小ネタ日記ex
※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
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再録:思い出ひとつ6(笛/武蔵森)。
2005年10月22日(土)
世の中には二種類の人間がいるという。
曰く、周囲の空気を自分のエネルギーに転換出来る者と、そう出来ない者だ。
「たーくみー!! ニ冠め獲ったぞ!!」
それでいうと、右腕を空に突き上げながら退場門から笠井のほうへ走って来る藤代などは間違いなく前者だ。彼は場の雰囲気が盛り上がれば盛り上がるほどテンションが高くなる。 男子障害物走を終えた藤代の肩あたりで、一位の証明にもなる空色の小さな布切れがピンで留められ、風になびいていた。そんな藤代を笠井は穏やかに迎える。
「おめでとう」 「おう! でもさでもさ、どうせならもっと長い距離ガーッと走りたいよな! あー走り足んねー!!」 「この先まだいくつか残ってるんだし、ちょっと落ち着けよ」
例の部活対抗リレーは午後の部だ。それまでに万が一藤代が体力切れで本来の力を出せなかったら番狂わせどころではない。笠井はそれを危惧していたが、藤代は余力を残そうなどという気は微塵もない。 一位でゴールしたことにより、確実に縦割りブロックチームの優勝に貢献しようとしている藤代が同じクラスの者に祝福やら激励やらを受けている間に、笠井は次の競技に注目している別の姿に気がついた。
「元気ないね」
応援席に持ち出されている椅子の斜め後ろから声を掛けると、同じクラスの彼女はびくりと肩を萎縮させた。
「かさ…い、くん」 「うん。どうかした?」 「…ううん」
首を振った陸上部のマネージャーは普段より覇気がない。どうしたのかと笠井が思ったそのとき、放送委員の声で三年男子200メートルリレー出場選手の入場が告げられた。
「あ、渋沢先輩」 「……」
何気ない笠井の呟きだったが、彼女の反応は顕著だった。 立ったままだった笠井は、自分の斜め下の細い肩が口した名前に反応したのがよく見て取れ、「えーと」と口の中でさらに呟いてみた。
「…また、何かあった?」 「知らない」
意固地な声音が返ってくる。やや引き結んだ口許の彼女は、それでもトラックの中央で整列している幼馴染みを見ていた。
「でもさっき北軍のほう行ってなかった?」 「知らない。…あんな人」 「…先輩、何してたの」 「……………」
とりあえず彼女が機嫌を損ねるようなことがあったのだと笠井は黙った横顔に解釈を得た。 二人が沈黙を続けていると、競技開始の合図と共に校庭に流れる音楽が準備段階のものよりさらに軽快なものに変わった。 第一走者はトラックを半周して次の走者にバトンを渡す。四色の走者がそれぞれバトンを繋いでいく姿に、各ブロックそれぞれから応援の声が飛ぶ。その声が一際派手なのは、やはり校内外で目覚しい活躍をしている生徒に向けられている。
「渋沢センパイ、ファイットー!!」
男女ごちゃまぜになった一声は、一年生のクラスからだった。 笠井も知っている一年サッカー部員を筆頭に、渋沢の所属ブロック一年生がクラス総出でたった今トラックに入った渋沢に応援の声を張り上げていた。 渋沢もバトンを受けるまでに余裕があるのか、そちらを振り向くと小さく手を振り返している。
「……克朗って、誰にでもいい顔するよね」 「……そうかな?」
そうだっただろうかと笠井はふと思う。 善悪をつけるとすれば渋沢は間違いなく善人の部類に入るが、かといって誰彼構わず笑顔を振り撒いているのかと言われるとどこか違う気がする。
「してるように見えるかもしれないけど、実際親しい人にはそうしないんじゃないかな。身内ほど厳しいっていうか。ほら、藤代なんかよく怒られてるし」 「……八方美人って言っちゃったの」 「…それはー…何ていうか、言い過ぎ」
というか、ひどい。 口には出さないが、笠井は彼女の時折聞く発言の数々に元部長への同情を込めてそう思った。無神経な質ではないのだろうが、彼女は咄嗟の一言がともかく暴発しがちだ。
「だって…」
それ以上続かない彼女の肩が明らかに落ちている。 後悔するのなら言わなければいいのに。 笠井は素直にそう思う。けれどそう出来ないからこそ、毎度毎度渋沢が苦労しているのだろう。悄然としがちでもバトンを受けて走る幼馴染みから目を離さない彼女に、笠井は難儀な二人だと他人事として思った。
