でんの日記
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2005年08月26日(金) え、もう復帰?

 今日は、退院後初めて病院に行った。久しぶりの外来エリアは、ああこんなに賑やかだっけ?という感じ。
 先生に体調どう?と訊かれたから、顔が浮腫みましたと言い返した。そしたら、なんと笑い出したよ( ̄▽ ̄;)!!ちょっとぉ・・・・っ、わたしは本気で傷ついているのに!「そんな見てわかんないよ」と言われたけど、気持ちが収まらないのでさらにブーイングしたら、「でも苦しくも痛くもないでしょ?」と言い返された。・・・・負けた、悔しいなぁ。
 そして、問題の仕事への復帰日を訊いてみたら、なんとステロイド4錠になったらいいよとのこと?!ってことは、もう来週じゃ〜ん!もっと休めるかと思っていただけに、かなりショックだよ。そのショックな気持ちを少し口滑らせちゃって、怒られたりして・・・・(ToT)。病気に甘えてちゃいけないって判ってはいるけどさ、やっぱ復帰が怖くてね。
 で、家に帰ってきてからは復帰の準備開始。会社に連絡して、健康管理センタにも連絡して、復帰予定日が9/1に決まった。産業医との面談をして、そこで復帰許可が下りないといけないんだって。
 ああ、わたしのロングバケーションも終盤になっちゃたのね。有意義に使わなくちゃ!


2005年08月25日(木) メールざくざく

 まだまだネット三昧。今日もいっぱい届いたよ!みんなこんなわたしによく付き合ってくれるなぁ・・・と思うと嬉しくて泣けてきちゃう。
 昨日届いたメールでTX(つくばエクスプレス)に乗ってきた!というのが来ていた。てっちゃん(鉄道好きくん)多いからなぁ、弱視は。でも、早朝3時起きで行かなきゃいけないほど人気なのね。っていうか、世の中にてっちゃんがいっぱいいるんだよね。まあ、楽しそうなのはいいことだけど。そ、そして2万円のパスネットを買って喜んでるよ。に、にまんですかぁ・・・・それだけあったら、わたしなら洋服買うなぁ。
 会社の人たちからは、励ましのメールが来ていた。顔が浮腫んだ〜という悲しみのメールを送っていたからだけど・・・。
 そしてそして、そろそろ遊びの計画も立て始めていたりして・・・・(^^;)。仕事復帰の日も決まっていないというのにね。これは、間違っても明日病院では言えないわね。


2005年08月24日(水) 無神経な上司の行動に切れた!

 昨日、ランチ仲間から届いたメールで知ったことなんだけど・・・。会社のわたしのスケジューラーに通院予定が記されてるんだって!!なんでやねんっ!とパソコンに向かって突っ込み入れちゃったよ。出勤していない人間のスケジュールを登録する意味が判らない。だって、「休暇」としておけばいいわけじゃないの。なんでわざわざ「検診日」なんて書かれなきゃいけないの、それも他人の手によって。このスケジューラーに登録したら、全社員が見れちゃうって知っているはずなのに・・・・・。
 このスケジュール登録したのは、例のうちのスカ長。ほんとにまったく、ろくな事しないんだから。こいつ、スケジュール登録と勤務管理表の記入しか頭になくて、不必要にこれらのシステムへ情報を入れたがるのよ。

 あったまにきて、課長と部長宛に「休んでいる社員なのに、わざわざ病院行く日まで全社員に公開する必要があるのでしょうか?部下の状況を把握する目的であれば、ご自分の手帳なりに記録してください」とメールしたら、慌てて課長から電話が掛かってきた(ナンバーディスプレイだから判る)。だけど、シカトした。だって、今のわたしのこの精神状態で会話なんかできやしないもの。
 ああ、なんか会社へ復帰するのが憂鬱になってきたよ。


2005年08月23日(火) 浮腫んだ顔とお見舞いのお花

 今朝起きてから、自分の顔に違和感を感じた。両手で当ててみて・・・・。思いっきりつまめるよぉ!ど〜ゆ〜ことぉ!!!!これが噂のムーンフェイスか?!
 本当に嫌だ!ここまでとは思わなかったよ!!いっそう薬飲むのを止めてしまおうかと過ったけど、それをやって大変になった人の体験談を読んでいたから、とりあえず我慢した!でもでもっ、これはひどいっ!
 ということで、近所のスーパーへの買い物すら今日は拒否!親が来たときに、全部買い物を頼んじゃった。そして、こんな顔でもしっかりバナナケーキを食べたけどっ。ああ、怒りが収まらないっ!!!!
 おっと、怒りのあまり忘れていたよ。会社のランチ仲間からお見舞いのお花が届いたの♪もう嬉しくて嬉しくて、はやくみんなに会いたくなっちゃったよぉ・・・あ、でもこの顔じゃ嫌だ!もう、どうにかしてよぉ!!


2005年08月22日(月) おやつの用意!

