和やかな日々











仕事帰りに彼が買ってきてくれるのは、チョコクロワッサンやメロンパン。
一緒に帰れる日は、駅で待ち合わせ。
お土産は帰れない時の楽しみ。
メロンパンって、何十年ぶりに食べた。
昔みたいに、口の中でベタベタにならないんだね。


VITAVINOはジュースみたい。
微発砲で飲みやすい。
もうすぐ彼が帰ってくるから一緒に飲めるかな。
すっかり酔っ払って帰ってくるから私だけかな。







2006年06月26日(月)

帰阪
仕事初日、息子から電話があった。
叔父の訃報だった。

昨年のお正月、私は父に内緒で叔父の家に出かけた。
今年は、父や継母に嫌気が差し、二度と大阪には戻らないと
叔父の家にも寄らず、連絡もせず部屋に帰った。

この数年で、父と叔父の関係は悪化していた。
私が叔父の家に寄らなかったのは、叔父に愛想を尽かし、
いくら嫌っていても、私は父の側についたのだと従兄弟や叔母に
思い込ませてしまった。

親戚中が叔父の訃報を、私に知らせてくれなかった。
唯一、息子だけが連絡してくれた。

仕事から戻り、支度をして新幹線に飛び乗った。
到着したのは日付が変わる少し前だった。

徹夜で従兄弟たちと話し合った。
誤解をとき、私は詫びた。

親戚中が私が来る訳がないと言い切ったそうだ。
父がまた嘘八百を並べたせいだろう。

焼香順を決める場で、叔母が言った。
 
 一番に、ようにしてもらう。

葬儀の始まる寸前まで親戚は集まらず、私が最初に席を立ったとき
一同呆然としたことだろう。

父がどうであれ、私は父とは別ものだ。
叔父に対する感謝の気持ちを忘れるはずがない。
不義理を通した私が悪い。

満中陰にはぜひ出席してほしいと叔母に頼まれた。
来月、また大阪に帰ろう。



2006年06月22日(木)

不確かな記憶







インテリアショップに行くとDANSKの文字。

 わぁ、懐かしい!

思わず声を出した。
子供の頃に北欧のメーカーだと教えられた。
木製のDANSKのおもちゃを持っていた。

器を手に取るとポーランド製のシール。
DANSKはデンマーク。
記憶違い?
間違っていなかった。
ショップのスタッフが、貼り間違ったんだろう。
帰って調べると、たくさんのネットショップで販売していた。

だけど木製のおもちゃはなかった。
あのおもちゃが好きだった。
購入したボウルは、バブルシリーズというもので人気があるらしい。

DANSKがおもちゃを作っていたのかとても知りたい。
DANSK



2006年06月06日(火)

長く


去年彼としたように、食材を買い、そして作る。
一人のときも作る。
何度か外でも食べたけれど、あれだけ食料の買出しが嫌いだった
私が、雨の日にも買いに行く。
結婚していた最後の数年でさえ、私は宅配してもらっていたのに。

独り暮らしを始めてから、部屋のために何も買わなかったのに、
ここでは毎日買い物をしてしまう。
部屋数が増えたせいだけじゃない。
なんでもありあわせで間に合わせていたことが嘘のようだ。
シンク下の棚、タオル、鍋、食器など生活感溢れるものばかり。

毎日、新聞を読むなんて何年ぶりだろう。
この私がガス警報器をつけるなんて不思議だ。

今月は職探しをしないと決めた。
そんな矢先、なんとなく目に付いたところに電話をする。
尋ねたいことがあったから、彼に電話してみるだけすればいいと言われた。
先方は、私の質問に答えながら、なぜか面接の日時を熱心に伝えてくる。

電話の後、彼に話すと仕事内容が見えてきた。
熱心なわけだ。
単調で肩の凝る仕事内容。
地道に長く続ければ、倒産する可能性はゼロの安定企業。
どうしようかと、まだ履歴書は書いていない。

もうひとつ、もっと給与の高いところを見つけた。
時間は自由でいいけれど、電車で都心に行き、シフトあり。
単調かどうかはわからないけれど、面接の予約を取ったところとは
倍以上の差がありそう。

向上心がなくていい。
もう疲れたくない。
生きるために働いているだけの生活は、もうたくさん。
前のあの仕事を思い出した。


 私って欲のない女でしょ?

