小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

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再録:思い出ひとつ2(笛/武蔵森)。
2005年10月18日(火)

 残暑がまだ続く。








「すみませんでした」

 特別教室棟の廊下で偶然に顔を合わすなり頭を下げられ、三上は咄嗟に「あ?」と柄の悪い声を出した。
 彼の前にいるのは、理科の教科書類を手にした一学年下の少女だ。音楽室からの帰りだった三上は、その顔を見てためいきをつく。

「なんだよ、いきなり」
「あの、克朗に体育祭のこと頼んだの私なんです」
「ああ、部対抗リレーな。ったく、やってくれたな、てめえ」
「…すみません」

 情報漏洩の原因を作った相手を三上はためらいなく睨んだ。彼女はますます申し訳なさそうに目許を歪める。

「謝るぐらいなら最初からすんな」
「はい…。…笠井くんから、後で問題になったって聞いて…」
「それだけじゃねえよ。お前が、渋沢に直接言うのは卑怯だろ」
「…………」
「渋沢の気持ち知ってるなら、あいつが断れないの想像つくよな? だったらあんなことすんな」
「はい…。本当にすみませんでした」

 再度一礼した彼女に、三上はもういいと軽く手を振って先へ行かせた。
 たかが体育祭の一種目と他方が見れば呆れるかもしれないが、当人たちは必死なのだ。歪曲した横槍は不愉快以外の何物でもない。友人の幼馴染みという彼女はそういった手は使わないと思っていただけに、今回の件はさらに面白くなかった。


「…楽しくなさそうな顔ね」


 そこに、突如として涼やかな声が降り注いだ。
 上履きから響く軽い足音がすぐ近くの階段の上から落ちてくる。

「…なんだ、お前か」
「落ち込んでる感じの子に追い討ちかけることないんじゃない?」

 三上の前に現れた過去付き合ったこともある同級生は、三上の発言を聞いていたようだった。さして恥じるわけでもなく三上は息で笑う。

「あのぐらい言わずに気が済むか」
「その割にはすっきりしてないじゃない。彼女だって上級生に頼まれたら絶対無理だとは言えないことぐらいわかってるでしょう? 一度は引こうともしたみたいだし、教えたのはそこで甘さを見せた渋沢のせい。違う?」
「…いつも思うけど、お前そういう情報どっから仕入れるんだよ」

 尋ねられたことに回答せず、三上は卑怯にも別の話題を持ち出した。
 生徒会長という経歴の彼女はそんな三上をどこかたしなめるように笑った。

「知りたい?」
「別に」
「ならいいでしょ? だいたい自分だって同じようなことしようとしたくせに、彼女だけ責めるのはどうかしらね」
「…お前教えてくれなかったじゃねえか」
「当たり前。馬鹿なこと言わないで」

 体育祭実行委員の統括もしている生徒会役員なら、すべての種目の登録選手の情報を知るのは造作ない。そのときの三上の読みは正しかったが、口にした瞬間書類ケースで頭を殴られたのは最近のことだ。

「…お前ぐらい渋沢が口堅ければよかったんだよ」
「ごまかさないの。渋沢だって大事な子が困ってたら少しぐらいいかってぐらついちゃったのよ。走者順全部言ったわけじゃないんだから、多めに見てあげたら?」
「どうせ、お前にとっちゃ『たかがリレーで』って思うんだろ?」
「思わないでもないわね。でも、それは個人個人で違うものだから。それに運動部にとっては校内でわかりやすく優劣をつけれる場だから、ストレス発散の意味もあるのよ」
「……?」

 彼女が言った内容がよくわからず、三上は眉間を寄せた。
 そんな三上に彼女は第三者としての目を向けた。

「弱小と呼ばれてる部が、日頃優遇されている部を衆人環視で叩きのめせるいい機会」
「……は」
「聞いてないの? 陸上部、前年の部費の何割かサッカー部に持って行かれたの。そっちが用具整備のためにもっと必要だって強固に言い張ってね。予算委員会で渋沢と高橋が全面対決して、結局先生方からの後押しでサッカー部の勝ち」
「…オイ」
「やったほうは覚えてなくても、やられたほうは覚えてるものよ。多少姑息でも、陸上部本気でサッカー部潰しにかかってるんじゃない?」

 たとえば、味方マネージャーと敵方元部長の関係を利用しても。
 自分の預かり知らぬところで、部活ぐるみの恨みが向けられていたことを今更知り三上は唖然とした。そして彼女は真顔で言う。

「だから夜道の背後には気をつけて」
「…………」

 憮然とした彼に、彼女はごく普通に口を開く。

「私は応援しないけど、当日頑張ってね。部活対抗も出るんでしょ?」
「…なんでしないんだよ」
「生徒会は競技審判も兼ねてるの。本部詰だからどこの応援も出来ません」
「ちょっとぐらいしろよ」
「出来たらね」

 それからふと、彼女は思い出したように三上を見た。

「ねえ、あの子当日どっち応援すると思う?」
「…渋沢と、陸部?」
「そう」
「…………」
「…………」
「……半端なロミオとジュリエットみたいね」

 ぽつりと洩らした例えに、三上はためいきの寸前でうめいた。

「半端すぎ」


 複数の思惑と困惑、思春期の悩みやら恋やら友情やらを乗せて日々は渡る。
 決戦の日は近い。









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 その2。






再録:思い出ひとつ(笛/武蔵森)。
2005年10月17日(月)

