小ネタ日記ex
※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。
サイトアドレスが変更されました。詳しくはトップページをごらんください。
:日記一括目次
:笛系小ネタ一覧
:種系小ネタ一覧
:その他ジャンル小ネタ一覧
●●●
雨とピアノと彼の音(笛/渋沢と三上)。
2005年06月15日(水)
雨音と音色が連弾する。
ファの音が、雨の音と平行して聞こえた。
指鳴らしのように短い旋律が空気を伝い、やがて数拍置いて序章が流れ出す。開けた窓の網戸の向こうから聞こえるそのピアノの音に、渋沢克朗は軽く目を伏せた。
雨の日曜日。入梅してからというもの、朝から雨が降る日が多くなった。
初夏だというのに薄寒く、新緑を打つ雨に静謐さが混じる。しずかで冷たい、松葉寮にしては珍しい空気の日曜日だった。
床の上に脚を伸ばしベッドを背もたれにしている渋沢は、腹の上に開いたままの文庫本を伏せて置き、思いついた名を口にする。
「笠井か」
「だな」
端の机でノートパソコンを開いていた同室の三上亮も、渋沢の考えに同意した。
武蔵森学園中等部サッカー部専用寮、松葉寮。優に50人以上を収容出来るこの寮でも、娯楽室のピアノを弾ける人間は数少ない。
その筆頭は、渋沢と三上の一級下の笠井竹巳だ。猫目が印象的な彼は、入部時の自己紹介で淡々と趣味はピアノだと言っていた。
「あいつも休みになるたび、よく弾くよな」
「あれが笠井の息抜きなんだろ。だいたい、朝から画面しか見てないようなお前が言ってもな」
人それぞれに、趣味の範囲は異なるものだ。渋沢は三上の黒いノートパソコンを見遣りながら苦笑した。
音楽の造詣が深くない二人はそのままそれぞれの時間に戻る。
しばらく背景音楽としてピアノの音が松葉寮を流れていたが、ある空白の時間の後に流れ出した旋律に、同時に顔を上げた。
「…おい、これって」
「…なんだか随分テンポが速いが」
椅子のリクライニングをきしませた三上が、口端をひきつらせて渋沢を振り返った。
黒髪の友のその顔を見た渋沢も、相手が何を言いたいのかすぐにわかった。
「愛と勇気だけが友達の歌だな」
「……アンパンマン」
雨の日曜日、鳴り響くはアンパンで出来た正義の味方のテーマ曲。
一体何の気まぐれだと思いつつ、穏やかな笠井の性格らしからぬ性急な奏で方は、弾き手の本意ではないことを如実に示している。
「どーせ藤代あたりが適当にねだったんだろ」
「ヤケクソの顔が見えるようだな、笠井の」
「にしてもよく弾けるもんだな。楽譜とか持ってんのか?」
「さあ? でもある程度になると、曲聞けば両手で弾けるようになるとか?」
音楽分野は二人揃って専門外だ。曖昧な知識を縒り集めての会話は、正確な答えが出てこない。
休日のためいつもより整えていない黒髪を片手で梳きながら、三上は届く音楽に肩をすくめた。
「おい、2番に突入したぞ」
「間奏まで入れるあたりが笠井らしい」
文庫本を読み続けることを諦めた渋沢は、天然の茶の髪を揺らしながら喉の奥で笑う。今頃娯楽室のアップライトピアノでは、猫目の後輩が勢いよく指を動かしていることだろう。
笠井はピアノを趣味だと言い切る割には、学校内でピアノを弾くことは滅多にない。男子にはあまり馴染みのない趣味であることも気にしているのか、彼がピアノを披露するのは専ら寮内のみだ。
笠井のピアノの腕前がどのレベルにあるのか、渋沢にはよくわからない。弾けない身には大層上手に思えるが、本人に言わせれば「この程度掃いて捨てるほどいる」ということだ。
それでも、部内ならば掃いて捨てるほどにはいない。渋沢がそう言ったとき、クールな彼が笠井が照れた笑みを見せたことを覚えている。
「折角弾けるんだから、もっと弾けばいいのにな」
「あ?」
「笠井のピアノだ」
渋沢が唐突に言ったことを、椅子の上で三上がわずかにその眉をひそめた。
「そんなん、本人次第だろ」
「それはそうなんだが、うちの寮のアンパンマンで終わらせるには勿体無い気がするな」
「そうか? 確かにこれはヤケっぽいけど、あいつには楽しいんじゃねぇの?」
