蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題3-3

「マヒロちゃんー?」

ややこしそうな作りの紐靴を脱ごうとしていたハルちゃんが振り返り、それに釣られたようにしてシュウスケがあたしを見る。
その顔は笑っても怒ってもいなくて、それがシュウスケの普段の表情だって知っていても不機嫌なんじゃないかって強張ってしまう。

「なにやってんの、早く入れば」

シュウスケがほんの少し、目元を緩めた。

「あ、うん」

玄関で手招きするハルちゃんに促されて、靴を脱いだ。

「今日はねー、麻婆豆腐なんだよねー」

「俺、辛いの嫌い」

「シュウのだけ甘くしてみる?」

悪戯ぽくハルちゃんが笑う。
シュウスケはそれに、溜息を落とした。
いつもの、この家の風景に何だかほっとする。
それはきっと、ハルちゃんがそうできるように、してくれているからだと思うけど。

「何か気持ち悪そう」

「じゃあ麻婆春雨」

「根本的解決になってなくない?」

「文句言わないの」

「わかってるよ」

最近、ハルちゃんとシュウスケはよく話すようになった。
元々話さないわけじゃなかったけど、こういうどうでもいい話はしなかったように思う。
必要な用件じゃなければ、シュウスケが避けていたように思うのに、いつのまにかそういう壁がなくなった感じがする。

二人の後ろについて、一緒に二階へと上がった。
階段を上る間中何となく、シュウスケのさらさらした真っ黒い髪をじっと見ていた。

「なに」

ふと、シュウスケが振り向いた。

「え?」

「お前、また止まってる」

階段の途中で立ち止まっていたことに気付いて、慌てて追いかける。

「ぼーっとし過ぎ」

呆れたように言う台詞に、笑って誤魔化した。

あたしの毛は生まれつき赤っぽくて、小さい頃はよくからかわれていた。
思えば幼稚園に行きたくないと泣き喚いた元々の理由も、そういうコンプレックスを友達に口にされたからだと思う。

子供時分特有の、太陽の光を通しても透けない、純度の高い黒。
シュウスケと遊ぶたび、羨ましいと言っていたような気がする。

いつも、あたしはシュウスケを追いかけてた。
いいな、と思うことが増えるたび、同じようになりたいって思ってた。

すごく芯が強くて、人に左右されなくて。
何言われても涼しい顔してるなんて、泣き虫のあたしには出来ない芸当だったし今でもそうだ。

学校でも近所でも評判だって、すごくいい。
頭も良くて何でも出来る優等生。
昔から変わらない、周囲の評価は高くなるばかりであたしは追いつけない。
追いかけてばかりいる。

でも。

本当はちょっと知ってる。

シュウスケは周りが思う程、強くはないんだってこと。

2008年02月29日(金)



 無題3-2

近所の主婦が多い、というだけはあって昼過ぎをピークに客足は減るらしい。すっかり日が暮れたこの時間だと、あたし以外誰もいなかったりする。
窓硝子の向こうは、外灯の明りが見える程度。

近辺は住宅街になるせいで、周囲はとても静かだ。
どうせお店を出すなら、もっと人通りが多いほうが良いように思うけど。

「そんなの無理無理。だってそれだけの場所ならそれなりの値がかかるわけでしょー、純利益考えるなら断然こっちでイイの」

疑問を投げかけると、苦笑いを込めてそう返ってきた。
それからあたしを少し見て、

「暇なら食器、拭いてよ」

と、白いカップを差し出した。
ここに来る度お茶や焼き菓子類をご馳走になるけど、お金を支払ったことは一度だってない。ハルちゃん自身もいらないと言うから、と甘えてたけれど、向こうはそれなりに算段を持っているらしかった。

