My life as a cat
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2014年11月28日(金) Amiens

パリ北駅より国鉄急行列車でまっすぐ北上。アミアンを訪れた。パリをでて15分もするともう牧草地のど真ん中。地平線の彼方まで一面緑色。こういう風景は東京近郊では見られない。

1時間ほどでアミアンに到着。駅は新しく立派。さっそくツーリストインフォメーションを探す。人々が口々にカセドラルへ行けという。遠そうだが、半信半疑で巨大な頭が突き出たカセドラルを目指した。

街にはクリスマスマーケットが並んでいた。解る人にしか解らないが、パースのシティを思わせる小ぶりサイズの街が好印象だ。




駅から歩くこと15分。カセドラルに到着。あっ、本当にツーリストインフォメーションがあった。ツーリストは地図を求めてるのに、駅周辺になければ、″ツーリストインフォメーションを探すための地図″が必要ではないか!とつっこみたい。

地図や見どころを入手して、運河の周辺を歩いた。







まずはランチを摂ろうと運河周りのひとつのレストランに入った。前菜には野菜のキッシュを主菜はカマンベールチーズとトマトのガレットだったが、キッシュだけですでにおなかを満たしていた。美味しいがこってりしているので沢山いらない。主菜は半分しか食べられなかった。




おなかを満たしたら運河の続くほうへ、大きく広がる公園を歩いた。秋色の銀杏の木が一面に並んでいて、静かで美しい公園だった。




そしてフランス最大級と言われるノートルダム大聖堂へ。これはすごい建造物だ。地震のない国だからできるのでしょう。戦争も経験し、破壊されたこともあったそうだが、染料でお金を作ったこの町はそれを修復費用に当てたそうだ。










さて、街を散策しながらゆっくりと駅へ歩いた。途中キッチンツールのお店を見つけたので入ってみた。ガレットを焼くときに使うトンボが売っている!探していたのより少し短めだが、お店のお兄さんに相談すると、慣れてないなら小さいほうが使い易いというので購入。あとはコーヒーメーカー用のパッキンなど、日本でも買えるけど、こちらで買えば半額以下で買えるものを購入して満足する。だって、日本円弱しで成田を発つ時1ユーロ⁼152円だった。これで報われた気になったり。

陶器のカマンベールチーズケースは一目ぼれで購入。




アミアン、こじんまりとしたサイズが妙に愛らしく思える町だった。今日は小雨が降ったりで寒かった。からりと晴れた春の日にもう一度訪れてみたい。

2014年11月27日(木) 私的パリのグルメアドレス

★La Fournée d'Augustine
31 Rue des Batignolles 75017 Paris
+33 1 43 87 88 41
朝、滞在していたPlace de Clichyの宿の周辺を散歩している最中、バターのかおりに釣られて見つけたブーランジェリー。可愛いプティパンが数種類あったので、あれこれ味見しようとショソン・オ・ポム(アップルパイ)にクロワッサン、カヌレを買った。後で知ったのはバゲットコンクールで優勝したことがある人気の高いお店だということ。










★Pierre Hermé
72 rue Bonaparte 75006 Paris
+33 1 43 54 47 77

フィガロ・スコープで世界一のクロワッサンに認定されたというクロワッサンを食べにメトロに乗ってわざわざ行ってみた。大抵の″世界一″とか″受賞″とかうたったものはわたしの庶民の舌に合わないので、さほど期待していなかったのだが、ひとつ買って店を出てガブリと噛みつき、そのあまりにもの美味しさにもう一度お店に戻り、もう一個!と人差し指を立ててしまった。外側がぱりぱり過ぎず、風味がとてもよい。マカロンなど色とりどりのお菓子が主役で地味なパンは端っこに追いやられた感のある並びとなっているが、その控え目なのにホンモノな雰囲気のクロワッサン、確かに世界一と呼んでもいいかも。ちなみに東京では売られていなくて、どこかの高級ホテルが朝食に提供しているだけなのだそうだ。