そう言うと彼は笑ってた。

彼の仕事の一部を手伝いながら暮らせればいいのに。
今は1日数時間、教えてもらったとおりにやっている。
モニターを2つにしてもらって、いつの間にか入っていた
名前しか知らなかったソフトだと気づいたのは手伝いだして数日後。
実は、時給換算すると、この手伝いが一番高くなる。

悲しさや寂しさを感じる時がある。
ココへ来る前に、今まで以上の苦しみも覚悟すると決めたから。
それを思い出して、瞬間的に切り替えて、彼に笑顔を向ける。
そうでないとダメだから。
ココにずっといようと決めたんだから。

2006年05月22日(月)

呆れ果てた
父親に





 

脳を鍛えるDSトレーニングを送りつけてやりたい。

2006年05月15日(月)

新生活
東京を出て、2週間以上経った。
部屋を替わるたびにしなければいけない諸々の手続きが、ようやく終わろうとしている。
部屋を移る前後に陥る神経質で短い睡眠時間も、ようやく落ち着いてきた。

部屋数が増えた分、買い増したカーテン、照明器具、ローボードetc
彼と摂る食事、彼と行く買い物、全て新鮮で楽しい。

仕事の邪魔をしないように静かに別の部屋にいると、彼がやってくる。
仕事の合間に二人で出かけ、部屋を調えるのにあれこれ動いてくれる。

食事のときは、彼が買ってきてくれるワインやビールで晩酌。
二人とも体重増加中。

この時間がいつまでも続いてほしい。

朝は「行ってらっしゃい」と窓から手を振る。
彼の帰りを待ち、彼と摂る食事を作り、掃除し洗濯する。

このまま仕事を考えずにいられたらいいのに。
履歴書用の写真を撮り、求人誌をめくりながら力が入らない。

このままじゃいけない。
働かないといけない。
だけど、もう少しだけ夢の中にいたい。

2006年05月12日(金)

幸せそうな風景に
息子から聞いていた、今の「家族」のヤフオク情報。
お正月に息子が目の前でログインしていたIDを思い出した。
パソコン音痴の元夫が、パソコンを持ちオークションまでしていると
知ったときは驚いた。
IDは元夫が会社を作ったときに、私が提案して決めた社名。
バカにしていると感じた。
倒産したくせに、まだ会社にこだわってるのかと笑ってしまった。

IDの登録は2年前。
ヤフオク用に作ったようだ。
ほんの出来心で、どんな取引をしているのか見てしまった。
100以上ある入札履歴。
出品の多くは男児用、女児用の衣料、おもちゃ。
今、同居している女性がメインに使っているのがわかる。

こんなものまで出品してるのかと驚く。
時代なのかもしれない。
買い手があるのが不思議なくらい汚らしいものまで。
私は息子の着られなくなった服は、友達に譲るか捨てていた。

出品リストを見ていくと生活感を感じる。
私が図面を引きなおし、一から作ったあの「家」で
私が残した気配に動じることなく暮らせる無神経さに驚く。
息子が居場所を確保するために、毎週帰宅する悲しみを感じる。

一見するとありきたりな家族。
父親がいて母親がいて、私の息子が長男で、女の連れ子がいる風景。
気づかないのは本人たち。
周囲の噂は耳に入らないよね。
私はこんなに遠くにいるのに知ってるのにね。

皮肉な私。
息子を不憫に思う私。
息子を置いてきた自分を、今さらながら責める私。
「幸せ家族ごっこ」をしている元家族を妬む私。

一番強いのは、私はずっと一人だということ。
これからも多分。
どれだけ愛していも私はずっと一人。

離婚間際、家族と暮らしながら独りを感じ
それならいっそ一人になったほうがましだと思った。

あれから何年も経つ。
また独りを感じる。

オマエたちのしてることを世間が知ればどうなるか。
恥晒しな真似をして、それを是とする親の元で育つ息子。
私は許さない。
オマエたちがやったことは生活の知恵じゃない。
れっきとした違法行為だよ。

正義感からじゃない。
自分勝手な恨みと妬みだ。

こんなドロドロした気持ちは、おしまいにしたい。
楽しいことだけ考えて、前を向いて楽しめるように。



2006年04月17日(月)

転居
少しづつ実感が湧いてきた。
次の部屋は、今の倍以上の広さ。
彼の車を置ける駐車場もある。
仲介会社の高飛車な態度は、今までなかったくらいひどかった。
これまでも嫌な思いをしたけれど、今回と比べると
運がよかったと思えるくらい。

今度こそ長く住みたい。
1つ目の部屋は、1年半。
2つ目は半年、3つ目は8ヶ月、4つ目は10ヶ月、5つ目は1年5ヶ月。

ガス・水道・電気の届。
金融機関の住所変更。
郵便局の住所変更。
NTTの電話番号。
プロバイダの住所変更。

なんでも早め早めにしないと気がすまなくて。
今回まだできないのはガスの開栓予定通知。
前の入居者が届けを出してない。
忘れてしまいそうだ。
開栓してもらわないとお風呂に入れない。

毎日、彼から何度も電話がかかってくる。
本当に嬉しい。
会いたいよ。

これからどうなるんだろうと不安もある。
だけど彼がいるから。
今度こそ。

2006年04月11日(火)