勿論、嫌なんて言えるはずもない。

「割っても知らないもんね」

「そんなコト言うなら、割ったら出入り禁止にするもんね」

にやり、と口端を歪めて、ハルちゃんがあたしの口調を真似て言った。



食器を拭くぐらいは、さすがにあたしでも問題なかったらしく、午後七時半を指す頃にはすっかり全部終わった。

戸締りを終え、あたし達は外へ出る。
肌を刺すような寒さに、自然と身が縮こまった。

大した距離も無い帰り道。
近付く度に、慣れない緊張に黙りがちになる。

ハルちゃんにくっついて、度々家に行ってもシュウスケは嫌な顔をしたことはない。
前みたいに話もする。
でも、どこか余所余所しいと感じてしまう。
もっと近付きたいなんて、我が儘だとはわかってる。
でも。

あたしが黙ってしまったせいか、あまりの寒さのせいか、家に着くまでハルちゃんもほとんど口を開くことはなかった。



「お帰り」

ハルちゃんが玄関の扉を開けた途端、中から聞こえてきた声。
顔を上げなくても、誰だかわかった。
シュウスケだ。
あたしは思わず立ち止まってしまい、口元を手で押さえた。

2008年02月28日(木)



 無題3-1

「ハールちゃん」

「あれ、今帰り?」

「ん、今帰りー。ちょっと寄り道しに来たんだけど、いいよね」

ハルちゃんが笑いを堪えながら、「いーんじゃない」と言って紅茶を淹れるのを、あたしは黙って眺めた。
住宅街にあるこのお店に、最近よく通うようになった。

以前も来ないわけじゃなかったけれど、用事があるのならわざわざこちらに来るよりも、隣にある自宅に寄った方がはるかに近い。

それをわざわざ寄るようになったのには、理由がある。

寄り道の前の寄り道。
お隣の家に一人で行くだけの度胸は、あたしの中にはまだないからだ。

ポジティブシンキング。
忘れる必要なんて、ない。
自分にそう言い聞かせるあたしは、諦めが悪い。そして図々しい。
でも図々しくていい。

簡単に諦められるだけの気持ちじゃないんだって、自分でわかってるから。

さんざん泣いたらすっきりした、なんてことがあるはずもなく、シュウスケが家に来た翌日もその次も次の次も今でさえも、ずっと引きずっている。

泣いて泣いてどうしようもなくて、あたしは決めた。
忘れる必要なんて、ないってことを。

「今日はどーすんの、ウチ来る?」

「い、きたい」

木製のカウンターの上に置かれたティーカップからは、温かな湯気が漂っていて柔らかだった。
ここではポットを客の前に出さない。

『だって喋ってる間に、どうしても蒸らし時間がオーバーするじゃない。そーすると二杯目が濃く出過ぎちゃうでしょ、あれが俺には耐えらんない』

これはいつかハルちゃんが言ってた台詞だ。

あたしはそういうことには無頓着だからよくわからないけれど、出してくれる物はいつだって美味しいからそれで良いんだと思う。

雪の丸めたような角砂糖を三つ入れ、掻き混ぜた。

「なんでカタコトなってんの」

「だって、緊張してるんだもん」

「ウチに来ることが?」

カウンター越しに用事をしていたハルちゃんが、顔を上げた。

「笑わないでよー…」

「えー? いや、初々しくていいなぁと思って。やっぱ女の子はいいよね、ウチも欲しかったなぁ。んで、恋の悩みとか聞くの」

「…ハルちゃんて時々すごーく、お父さんみたいなこと言うよね」

口を閉じていれば、近寄りがたい雰囲気のほうが強い。
けれど喋り出せばやけに所帯染みているのは、見慣れた今でもアンバランスな人だと思う。

「そっかなぁ。常連さんタチとはわりと合うんだけど」

にっこりと笑うと、糸切り歯が覗く。
整った容姿がくしゃりと崩れるところは、親近感が持てるのはわかるけど。

「向こうが合わせてくれてんだよ、それって」

カップに口を付けて、紅い液体を一口。
熱すぎることもなく嚥下した。だけど、ちょっと甘い。砂糖を入れすぎたかも。

「ん、じゃあ片付けたら一緒に帰ろうね。もう少しだから待ってて」

「うん」

もう一口飲んでから、あたしは頷いてカップをソーサーに置いた。

2008年02月27日(水)