 今日も相変わらずネットサーフィンとメールの日々。これじゃ、自宅療養というより引きこもりじゃないかとも思うけど・・・(--;)でも、まだ飽きないからこのままでいこうっと。
 今日は、実家の親にバナナケーキをリクエスト。で・も!市販のものじゃなくて、作ってね!ということで・・・。
 炎症性腸疾患のレシピを送って、それ見てもらったの。だって、暇だからいっぱい食べたいじゃない♪って、薬の副作用もあるのかなぁ。食欲増進って言われた気がするし・・・(^^;)。とりあえず、バナナケーキは明日来る予定。


2005年08月21日(日) 病人食でお遊び中

 今日も、わたしの料理写真をUP!・・・とかいって、今回はかなりしょぼいよね。だって、作ったのは野菜スープだけなんだもの(^^;)。


 まんぞく君という、患者さんたちが開発したというレトルト食品を注文してみた。これから仕事復帰して、自炊する余裕がなくなって、でも体調悪くってというときのためにね。一応、お試しセットにしてみた。なんかちょっとワクワクしてきた。新しいものって楽しくていいね♪・・・・病気をも遊びのネタにするようになったわたしって図太い神経してるのかも(^^;)。


2005年08月20日(土) 自炊の日々

 ちゃんとしたもの(?)を食べなきゃいけないかなぁ・・・ということで、毎日自炊しているよ。今の会社に入ってからというもの、全然料理していなかったからね。
 でも、やってみると案外楽しい!いつまでこの気持ちが持続するかはわからないけど、暇なうちに続けておかないとね。
 今日は、せっかくのわたしの傑作(?)だから写真撮っちゃおうっと♪


2005年08月18日(木) 患者会に問合せてみた

 病気のこと、ネットでいっぱいいっぱい調べているけど、やっぱり一番ほしいのは患者本人の体験談。患者会があると知ったから、ちょっと問い合わせをしてみた。そしたら、すぐにレスが返ってきたよ。すごいねぇ。どっかの障害者団体のなんちゃんて役員とはえらい違いだわ(^^;)。
 なんか情報収集をしすぎて、頭の整理が追いつかなくなっている。不安ばかり募るなぁ・・・。色んな人とメールで遊んでもらっているから、それで気持ちが紛れてはいるけどさ。


2005年08月17日(水) いっぱいメール来た!

 退院して1日、まだまだ身体に病院タイムテーブルが染み付いてしまっているよ。しっかり6時に目覚めたもの。
 今日は、メール三昧。会社の上司とお見舞いに来てくれた人たちには昨日連絡したけど、それ以外の人たちには今日連絡をしたよ。
 会社のランチ仲間には、わたしから直接は連絡できていなかったし・・・(たぶん、課長とかから聞いていたでしょうけど)。
 そしたら、さっそく返信がきて、暖かい言葉にまた泣きそうになっていた。本当に、こんなことでもなきゃ人の優しさって気がつけないものなんだね。
 他にも退院おめでとうのメールもいっぱいもらっちゃったよ。今は、本当幸せだなぁ。
 あ、そうだ。前の会社のエセ税理士が退職するっていうメールも来てたなぁ。これは面白すぎるっ!冷やかしに行っちゃおうかしら〜・・・って、会いたくないけどさ(^^;)。
 まだまだ休みが続くよ。


2005年08月16日(火) 退院!!

  入院27日目。かろうじて1ヶ月を免れた感じで、ようやく退院できたよ。
 
 いざ退院日を迎えると、なんだか不思議な感じがした。だって、病室にいるのに私服着てるの。しかも、この服は、7/21のときのもの。バリバリ地元用の服(電車に乗るお出かけでは着ないようなもの)なのよ。これ選んだときは、すぐに家に帰ってくるつもりでいたのよね・・・。それが、まさかこんな長いこと帰れなくなるとは(≧σ≦)
 朝、同室の人にテレビジョンとか箱ティッシュとかをあげたら、そのままちょっとお喋りが始まった。「あなた本当に明るいわね〜。友だちいっぱいいるでしょ?」と言われた。そ、そうかなぁ?と笑顔でお返事。わたしより、この人のほうがずっとずっと明るいと思う。ご夫婦で何10年も飲食店を経営しているそうで、すっごい快活な雰囲気なの。今は、あんまり動けない状態みたいだけど、それでも病人とは思えないオーラが漂ってる。こういう人とお話していると、ついつい笑顔になってしまう。だって、楽しいし嬉しいんだもんっ!わたしがなってしまった病気のこと、この先を考えると不安は尽きないけど、なんだかこの人に励まされた感じになった。
 わたしのほうの先生登場で、お喋りは終了。ここからは、先生とお話。昨日のうちに質問攻めしていたから今日は特に訊きたい事ないはず、と思ってたけど意外と長くなった。あ、そっかぁ、退院したあとも病院に通わなきゃいけないから予約日とか決めなきゃだし、治ったわけじゃないから酷くなったときの対処とかも話す必要があったのね。まだ信じられない、治らない病気だなんて。っていうか信じたくないよ!
 今回、初めてまともに先生の顔を見られた。別にこの人のせいで病気になったんじゃないんだけど、わたしにとって辛いことしか言わないから(当たり前だって^^;)、最悪な存在だと思えたの。だけど、苦しかった症状が消えて退院できるようになったのは誰のおかげかなぁ・・・とちゃんと考えて、この人に治してもらえたんだと気がついた。相手は仕事とはいえ、わたしにとっては恩人とも言えるんだよね。だから、ちゃんと感謝しなきゃと思えるようになってきた。
 旦那が来て、看護師さんたちに挨拶して、窓口で精算してからタクシーで帰ってきた。久々に外出たら、めちゃくちゃ暑いよ!そっか、今は真夏だったっけ。そういう意味では、入院生活快適だったかも。
 家に帰ってきて、快気祝い(?)としてお寿司を出前してもらった。でもでも、あんまり食べられず・・・(ノ_・。)まだ“食べる”ことが怖いんだもの。
 それから、パソコン起動して、まずはお見舞いに来てくれた人たちに退院報告メール。そのあとは、ひたすらネットサーフィン。“潰瘍性大腸炎”で検索したら、ものすごい数ヒットしてびっくり。“アルビノ”なんて大して出てこないのになぁ。
 それで、色んなサイトを読みまくった。患者さんの書いたものを読んでると「そうそう!そうだった!!」と共感できることがいっぱい。え、そんなことにもなっちゃうの?!という驚きと不安もたくさん出てきた。あと、入院中の病院でいじめにあった話とか読んだときは悲しい反面、安心もしちゃった。わたしは、人には恵まれてたなぁって。
 久々の家で、やりたいこといっぱいだったけど、なんだか疲れちゃった。まだ21時だけど、もう寝ちゃおうかなぁ。


