My life as a cat
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2007年02月21日(水) マリー&ブリジッド

「マリー・アントワネット」
マーヴがDVDを借りてきて、プレイして30分経たないうちにソフィア・コッポラよね?と解かるほど彼女のテイストがムンムン漂っている。「死」と紙一重の純白でフワフワの世界、少し気だるい無邪気さと「女の子」にしかできない享楽。マリーについて世の中に転がっている説明とキルスティン演じるやや楽観的というのか自意識の薄いというのか、強い意思が芽吹かぬうちに王妃の座についてしまったマリーというのがピッタリ重なるのが小気味いい。実話と裏腹に輝かしい時間が褪せはじめて、ドイツへの逃避行に明るい光が射しこんだような気配をさせて幕を閉じたのもよかった。

「ブリジッド・ジョーンズの日記Ⅱ」
パートⅠをチラリと見たがパートⅡは更に太ってないか、ブリジッド?この映画、30代の女性の悩みへの共感や、この太った主人公がどんくさくて純で懸命なところがなんだか愛らしいというのが人気の秘訣らしいが、わたしにはさっぱり解からなかった。それもこれもどんくさいという設定だからなのか、まず髪型がデブを協調するようなもので、しかもあんな丸い体型に膨張色のベイビー・ピンクのしかも丸襟セーターは普通はしない。それに体型だけで不健康そうなのに、更にタバコをふかしたりするのが、外見を頑張ってみても体内ガタガタのようで見るに耐えない。


2007年02月19日(月) 「祈り」というアクション

いつも聖書を片手に日曜の朝は必ずチャーチへ通う敬虔なクリスチャンのアフリカン・シェア・メイトと一杯飲んでいる最中、ふと宗教の話題になった。わたしは無宗教だから、と言うと、信じられない、といった顔で「じゃぁ神を信じないのか?」とか「日本は仏教国じゃないのか?」などと尋ねてくる。一応はそうだけれど、わたし達はみんなが充分な食料と教養が既にあって、あまりにも「自然」からかけ離れたものを生産する技術を持って、更に新しい技術を開発することに忙しいから、目に見えない存在に祈ることも、そんな時間もないのだと答えた。すると納得のいかないという顔をしているので、じゃぁ神に何を祈っているのかと尋ねたら、飢餓や天災、病気で死んでいく人々のために祈るのだと言う。少し酔っていたわたしは「あなた達の国に必要なのは祈りじゃなくて教育じゃないの?教養と理性があれば少なくともみんなばたばたエイズで倒れたりすることなんかないじゃない。」などと言ってしまった。彼は項垂れるように”Maybe,,, you are right”と言ったきり黙ってしまった。

酔いが覚めると、彼が生まれてこのかたずっと続けてきたことを否定してしまったような気持ちになってちょっと考えてしまった。たまに何もアクションなど起こさずただじっとして祈ってばかりいる横着な人々なのだと思ったりもする。わたしは祈りこそしないが、健康維持、水や電気の節約、食べ物だって地球にダメージの少ない物を選ぶように心がけて謙虚に暮らしている。それが彼らといったら祈った後はビールを飲んで、煙草をふかして、大きなお肉の塊を食べる。電機はつけっぱなし、歯磨きひとつにもコップに水を汲むことをせずバケツ一杯くらいの水を無駄に流す。そう言ってやりたいところだけれど、それもこれも育った環境というものが違い過ぎるのだ。産業国に生まれ育ったわたし達は地震が来るから耐振性のあるビルを建てようと考えるけど、産業のない国でそうは考えにくく、来ないように祈ろうということになるのではないか。一度、彼に「世間では大抵リッチな層ほど痩せていて貧困層ほどぶくぶく太っている。」と言ったら、ものすごい勢いでそんなことはないと否定されたことがある。わたしの「世間」とは主に欧米の先進国を思い浮かべていたのだけれど、言葉足らずで、彼は自国を思い浮かべて、貧困層が太っているなどとんでもない、貧困層は餓死しているじゃないかと桁違いの貧困を思い浮かべていたに違いない。土台を同じに考えて彼らのやり方を隅へ追いやることはない。願いはきっとひとつなのだ、そう思い直した。


2007年02月10日(土) 秋までもう少し

週末は決まってマーヴの作るたっぷりとグレインの入ったパンに目玉焼きと沢山の生野菜を挟んだサンドイッチをブランチにして、午後にカフェでケーキをつついて、夕飯はわたしが自分の好きなものを適当に作る。大抵、雑穀やナッツの混じった玄米と味噌汁、ちょこちょこと野菜のおかずといった粗食がベースだけれど、それをマーヴが美味しい、美味しいと言って食べてくれるのはありがたい。天然健康舌を持つ彼は加工肉や白いパンを好まず、野菜がたっぷり入った食事ならば大抵何でも好き。食の嗜好の一致だけで男の人を選ぶことはないけれど、関係が長引くにつれてこの問題は重さを増してくる。BBQにジャンク・フードにビール!ビール!などという生活にだらしなさそうな人はまずタイプではないけれど、付き合ってみてもうまくやれるのは初期のお互いに盲目期間だけに違いない。

食後の腹ごなしにいつもの公園まで歩いて行った。今夏の水不足は例年にも増して深刻なようだ。水の供給を止められた池は乾ききって底がひび割れている。春には水面にプカプカと気持ち良さそうに揺られていた鳥達がその上を困惑したようにてくてくと歩いている。水の煌きを失ってしまうと、どんな力強い緑が周囲にあろうと色褪せて見えてしまう。哀しい気持ちでベンチに座ってぼんやりしていたら小さな鳥がお母さん鳥にひっついてよちよち歩いているのを見つけた。水が枯れてもまだその周辺で命が孵っていることに少し安堵した。雨の降る秋までもう少しの辛抱かな。


2007年02月03日(土) 夏の後

猛暑の週末。朝のアニメにしがみついているわたしの横で、マーヴが言った。
「ねぇ、夏の後には春がくるんだっけ?」
テレビから目を放し彼のほうを振り返るとぼんやりと虚ろな目をしている。暑さにやられてしまったのかと一瞬思ったが、よく考えたら世界中誰もが四季のある所に生まれ育っているわけではないのだ。ここにもはっきりとした四季がないから彼はたまに順番を忘れてしまうらしい。あぁ、この人は春を心待ちにしたり、四季折々の花や行事にわくわくする気持ちを知らないのかと少し残念に思った。

知人が貸してくれたリリー・フランキーの「東京タワー」を読んだ。この人が40歳を過ぎても結婚していないのは、母親に勝るとも劣らない素敵な女性になかなか会えないからに違いないと勝手に想像した。女手ひとつで息子を育てなければならない厳しい経済状況の中、バーゲンでしか身につける物を買ったことがなくとも、三度の食事や日々の生活には決して手を抜く事がないといったようなエレガントな精神を貫いて逝った女性。あぁ、こんな強く美しい女の人になりたいと思った。

夕飯にマーヴがテレビでやってたのを真似たと言って地中海パスタを作ってくれた。ほぐした生のイワシにイタリアン・パセリにケイパーのガーリック風味。料理は苦手と言いながら適当に作るくせにいつも絶品。今日も暑さが吹き飛ぶような美味さだったよ!


Michelina |MAIL