「どっちにしてもさ、折角の体育祭なんだからもうちょっと楽しんだほうがいいよ?」 「なー二人して何やってんのー!」 「…こいつみたいに」
肩越しに割り込んできた藤代を親指で指し、笠井は「重い」とまだハイテンションの藤代を振り払った。
「何もしてない。話してただけ」 「ふーん。で、誰が八方なんとかだって? なんか小耳に聞こえたんだけどー」
他意なく、本当に何も考えていなさそうな藤代の口調だったが、笠井は言っていいものか悩む羽目になった。問題発言者のほうも気まずい顔になる。
「どしたん?」 「…渋沢先輩にそう言っちゃったんだって」 「なんて」 「八方美人」 「…って、褒め言葉?」 「なわけないだろ。どこ向いてもいい顔してるってことだよ」 「褒めてない?」 「当然」 「うわひでー! それってあんまりすぎる!」
意味もわからなかったくせに何を言うかと笠井は苦笑したが、藤代の態度は結を責めるには充分すぎたのか、元々落としがちだった彼女の視線がさらに下がる。
「川上ってなんでそんなに渋沢先輩嫌うんだよ。かわいそうじゃん」 「嫌いじゃない、けど」 「だったらもうちょっと優しい態度取ればいいのに、なんでいつもそうなわけ?」 「いつもじゃない」
妙に不穏な空気になってきた。 晴れ晴れとした秋空に似合わない雰囲気になりかけている二人の間で、笠井はそれぞれの動向を見守る。
「いつもそうじゃん。渋沢先輩、折角庇ってくれたのになんでそういうこと言うんだよ」 「え?」
……よし藤代、その調子だ。 ひそかにあることを思いついた笠井は心の中で友人にエールを送る。当然顔にそれを出すほど彼はバカでもない。
「部対抗リレーのアレ、先輩俺に川上は悪くないって言ったんだぞ。それなのにそれってないだろ」
空気を真面目なものに変えた藤代の双眸にかすかな怒りのようなものがちらつく。結にうつむくことを許さない声音は藤代が内包する感情の強さの現れだ。 自分と彼女どっちが好きなのだと渋沢に突っ込んでいったときにこの顔をされたら、きっと修羅場だったと、見ているだけの笠井は思った。本気すぎてマズイ領域に入ってしまいそうだ。
「…………」 「行こう」 「え?」 「渋沢先輩のとこ」
サッカー関係以外のことで珍しく真面目になっている藤代が座っている結の手を引いた。彼は戸惑った結の態度に即座に一喝した。
「悪いと思ったらすぐ謝る!」
幼稚園で教わるようなことだったが、絶対に間違いではない。 藤代らしいと笠井は笑いを押し隠した。
「う…ん」 「竹巳! ちょっと行って来るな!」 「わかった」
気をつけて、と先輩思いの友人と、その先輩の幼馴染みを見送って笠井は一息ついた。
「……さて」
これで上手くあの元部長の調子が上昇してくれればいいのだが。 一部の運動部の面子がかかった部活対抗リレーは、すでにブロック優勝を狙うのとは別格の扱いになっている。サッカー部にとっては、勝利の鍵とも言えるアンカーが幼馴染みとの仲直り効果でさらに燃えてくれれば首位取得にさらに近付き、部内で最も目立つ位置にいる人が活躍してくれるのは仲間として嬉しいことこの上ない。 自分はどう動くべきかと、笠井は顎に手を当てながらしばし考えた。
「…念には念を、だよな」
そして独り頷き、彼はサッカー部表番長を探すために移動を始めた。
**************************** その6。
何かと宿題が多く、あまつさえ年単位で放置とか、わりと底辺の我が家の更新事情ですが、気にはかけているのですよ…という、ね!(実行出来なければ何の意味もない) ということで、今年こそは〜二度めのチャレンジ2005〜、です。
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再録:思い出ひとつ5(笛/武蔵森)。
2005年10月21日(金)
絶好の運動会日和だと民放のアナウンサーが笑っていた。
武蔵野森学園の体育祭は縦割り4ブロックのチームを作ることから始まる。 夏休み前に各学年の中のクラス代表が抽選をし4色に分かれた後、他の学年の同色クラスと組むことになる。その各軍それぞれチームカラーがあり、ブロック名には東西南北4つの方角が冠せられ、当日はその4色が競技ごとの得点の総合で順位を争うことになる。 そして縦割りということは、学年が違っても同じチームに属する可能性がある。同じチームであれば準備段階の打ち合わせから当日の応援席まで共にすることになり、学年を越えて何らかの関係がある生徒同士にはある種チャンスでもあるのだが、渋沢克朗の運はここでも悪かった。
