小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
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ロングレイン7(笛/真田一馬)。
2005年05月17日(火)

 一人になりたかったんじゃなくて、知らない人しかいない場所に行きたかった。







 引っ越しを考えていることを城島さんに言ってみたら、彼女は少し驚いたような顔をして、オレンジ色の唇を動かした。

「生活出来るの?」

 椅子のスツールがくるりと回る。かすかにきしんだ音。深い青の彼女の椅子。
 彼女はわたしの上司であり、わたしの勤務状態を一番よく把握している人だから、その質問は尤もだった。確かに一人で暮らすには、わたしの一月ぶんの給料はあまり多くない。
 それでもいいという意思を伝えるため、わたしは曖昧に笑ってみせた。

「何とかなりますから」
「…そう」

 心配そうに眉をひそめてくれる城島さんは、真田さんとの共通項がある。わたしより年上であること、たった一人で暮らすことを知っているひと。
 回した椅子にきちんと身体を添わせた城島さんは、近くの椅子に向かって手を伸ばした。

「座って。事情を聞きたいから」
「事情、ですか?」

 心がひやりとする。
 何も言うことなんてなかった。確かに仕事ではとてもお世話になっているけれど、プライベートなことを相談するまでには至らない。引越しはあくまでも事前の報告みたいなもののつもりだった。
 渋りかけたわたしを見て取ったのか、城島さんはそれ以上椅子をすすめようとはせず、困ったように首を傾げた。

「あなたは無口な子ね」

 それがただの口数のことを示しているわけじゃないのは、ちゃんとわかった。
 けれど皮肉じゃない。困ったように笑うきれいな年上のお姉さん。

「……………」
「言いたくないなら構わないけど。困ったことがあったら、私でよければいつでも相談に乗るから、気軽に利用してね」

 利用という言葉に、一瞬胸を突かれた。
 一馬を利用するなと言った郭さん。
 自分を利用してもいいと言ってくれる城島さん。
 厳しく教えてくれる人と、優しく笑ってくれる人。わたしにとってはどちらもとても有り難い存在。だけどどちらの存在も、わたしにはただそれだけだ。
 少しずつ、嫌でも理解してしまう。わたしには本当のことを全部話せる人なんて、どこにもいないってことを。
 黙ったまま頭を下げて逃げたわたしを、城島さんは責めないでいてくれた。







 少しずつ長く伸びていく日没までの時間が夏の訪れを告げている。
 電車待ちのホームからは雨上がりの匂いと黄昏の光。次の電車まではあと二分ある。
 学校帰りの高校生、大きな荷物を抱えた主婦、チャコールグレイのスーツを着た中年男性、子どもの手を引いている若い女性、たくさんの人がそれぞれの格好で皆同じ電車を待っている。
 ここには、わたしを知っている人はだれもいない。そのことに、いつから安堵を覚えるようになったんだろう。
 だけどほっとしてちゃいけない。立ち止まって休んでちゃいけない。
 居場所なんて、まだ作れない。
 電車の到着を知らせるアナウンス、登録音声のそれみたいに、あたりさわりなく存在していたい。やり直すと決めていても、わたしはまだどこに辿り着くとも決められないままだ。
 ファン、と一声鳴く電車。一拍遅れて風が吹き、髪が舞い上がる。
 迫り来る夕暮れは空を薔薇色に染めようとしている。
 このまま電車に乗って、あのマンションに戻って、すれ違う住人に挨拶して玄関を開けてさくらちゃんの頭を撫でる。それから、時間になったら帰ってくる真田さんを迎える。