2005年08月15日(月) 社会復帰したくない

 入院26日目。
 明日退院だって!やっと、やっとぉ、やっとだよぉぉぉっ!!先生に言われたときうれし泣きしそうになったけど、その場は耐えた(一応オトナだしさ)。
 今日は、色んな質問をしようとノートにたくさんメモをしておいた。
‖牘,靴燭△箸寮験茲呂匹Δ覆襪
△い弔ら仕事に戻れるか
この病気は治るのか
 大きくはこの3つだったけど、緊張しちゃってうまく言葉にできなくて大変だった(答えるほうは、もっと大変だっただろうなぁ)。
 「一生お付き合いする病気」「社会復帰できている人も大勢いる」
 色々言われたけど、一番重たかったのはこの二つ。お見舞いにきた人たちから「難病指定されてるらしい」と聞いていたから、治らないんだろうなぁ・・・と感づいてはいたけど、正式に言われると辛い。それに、社会復帰・・・本当はしたくない。怖いよ、会社戻るの。元々辛いこと多い仕事だったうえで、こんな1ヶ月以上の大穴空けてしまって同じ環境に戻れるかなんてさ。
 なんて訴えてもどうにもならず、なんだか重苦しい空気だけが漂ってしまった。

 退院は嬉しいけど、元の生活(とくに仕事)に戻るのが怖いよ。この感情から立ち直ることってできるのかなぁ。


2005年08月14日(日) 接客疲れ

 入院25日目。日曜日だからか、病院もなんとなくまったりな雰囲気だった。
 昨日の夜遅く、救急車で運ばれてきたらしき人が同室になった。朝早くとかからお見舞いの人が来ていたりして、病室はずっと賑やかだった。
 もうひとりの同室の人にも家族の面会があった。だけど、面倒くさそうな息子さんと、ただ黙って横に居るお嫁さんのふたり。このおばあさんは退院して家に帰りたそうだけど、息子さんが他の病院に行くことを薦めていたのが丸聞こえだったの。あんまり聞き耳立てちゃ悪いけど聞こえちゃって、耐えかねてわたしが病室から出て行ったよ。そして、結果はわからないまま。別にわたしのことじゃないけど、なんだか泣きたくなっちゃった。
 午後、弱視団体のメンバー3人がお見舞いに来てくれた。それは嬉しいんだけど、同室の人の視線が気になって、めちゃ焦ったよ。廊下でみんなの声が聞こえた瞬間、慌てて病室を飛び出し食堂へ引きずって行った・・・(〃´o`)=3 フゥ
 お喋りの内容は、普段の居酒屋さんでの会話と大して変わらず。下手に身体を気遣ってもらうよりも全然嬉しいけどね。ただ、わたしがパジャマ姿というのが不思議な感じするけど(^ー^;
 昨日もらったペットボトル飲料の中で、ひとつ「微炭酸」と書かれていたのがあったから、わたしが飲んじゃ危険!と思い、彼らに飲ませてみたら・・・。
 「げっ、なにこれ?!」「すげぇ、まずいっ!」「何飲ませるんだよっ!!」と一斉にブーイングを浴びてしまったよ。どうやら、無味炭酸だったらしいのだ。・・・えへへ、わたしが飲まなくてよかったぁ♪でも、夏場で喉か沸いているのか、全部飲みきってくれたりして。
 彼らを見送り、病室に戻ってからちょっとぐったり。昨日から合計すると、いったい何人と喋っていたかなぁ、わたし。みんなが来てくれるのはとってもありがたいし嬉しいけど、こんなに「自分のことを説明」し続けるのは大変だったよ。それに、入院生活で体力(気力まで)衰えてしまったらしく、1時間とか起き上がってても疲れちゃうのよねぇ。困ったなぁ。
 夜、看護師さんたちから「お客さん多かったね」「対応疲れしちゃった?」と声かけられた。やっぱ、そういうことも見られてるんだね(・・;)こういう身の振り方も患者の記録として、どこかに書かれちゃってたりするのかなぁ。


2005年08月13日(土) うそ?!階段下りれないよ(ToT)

