僕らが旅に出る理由
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2002年03月05日(火) |
My Only London - 忘れもの回収顛末記 |
イギリスでは遺失物拾得係の事をLost Propertyと言って、うちの学校でも受付がその係になっていた。
ただし、忘れもの・落し物というのは、そんなに届け出がないものだ。 私がいた3年間でも、落し物を落とし主が探しに来て、ちゃんと受取っていった例は数えるほどしかない。
たいていは問い合わせに来ても該当物がない。またはまれに逆のパターンで、届けられても回収しに来る人がいないということもある。 私が今日本で使っている折り畳み傘も、学校に置き忘れられて誰も取りに来なかった傘だ。 ロンドンはスリが多い。まして、どこかに何かを忘れたような場合は、盗ってくださいと言ってるようなもので、戻ってくるわけはない、と皆どこかで考えている。だから、問い合わせに来る人も少ないのだろう。
だけど、忘れものが届いてたことがある。 ロンドンに住み始めて最初のクリスマスの頃だった。
私はなけなしのお小遣いをはたいて、ハーヴェイ・ニコルスで洋服を2着ほど買った。 クリスマス商戦は、ロンドンでも激しい。むしろ、日本のお年玉を兼ねているようなところもあり、もっと激しいかも知れない。各デパートも一斉に安売りを始める。そんな中で、自分の買える範囲で、そこそこ好みに合った服を買うことができて、私は内心浮かれていた。 当時住んでいたトゥーティングまで帰るのに、私はバスに乗った。浮かれていたので、二階の一番前の席に座った。外は寒くて、窓は少し曇っていた。その窓を見ながら、いろいろと取りとめないことを考えていた。
ふと気付くと、もうフラットの近くだった。停留所の案内放送のようなものはないので、自分でブザーを押さないと止まらない。窓が曇っていたせいもあり、気付くのが遅れ、私は慌ててバスを止め、降りた。それが失敗だった。
しばらく通りを歩いたが、急に気がついた。荷物が少ない・・・。
しまったぁ〜〜T_T
私は思わず、停留所まで走って戻った。バスが待っているわけもないのだが、反射的にそうしてしまった。がらんとした停留所に茫然と立ちすくんで、私はぐるぐる考えた。 まだロンドン暮らしに慣れてない時期だった。 直感で、私はもうあの洋服は返ってこないだろう、と思った。 パニックになっていたし、海外で忘れものをしたら盗られるに決まっている、と思い込んでいた。 しかし、何か方法がないか、考えてみた。 まず、その停留所にずっと居座って、終点から戻ってくるであろうそのバスを待ち構えることを思いついた。が、すぐにその考えはダメだと分かった。何本のバスがその路線を運行しているか分からないし、いつ問題のバスが戻ってくるか分からない。どれが問題のバスか、外観であてられるわけでもない。1台ずつ止めて、いちいち2階に上がらせてもらうか?絶対ムリ。
じゃあどうするか?
途方にくれてフラットに帰り、フラットメイト(Kちゃん)に相談すると、私よりはロンドン生活に慣れていた彼女は、バス会社に電話したらどうか、と提案してくれた。 英語での電話にまだ抵抗のあった時期で、バス会社なんて縁もゆかりもないところに電話?と思っただけで、私はそれまでの倍もユウウツになった。でも、せっかくバーゲンで、せっかく苦労して服を買ったのに、諦めてしまうのはあまりにも惜しい。 というか、諦める理由が英語っていうのが単純に悔しい。
それで結局、私は三たびバス停に戻り、時刻表に載っていたバス会社の電話番号を書き留め、勇気を奮って電話した。 電話の内容はあまり覚えていないが、今日の夜に忘れものを全部集めて整理するから、今日のうちに確認はできない、明日の朝バス会社の車庫に問い合わせに来るように、と言われた。 車庫の場所は、これまで行ったことのない場所で、それがまた不安をあおった。 翌日、9割がた諦めながら、言われた道をたどって車庫に行った。車庫があるくらいだから町はずれで、人どおりもなく、代わりに車がビュンビュン走っているような場所だった。道路脇のレストランやコーナーショップも、なんだかよそよそしく見える。たどり着いた車庫は、大きな、がらんどうの建物で、見慣れた赤いダブルデッカーが、出陣を控えてきっちり並んでいた。
これのどこに行けばいいんだろう?
運転手さんの控室みたいな場所があったので、そこへふらふらと入って行ったら、場所を教えてくれた。Lost Propertyのおじさんは、愛想良くもなく悪くもなく、私の顔に目が二つと口が一つついてる以外の何も確認してないだろうと思えるくらいな適当さで、「あ、じゃ、そのへん見てみてくれる」と言った。棚の上に、ぞろぞろといろんなものが並んでいた。
その、他人だらけの世界の、よそよそしい空気のど真ん中で、私は発見したのだ。 おなじみの、ハーヴェイ・ニコルスの袋を。
こっこっこっ、これです!!!!!
と、私が大興奮の体でいうのをおじさんはまるで取り合わず、 「あ?これね。そう。よかったね、じゃ、持ってって」 と言い捨て、奥の部屋へ引っ込んだ。
あ、あの、何か書かなくてもいいんでしょーか?? な、名前とか電話番号とか・・・
と思ったが、もう誰も出てこない。 恐ろしいほどあっさりしてるが、いいんだろうか・・・ と思ったけど、それでいいらしいので、帰ることにした。
帰り道は打って変わって、うきうきしていたので、周りの風景も親しく見えた。現金なものね。
それにしてもまさか、また戻ってくるとは。
お客さんだか、運転手さんだか分からないけど、この袋を見つけてネコババもせず、ここまで届けてくれた、その見知らぬ人がものすごい聖者に思えた。それとともに、ロンドン人も、思ったより仕事してるんだな、と見直した(失礼だけど)。
なんでも、一応は聞いてみるもんだな、とつくづく思った。自分が働きかけてみて、運良く思ったものが手に入れば、これにまさる快感はない。
しかし。
そんなわけでその時の感激は今でもよく覚えているのだが、そこまでして取り返した服がどんなだったかは、今となってはサッパリ覚えていない。
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