2010年09月18日(土) ■

テキーラ・サンライズ　7)

最近オープンした女性に人気のカフェは、木の葉通りの一本裏にある。 分厚いガラスに唐草模様をはめ込んだ鉄製の扉は異国風で、木の葉の里には珍しい細工だ。一歩、足を踏み入れると店内のそこここに置かれた鉢植えが、まず目に飛び込んできた。 「いらっしゃいませ。お一人さまですか？」 テン子姿のボクは店の奥のほうに案内された。 美しくガーデニングされた庭が、ガラス戸越しに見える。店舗の裏が庭になっているということか。面白い作りだ。 オープンテラスの席もあるようだが、今は人の姿がなかった。 案内された円形のテーブルには、椅子が2つ。その1つ、裏庭を正面に見る位置にボクは座った。 背後には、蘭の一種だと思うが見たことのない花を植えた鉢が段々に吊り下げられている鉄製の衝立。 すぐ背中合わせに4人がけのテーブル、左右にも円テーブルがあるが、ほどよく配置された背の低い木（これも初めて見た）が視線を遮ってくれる。 メニューには親切に写真が付いていて簡単な説明書きもあったので、ボクのような者も迷うことがなかった。 店内は、2組ほどカップルがいる程度で、他は女性同士のグループで締められている。 注文を終えると、庭を眺めるふりをして店内の雑音に意識を向けた。 結婚を控えているらしい女性とその不安を聞いている女性、おそらくはそこにはいない友人の恋人についてアレコレと辛口の批評をしている4人連れ、今の仕事の愚痴を語り合っているのは、2人連れが一組、3人連れが3組、計画中の合コンについて話しているらしい3人連れ1組、趣味の話題で盛り上がり情報交換をしているらしいグループが2組……カップルの1組は、映画を見た帰りらしい、もう1組は夫婦らしく互いの予定を確認中だった。 そのなかで忍と思われるのは、仕事の愚痴を言っている2人連れ、3人連れ3組のうちの1組、そして夫婦らしい2人連れ、と見当をつけた。巧みに隠してはいるが会話の端々で、それと知れる。チャクラを探るまでもない。 もっとも、このなかにカカシさんレベルの上忍がいて、己を隠していたとしたら気づかない可能性もあるが、まあ、それはないだろう。 とすると、この店は木の葉の里には珍しく、忍よりも一般人の顧客が多い店だということがわかる。 「お待たせしました。カンパリソーダと」 気泡を発する赤く透き通った液体の入ったグラスが目の前に置かれた。 「ローストした鴨とチーズのパニーニでございます」 たっぷりのグリーンサラダを添えた、はみ出すほどの具材を挟んだ平たいパンを載せた皿が、続いてテーブルに置かれた。 「こちらで、よろしいでしょうか？」 ボクが「ええ、ありがとう」と答えると、彼はニッコリ笑って下がった。 女性客が多いのは、もちろんこの店の雰囲気やメニューのせいもあるのだろうが、イケメン揃いのウエイターも一役買っているのか、と一人頷きかけて、いや女性客をターゲットにしているから、イケメンを揃えているのか、と考え直した。 とりあえず、パンにかぶりつく。こんなものでは腹も膨れないが仕方がない、と思っていたのだが、厚切りされたロースト肉と濃厚なナチュラルチーズは意外と食べ応えもあり、味も良かった。 「……でもさ……あ、きたきた。カヤ、こっち」 「ごめ〜ん、遅れて」 「いいって、先やってたから」 当初の目的を忘れたわけではないものの、つい空腹から食物に意識がいっていたボクは、背後から聞こえてきた賑やかな声に思わず首を縮めた。 「カヤ」と呼ばれた彼女こそがボクの部下、数刻前、カカシさんとボクの仲を問い詰めてきたくの一だ。 そして彼女が合流したのは、ボクが忍だろうと当たりをつけた「職場の愚痴をこぼしていた3人組」だ。 「じゃ、カヤも来たことなので、改めて乾杯！」 「かんぱーい」 ひとしきり、「仕事帰りでしょ？　これ、食べなよ」とか「これも、おいしいよ」などと、遅れてきた友人に料理を勧める声が聞こえ、雑談が続く。 「で、さ。どう？　どうだった？　成果は」 「う〜ん。ごめん。玉砕」 え〜、と、ヘルツの微妙に異なる声が、重なった。 「裏は取れませんでした」 「じゃあ、カカシさんの恋人については、まったくわからなかったってこと？」 ボクは思わず、食べた物を喉に詰まらせそうになった。

2010年09月15日(水) ■

テキーラ・サンライズ　6)