 入院24日目。昨日一昨日の連チャン検査からも立ち直り、けっこうすっきりとお目覚めした。
 昨日の夕方の「日常生活に戻る」という先生からの一言がかなり応えて、朝から病院の中を歩き回った。大げさじゃなくて、本当に朝からね。だって、6時台から動いていたもの。
 階段を下りようとして、自分の足が全然動かなくてものすごいショックを受けた。膝が曲がらないよぉ(ToT)なんでど〜して?!
 よく考えてみた。いつもだったら毎朝1時間の電車通勤をして、会社でもちょくちょく動き回っていて、お昼食べにも出かけたし、夜だって電車で帰ってきてるし、お風呂1時間以上入ってるし・・・・。根本的に生活が違うんだものね。基本がベッド上での生活を1ヶ月弱続けていたんだから、体力落ちても当然か。はぁ、それにしても悲しいよ。体が動かないだなんて!!
 午前ひとりと、午後ふたり、友だちがお見舞いに来てくれた。お見舞い客が来るたびに、食堂へ移動していた。もう元気だし、同室の人のクレームが嫌だからさ。
 今日は、お見舞いとしてペットボトルの水をたくさんもらった。これは、本当ありがたい!お花とかも嬉しいけど、退院の時に荷物になっちゃうから、こういう入院中に消耗できるもの(それでいて絶対必要な物)がいいのよね。自分の入院体験で、お見舞いで贈る物への価値観がずいぶん変わったよ。
 今日は、特に病気の話とかはほとんどせず、最近のドラマの話とか、共通の友だちの話ばかり。会話もだんだん健全になってきて嬉しいな♪でもでも、ひとつだけ気になった話題が・・・・。わたしがこの前から飲んでいる薬を友だちのお母さんも使っていたというの。でも、このお母さん、ご病気で亡くなったのよね・・・・。わたしとは全然状況違うんだろうけど、ちょっとドキドキしてきたりして。
 夜も、面会の人がいるわけじゃないけど、無駄に食堂に行ったり、景色が眺められるコーナーに行ったりして過ごした。もうホントに同室の人が気になっちゃって。
 なんだかね、この同室の人を意識しちゃうの。昨日のクレームが傷ついたこともあるけど、それよりも悲しいこと。この人のご家族にお会いしたことないの。今まで同室になった人って4人いたけど、皆さん毎日ご家族が来ていたのよ。わたしも、旦那や親がほぼ毎日来ているし。なんだろうね、他人事だけどさ。ちょっと心配もしちゃった。まだ、同室になって2日だけどさ。
 さて、明日は何をして過ごそうかなぁ。


2005年08月12日(金) hospital blue

 入院23日目。
 ついに迎えてしまった大腸の検査日。朝先生と会ったときに「やっぱり嫌です!」と言いたかったよ。・・・って、言葉にしなかっただけで、顔には出ていたかもしれないけど(--;)。
 朝10時過ぎに、看護師さんが大きなボトルみたいなのを持ってきた。下剤だって。うわぁ、こんなにあるのぉ!?と思わず振ってみた(?)。シャカシャカじゃなくて、ドッポンという音だよ。この前同室の人が飲んでたのを見ていたけど、自分の目の前に置かれるとびびっちゃうね。
 ボトルにメモリが書かれていて、真ん中のメモリを指して「ここまでを1時間で飲んで」と言われた。え、そんな時間まで決まってるのぉ?
 そして、言われたとおりにゆっくり飲み始めた。警戒していたほどはまずくないけど、おいしくもない。ポカリスエットとステビアを足して割ったような味(そして、それがぬるくなってる)。
 11時過ぎ、わたしのいる病室に他の患者さんがお引越し(?)してきた。お盆が明けてから入院する人が増えるから部屋割りを整理してるんだって。こんな下剤バトル中に来られるのって、ちょっと落ち着かないんだけどなぁ・・・・(T-T)。
 12時過ぎ、同室の人はランチタイム。わたしは、変わらず下剤バトル中〜。下血していた頃よりは楽だけど、急激にくる腹痛ってやっぱり辛い。10分くらいの間に2度トイレに駆け込むなんてことがあった。
 同室の人の食事を下げに来た看護師さんに対して、その患者さんがクレームを言っていた。(その人の)食事中なのにトイレに駆け込むわたしに対して、どうにかしてって。・・・・え?と固まったよ、わたし。だって、仕方ないじゃない。それとも12時までには全てを完了していろってことなの?唖然としているわたしに気付かないのか、看護師さんは軽く「そうですね〜」とかわし部屋から出て行った。この気まずい空気、どうしたらいいの?
 それからは、できるだけ病室の外のトイレに行くようにした。病室にいるときには、自分のまわりのカーテンを閉め切って、余計なことが聞こえないようにMDを聴きまくった。悔しくて泣きたい!というテンションなのに、MDで最初に流れてきた曲が嘉門達夫の“鼻から牛乳”だなんてね(^^;)。このMDは、友だちが有線から録ってくれた1990年代JPOPだったよ。なんか力が抜けて、とりあえずプチ復活。
 検査は15時の予定だったけど、時間が来ても呼ばれずにいて、この待機時間が本当に辛い。そして、少し遅れてさっきのクレームを聞いた看護師さんが迎えに来てくれた。あ、今日は一緒に行ってくれるんだと思うと、少し嬉しくなった。
 エレベーターを二人で待っているとき、看護師さんに「さっきごめんね。あの人の言うことはあんまり気にしなくていいから」と言われたよ。なんだ、わたしの視線に気がついていたのかぁ。あの患者さん、入院期間が長引いてるためかどんどんわがままになってて、看護師さんたちも少し困っているらしいと聞いた。そうなんですね〜と相槌を打ちつつ、少し考えさせられちゃった。いくらわがままでも、その人を否定するようなことは言えないのねって。だって、あの場では「そんなこと言っちゃだめ」なんて言わずに適当に流していたもの。改めて、病院で働く人の大変さを感じてしまった。短気なわたしには勤まらないだろうなぁ。
 いざ検査室に行ったら、「外来の人が入っちゃったからまだ呼べないの。もうちょっと待ってて」と言われてしまった。ということで、置いてあった雑誌を眺めて待っていた。でもさ〜、この雑誌1ヶ月くらい前のものだよ(^^;)。暇な入院生活で雑誌はさんざん読んでいたから、半分くらいはすでに目を通していたものだったなぁ。それと、ラジカセが置いてあって、女子十二楽坊のCDが流れていた。これはどういう意味?リラクゼーション?
 やっと呼ばれたのは、たぶん16時半くらい。食事なしだから時間が長く感じているうえ、下剤&クレームでもう疲れまくっているのに、この後に検査かぁ・・・と憂鬱モード。しかも、やっぱりこの検査前の空気が怖い。昨日も思ったけど、狭い部屋で機械の音がして、自分が寝かされて人に囲まれて「これから何かされる!?」という不安を最高潮にしてくれるんだもの。そんでもって、痛い(かも)という恐怖があるんだから!
 で、今回も軽く抵抗してしまった。そしたら、先生から逃げないでと怒られた(--;)。今まで誰も逃げたことないのかなぁ?これ、嫌がるのってわしだけなの?
 検査自体は、最初のときより長かったけど、なんとか終わってくれた。めちゃくちゃ痛い!ということはなかったけど、もうとにかく怖くて・・・・。ああ、二度と!二度と!!やりたくないよぉぉぉっ!!!!!
 なんか理由はよく判らなかったけど、ひとりじゃ病室戻れないだろうということで車椅子のお迎えが来てしまった(^^;)。うわぁ、わたしって病人みたい(病人だろっ!と突っ込まれそう)。
 病室に戻ってからは、ずっと起き上がれなくなった。お腹痛いし、1日の色んなことへ気疲れしてるのもあるし、この後の自分の運命(?)も心配になってきたし・・・・。いつ退院できるんだろうとか、あのいぢわるばあさんと同じ部屋で寝たくないとか、あんな検査をまた体験しなきゃいけないのかなぁ?とか、怖い薬飲んでることが不安とか、もう先生には会いたくないとか、家帰って色んなことやるのは嫌だとか、家族や友だちに心配されている自分が惨めだとか、あんな仕事には絶対戻りたくないとか、会社の人誰も会いたくないとか、一生このまま面倒看て欲しいとか、もう生きていたくないよとか、とかとかとか・・・・。この時間は、かなりヤバイ精神状態に陥っていた。途中で先生がやってきて「どこが痛い?」と訊かれたけど、まともに答えられていなかった。それどころか、色んな説明をされたっぽいけどまったく耳に入らず「わからない!」とひと蹴りしてしまったの。

