが…(近い将来そうなりそうで非常に怖い)。

 それにしたって、新聞はやっぱり朝読みたいものです(朝起きられないので電車の中と昼休みに読んでるわけなのですが)。




<<過去  ■□目次□■  未来>>

Powered by NINJA TOOLS
素材: / web*citron