誰にも言えない

2025年12月31日(水) 来年こそ

来年こそは死ねますように!



2025年12月23日(火) 雨の前の苛立ち

週に一度、ヘルパーを頼んで障害者向けスポーツセンターに行っている。
明日がその日だ。
たいていは、家からペットボトルのお茶を持って行くが、すごく寒い日は駅までの通り道にある自販機で温かいお茶を買う。
明日はその”すごく寒い日”になりそうだが、雨の予報で、雨だと途中で買うのが何かと大変だ。だから母親に、「明日はお茶を買わないで家にあるのを持って行く」と言った。
すると母親は笑った。
その笑いは明らかに、私が雨を言い訳にして本当は節約のために家のお茶を持って行くのだろう、と思っている笑いだった。
雨の日に外出することの大変さや、そのためにあれこれ気を回さなければならない煩わしさを分かっていないのだろう。だから、平気で笑ったりできるのだ。

私は重度身体障害者で、出かける予定があるときは、数日前から天気予報をこまめに確認する。
そういうことを知ってか知らずか、父親が夜のニュースの天気予報を見て「明日は雨みたいだぞ」と言ってきた。
は? いまさら? こっちは何日も前からそんなこと知ってんだけど?
なんでそんなにお気楽なんだろう。
外出を取りやめるなら、前日までにヘルパー事業所にキャンセル連絡をしなきゃいけない。
だから天気予報をこまめに見て、雨かどうか、雨なら外出可能な程度かどうかをチェックしている。
あいつは、そんなことすら知らないのだろう。

母親も父親もクソだ。
この煩わしい人生はお前らが子どもを作ったせいなのに。
クソ腹立つ!



2025年12月22日(月) 年末の願い

2025年とともに私の人生も終わってくれればいいのに。



2025年12月20日(土) よくもまあ

母親が何かの拍子に股関節を痛めた(一時的なもので、すぐに治った)。
母は「体の動きが遅くなって、嫌になる」と言った。

こっちはあんたたちに生まれさせられたせいで重度身体障害を負って、一時的どころか一生体が思うように動かせない人生なんですけど?

私に向かってよくあんなこと言えるよなあ。
ほんと呆れ果てる。



2025年12月14日(日) お前の好みは関係ない

私の部屋には遮光カーテンだけで、レースのカーテンがない。
来年は団地全体で大規模改修の予定がある。足場が組まれて工事の作業員が家の前をうろうろするのでレースのカーテンを付けることにした。
それを母親に言ったら、「お母さんは、部屋の中が暗くなるからレースのカーテンは好きじゃない」と。

は?
お前の好みが何の関係が?
私はリビングや両親の寝室の話をしてるんじゃない。自室の話をしてるんだが?

結局はレースのカーテンを付けることになったのだが、いちいちこっちのテリトリーに精神的に侵襲してきて腹が立つ。



2025年12月11日(木) お前ら親は加害者だぞ

『プレバト』に出る芸能人の中ではフルーツポンチ村上の俳句が好きだったが、子どもが生まれた途端に子ども絡みの俳句ばかりになって、つまらなくなった。
今日の放送で、村上が、我が子が入院したときの心境を詠んだ句を披露した。
それを見て、母親が、「ほんと、子どもが病気になると親はどんなに心配するか」と共感を示した。
母はときどきこういうことを言うが、その度に苛々する。
生まれてしまえば、どんな病気にもなる可能性がある。それを承知で、生みの親は子どもを作って生んだのだ。その結果、子どもを苦しめている。
つまり、我が子が病気で苦しむのは、子どもを(本人の同意なく)生んだ親自身のせいなのだ。
それなのに、子どもの苦しみには何一つ言及せず、子どもが病気になって心配する親の気持ちばかりに目が向いている。
まるで、自分たち親が被害者で、降ってわいた不幸に耐え忍んでいるかのようだ。
被害者は、生まれさせられて苦しまなければならない子どものほうなのに。
生みの親は加害者なのに。


 < 過去  INDEX  未来 >


憂鬱天使

My追加