「あの」 と声をかけられたのは、ルーティンになっている里内警備を終えて、小隊に解散を告げた直後のことだった。 「なんだい？」 立ち去ろうとした足を止めて尋ねた。 「隊長って、カカシ先輩と、その……」 小隊の新人が助けを求めるかのように、他の2人を見た。 続けたのは、暗部入隊2年目のくの一だった。 「カカシ先輩と付き合っているんですか？」 「なんだ、それ」 咄嗟に出てきた言葉は、それだった。 別にごまかそうとか、隠そうとしたわけでもなく、ほんとうに「なんだ、それ」がボクの本心だった。 カカシ先輩とボクは確かに付き合ってはいる。けっこう長い付き合いだ。 ボクらは互いの関係や互いに対する感情を吹聴したことはない。ただ、躍起になって隠していたかと言うと、そうでもなかった。その結果、双方に親しい相手には、そこそこ知られている。 たとえば、カカシさんが隊長を務めていたころ一緒だった鳥面先輩、虎面先輩を始め、暗部の古参連中、ボクと親しい暗部仲間は知っている。カカシさんと親しいゲンマさんやガイさん、アスマさんあたりも知っているかもしれない……。 だが、あくまでもそれは“内々に”知っているのであって、暗部の新人から突然、尋ねられるほど、公になっているわけでもないのだ。 「だって、正規部隊で話題だそうですよ。なんでもこの前居酒屋で、盛り上がったとか」 はぁ〜。 思わずため息がこぼれた。 そうか、出所はあそこか。やれやれ。 あれは、イノシカチョウとゲンマさんを相手にした茶番だったのだが、確かに、あの居酒屋にはほかにも、おおぜい忍がいた。 ボクに変化したカカシさんと、カカシさんに変化したボクは、ともに、やたらハイだった。 相手に変化しているからこそ言葉にできるホンネみたいなものを、チラチラと垣間見せていたかもしれない。 だが、そのホンネを嗅ぎ取られて話題になっているのか、ただのバカ騒ぎが誇張されて伝わっているのか、まずはそこを確かめなくてはならない、とボクは思った。 「どんなふうに、話題になっていたと言うんだい？」 「いえだから、その……“偉大な先輩”とか、“唯一、認めた後輩”とか、なんかその挙句、抱き合ったとかいないとか」 くの一の言葉がだんだん、尻すぼみになっていく、と同時に視線が下を向く。 「いたとか、いないとか？」 「……すみません。私、正規部隊にアカデミーの同期がいて……隊長が居酒屋で盛り上がっていたという話を聞いたんです。ちょっと」 そう言って、彼女はボクを見て、また目を伏せた。 「真面目な隊長が、そんなふうに居酒屋で盛り上がるなんて……びっくりして」 ボクって、そんなに朴念仁に思われているのだろうか。これは、これとして考慮すべき課題だが、とりあえず、今回のことだ。 「それを聞いて、付き合っている、と感じたわけかな？」 彼女は答えなかった。きっと、抱き合っていたとか、いないとか、というあたりが、尾ひれの部分だな、とボクは判断した。あの日、肩を叩きはしたが、“ハグ”という意味でも抱き合ったりはしなかった。 ボクは後輩たち一人一人と視線を合わせた。 「カカシ先輩がボクを“唯一認めた後輩”と思ってくれているのかどうかは、正直、ボクにはわからない。ただ、ボクはカカシ先輩を、心の底から“偉大な先輩”と思っている。普段、そんなことを面と向かって言ったりはしない。ただ、あれは酒の席で、あのときはそれを率直に言葉にすることができた、それだけだ」 ボクの言葉に、彼らは「申し訳ありません」と頭を下げた。 彼らが去ってから、さて、とボクは思案する。 「正規部隊で話題」という言葉がひっかかった。 くの一の彼女も、ただ噂に踊らされて、カカシさんとボクが付き合っている、などと短絡的に考えたわけではあるまい。もしかしたら、だれかが、そう誘導したのかもしれない。 だが、ここでまず、壁にぶつかる。 そんなことをして、何の意味がある？ カカシさんとボクが付き合っているという噂を流して……いや、流したわけではなく、ほんとうに、そう思われているのか？ ガ〜ン……とでも言えばいいのか、ボクは愕然とした。 いやそれは、もちろん、必死こいて隠していたわけではないが、そんなに大っぴらにしたいと思っていたわけでもないし、そもそも、大っぴらになってしまったら、それはそれで困ったりもするわけで。 遅ればせながらに、ボクは焦ったのだ。 当事者のもう一人であるカカシさんに相談できるなら、そうしていただろう。 だが、カカシさんはあいにく例の“居酒屋”の翌日夜から任務で里の外に出ているらしい。 この際、正規部隊で、というか、表の世界でどんなふうに話題になっているか、まず、それを突き止めたほうがいい。その後、しかるべく対策を練る……だが、どうやって？ ボクは思案の挙句、急いで帰宅すると押入れの衣装箱をひっくり返した。 なるべく流行に左右されないような無難な服……と思ったが、よくわからない。 仕方がないので、適当に引っ張り出した。 「よし」 変化する。 この姿は、久しぶりだ。 かくしてテン子姿になったボクは、木の葉の繁華街に繰り出した。