★Chambre aux Confitures
60 rue Vieille du Temple 75003 Paris
+3 1 42 72 96 17

マレ地区を散策していて見つけたジャムの専門店。100種類以上あるジャム全て味見ができるのだが、みんな一度口に入れたスプーンをまた別のボトルに突っ込んでジャムを掬ったりしてるので、潔癖だとできない。自分の家では絶対唾液のついたスプーンをまたボトルに入れたりしないので戸惑ったが、味見しているうちにあまりにもの美味しさにすぐ夢中になって忘れた。ピュアな素材の味だけをギュッと凝縮したようなホンモノの味。価格もそれなりだが、それに見合った価値があると思う。もうその辺のジャムは食べられないかも・・・。

★Le Pain Quotidien
18-20, rue des Archives 75004 Paris

モダンで明るい雰囲気のカフェ。ベルギーが発祥だそうだ。歩き疲れて、カフェとチーズケーキをいただいた。隣に座っていたカップルがパンを頼むと山盛りのパンと大きなボトルに何種類ものジャムが運ばれてきた。夢中で大きなパンにジャムを塗ってほおばる彼らを見ていたらなんだか幸せになった。以前クロワッサンをいただいたが、これまた美味しかった。












2014年11月26日(水) バスティーユでイノシシに会う!

数週間前、千葉の山奥の温泉へ行き、森の中を散策中にこんなものを見つけた。



何かの動物の骨。全長20冂度。上顎だけで歯もきれいについていた。犬歯が一対にあとは臼歯だったので、何か草食動物の骨だろうと思った。温泉宿の人達にも聞いてみたが、何の動物かわからずじまいだった。あまりにもきれいに形が残っていてかっこいいので、家に持ち帰ってよく磨いて飾った。(ちなみにその日、母が腕を骨折して入院して、わたしが変な物を拾ったせいだと言いはっている)


ところが!なんとパリで偶然同じ骨に再開してしまったのだ!


バスティーユ周辺の雑貨のセレクトショップのようなお店だった。見つめられたら倒れてしまいそうなほど紺碧の目の美しい怪しい魅力の漂う紳士、彼がおそらくこの店のオーナーなのだ。またはこの店の雑貨は彼の作品なのか。思わず声をあげ、この骨はなんの骨かと聞いてみた。
″Wild pig"
イノシシだったのかぁ。こちらは全長30僂らいあったのでおそらく成長したもので、わたしのは子供だろう。

カタコンブといい母の骨折といい、妙に骨と縁のある今日この頃だ。

2014年11月25日(火) Honfleur





















ここからは一人旅。パリの北西に位置する静かなノルマンディの港町オンフルールへ向かった。過去にはイングランドに占領されたり、数々の探検家をこの港から送り出したりした。カナダのケベックの街を築いたのもこのひとつの探検隊だった。だが、船着き場として掘って作られた港には限界があり、大きな船を受け入れることができず、さほど町が繁栄することもなかった。それが幸いして過去のまま見捨てられた黒塗りの住居と新しいカラフルな住居が共存するユニークな景観となり、やがて画家達に見初められ描かれるようになった。今ではノルマンディのひとつの見どころとなっている。

まずはサンラザール駅から電車で2時間ほど北西に向かう。2等席でも充分快適で、カフェのごとくゆったり過ごすことができる。車窓から見える景色はほぼ牧草地と葉の落ちた裸の糸杉の木々に尽きる。

途中でバスに乗り換えて30分程でオンフルールに到着する。電車もバスも本数が少ないので乗り継ぎがよくないと日帰りはきつい。天気も小雨が振っているしで、錆びれた港町には観光客もほぼなく余計寒く感じられた。バスを降りるとすぐに立派なツーリストインフォメーションがあるので、そこで見どころと地図を入手して港の周りを歩いた。こんな季節外れで周囲を歩く人がいなくとも土産屋やレストランはちゃんと営業していた。

港の周りのレストランは観光客向けで味など期待できないのではないかと勘繰ったが、かといってそこを離れたところで何かがあるわけではなさそうなので、そのうちのひとつに入った。




ノルマンディの名物といえば、チーズや塩キャラメル、シードルにガレットらしいが、ここは港町。″Sea food salad"とお店のお姉さんが英語で言ったのを前菜に頼んでみた。でてきたものはイメージと違ったが、さっと火を通したシーフードにたっぷりとレモンを絞り、アリオリソースでいただく。これが美味しくないわけがない!