嫌がらせ上手な叔母
意地悪な叔母の家に何度も電話。
お願いの電話とお礼の電話。
 
 転勤族が羨ましいの。だっていろんなところで暮らせるでしょう。
 本当にあなたは引越し貧乏ね。
 いい人いないの?
 うちの子が銀座を歩いても無理なのに、あなたならもっと無理だわ。
 それだけ口が悪いとダメよね。

今回言われたのはこれくらいかな。

過去の叔母の名言を思い出す。
私の顎がしゃくれてると笑いながら
  ようちゃんのお口はこんなの。
と、子供だった私に何度も真似して見せた。


 美形の両親の初めての子供だから、とても期待したのに
 色黒でブサイクでびっくりしたの。
 二人目は本当にキレイだったからほっとしたのよ。
と言ったのも、この叔母だった。
この叔母のせいで、ずっと醜いアヒルの子だと思い込んでたんだった。

歯の噛み合わせが悪くて、しゃくれているのも、
歯が弱くて若い頃から総入れ歯なのも貴女です。
入った進学校についていけず、ランクを落とした学校に転校したのは
貴女です。
卒業したかのように言いふらすのはおかしいです。
私たちをお金で育てられたと言ったのは、生涯忘れません。
従妹は好きだけど、銀座を歩いても無理だと思います。
約束の時間に必ず30分以上遅れてきて、なぜか私を遅刻魔だと周囲に
思い込ませたのは貴女です。

父親と一番の仲良しです。
何かあると、○叔母に電話しなさいと言われます。



なんでこんなに私を攻撃対象にしたんだろう。
妹ははるか昔、この叔母に対して大嫌い宣言をした。
鈍感な私は間に受けてしまっていた。

大好きなお兄さんを、私が生まれたことで取られたと思った?
自分は我慢しているのに、さっさと離婚した私が羨ましい?
溺愛して育てた優秀な子供たちは、有名企業に勤めている。
でも、子供たちは何度見合いしても結婚できない。
それどころか恋人がいる気配すらない。
ムカツク!かな。
だからって、私をいつまでも目の敵にするのはおかしいよ。

毎月食費に20万かける生活だし、可愛い子供たちは
海外旅行のたびに、ブランド品のおみやげを買ってきてくれるじゃない。

あっ、そうか。
私が
 いいな、いいな、羨ましいな!
って言わないからか。
お世辞が下手で鈍感だからか。

これからも、この毒を含んだ叔母とお付き合いが続くんでしょう。 
私に可哀相にと言うのが好きで、世話をしてくれる回数が多いのも
本当です。

2006年04月10日(月)

冷たい目
まるで大阪を出た当時の再現のよう。
コントロールが効かなくなった。
捨てたと思った薬を見つけたのは、2ヶ月前だった気がする。

医者や薬への不信は捨てられない。
自分に暗示をかければなんだって効く。
15年以上前、自律神経失調症だと言われたとき、
「小麦粉でも粉薬だと医者が言えば効果がある」そう笑った。

4錠残っていた薬を見つめた。
これで楽になるなら薬に逃げてもいいじゃないか。
効くと信じれば、きっと効くはず。

処方された時、まっさきに副作用を調べた。
また同じことをした。
滅多に薬を飲まない私は、ありふれた栄養ドリンクを飲んでも
心臓が踊る。

飲んだ結果は、情けない状態だった。
ふわふわ浮かんだ、身体も頭も。

泣いて彼に話した後、我に返った。
薬を服用するより、このほうがよかった。
私も彼もまた繰り返している。

遠い記憶は、ふとしたきっかけで目の前に再現する。
当時の苦痛を伴いながら。
なのに、ほんの数時間前、彼に話した内容がわからない。

前に言ったよ。
何度も甦るって。
それでもかまわないから、乗り越えようって言ったよね。
なのに、きっと度を越したんだね。
あなたの許容量オーバーなんだね。

彼は私にうんざりしている。
そうなんだと気づいた。
あははだ。
あきれ果てて、疎ましがられてるんだ。

心にブレーキをかけた。
私は極端だから、いつも急ブレーキになってしまう。
徐々にゆっくりを願いながら、私にはできそうにない。
冷えた心を写すように冷たい眼になった。

昔、言ったよね。
辛い時にどうして笑えるのって。
誰にも見せないからだよ。
子供のときからの癖。

急ブレーキをかけて、自分から離れるんだ。
離れたところから、自分のしてることを眺めると
バカな女だって、よくわかる。
たまには目を覚まさないとね。

そしてバカな女とバカな女の相手の男を
覚めた目で見るんだ。

だけど、どんな薬より、その男の声が効果がある。
だからいつまでも繰り返す。

2006年03月12日(日)

初日 最新

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