「…お前、実はツイてない男だろ」 「……………」
校庭のトラック円周沿いに作られた生徒用応援席で、渋沢は憮然とした表情をどうにか作らないよう努力していた。 問題の体育祭当日、開会式直後の十時台は体育祭としてまずまずの盛り上がりを見せている。
「あいつ藤代たちのクラスだから南軍だろ? 一番向こうじゃねぇか」 「…放っておいてくれ」 「ブロック違うわ部活違うわで、お前こりゃ今日応援してもらおうなんて考えねえほうがいいぞ」
当日用プログラムを眺めながらの三上の発言は他人事だと言い切っていた。
「いいんだ。今日の俺はブロック優勝と部活リレーのために生きる」 「ったりめーだボケ。女に左右されるような浮付いた態度取ってるから陸部に逆恨みされんだよ」
言っていることが相当無茶苦茶である。 今日の三上はいつにも増して機嫌が悪いな、と渋沢はそれぞれが持ち込んだ椅子に脚を組んで座っている三上の眉間の皺をちらりと見る。 そこに、ぱたぱたと勢いのある足音が近付いてきた。
「渋沢せんぱーい、写真いいですかー?」 「三上先輩もご一緒に!」
来た、とサッカー部の誇る二大有名人の片方はややひきつった笑みを浮かべ、片方は露骨に舌打ちした。 カメラ片手に集まってくる女子生徒に、渋沢は曖昧に笑いながら立ち上がった。
「いや、俺は次の競技の召集かかってるから」 「おい渋沢、放送聞こえねえぞ」 「ははは聞こえたじゃないか三上。じゃあそういうことで」 「待ちやがれ」
一人犠牲にされてなるものかと、三上は渋沢が羽織っていたジャージの裾を掴む。
「離してくれ、三上」 「一人で逃げようなんて考えんじゃねーよ。あ、こいつ写真撮られんの好きだから自由にやってくれ」 「えーでも三上先輩も一緒がいいですよー」 「ねー?」 「じゃああたし渋沢先輩の右側取ったー!」 「あ、ずるい! 私三上先輩の右腕ね!」 「なら私二人の真ん中!」 「うわ何それ! ずるすぎ!!」 「もーとりあえずいろいろ位置変えて撮ってこ! はいチーズ!」
乙女の迫力に押され、気付けば年下限定で女子生徒に囲まれた撮影大会が始まっていた。 男相手なら腕に触れられようとも振り払えるが、女の子相手ではそうもいかない。くそうと思いつつ動けない二人組に、写真を求める人数はさらに増えていく。 すでにどこを向けばいいのかわからないまま曖昧な笑いを浮かべる渋沢に対し、三上のほうは愛想笑いをする気など毛頭ない。
「ちょ、てめえらいいかげんに」 「三上」
諦めろ、と渋沢は青筋を浮かべかけた三上に視線で言った。 怒鳴って蹴散らすのは簡単だったが、それはそれで彼女たちに失礼だ。何より穏便な手段ではない。それこそ運動部の盟主たる男子サッカー部らしくない、と自分たちでは思っている。 三上も渋沢の言いたいことがわかったのか、渋々口を閉ざした。
「盛況ね」
そこで彼らの助けとなったのは、年下ではなく同じ年の女子生徒だった。 揶揄でも嘲笑でもない笑みを浮かべて彼女が近付くと学園有名人の写真撮影に興じる女子生徒たちがぴたりとシャッターを押す手を止めた。
「写真を撮るのも構わないけど、ここで集まると周りの迷惑だし、トラックに近い場所でフラッシュ焚かれると競技妨害だと間違われかねないから移動してもらってもいい?」 「あ、はーい。すみません、会長」 「こちらこそ盛り上がってるところにごめんなさい。それから、三年男子はあと十分足らずで200メートルリレーの召集かかるからそれまでに解放してあげてね」 「はい、わかりました」 「……今すぐ助けねぇのかよ、彩」
不満げに言ってきた三上に、彼女は小さく笑う。
「いいじゃない。三上は付き合ってあげたら? それから…渋沢」 「何だ?」
彼女にちらと視線で促され、渋沢はやや離れたところで待っている風情の姿に気付いた。 秋風に細い髪を揺らし、渋沢のほうを複雑そうな顔で見ているのは彼にとって唯一の幼馴染みだった。
「ゆ…っ」 「…近付けないみたいで困った顔してたわよ。行ってあげたら?」 「ああ。悪い、俺抜けるな!」
早口で三上に言い、今度こそ乙女の追及を振り切って渋沢が駆け出して行く。 さすがにこればかりは止められず、残された三上は一目散に幼馴染みのほうへ走っていく友人の背を何ともなしに見送った。
「…あーあ、大丈夫かよ」 「さあ…。でも、愉快ではないでしょうね、彼女」