メインは"Mussel soup"とお姉さんが呼んだムール貝をブランデー入りのクリームで煮たもの。玉ねぎも隠し味に入っている。これにカリッと揚がったフレンチフライが付いてきた。食べるのに時間がかかる。これは居酒屋などで誰かとお喋りに耽りながらゆっくり食べたい。ひとり身としてはひたすら貝を舐めるという行為が面倒になってきた。味としてはこれまた美味しくないわけがないというシンプルさなのだが、個人的にはムール貝はトマトソースのほうが好きだな。

食事を終えたらもう日暮れ時。空も重く寒々しくて人恋しくなってきた。からりと晴れた夏の午後に来たならば、最高に良い風の吹いているに違いない。港のテラスできりりと冷えた白ワインでシーフードを堪能したらどんなにいいか。

人影のないあまりにも静かな町を一週して、パリに戻ろうとバスを待っていると、行きのバスの中で色々手助けしてくれたスペインからの女の子達もいた。売店で買った黄色い缶に入った飴(と思って買った)を掌に数粒出すと、真っ黒な切ったゴムのようなものが出てきた。口に入れて思わず声をあげた。

「ブェー!まずい!」

スペインガールズ達はわたしを見てくすくすと笑った。

「リコリスっていうスペインの飴だよ」

あぁ一応食べ物だったのね。間違って口にいれたかと思ったわ。リラックス効果があるとかいうけど、こんな激しい苦さじゃ落ち着かないねぇ、と思ったり。

電車に乗り換えようとすると遅延している。ベンチで隣に座っていてたまたま話した美しい女性はこの辺りの市の市長だという。へぇ、市長までこの美しさか。フランス人男性はほぼ賛成しないが(カミーユ君もブェー!と言っていた。わたしとリコリス飴の関係と同じのようだ)、フランス人女性は世界一美しいと思う。


2014年11月24日(月) モンパルナスでガレットを





















ランチタイム。友人にホテルでピックアップしてもらいガレットを食べようとモンパルナスへ向かう。

車は凱旋門の12支に別れているランダバウトへ呑み込まれるように入っていく。中には車線もなくどの車もただただぐいぐいと自分が進みたい方向に分け入っていき、ハチの大群のようにとぐろを巻いている。運転技術うんぬんではなく、日本人のお人好しメンタリティではとても抜けられそうにない。助手席で顔を強張らせているわたしにかまうことなく、友人は自分の抜けたい通りに一目散、一発で抜けてみせた。車中では通行人や他の車にぶつくさぶつくさと文句を言いながらモンパルナスへ着くと今度はパーキング探し。路上はいけどもいけども路駐する車でびっしりと埋め尽くされている(しかし路駐もれっきとしたパーキングらしくて、ちゃんとチケットを購入するのだ)。わずかでもスペースを見つけると入ろうと試みたりしている。日本人的には車のスペース+縦列駐車の切り替えしスペースがなければ諦めるのだろうが、フランス人は自分の車だけが入るスペースがあればなんとか入れると考えているらしかった。いや、自分の車分のスペースがなければ前後の車に自分の車を衝突させてでもなんとか入ればいいとすら考えているのかもしれない。こうしてわたしたちの乗った車は車と同じ幅しかないスペースになんとか収まった。ドライブ中はジェットコースターかと思うくらい荒いのに(シートベルトがなかったら間違いなくふっとんでいる)、縦列駐車は妙に器用にこなす。フランス人は運転がうまいのか下手なのかまったく不明である。