あまりにあっさりと三上が言ったことを、渋沢は意外な気がした。
「ここで弾く分なら、誰も文句言わねぇし、ケチつけたりしない。ちょっとぐらい失敗しても気にしないで好きに弾けるって、楽しいと思うぜ?」
「……………………」
渋沢同様、授業以外の音楽の経験は皆無だというのに三上の発言はとても納得出来る気がした。
いつの間にか、上達することをどこかで役立たせることが信条になっていた己を省み、渋沢は苦笑した。
いつか渋沢が素直に両手を打ち合わせたときの、珍しくはにかんだ後輩のすがたを思い出す。
「ああ、その通りだな」
誰かの可能性を信じることと、誰かの幸福を決めつけることは違う。価値観の違いを押し付けそうになった自分を、渋沢は生真面目に反省した。
雨の空気は、笠井のピアノの音によく似合う。彼は雨の日、サッカー部の練習が休みの日にピアノを弾くことが多い。それが、笠井が選んでいる日々の象徴なのだろう。
清楚な雨の音とピアノの音に静かに耳を傾けてみたが、次の選曲はむしろ暴力に近かった。
「……………なんで次がキテレツ大百科なんだよ」
「……………コロッケを作る歌だな」
こんなのまで弾けるのか、と渋沢は思わず本音で呟いた。
国内基準は知らないが、松葉寮基準で言えば笠井竹巳のこの特技は抜ききんでいることは確定だ。
何より、皆の笑いを呼び込んでくれるだろう。有名なクラシックよりもこういったもののほうが喜ぶ連中に違いないのだ。
「面白いなぁ、うちは」
ほのぼのとした父親のような渋沢部長に、10番を背負う司令塔は投げ遣りな一瞥をくれた。
梅雨が終われば夏到来。ほんとうの戦いの前、雨の休日にピアノの音はまだ止まなかった。
************************
ピアノといえば、以前キャラの同人界での捉え方について音大出身のある方が、
「真面目にサッカー部レギュラーやって、さらにピアノのプロになれるわけがないんですよ」
ピアノはそんなに甘いものじゃない、と仰っていたのが今でも非常に印象的です。
いい面だけを安直に捉えて物語にするのは、真面目にその道に取り組んでいる人に対して失礼だな、と姿勢を正させて頂くいいお話を聞けたと思いました。
のだめカンタービレを読んでいたら、ふとピアノが弾きたくなり手慰みに指を動かしてみました(習うのを辞めて8年なのですでに未経験者同然)。
今日はひやりとした雨の日だったので、音が静かに響きました。んで、笠井くんを思い出しました。
あと中学の同級生にすごくピアノが上手いことで有名な子がいたのですが、彼女は競って腕を磨くのではなく自分の好きに弾きたいから、という理由で公立高校を選んだ話を聞いたので、それをちょっと思い出しました。
のだめといえば、当たり前のように有名な作曲家の名前がじゃんじゃん出てくるのですが。
大学時代(二つ目)の教授に、その研究では日本の中で五本の指に入る中国古典の教授の講義を受けたことがあるのですが、その方が大層なベートーヴェン好きでした。
私にとってベートーヴェンとは小学校時代に読んだ伝記で終わっていたのですが、その講義の間中、教授はベートーヴェンを流してくれたのと、同じ曲でもいかに指揮者によって曲が変わるか、という授業と全く関係のないことも教えてくれました。
素で、「私はここの(←授業主題の詩文)イメージは○■(指揮者名)が指揮するベートーヴェンの○○○○(曲名/番号)なんです!!」でと力説する、壮年紳士。
大学教授っていうのはこう、正直「普通の人はいないな…」と思っているのですが(皆それぞれの意味でマニアだよ/専門家)、そのときもしみじみそれを噛み締めました。
むしろそのぐらい思い入れがなければ、専門家になんてなれないのでしょう。
その結果、私の中でベートーヴェンとは曲でも本人でもなく、その教授になりました。
っていうかのだめ読んでると、むしろ音楽家たちの伝記をもう一度読み直したくなります…(曲ではない)。ごめん私も所詮日本語オタク。
|
|
●●●
6月8日、日本時間午後十一時(笛/渋沢克朗?)
2005年06月08日(水)
24時間×365日×4回+24時間=?