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 今まで生きてきた中で、こんなに理性がなくなったのは初めてでした(子どもの頃はあったかもだけど)。どうしてこんな状態になったのか、直接の原因は判りません。実は、この日記も少し日を置いてから書いています。あの日のわたしには、日記を書くどころか、自分の気持ちを確認すること自体できなかったもの。心をも壊してしまう“病気”って存在は、本当に怖いと身をもって体験した瞬間でした。そして、“病院”という所は、そんな思いを増殖させる空気があるとも感じました。身体の病でここにいるのに、気がついたら心が病んでいて・・・・。いつか、また長い期間の入院を体験したとき、同じ状態に自分が陥るのかもしれないなぁと思いました。
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 ちゃんと聞けていなかったけど、先生から言われた言葉の中で「日常生活に戻る」「明日から体動かしておいて」というのだけは覚えていた。体力なくなっているし、元の生活に戻るためには体力も戻さなきゃいけないってことだよね。でも、その言葉が重過ぎて、余計気持ちが沈んでいった。日常生活に戻りたくないって。戻れるわけないじゃない、今までと違う身体になってしまたんだもの!と心で毒吐きつつ、なかなか眠れない夜を過ごしたのだった。


2005年08月11日(木) 胃カメラ初体験

 入院22日目。
 初めて胃カメラを体験した。感想としては、「もう二度となりやくない!」の一言。

 朝、先生から「すぐ呼ぶ」と言われていたのだけど、本当にすぐ呼ばれてびっくりしたよ。たぶん、9時になったかならないかぐらいだったもの。
 看護師さんが病室に呼びにきてくれて、「もう行っていいですよ」と言われたの。え、連れてってくれないの?と焦っちゃったよ。だって、検査室って入院初日に一度行ったきりで、場所がよくわからないんだもの(しかも、往復車椅子だったから、自分で歩いていないし)。結局、場所が判らないと主張して連れて行ってもらったけど、少し怪訝そうな反応されてしまったよ。普通は、一人で勝手に行くものなのかなぁ?
 検査室に着くなり、「あれ、でんさん!」と看護師さんのひとりに名前を呼ばれた。「入院してたんですか?」と訊かれて、はい、先月からと返事したものの・・・・。誰だっけ、この人?と考え込んだ。わたしは、入院する前にこの病院に3回来ているけど、そのうちの2回は先生以外とお話した記憶がない。ってことは、1回目に会っているのかなぁ。病院のスタッフってみんな似たような格好しているから、人を覚えるの難しいよね。
 透明な液体を少し飲まされ、その後違う薬を口の中に入れっぱなしにさせられて・・・。その間に、横で看護師さんから注射すると言われた。ええっ、嫌だなぁ・・・と思った瞬間に左肩に激痛が走った。なにこれっ?!すごく痛いよぉ(ToT)。危うく口の中のもの吐き出すところだったよ。注射ってこんなに痛いものだっけ?
 検査は、ものすごく苦しくて気が狂いそうだった。痛くはないんだけど、通されている管を握って引っこ抜きたい衝動に何度もかられた。うまく息できないし、目の前は霞んでくるし・・・・。看護師さんが色々言ってくれているけど、まともに聞き取れない。そして、先生からの「○○しないと検査が長引くだけだよ」という言葉が聞こえた(○○はよく聞けなかったけど、たぶんわたしの我慢が足りなかったんだろうと思う)。目の前にいる先生に向かって「鬼!悪魔!!」と罵声を投げかけたかったけど、それも出来ず(この状態では喋れないもの)。
 壮絶(わたしにとっては!)な検査が終わって、ようやく喋れる状態になったけど、苦しすぎて言葉が出てこない。そんなわたしに向かって、先生ひとこと「異常ないよ。明日は大腸だね」。・・・・なんかちょっとテンションが高い口調に聞こえた。わたしはこんなに苦しいのにっ!!やっぱり鬼だ・・・・。
 病室にはひとりで戻った。最初に飲まされた透明な液体を検査中に吐き出してしまっていて、パジャマがぬれちゃってた。仕方なく着替えて、そのまま寝込んだ。だって、疲れたし喉痛いしで。なんか口の中にゴムの味(いえ、食べたことないけどさ)が広がっていて嫌な感じだった。朝食が運ばれてきたけど、手を付けられなかったよ。
 とりあえず、ひとつ終わった♪と少しだけ気分を盛り上げ、夕方からはテレビを観てゆったり過ごした。大部屋独り占めだから、テレビの音が少しくらい大きくても迷惑にならないし、なんとか心が解放されてきた。
 20時ごろ、看護師さんから「明日の検査の準備で、寝る前に下剤を1本飲んで」と言われた。え、いっぽんっっ?わたしの頭には、500mlのペットボトルが浮かんでいた。そんなに飲むのっ?!と思ったけど、実際は手のひらにちょこんと乗るかわいい入れ物に入っていた。これが下剤じゃなければ、わたしはけっこう好きな小物なんだけどねぇ。
 22時ごろ、部屋の電気が消されてからこの下剤を握り締めて泣けてきた。やっと腹痛から解放されたのに、なんでこんなもの飲まなきゃいけないのって!!下剤での腹痛を想像して不安になり、さらに明日の検査への憂鬱が募っていったのだ。