『ただいま』

 あの、何気ない一言と、時間の経過と共に見せてくれるようになった小さな笑顔。
 姿勢の良い立ち姿と黒髪と、切れ長の吊り目。親友は二人いて、犬を飼ったことはこれまでになくて、ご両親は東京にいる。それがわたしが知る真田一馬さん。
 いまドアを開けたこの電車に乗れば、彼の居場所にわたしはまた戻ることになる。
 なぜあの人は、こんな面倒のかたまりを拾ったんだろう。
 今まで聞いてこなかった一つの不思議。それを口にしたとき、真田さんもわたしの素性を尋ねるのかな。そうしたら、おあいこになるんだろうか。何のおあいこだって、郭さんに冷笑されそうな考えだけれども。
 聞かれたくないから聞かない。だからわたしは真田さんのことをよく知らない。あの家の中の彼しか知らなくてもやっていけたから、あえて外には踏み込まないようにしていた。
 横を知らないひとが通り抜けて、鉄の箱の中に納まって行く。
 立ち止まっちゃいけないはずの足がなんだか動いてくれない。
 この数ヶ月のあいだ戻ってもいいと言われた場所に、初めて戻りたくないと思った。
 目を伏せて、遠ざかっていくレールが軋む音を聞く。しゃがみ込んで膝を抱えてしまいたくなる衝動をこらえて、息を吸った。きっといまここでしゃがんだら、立ち上がれなくなってしまう気がした。
 どこでもいいから行こう。あのマンションじゃないところに。
 かかとを回してホームの階段に向かおうとしたわたしの視界に、鮮やかな黄色が飛び込んできた。
 真田さんの鞄から時折のぞいた色。柏レイソルのチームカラー。わたしが視界に入れてしまったのは、Jリーグ球団の一つ柏レイソルのジュニアチーム宣伝ポスターだった。真田さんとは世代の違う子たちが、同じ色のユニフォームを着ている。
 わたしは、真田さんがこの色を纏っている姿すら、見たことがない。
 見ようとしなかった。
 自分で選んできたその事実に、途方もない寂しさを覚えた。


「お姉ちゃん」


 黄昏に似合う温度で響いたその声に、もう驚きはしなかった。
 振り返らなくてもわかってしまう空気に、なんだか笑ってしまう。あの子は簡単に何かを諦めたりしない。逃げることを嫌う、強気でわがままで、だからこそ魅力ある子。
 生まれたときから知っている姉妹に視線を向ける。慌てたりしなかった。
 光る強い瞳は、わたしとはちっとも似ていなかった。

「やっと会えた」

 怒った顔で吐き捨てた妹は高校の制服のままだった。努力して入った進学校の制服。勉強も部活も恋愛も精一杯楽しむ、そんな妹はわたしとはまるで似ていない。
 大股で歩み寄ってくる妹から逃げる気力は起きなかった。

「まだあの部屋にいるんだってね」
「…………」
「なんで? 真田一馬と暮らすために勝手に出てったの?」
「違うよ」

 それだけは違う。何かをわかって欲しいとはもう願わないけど、真田さんに関することだけは否定したかった。
 この子の姿を見つけたときから、わたしにとって真田さんのマンションがあるこの街はあの家と同じ場所になった。去ることを決めている場所、今少しぐらい辛くても終わりが見えているからやり過ごせる場所。
 ばかみたいに妹の顔だけを見つめていたら、妹は不愉快そうに鼻のあたりに皺を刻んだ。

「ともかく、一度帰って」
「……………」
「わかってるでしょ、お姉ちゃんがいきなりいなくなって、私たち大変だったんだからね」

 それは探してくれたことの苦労なのか、近所や親戚への言い訳への苦労なのか、わからないけれどわたしの行動によって家族だった人たちが迷惑を被ったことは確かだった。
 夕暮れのざわめきに混じって知らない人からの視線を感じる。剣呑な雰囲気丸出しの女子高生が一番目立っているに違いない。むかしから妹は何をしても人目を引く子だった。

「…ごめんね」

 ぼうっとした唇から、そんな言葉が漏れた。
 きりっと妹の眉間に力が入る。きっと学校が終わってすぐにここまで来たに違いない。

「いい加減にしてよ。その気なんてないくせに、何となくで謝んないでよ。なんでいつもそうなの? 悪いなんて思ってないくせに、相手の顔見て謝っとけば済むとか思わないでよ」