 無題2-17

トーヤにこうやってしているところは、何度か見た事がある。
今、自分がその立場にいることが何だか不思議に思えた。
普段話さない分、何を考えているのかわからなくて、黙ってされるがままになっている俺を掌が優しく撫でた。

「ねえ、」

ずるずると背もたれに深く座り、また地面を見つめる俺に、頭からハル兄の声が降った。
返事の代わりに、視線だけを上げる。

意味ありげに笑う、派手な兄と目が合った。

「うちの家、リビング以外は禁煙だって知ってた?」
「――は」

唐突な話題に思わず、上ずった声を出してしまう。
ぴくりと指が揺れた。

「心配かけたいなら他のコトでしてほしーんだけど」

何のことを言っているのかなんて、分かりすぎるくらい分かったけれど。

「なんだよ、それ」

取り繕うだけの余裕も無く、ぶっきら棒にそう返す。
ポケットに突っ込んだ掌が、自然にぎゅっと縮こまるのを感じた。

「あれ、違ったっけ。シュウは何だかんだ言って甘えたのくせに、甘え下手だからねー」

マフラーに埋めた顔は、上げなかった。

「心配して欲しいんでしょ?」
「……。バッカじゃねえの」
「そっかなぁ。まあ、イイや。俺はこれから店にまた寄らなくちゃいけないけど、ご飯は作ってあるから早く帰っておいで」

こういう時、くしゃり、と髪を乱されるのはいつだってトーヤの役目で、俺ではないはずなのに。
でもあの馬鹿は、今はここにいないから。

頭に触れていた掌が離れ、砂利を踏む音が遠くなる。
それでも俺は顔を上げることなく、そのままでいた。
正直、前を向けなかった。
とてつもなく、恥ずかしいとも思った。

ハル兄は変だけど、時々鋭い。ストレートに痛い所を突いてくれた。
自分の弱さを、再確認させられる。
そして思い知る。
結局俺は、単に自分のことしか考えていなかったのだと。


2008年02月20日(水)



 僕ら

大事な人を探してください。彼女はそう言った。


しょうらいのゆめ。
ぼくは、だれかのやくにたてるような人になりたいです。
こまっている人や、かなしんでる人を、たすけられるような人になれたらいいなとおもいます。




玄関の簡易ベルが鳴り、来客を告げる。予熱完了したオーブンの扉を開けたところで、僕は玄関の扉に視線だけやった。

「お客だね」

僕の言葉に奥の部屋から、キリヤが顔を覗かせる。
どうやらシャワーを浴びていたらしい彼は、濡れた髪から雫をぽとぽとと落とした。

「誰って?」
「さあね、知らない」
「出ろよ」

キリヤが目を細めて、僕を睨んだ。
溜息を吐く。何て面倒な。今から焼かなければならないバナナケーキを後回しにしろと言うのか。
ふわふわの長い毛足のついたスリッパを履いたまま、鍵の掛かっていない扉を開ける。
この部屋を借りてすぐ、キリヤが暴れて壊してから、この部屋に鍵は掛からない。

大きく開けた扉を避けるようにして後ろに下がった人影を見て、僕は先程のキリヤのように目を細める。

「こんにちは」

綺麗なソプラノが、僕に向かって挨拶をした。

「…こんにちは」

鸚鵡返しにそう言ってから、相手を頭から爪先まで眺める。
緩やかな巻き毛に、ふわりとした白いスカート、それに薄水色のニット。顔は可愛らしい。年上に可愛がられ、年下に疎まれる、そんなタイプ。年は二十歳になるかならないか。それから、おそらく――。