モンパルナスは地方からの長距離列車の終着駅で、ブルターニュなどから都へ辿り着いた人々が続々とそこでガレット屋をひらき、やがて小さな名物となった。そのうちのひとつに入り、ガレットとシードルを摂った。東京では″Le Bretagne"などで食事用の塩っぽいガレットとデザートクレープにシードル一杯でけっこうな価格だが、ここではガレット屋は″庶民の食堂″的価格で気軽に食べられる。マッシュルームとチーズのガレットとハチミツのクレープを。どちらもとても美味しかった。

おなかを満たしたら、墓地を散歩。この墓地はカタコンブとは違い、立派な石碑が建てられていて、著名人もたくさん眠っている。墓には著名人リストも掲げられていて、ちょっとした観光名所のようだ。ここからカタコンブも目と鼻の先。わたしが死んだら・・・わたしはカタコンブのようなところで無名の骨として積み上げられているほうが気楽で性に合ってると思ったりする。




2014年11月23日(日) Les Catacombes

今回の旅で絶対見ておきたかったカタコンブ。ついに潜入。

カタコンブは地下の納骨所で、この地下道はもともと採石所だったが、やがて墓から掘り起こされた600万対もの遺骨が納められた。

午後に訪れると噂通り長蛇の列。10分並んで待ったが微動だにしないので、翌朝出直すことにした。開場は10時。8時半に到着するとまだ1人しかいなかったので、様子を伺いつつ目の前のカフェでクロワッサンの朝食を摂った。

螺旋階段を降りていく。思っていたより深い(20m程度)。納骨所に辿り着くまで曲がりくねった迷路のような地下道を1匐瓩歩き続ける。

そしてようやく辿り着くとその先1劼らいはひたすら骸骨の世界が広がる。基本的にはガイドのような人はいないのだが、たまたま質問を投げかけた老人スタッフが手厚く説明をほどこしてくれた。しかし、単に英語が得意でないだけかもしれないが、その奇妙なアクセントが妙に薄気味悪く、彼はもしかして亡霊?などと想像してしまう。

ただの骸骨といえども死因によって違いが出る。歯がしっかりついているのもあれば、病死したものなどは頭の形がおかしかったり、またピストルで脳天を撃ち抜かれたものもあった。心無い落書きをされた骸骨もあった。生きていれば感じる痛みも死んでしまえばただのカルシウムの塊だ。とはいえ、16世紀頃から彼らの死体は火葬されず、ただ土中に埋められ、土の中から生の世界の人間を自分のいる地下の世界に誘いこむかのように臭気を放ち、井戸水を汚染し、疫病を蔓延させた。土中から死体が存在感を放ち、生の世界の人々の生活を脅かしていた、と考えると、なんと活気があるのだろうと感動すらしてしまう。

それにしてもフランスというのはこういうところが面白い。だって、パリの地上では男女がキスを交わし、カフェテラスでタバコをふかし、ファッションだのグルメだのとやっていて、その地下では死人達が死後の世界を生きているようだ。

1時間近く薄暗い地下でひたすら遺骨の山と過ごし、地上へ出ると光が妙に眩しく、色彩が美しくて自らの生をまじまじ実感する。

出口では荷物検査をするのだが、後ろにいた女性と係員がこんなやりとりをしていた。

「嘘でしょ?骨を盗む人なんているの?」

「いや、中にはいるんですよ。」

わたしはひとりだけ骨を盗んだ日本人を知っている。詩人金子光晴の妻で同じく詩人の森三千代だ。「ねむれ巴里」という20世紀前半に書かれた夫のエッセイの中でそう書かれていた(ちなみにこの人はベルサイユ宮殿のルイ14世の寵姫ポンパズールのベッドにも潜り込んだというからとんでもないお転婆だったのだろう)。