 怒気を孕んだ瞳がためらいなくわたしに刃を突きつける。
 そんなつもりはない、申し訳なさがあるから謝罪の言葉を口にしている。きっとそう言ってもこの子には信じてもらえない。ずっとそうだったから、もう諦めてしまった。
 何を言えば、何をわかってもらえば、わたしを理解してもらえるんだろう。それについて思案を巡らせたところで、ずっと否定されるばかりで。雨みたいな言葉に打たれて、乾かず疲弊していく心に救いは見つけられなくて、どこかにある晴れた空を探していた。

「…ごめんね」

 だれの言葉もわたしには届かない。世界はわたし一人じゃないのに、わたしの世界にわたし以外の人はいない。
 自分勝手な解放を望んでいた。両親も妹も、わたしを知っている人がいない場所に行って、もう一度やり直そうと思っていた。雨の日を抜けて、晴れた場所で、また。
 そうやって真田さんに会って、この街で暮らして。
 やさしくないと思っていた世界の中で、優しい人に出会えたと思った。
 真田さんは、あの子とは違ったから。

 だけどきっと雨は止まないままだった。わたしが止ませようとしないから。









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 もしかしなくても時間空きすぎました…。
 前まではこちら
 それより前は正規更新のほうの真田の項にあります。

 久々に笛原作を読み返したら、やたら藤代が愛しかったです。
 やばい可愛いこの子、と素で思った(いや全般的に笛の彼らはそんな感じですが)。
 ところでつい先日のデス種で非常に渋沢先輩に似た連合士官がいたんですけど目の錯覚ですか?
 ネオの後ろあたりにいたあの人。似てませんか? 似てると思ったんですよ! 茶髪なところとか!!(それじゃキラも同類だよ!)
 笛界ではデフォルトで、アーノルド・英士・ノイマンがいることは有名ですが、渋沢先輩もいましたよ、ということをご報告申し上げる次第です。
 うん、たぶん渋沢に飢えてる。最近。
 今年の七月はどうなのであろうか。渋沢月間。

 え、というか双子誕生日ってもしかして明日!?






春模様、花景色(笛/郭英士)。
2005年04月27日(水)

 雨上がりの春。








 春の嵐が通り過ぎた次の晴れ間。緑が一斉に芽吹き、新緑が萌える季節となる。
 光が散る四月の午後は、無機質なアスファルトさえも輝いて見える。昨夜の雨の名残、乾きかけた水たまりに弾かれた陽光のまぶしさに、英士は顔の前に手を翳した。

「…藤、薔薇、牡丹」

 まじないのような呟きが、英士の肩の隣から聞こえる。
 通り過ぎていく家々の庭先を白い指で一つ一つ確認し、咲く花の名を彼女は呟いている。口許には淡い笑み、足元は嬉しそうな靴の音。おまけとしてセーラー服の襟がひらひらとなびく。
 英士と隣の従妹にとって、中学最後の春だった。

「春だよねー、英士」

 英士のそれとよく似た黒髪を揺らした少女は、ここ数日で一番の浮かれ様だった。
 彼女がそういう気分のとき、逆に英士の心持ちは下がっていく。別段不機嫌なわけではなく、浮かれ放題の従妹が何かしでかす前にそれを阻止するのが自分の役目だと、英士はごく自然に理解していた。
 であるからに、この少女が満面の笑みを浮かべたときの英士の反応は、大抵がクールな顔つきで口を開くことが七割以上を占める。

「うん春だね。ところでさっきの水溜りに豪勢に足突っ込んだから、後ろ泥はねてるんだけど」
「えっ!?」

 うそ、と信じがたい声を漏らしながら英士の従妹は自分の白い靴下のくるぶしの辺りに視線を落とす。
 そこには確かに、泥で出来た水玉模様があった。
 ショックを受けている少女に、英士は一重の瞳に呆れがちな色を浮かべる。

「足元見てないかったでしょ」
「見てなかったけどー。うそーやだーこれ今年入ってから下ろしたばっかりなのに! もう!!」

 先ほどは来たばかりの春を喜んでいたというのに、今はすっかり水玉模様に心を奪われている。
 このままでは遠からぬうちに「言わなかった英士が悪い!」と言ってきそうなお姫様を想像し、英士は黙って息を吐いた。