小さな声で彼女は言い、これだけ囲まれてればね、とまだ当事者たちがいるので言葉ではなく視線で三上に伝えた。 自分は複雑にはならないのかと三上は訊いてみたくなったが、元彼女がそんな戯言に付き合ってくれるとは思えない。何より改まって未練があることを知られるのも格好が悪い。
「…あのー、三上先輩?」 「あ?」 「写真、山口先輩と一緒のも撮っていいですか?」 「は?」 「あたしたち会長の写真も欲しいですー。かっこいいし」 「ありがとう」
如才なく答えた彼女の笑みに、三上は自分は彼女たちから一度もかっこいいなどと言われてないことを思い出した。
「ほらそういう顔しないの。笑わなくていいから、せめて普通にしてあげたら?」 「なんでだよ」
嗜めるように言われ、問い返すと同じ年の彼女はいつもの何かを諭す口調で言う。
「思い出作りよ。協力してあげたっていいじゃない。女の子好きでしょう?」 「…それなんか誤解招くっつーの」 「間違ってないわよ」 「お前なぁ」 「はいはい」
なぜかおかしそうにくすくす笑っている彼女を見、三上はやがて息を吐いた。 それから待っている年下乙女に言う。
「撮るなら早くしろよ」 「あ、は、はい!」
さりげなく隣の彼女の腕を自分のほうへ引き寄せながら、三上はこれも思い出作りなのだろうかと自分の青春を省みた。
打って変わって渋沢克朗といえば。
「あ、あのな、あれは…」 「………………」
ただの写真撮影大会になっていただけだと無言になっている幼馴染みに説明したが、見て解る通りのことであってもなぜか言い訳じみていることを痛感した。 後ろめたいことは何もないはずだと思ってはいるが、とりあえず女の子に囲まれ騒がれていたことは確かだ。 彼の幼馴染みはあらゆる感情が無い混ぜになった、複雑としか言いようのない表情のまま渋沢の目を見ようとしない。 澄んだ清々しい秋の空気に、彼女が髪をまとめた上からリボンのように結っているハチマキの端がゆらゆらと揺れているのを渋沢は上から見ていた。
「…リレーのこと、もう一回謝ろうと思って来たんだけど」 「え? ああ、あのことなら別に」
ようやく口を利いてくれたことに思わず笑顔になりかける渋沢克朗十五歳。 けれど長い付き合いで、これからの二分前後が勝負どころだと理解している。この二分で彼女の気持ちを沈静化させなければ、返ってくるのは最大級の嫌われ文句だ。
「…忙しいみたいだから、帰る」 「ちょっと待った」
ここでそのまま帰らせ、彼女が落ち着くのを待つ戦法も有効だったが、時間経過に望みを託すほど渋沢は悠長な性格をしていなかった。 背を向けかけた腕を掴み、自分のほうを向かせる。
「ごめん。俺が悪かった」
不愉快にさせただろう自覚はあった。個人的な経験からいえば行事の類ではよくあることなのだが、自分に明らかに好意を向けてくる相手がこうであったら不誠実だと大抵の人間なら思う。 けれど彼女はストレートな謝罪にこそ、表情を変えた。
「なんで謝るの? 謝る必要ないでしょ。…別に、何かされたわけじゃないし」
まずい。お約束の展開になってきた。 心ひそかにこの先を予見しながら、渋沢はとりあえず方向転換を試みた。
「あ、そう…だな」 「……………」
気まずい空気が流れた。 例のリレー情報に関して、彼女なりに責任を感じているらしくあれ以後渋沢を始めサッカー部を避けていることは笠井からそれとなく聞いていたが、そこからさらにさっきの光景は追い討ちだったようだ。 これで面と向かって嫉妬でもしてくれるものなら、それもいいと思えるのだが、どう見ても怒っている顔で怒っていないと言い張るのが渋沢の幼馴染だ。 何を言えばいいのか渋沢と同じようにわかっていなさげな彼女は、やがてうつむいた。
「…克朗って、八方美人」
桜色の唇からこの上ない凶器が飛び出した。 言うなり彼女は唇を噛んで踵を返す。 思いきり胸を穿たれた渋沢はその場で固まっていた。
「…それはないだろ……?」
しばらく経ってようやく出て来た否定の言葉も、彼女には届かない。 空の青さが何だか切ない。
出来ることならその場でしゃがみ込みたくなった渋沢の耳に、三年男子200メートルリレーの召集を促す放送が聞こえた。
*************************** その5。 ヒロインズがデフォルト名使用中です。そういうのがお嫌いな方、本当にすみません。
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