 夏が終われば奴が来る。








「もうじき体育祭よね、克朗」

 彼の幼馴染みは、その言葉とにっこりとした笑顔を携えて現れた。
 現在中等部三年になる渋沢克朗は、珍しく愛想の良い年下幼馴染に一瞬困惑したが、それもそれでいいかと自分も笑いかける。

「そうだな。もう何に出るか決めたのか?」
「うん、走らないやつ」
「……そうか」

 まがりなりにも陸上部に在籍しているはずだというのに、その発言は何だろうか。
 まあマネージャーだしな、と一人自分を納得させ、渋沢は校内廊下にほのぼのとした空気を漂わせる要因を作っていた。

「克朗、今年は応援団手伝うの?」
「ん? ああ、そうらしい。もう部活も引退したしな。生徒会の手伝いも兼ねて」
「じゃあやっぱり、部活対抗リレーには出ないのよね?」
「…………」

 それが狙いかと、渋沢は彼女の発言でその笑顔の理由に思い当たった。半眼になって黙ると、向こうも空気の変化に気付いたのか口を閉ざした。
 体育祭の種目には、運動部がメインとなって行われる部活対抗リレーがある。
 各部の中の精鋭が文字通りリレーで勝敗を決するわけだが、ここ三年ほど優勝は最大手男子サッカー部が手中にしていた。

「情報提供はしないぞ」
「え?」
「部活対抗リレー。誰が出るかは当日まで秘密だ」
「……ダメ?」
「ダメ。…まあヒントをやるなら、まず確実に藤代はメンバー入りだな」
「もー、そんなのわかってるの。大事なのは藤代が一番手なのか、アンカーなのかってこと!」
「…つまり、それを聞き出してこいと言われたんだな」

 腕を組み、ためいきをつくと彼女は若干気まずそうな顔をした。

「…高橋先輩が、渋沢なら知ってるはずだから聞いてきてくれって…」
「あいつのやりそうなことだな。…燃えてるな、陸部」
「打倒サッカー部だって叫んでる。ここんとこずっと、うち勝ててないから…。走りがメインの陸上部が、球技部に負けてどうするんだって三年生が」
「………………」

 断れない運動部の上下関係ゆえに、スパイ行為もどきをやらされている幼馴染みを、渋沢はほんのわずか可哀想にも思えた。
 そして、敵が自分にそう思わせるよう彼女を送り込んだのだとすぐわかるだけ、妙に切ない。

「…姑息な」

 呟いてみたが、実に有効だということも理解出来てしまう。
 世界で唯一の幼馴染みの頼み事を、渋沢が断れないだろうと踏んだ陸上部元部長の思惑は悔しいほど正確だ。

「あ…でも、どうしてもダメなら引き下がっていいって言われてるから」
「え?」

 何事かを条件に取り引きを持ちかけられるのではと想定した渋沢の考えは、見上げてくる彼女の邪気のない瞳で覆された。

「克朗にも立場あるし、仕方ないよね。ごめんね、無理言って」

 若干目を細め、無念そうというより寂しげに笑う。

「…先輩たち今年で卒業だし、最後ぐらい目立ってもらえたらなあって思ったんだけど」

 日頃目立ちっぱなしの少年は幼馴染みの様子が演技なのか否か、本気で悩んだ二秒後に答えを出した。
 彼女は素だ。…だからこそ質が悪いとも云うが。しかしそれが彼女だ。
 押して駄目なら引いてみろ。陸上部元部長が、渋沢の幼馴染みに与えた作戦の裏のコードネームはそれに間違いがないことを、サッカー部元部長は心底から認めた。
 あの男は、真っ向から尋ねても渋沢が答えないことなど予測していたに違いない。だからこそ押し切るのではなく、ある程度駄目そうならそれでいい、と彼女に言った。
 そんなことになれば、彼女が『残念そうかつやや困り顔で謝る』ことになり、渋沢がそれに弱いことも、計算していたに違いない。

「…ごめんね、困らせて」
「あ…いや」

 自部の元部長に利用されていることがわかっていないマネージャーを、渋沢は憐れんでいいのか他人に注意しろと言えばいいのかわからなくなった。
 幼馴染みとして長年の兄代わりとして、この『妹』が困っていることは何でも手助けしてやりたい。が、体育祭の部活対抗リレーは運動部すべての意地とその中でも抜ききんだ強豪サッカー部の面子がかかっている。
 元部長の責任感と思春期の恋心との葛藤の末、彼は折衷案を選んだ。

「……藤代の走者順だけでいいか…?」








「それで言ったのかお前!」
「…藤代だけだ」
「藤代だけっつってもあいつ一番手だろ! それでもう登録してんのに陸部に藤代対策されたらどうしようもねえだろうが!!」
「…何とかなるだろ」
「バカ言ってんじゃねえ! リレーは最初と最後が肝心なんだよ! 藤代がトップって知られたらアンカーがお前なのも筒抜けじゃねえか! このドアホ!」
「だけどなあ、三上」
「どうすんだよ! 四連続優勝って燃えてんのに、俺らの代でポシャったら高等部行って何言われんかわかんねえってのにてめえは!!」
「…………」
「こーなったらどんな順位でバトン受けても、お前死ぬ気でトップ切れよ! でなかったらお前なんざ情報漏洩の裏切り者だアホキャプテン!」
「………」

 友人から罵るだけ罵られたサッカー部元部長と、部長を利用された復讐心に燃えるその他大勢。
 対し、陸上競技本家としての意地と、大所帯サッカー部にに前年度部費を何割か持っていかれた経歴を持つ陸上部。
 当日他部そっちのけのデットヒートを繰り広げることだけは、当事者の決定事項だった。









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突然ですが、再録です。




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