2014年11月22日(土) FAUCHON PARIS

秋の連休を再びパリで過ごしている。一週間前に突然思い立ってドタバタと準備して夜逃げの如く日本を後にしたのだが、今回は生粋のパリっ子の友人が案内を務めてくれているので、ガイドブックとにらめっこすることもなく、リクエストだけしてあとは着いていくだけだ。

昨夜はPlace de Clichyにとったのホテルの周りを散歩した。パリは都会でもどこか空気がゆったりしていて・・・などとはよく聞くが、わたしの目に映るのは、色んな人種が混沌と入り乱れた街の喧騒の中、カフェテラスでシガーをふかし、ゆったりおしゃべりに耽る人々、その前の通りでは、当たり前のような顔つきで日銭を乞うホームレス、信号が赤だからとぼんやり待つ人はなく、メトロで昼寝をする人はいない・・・東京などより、よほどひんやりと乾いた空気の目の粗い町だ。

飛行機の中で隣に座っていたパリ出身だというムッシュー(ジャン・ロシュフォールに雰囲気の似た小粋な老人だった)が、わたしに″ルーマニアやブルガリアから流れてきたスリが多いから気をつけて″というアドバイスをすると、前に座っていた男がフランス語で何かいい返し、しばらく強い口調で口論していた。移民問題は根深いのだろう。

「人権保護団体が差別だとさけぶけど、ちゃんと勉強して働く気があるなら移民してもいいよ。でも現状は盗みを働いたりホームレスになったりで、町の治安を乱して、さらにフランス人が懸命に働いて収めてる税金が彼らの生活保護に食い潰されてる。そりゃ、こちらの怒りは収まらないよ」

と空港から市内に向かう車の中で友人が話していた。オーストラリアのように移民申請にもっと条件をつけられないのかと尋ねると、土地柄EU圏内はもう国境が曖昧でどこからでも辿り着けてしまうから、もっと複雑なのだそうだ。

さて、早起きして機内のムッシューが美味しいクロワッサンをとおすすめしてくれたマドレーヌ寺院の隣のFAUCHONへやってきた。重々しく薄暗いマドレーヌ寺院の隣でピンク色のネオンが浮き立つなんともおかまっぽい趣味の店構えにちょっと気おくれしたが、1時間近く歩いてきたのだからとクロワッサンとクイニーアマンをいただいた。普通かな。好みによりけり。もっともフランスのコーヒー、パン、チーズなどは″フツウ″のレベルがかなり高いと思うが。

いつもは時間に追われて、常に頭の中で物事の段取りを考えている。これとあれを同時並行でやろうとか、あそこへ行くついでにあれも済ませようとか。だから美味しいクロワッサンひとつのために1時間も歩くような休日はたまらなく愛おしい。



















(FAUCHONの窓から)
















2014年11月03日(月) 半袖に伸びる手

静かな午後。友人とカフェテラスで道行く人を眺めながらコーヒーを啜っていると老人がのそのそと向こうから歩いてきて、わたしの前で立ち止まった。半袖の腕を見て、

「寒くないのかい?」

と言うので、

「大丈夫です」

と答えた。

それだけの愛想程度の会話かと思ったのだが、なにやら彼が勝手に話し始めた。

「わたしは88歳。今日が誕生日なんだ(身分証明書まで見せられた)。でもね、あんた、体が元気でも話し相手がいなければ生きていてもしょうがないよ。あんたらはいいね、こうやって二人で喋ってる。あんたみたいに寒さも感じない皮膚があればいいのに・・・」

などと言いながら、突然わたしの腕を撫ではじめた。驚いて咄嗟に、

「触らないでください!!」

と手を払った。日本語のわからない友人は何が起きているのか理解できず、ただただ狼狽えていた。薄気味が悪くて目を逸らして無視していたらとぼとぼと去って行った。

話し相手もなく、人肌に触れる機会もない老人は、孤独のあまり半分気が狂っているに違いなかった。突然伸びてきた手の気味の悪さと、自分もいつか・・・という恐怖に気持ちがずっしりと沈んでくると、急に寒くなり、もう半袖ではいられなくなった。


Michelina |MAIL