試合中継が終わった途端、今度はニュースキャスターが叫びだした。
「また4年目が来るみたいだね」
ソファの上で脚を組んだ父親は、嬉しさを堪えきれずに微笑んで言った。
試合中は飛び上がったり叫んだり、大層うるさかったくせに今はその落ち着きぶり。結は調子のいい父親を半ば無視し、テーブルの上の茶器とつまみの類を片付け始める。
「ワールドカップだって何だって、結局あの人のやることに何か変わりあった?」
「…冷たい子だなぁ。喜んであげないの?」
「知らない」
わざと顔を背けてキッチンに向かう娘に、父親だけが苦笑した。
6月の夜はかすかな湿り気を帯び、穏やかに流れる。
サッカー日本代表が、ワールドカップ進出を決めた数分後の夜だった。
「これで彼も二年目のワールドカップ参戦だね」
「まだ予選なんだから、本選で落ちるかもしれないでしょ」
「またまた、克朗くんなら全然オッケー」
手を振ってからからと笑う父親を、結は無責任だと思い目の端で睨む。
テレビの中では結の幼馴染みが、ヒーローインタビューよろしくテレビカメラの前で笑っている姿が映し出されている。
強いフラッシュに照らされる天然の茶の髪、実際はテレビで見るよりも高い身長、汗ばむ肌さえ颯爽と見える微笑。すべてが結にとっては見慣れたもので、今更まじまじと見るものではなかった。
「…またかっこつけちゃって」
「克朗くんは素材がいいから、何したって絵になるよ」
メディアを通した幼馴染みには辛口になる娘は、単に照れているだけだと父親は的確に理解していた。面と向かって幼馴染みを褒めることを彼女は小さい頃から苦手としていた。
そして幼馴染みもそれをいつからか理解していて、彼女が何を言おうと「はいはい」と笑っていたものだから、この二人の関係は今日まで続いているのだ。
「どうでもいい」
テーブルの上をすべて片付けた結が、今度は八つ当たりのように布巾でそれを拭き始めた。強くこするたびに、キャメルの木目の色が一瞬濃くなる。
さらりと頬のあたりに落ちる細い髪の束の向こうで、娘が確かに微笑んでいるのを彼は見た。
「どうでもよくないくせに、素直じゃないねうちの子は」
「お父さんに似たんでしょ」
「似てない似てない」
笑って新聞を取り上げた父親を結はまた睨みつけようとしたが、相手は娘の感想など意に介さないようだった。ふふふと大人げない笑みを見せる。
「いつまでもこんなところにいないで、メールの一本でも打ってきたら?」
「……………」
「彼氏殿によろしくね」
「彼氏じゃない!」
大嘘をついて布巾を流しに叩き付けた娘の有様に、父親はただ笑う。
幼馴染みとはいえ、家の中の彼女を彼はどれだけ知っているのだろうか。…少なくとも、布巾を叩きつける姿に馴染みはないはずだ。
テレビを見れば、隣の家の長男坊主は他のチームメイトとぐしゃぐしゃの姿で肩を抱いて笑っている。
「…大きくなってさ」
乱暴な水の音がキッチンの流しから聞こえてくる。
脚を組み替え、幼稚園の時代から自分の娘の相手役を務めてくれた青年の成長にしみじみとした。
************************
何か色々と前提とした上での本日の小ネタ。
渋沢ヒロインと父@テレビ観戦の夜、でした。
何にせよ、日本代表三度めのW杯出場おめでとう記念。
…だったら真っ当に渋沢書けよ★ という感じではありますが、まあそれはそれとして。気持ちが大事。
思い返せば、何気に代表サッカー(オリンピック含む)の節目ごとに私は笛キャラで書いてきたんですよ。だもんで、ここは書くべきだろうと(無意味な意気込み)。
ここのところ珍しく所謂スランプ(?)みたいので、どうも上手く書けずにうだうだしていたのですが、渋沢ヒロインの彼女を思い出したらなんだかすっと書けました。書き慣れてる子がいたよ…!
なんだか落ち着かなかったり焦ったりすることが増えたのですが、マイペースにやっていきたいです。
あ、目は随分よくなってきました。ご心配おかけしました。
26日の東京シティに行こうかどうか考え中…だったのですが、行けないことがあっさり判明。おう。
そんなわけで、友人の無料配布本の塚不二はどうにかして手中にしなければなりません(どうにかも何も)。おくれ(私信)。
|
|
<<過去
■□目次□■
未来>>
|