一秒くらいの間にそれだけの事を頭に浮かべ、思い出したように僕は「何か用ですか?」と笑みを彼女に向けた。

「会いたい人がいるの」

寂しげに笑って、彼女が唐突にそんなことを言った。

「とても、大事な人なの。それなのに、いつのまにかはぐれてしまって」

穏やかに見える薄桃色の紅を引いた唇が、ぱくぱくと開閉する。
それから茶色の瞳が、僕をじっと見つめる。

こういったことは珍しくはなく、かと言って慣れるわけでもなく、僕はどう答えようかと戸惑い立っていた。

僕と彼女の間に、風が吹く。
ぽってりと柔らかそうな唇が、少しだけ震えていることに気が付いた。

「いいよ。会わせてやっても」

答えたのはキリヤだった。
背後からもたれるようにして、僕と顔を並べる。
キリヤからは、空の匂いがした。
予想したとおり、彼女は僕らを見て少し驚いた顔をした。
それは、ほんの一瞬だったけれど。

「双子、なんですね」

そう、僕たちは一卵性双生児だ。
寸分違わない容貌と華奢な体躯と、それから声を有する。僕が兄で、キリヤが弟。
性格は随分違うけれど、小さい時から他人は僕らを見分けられない。
そうなるように、僕らは互いに演技をする。

「そーだよ。珍しい?」

キリヤが笑って、僕の頬を撫でる。
触れた指は冷たく、顔にあたる伸びた前髪はまだ湿りを帯びていた。

「ええ。こんなに不思議なのは」

彼女がこくりと頷いた。少し翳りのある笑みだった。

「それが俺たちさ。遇わせてやってもいいけど、タダじゃヤだな。何かくれないと。そうだ、あんたの大事なものがいい。嘘は駄目だ、すぐに分かるからね。命と同じくらい大事なものをくれれば、それでいい」

「キリヤ」

彼はすぐに交換条件を持ち出したがる、悪い癖だ。

「そんな話よりお前は何か着たほうがいいよ」

僕は彼を見てそう言う。
グレイのスウェットパンツを履いただけで、上半身は素肌のまま。
家とは言え、客の前じゃないか。それに、そのままでは風邪を引いてしまうだろう。

「うるさい、黙れ。さて――どうする?」

余計な口を挟むなとばかりに僕を一睨みしてから、彼は彼女へと視線をやった。

「大事な、もの」

独り言のように繰り返してから、彼女は宙に視線を彷徨わせる。
無いのではなくて、迷っているように見えた。
それでも決心がついたのか、手にしたバッグから封筒を取り出した。

「今の私には、これくらいしか用意できないわ。これで、お願いできる?」

厚みを帯びた封筒を差し出し、お願い、と彼女はもう一度呟いた。

「OK。それでいい、契約完了。あんたの望みもすぐに叶うよ」

とだけ言ってキリヤが僕から離れる。
するり、と僕の背を撫でていくことも忘れない。
彼が奥へ引っ込むと、縋るような目をした彼女を見て、僕はいつものように手を伸ばす。

「はぐれてしまった人は、あなたの何?」
「婚約者なの」

花が開いたような微笑に、僕も釣られて微笑む。大事な人なのだ、と言った言葉に嘘はないようだった。

「ずっと手を繋いでいたはずなのに、目を開けると彼がいなくて」

「……会えますよ」

それが、僕からの最後の言葉だった。

開け放ったままの扉から流れ込む光は、刃の煌きのように見えた。
それは僕の手から発せられる光より、ずっと純粋で清浄なものだ。

彼女に向けてかざした左手は、不自然な歪みを空間に生んだ。
その歪みを見て、彼女は「ああ、やっぱり」と言ったように聞こえた。

左の掌をだらりと下げる頃には、彼女の姿はもうどこにもなかった。

「向こうで、会えるといいんだけど」

やっぱりいつものように、僕はそう呟く。
キリヤは嘘をついた。
必ず会える保証なんて、ありもしないくせに。

僕らは誰かの望みを叶える。
困っていたり、苦しんでいたり。そうした理由の根源を取り除いてあげる、セラピーみたいなものだ。
だけど救えるとは、限らない。
僕に出来るのは、向こうに送ってやることぐらいで。

