VITA HOMOSEXUALIS
DiaryINDEXpast


2023年03月25日(土) 女の性欲

 谷崎潤一郎に『卍』という作品がある。

 この作品のことを知ったのは高校生のとき、同級生でかなりの読書家だったUが教えてくれたのである。

 Uは網元の御曹司で、地元ではどこへ行っても顔で通る特権階級だった。だが彼はアタマが良く、いろいろな本を沢山読んでいた。あるとき「現代国語」の時間に指名されて、教科書に載っていた『金色夜叉』の一節を読まされた。ここには「冨山唯継」という人物が出てくる。Uはその名前を正しく「とみやまただつぐ」と読んだ。『金色夜叉』を知らなければ「とやま」と読むところである、現国の先生はUがその名前を正しく読んだことを激賞した。

 そのUがある日私に「お前は『卍』を読んだことがあるか?」と問うたのである。私はもちろん、そんな難しそうな文学作品を読んだことはなかった。

 「これは女と女が愛し合う物語なんだぜ」と彼は言った。

  「まあ、あんた、綺麗な体しててんなあ。」——わたしはなんや、こんな見事な宝持ちながら今までそれ何で隠してなさったのんかと、批難するような気持でいいました。わたしの絵エは顔こそ似せてありますけど、体はY子というモデル女うつしたのんですから、似ていないのはあたりまえです。それに日本画の方のモデル女は体よりも顔のきれいなのんが多いのんで、そのY子という人も、体はそんなに立派ではのうて、肌なんかも荒れてまして、黒く濁ったような感じでしたから、それ見馴《みな》れた眼エには、ほんまに雪と墨ほどの違いのように思われました。「あんた、こんな綺麗な体やのんに、なんで今まで隠してたん?」と、わたしはとうとう口に出して恨みごというてしまいました。そして「あんまりやわ、あんまりやわ」いうてるうちに、どういう訳や涙が一杯たまって来まして、うしろから光子さんに抱きついて、涙の顔を白衣の肩の上に載せて、二人して姿見のなかを覗き込んでいました。「まあ、あんた、どうかしてるなあ」と光子さんは鏡に映ってる涙見ながら呆れたようにいわれるのんです。「うち[#「うち」に傍点]、あんまり綺麗なもん見たりしたら、感激して涙が出て来るねん。」私はそういうたなり、とめどのう涙流れるのん拭こうともせんと、いつまでもじっと抱きついてました。

 Uの示したこんな文章を、私は別に面白いとも思わなかった。

 だがUは興奮して鼻の穴を大きくふくらませ、頬を赤くして息をはずませていた。私はちょっと探りを入れた。そうするとやはり彼はこういう情景を読むと興奮し、男根を勃起させ、その先端から粘液滴らせ、辛抱できなくなって手で男根をしごき、射精していたのだった。

 その告白を聞いたときに私の方がクラクラした。Uは格別ハンサムではなかったが、なんとなく私は彼に惹かれる気持ちもあったのだった。彼がこんなに興奮するのは女の話を読むからなのか。それはこの年代の男の子ならば自然で仕方のないことなのか。彼が興奮するさまを想像して興奮する私は異常なのか。

 17歳のわたしはいろいろに考えて悩んだ。


aqua |MAIL

My追加