「もー英士!」
「はいはい何ですかごめんね気付かなくてむしろ先に注意しなくて」
「…すごい棒読み」
「だって俺自分が悪いと思ってないし」

 とりあえず言ってみただけの英士は、口をへの字にしている従妹の手から、大して重くない鞄を取り上げた。気位の高いこのお姫様は、単に自分が春に夢中になっている間に他をおそろかにしていた事例が悔しいだけなのだ。

「靴下ぐらいでガタガタ言わない」

 本気でしょぼくれかけている従妹に、英士は「鞄持ってあげるから」と付け足しのように言う。
 英士と数ヶ月しか歳の差がない少女は、そんな従兄を上目遣いに睨んだ。

「…そりゃ英士にとっては靴下なんてしょっちゅうボロボロにしてるけど、私一般人だもん」
「…俺だって学校用と練習用を使い分けるぐらいするよ」
「こないだ英士のタンスの中見たとき、何のルーズソックスかと思った」
「それは脛当てが入ってないから。というか何で俺の服とか勝手に見てんの」
「私は英士のを見てもいいの。英士はダメだけど」
「……………」

 理不尽に過ぎることを、英士の従妹は胸を張って言った。
 いつものことだが、それでも脱力はする。英士は肺一杯に雨上がりの匂いを吸い込み、苦笑一歩手前のひきつった笑みを浮かべた。爽やかな風に英士の硬質の黒髪だけがさらさらと流れる。

「…ああ、そう」

 …この返事が口癖になって、何年が過ぎただろう。
 ふとどうしようもないことを思い、英士は気分を切り替えるように歩き始めた。
 決して嫌なわけではない。今の英士は自分の意思で彼女のそばにいる。義務感ではなく、己の心を満たすために。
 英士が肩越しに振り返ると、手ぶらの少女と目が合った。

「ほら、帰るよ」

 知らず、英士の表情が緩み、微笑をかたち作る。
 住宅地の春は、空からの光と、周囲の庭先からこぼれ落ちそうな萌える緑だ。芽吹き花咲く、絢爛に彩られる春。何もかもが生まれ変わる季節。
 空色と新緑と光の白。春を表現するなら、この三色だ。
 軽く空を仰いだ英士を、軽やかな足取りが追ってくる。
 隣に追いつくなり空いた手を掴まれ、目を瞬かせた英士の前に少女の明るい表情が浮かび上がった。
 似ているようで似ていない、血縁など全くない他人同士のいとこ。

「うん、帰ろ、英士」

 先に言ったのは英士のほうだというのに、彼女は頓着せずに気軽に英士の手を握る。小さな頃よりもずっと差が出来た右手と左手。
 生まれ変わったのだと、英士は不意に思う。
 あの長かった冬を終え、辿り着いた新たな春。もう一度共にいる時間を築き直すと二人で決めた。
 この手を繋ぐことに、もうためらいはない。
 小さく笑い返した英士を、彼女はそれ以上の笑顔で迎えてくれた。








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 …英士を書いたのはいつぶりで(中略)。
 ジオラマ〜以降の春ということで。めぐり来る春と英士と従妹。

 先日の兵庫の電車事故。
 天災よりも人災のほうがやるせない思いがします。
 同時に被害者のへ家族のインタビューやJR職員の家族への無神経なインタビューを行うマスコミの姿勢に、相変わらずイライラします。だからなんでいつもそうなの! 事件は報じるものであって欲しい。
 会社組織のトップに責任を問う取材は構わないと思う。だけど当事者となっていてまだ安否も確認出来ていない運転手の家族への取材は、あまりに無神経だと思う。確かに責任はあるかもしれないけれど、まだ生死さえわかっていない人の家族に何を言わせたいんだか。
 でもまずは何より、犠牲者の方の冥福と被害に遭われた方の身体と心両方の回復を心からお祈り申し上げます。




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