右手に残った封筒は、綺麗に封をなされている。
ペーパーナイフで開けた中から、指輪が一つ僕の掌に落ちた。
けっして高価ではないはずの、けれどどこかぬくもりを感じる小さなダイヤリング。

彼女は知らなかったのだろうか。
手を繋いで一緒に命を落としても、同じ場所には向かえないことを。
知らずに、自嘲する。
そんなことは愚問だ。
知っていればここに来ることなど、なかったに違いないのだから。



「バナナケーキは?」

見計らったように、服に着替えたキリヤが僕の前に現れる。

「今から焼くところだよ」
「今から? 何やってんだよ、早く作れよ」

用意は済んでいたのだ。それを邪魔したのは先程の彼女であり、キリヤなのに僕が文句を言われる理由がわからない。
僕はそれらの悪態を口の中で呟きながら、オーブンにトレイをセットした。

そっとリングを左手に包み込む。
これはあなたに返しておこう。

2008年02月19日(火)



 無題2-16

可笑しいのは何者でもなく自分自身で、本質を見誤るのは誰のせいでもなく己をさらけ出さない俺のせいだ。
低く感じる空と、変わらず通り抜ける寒風。

アスファルトを舞う砂粒さえ、俺よりは意志を持って向かう先への覚悟を持っているように見えた。

「シュウくん」

すぐ近くから話し掛ける先輩の声は、画面越しに会うニュースキャスターとの距離感と同じで、掴めそうで遠い。

顔を上げる。先輩と目が合う。

「どこか、寄っていかない?」
「いえ、すみません。俺寄っていかなくちゃならないところがあるので」

目を逸らして、早口でそう言った。

「そっか。残念」

もう一度付き合ってくれと言えば、先輩は頷くだろう。
また隣で歩くだろう。

だが不意打ちのように俺の中に溶け込んだ距離感は、急速に何かを打ち消していく。
誰かを好きだと思う前に。
その人自身を見れているのかどうか。
俺にはわからなくなっていた。

途中の駅までは同じ。
それ以降はまだ乗り継いで帰る先輩を、引き止めることはしなかった。




家の近くの公園に一人、ベンチに座り込んだ。
寒さのせいか人気は全くなくて、時々犬の散歩に来るか、小さな子供を連れた母親が散歩に通る程度。何をするでもなく座る俺なんて存在しないかのように、彼らは一度も振り返ることもなく去って行く。

先輩と別れたのはつい先程のことなのに、随分前のように感じる。

どれくらいそうしていたのか、砂利を歩く足音が近くでする。また誰か散歩にでも来たのだろう。
ポケットに手を突っ込んだまま、ベンチの背に深くもたれかかる。

「何してんの、こんな寒いところで」

俯いていた狭い視界の中に、不意に靴先が見えた。
顔を上げる。

「…ハル兄」

巻いたマフラーに口元を埋めるようにして、小さく呟いた。

「寒いとこ好きだったっけー。風邪引くよ、早く帰れば? それとも、待ち合わせ?」
「違うけど」
「じゃあ、帰らないと危ないよ。口裂け女が徘徊中だから」

俺は溜息を吐く。

重そうなスーパーの袋を持つ姿は、いつも見ても似合わない。
じゃらじゃらと相変わらず体中に付けた、重そうな貴金属。
薄くシルバーに染め抜いた髪と、幾分冷めたように見える目つき。
明らかに真っ当な社会人には、見えやしない。

「チビの時と同じこと言ってんじゃん」

妙な既視感を覚えた。
ハル兄が俺ぐらいの年頃の時、この公園によく迎えに来ては似たようなことを言っては俺とトーヤを怖がらせて面白がっていた。

昔からこの人はいつも笑ってるけど、腹の中はよくわからない。

「いくつになったって、弟は弟でしょ。シュウとトーヤなんて、ちっこい時の顔のほうが、明確に覚えてんだよねえ」

へら、と笑う崩れた表情のままハル兄は俺の頭に、空いた片方の掌を置いた。


2008年02月12日(火)
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