2005年08月10日(水) 大部屋独り占め

 入院21日目。
 昨日、同室のふたりが退院したから、ここにはわたしひとりになった。ひとりしかいないと、看護師さんが来る回数も減るから、なんか寂しい感じもする(気楽だっていうのもあるけどね)。
 朝、先生が来たときに胃カメラってどんな風に何をされるのかを訊いてみた。初めてなんです!と強調して。喉に麻酔して、力抜いてればあっさり終わると説明された。あっさり?本当?苦しくない?という不安をぶつけたら、「みんなやっているから大丈夫」という答えだった。・・・・だからっ、わたしは初めてなの!!先生にとっては大勢のうちのひとりだけど、わたしにとっては人生で初めてのこと。このギャップって難しいよね。にしても、お医者さんの言葉って傷つくことが多いなぁなんて思ってしまった。一度だって優しい言葉もらったことないしさ。病気だけ診て、人は見ないという言葉をどこかで聞いたことあるけど、それってこういうことなのかなぁ。
 夕方、弱視団体の奥様チーム(とは言っても、わたしと同世代)ふたりがお見舞いに来てくれた。病室がわたしひとり占め状態だから、その場でお喋り。入院したときの状態を説明して、それから仕事のこと話したりしたけど、あとはそのまま主婦談義。今日の夕飯どうしようとか、旦那さんの帰りの時間とかね。あと、ひとりが胃カメラ体験者で「どんなだった?!」とわたしが喰いつき、その話を色々聞かせてもらった。ホースみたいなのを突っ込まれたと聞いて、かなりブルーになった。ほ、ほ〜す?・・・わたし、明日どんな目に遭っちゃうの?
 ここ最近は、やることない入院生活だったけど、明日から2日間は検査が入ってる。暇じゃないのは嬉しいけど、苦しい思いをするのが予想できるだけに気分は盛り上がってこないなぁ。


2005年08月09日(火) ひとりになっちゃった

 入院20日目。
 今日、同室のふたりが退院した。どちらも雰囲気が穏やかだし、ご家族も優しい方で楽しかったなぁ(同室のわたしにも「顔色良くなったね」とか声かけてくれたし)。寂しいなぁ。一緒に花火大会見たこと、インターネットやったこと、散歩したこと・・・・。苦しい入院生活の小さなイベント、すごく楽しかったです。本当ありがとうございます。

 さて、ひとりになってしまっても別に大きく生活は変わらない。今日の退屈しのぎは、ノートパソコンでの作業。親から借りた「カロリー控えめレシピ」の本から、家で作れそうなものをピックアップして、それをデータ化していった。退院したら自分で料理しなきゃだしね。
 このノートパソコンのおかげで、だいぶ時間が潰せるようになった。もしも、入院がもっと長くなるなら、DVDも持ち込もうかしら。
 夕方、友だちがふたりお見舞いに来てくれた(別々に)。ふたりとも車で来ているのだけど、そのうちのひとりが道を間違えて大変だったらしい。この病院、1年前に移転してるんだけど、カーナビが古い場所を示したんだって。で、でもさ、そのナビって1年以内に買ってなかったっけ?
 ふたりとも福祉施設勤務だったりするから、病院の中とか色々物色していたり、病院食の内容とかに興味深々みたいだった。ふたりは学生時代からの友だちだけど、そういえばわたしって社会福祉専攻だったなぁと思い出した。いったいどこで道を踏み外したんだかね。今じゃ、光ファイバーがどうとか、違約金がどうとか言ってるよく判らん仕事に就いてるよ。
 夜、なんだか少し寂しくなった。だって、部屋に誰もいないんだもの。ドア閉めようとした看護師さんがいたから「やめて!寂しいから!!」と訴えたら笑われちゃった。別に、ひとりで寝ることはできるんだけどさ、なんとなくね(^^;)。


2005年08月08日(月) 地震・雷、その次は?

 入院19日目。
 平日だからか、朝から病院内は賑やかだった。わたしも、普通に仕事していたときは、月曜日ってバタバタしていたんだけどなぁ。もうすっかり、そういう感覚がなくなってきちゃった。
 胃カメラの予約をしたと先生に言われ、その場で凍りついた。え、え、ええっ!?やるのぉっ(ノ_-。)たしか、先週の金曜日に「胃カメラ嫌です」とわたしが言ったら、「嫌ならいいよ」と言って去っていった気がするんだけど・・・・。話がちがくないですか?????とも言えず、結局今週の木曜日に受けることになった。
 日中は、暇で暇で仕方がない。それに、同室の人たちが揃って明日退院するという話を聞いて、寂しさ倍増しちゃったよ。
 先週の課長の話(主査が忙しい上、派遣が辞める。で、自分は休む)が気になるから、夕方頃に会社に電話入れたら主査の機嫌が超悪くて、忙しいから!と電話を切られてしまった。わたしへの責めの言葉こそなかったけど、遠まわしに仕事できなくなってるおまえと喋っている暇はないという意味合いだった。そりゃあ、忙しいし大変だろうと思う。その原因を作ったのは、こんなふうにずっと休んでいるわたしなんだと自覚しているよ。だけど、今のわたしにはどうすることもできないし、病気になったのだって狙ってやったことじゃない。それなのに、あんな言い方しなくても・・・と思うと、めちゃくちゃ凹んでしまった。そもそも、周りも辛いだろうけど、生活が狂っているわたしだって辛い。そして、その辛さを訴えることができずに燻ってるというのに。
 主査は、課長のことも「勝手にひとりで休みやがって!」と罵っていた。わたしは、先週課長に「たまには主査を手伝ってくださいよ!」まで言ったのに、まったく応えていなかったみたい。そもそも、胃カメラの餌食になるのだって、あの課長が原因じゃないかと思う。本当に、奴は疫病神以外の何者でもないよと、わたしまで罵りたくなった。
 今日は、関東地方で震度5の地震があった。この病院は、建物が免震構造だから「揺れを吸収する」ために大きくゆっくりと建物が揺れていると説明された。そうなんだぁ。わたしが昨日契約したマンションと同じなんだね。そうだ、マンション・・・・。あれだけ色々やって待ち望んだ契約日に行けなかったことをまた思い出してしまって、さらに悲しくなった。
 テレビのニュースで地震が起きたときに危険な地域として、東京の足立区と埼玉の草加市と挙げられていた。ここ草加市・・・・怖すぎるんだけどっ。
 今日は、なんだか散々だった。胃カメラ送りを言い渡されるし、同室の人の退院が決まってひとりぼっちになっちゃうし、主査は機嫌悪いし、地震は来るし・・・。しかも、この頃激しい雷も多い。なんだか嫌な空気だよね。街を眺められるコーナーで、ひとりぼんやりと外をずっと眺めていたよ。一瞬、このガラスに体当たりしたらどうなるかなぁ?なんて怖いことを考えたりもして。ちょっとヤバイかも、わたしの心。


2005年08月07日(日) 病院にいるのにローン成立!

 入院18日目。
 今日は、うちの旦那のbirthday。だけど、お祝いは昨日のうちに済ませてしまったから、今日彼はここに来ない。
 そして、マンションの契約日だ。色々申込書用意したり、モデルルームを隅々まで見たり、ローンのシュミレーションを何度もやったり、抽選の結果をドキドキしたりなんてしていたのに、肝心なこの日に行けない自分が情けなくなったよ。だいたい、入院している身でン千万円のローンを背負うわたしってばいい度胸しているなぁと苦笑してしまうよ。
 わたしのマンション話は、この2日間で病棟中に広まってしまったのか、今日会った看護師さんたちから口々に訊かれちゃったよ。「どこに買ったの?」「いくらの買ったの?」「間取りは?」「すっごい貯金してたの?」「どうやったらお金貯まるの?」etc.etc(^^;)。恐るべし、女の園ネットワーク。この話題は、病気と関係ないだろうに。
 でも、この話題から最近の分譲マンションが底値だとも痛感した。10年くらい前に買った人の間取りと値段を聞いてぶっ飛んだもの。そ、そんなに高かったんですかぁ?!って。やっぱ、この時期に買って正解!
 今日は、ひょんなことから同室の患者さんにインターネット教室を開いてしまった(エッセイ参照)。病院の食堂のパソコンで、検索エンジンを使って見たいサイトを探してもらうだけの簡単ななものだったけど。でも、すっごい楽しそうで、その様子を見ているわたしも楽しくなった。もしも仕事を辞めるようなことになったら、ひっそりと初心者向けのパソコン指導ボランティアとかやりたいなぁと思ったりして。
 今日のお見舞い客は、ゼロ。まあね、草加市に住んでいる友だちがいるわけじゃないし、仕方ないんだけどさ。やっぱり寂しいなぁ。


2005年08月06日(土) 赤い花火

 入院17日目。
 今日は、友だちひとりと弱視団体の人ふたりがお見舞いに来てくれた。最近は、お見舞い客が来てくれたら食堂でお喋りするようになってきた。っていうか、ふたり以上いると、病室に居場所がないからね。
 友だちは、入院してから何度も連絡取り合ってるから、ほしいもの持ってきてくれて本当助かるよ。それに、遠いのに何度も来てくれるし。
 明日が旦那のbirthdayだけど、マンションの契約会に行ってもらわなきゃいけないから、お祝いを今日やった。実家の母親に頼んでワイン1本を買っておいてもらって、それを渡しただけだけどね。病室に1日アルコールをストックしていたのよね、わたし。これってイケナイこと?
 今夜は、あちこちで花火大会があって、病院の窓からいろんな種類の花火を見ることができた。「こっちのほうが綺麗だよ!」と看護師さんに言われて、他の病室にお邪魔しちゃったりもした。花火大会といえば、彼氏(今は旦那だけど)や友だちと会場付近まで行って、そのままちょっとした宴会モードで見るものだった。でも、今回は看護師さんや患者さんたちと病院の窓から遠くの花火を眺めていた。わたしひとりじゃないし、みんな楽しそうだし・・・・。たまには、こんな鑑賞会もいいものだね。
 患者さんのひとりから聞いたのだけど、花火って基本色が“赤”なんだって。そして、それに色々と手を加えることで違う色が作り上げられるとか。だから「お金がない地域の花火は赤が多いんだよ」とのこと。そして、我が草加市の花火は、ほとんど赤い花火で・・・・(^^;)。みんなで苦笑。いえ、まあ、こういうのは気持ちですからねぇ。ちなみに、戸田市の花火は鮮やかだったよ。競艇とかあるからねぇというのがみんなの意見。じゃあ、草加も何か作ろうよ!
 今日は、いっぱいお喋りしたし、誰にも嫌なこと言われなかったし、けっこう気分いい感じで寝られそうだなぁ。


2005年08月05日(金) あちこち痛い

 入院16日目。
 朝から胃が痛い。しかも、膝より下もすごく痛くなってきた。せっかく腹痛が治まったのに、いったいなに?!
 足が痛いのは、なんでもないって(診てもらった)。で、胃は・・・・胃カメラやろうかと言われた。い〜や〜だ〜!と訴えたけど・・・。
 あちこち痛いのは、副作用への恐怖なのかとも思う。だから、神経質になりすぎなのかなぁと言ったら「ステロイドが終わればみんな治るよ。この病気の人はそういうこと多い」と言われた。気持ちの持ちようってことか。
 昨日、看護師さんにさんざん説得されたのに、トドメを刺すように先生からも「外出はがまんして、ステロイド飲んでるんだから」と言われた。もうっ、わかったわよっ!と喚きたかった。
 それにしても、まだ退院の話が出ないなぁ。そして、また週末を迎えてしまうよ。


2005年08月04日(木) なんで来たのよ!?

 入院15日目。
 今日、なんとうちの課長が来た。しかも、15時ごろ!この時間は、偉い人たちとの販売関連のミーティングをやっているはず。偉い人たちからいつも責められているうちの課長は、色んな手を使ってこのミーティングをサボっているのだけど、今回はわたしのお見舞いにかこつけてサボった模様。サボる=誰かが犠牲になっているのよ!それにものすごく腹立ったよ。
 さらに、頼んでもい勤務管理票を持ってきたうえ、主査が仕事大変なことになっているとか、派遣さんが辞めちゃうとか言い出し、最後は自分が来週から休むんだと言って帰って行った。何しにきたんだ、やつは!もう怒りが爆発しそう!!あいつこそ病気になってくれ!と呪いたくなった。
 そして、その勢いで親に愚痴りまくって・・・・。はぁ、少しすっきりしたけど、やっぱり許せない。退院したら、絶対社員相談窓口にパワハラ上司として訴えてやるっ!
 夕方、看護師さんがふたりくらい交互にわたしのところに来て、「外出は難しい」と言っていった。ああ、やっぱり・・・と諦めたよ。そりゃあね、病院の外に出ちゃいけない身だもんね。なんか病気もらってきちゃまずいし・・・。ああ、でも、困ったよぉ。マンションの契約どうしよう。


2005年08月03日(水) いきなり回復

 入院14日目。
 ついに予定の2週間になってしまった。だけど、いまだに退院という言葉は出てこない。
 ステロイド効果か、いきなり回復の兆し。だって、朝の8時半くらいを最後に一度も腹痛がなかったのよ!!こんなすごい薬だったなんてっ!!と感動しまくり。でも、これから副作用があるかもしれないんだよね・・・・とまたまた不安になってきた。
 病院の公衆電話から市役所に電話した。印鑑証明を作るため。代理人にお願いしても、委任元がちゃんと電話連絡しなきゃいけないんだって。とりあえず、これでマンションの契約準備は完了だわ。契約日が今度の日曜日だけど、わたしは行けるのかなぁ。


2005年08月02日(火) 初めてプレドニン飲んだ

 入院13日目。
 今日から、問題(?)のステロイド開始。プレドニンという名前の小さな小さな錠剤を渡された。あまりの小ささにびっくりしたよ。・・・小さいくせに、味の苦さが強烈でさらにびっくりした。これを朝2錠、昼2錠だって。夜は眠れなくなるだかなんだかで、あんまり飲まないほうがいいんだって。
 それと、カプセル錠も出された。これは、胃薬だって(副作用の胃潰瘍防止だそう)。せっかく最近はオブラートなしで薬飲めるようになってきてたのに、また飲むのが大変になってきたよ。
 別に飲んだからって、急激に変わることもなく、ダラダラ寝て過ごした。


2005年08月01日(月) 諦めました

 入院12日目。
 ついに8月突入。長い長いわたしの夏休み、いつまで続くのかなぁ。
 今朝、先生からステロイド開始しましょう宣言を受けた。そうだよね、だって週末で治まらなかったんだもの。もう泣きたいよ、ほんとに。
 会社に電話したら、課長がお見舞いに来ると言い出した。来なくていいですと言い返したんだけど・・・。怖い薬飲み始めるから、気持ちも沈んでいるので会ってもまともにお話できないと思いますとまで言ったのだけど・・・。
 そして、今日も眠れなそうだなぁ。


白咲静花 |MAILHomePage

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