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2007年12月26日(水)

スザンヌ?!

と山本さんがFridayに載るらしいとの話を夕方某所で聞く。

あ、ところで夕方って何時までだ?
私の感覚では9時まではどっか夕方な感じ。
コアな夕方は5時から7時だけど、8時とか9時って夜って言い切るには浅すぎる気がする。
9時を過ぎたら夜。2時を超えたら深夜。4時を過ぎたら未明。
5時から6時までが総長じゃなくて(涙)早朝。7時から11時までが朝って感じかな。
でも、首相の緊急会見とかって12時頃で"未明"ってニュースで行っていた。
何か私の体感と結構ずれてる。もちろんずれてるのは私なわけだが。

話は戻る。
そうそうスザンヌとお泊り愛!とかで山本さんがFridayに載るとか。
いやぁ楽しみだー。

スザンヌかぁ。可愛いよね。割と好き。
けど何処で接点が?良くわからん。全く予想外の人選だ。
相変わらず面白い。仕事選びといい、全く先読みできないところが素敵だ。
明日は即効で立ち読みに行く!

WEBで見る限りFridayではイケメン俳優と書いてくれているらしい。
("くれている"って表現がまずおかしい)
前は若手実力派だったが、最近はイケメンとしてキャラ付けされたのか?

イケメンねぇ。
綺麗な顔だとは思うが、イケメン・・・なのか?
世間の基準がわからん。
イケメンって、なんていうか私の中ではちょっとラテン入った男子(ex.寸を抜きにしての岡田准一とか)
を思うので、それにしては可愛すぎるし、レプリカントっぽすぎるし・・・。
髪型と服装がいつも変だし・・・。

まぁいいや。
年末まで笑わせてくれてありがとう。



2007年12月25日(火)

ボーナスとクリスマスプレゼントと寄付

3つのお題みたいだが、ここ数日考えていたことに題をつけるならばこうなる。
世間のクリスマスシーズンとは全く関係なく、気持ちはかなり沈んでいた。

そーいや、先日の音叉セラピーで施術者に言われた。
「何か、色んなことを考えている感じがしました。
混乱とかぐちゃぐちゃしているというわけじゃなく、嫌な感じじゃないんだけど、
とにかく色々なことをひっきりなしに考えている人だな・・・って思った。」と。

鋭い。確かにそうです。
でも有る意味楽であったりもするんだが。
だって心の真ん中に「これってどーゆーことだろう?」っていうお題を抱えている時って、
心の80%がそれに注力しているから、他の事に振り回されることがなく、落ち着いていられる。
仕事で出社したりした連休だったから、かえって良かったとも言える。
メインの考え事以外は淡々と事務処理としてこなせば良いから。

ようやく気持ちにオチがついたので、まとめて書いてみる。
今回は、発端はある不愉快な感情から。

ボーナスが出たんですよ。
いや、これはいいの。
(額もまだ幾らだか知らないけど、口座に入っているらしい。別に用事も無いので見てもいないが。)

ボーナスが入るとね、ここ最近日本育英会に寄付をしているんだ。
額はわずか3,000円ぽっきり。
半年間働いて無事にボーナスが貰えた事への世間様へのお礼でもあり、次の半年への呼び水でもあり。
そんな気持ちで。

今までって、寄付をするとね。
ちらしというか新聞(さりげないお礼の言葉あり)と次の振込み用紙とを送ってくれた。
今年も寄付すっかーと、そして気づいた。振込用紙貰ってない・・・。
「ふーん。」(← 面白くない)

と咄嗟に思って、そして沈んだ。
私は感謝が欲しかったんだって、あからさまに見えてしまったから。

バザーとかボランティアとかチャリティーとかに対して、微妙に近づきがたいのは、ここの一点にある。
一般に無料、もしくは、格安にて物質や労力やサービスを提供する奉仕活動に対して、
自分の気持ちの回路をどう動かせば良いのか、まだ決められないのだ。

例えばそれは、行う側としても、受け取る側としても。
わかりやすいのは行う側の想像だ。

例えば、Bigissue関連で言うと。
ボランティアで炊き出しをしたとしよう。
材料を自腹きって買って、せっせと調理をし、配膳をして。

その結果「何か味が寝ぼけてね?」とか「悪くは無いけど・・・まぁ普通。」とか言われたら、
自分はどう思うかということ。

悪く言われて気持ちの良い人はいない。けっ!畜生!と思うのはまだ良いんだ。
その上、絶対間違いなく。
「ただで食ってるくせにごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」って思うはずだ。

でもこれって可笑しい。
代金を支払わずに受け取ることと、自分の好みを言うことは全然関係のないことじゃないか。
動機が善意なら、デキがどうであれ黙って有難く受け取れってか?
じゃあさ。
「ただでしてやってるんだから文句言うんじゃない」っていうのならば、逆にお金を払えば何を言ってもよいのか。
お金の多寡と発言の権利は反比例するのか?
それじゃあ札束で顔はたくようなオヤジと一緒だ。

どんな交流でも作用と反作用だと思っている。
商品とお金の交換。←と→で向きが逆。
じゃあチャリティは?と思うと、提供の代償は何なんだろう?

感謝の強制か?褒め言葉と賛美の強要か?
「ありがとう」以外は聞きたくない。
どうして素直に褒め称えないかな。私の高潔な奉仕の精神を。

人の気持ちっていうお金じゃないものを要求しているのならば、それはお金取るよりたちが悪いじゃないか。

あぁイスラムとかヒンドゥーって良く出来ているなぁと、ここで思ったよ。
かの地では、施しを貰うほうは別に感謝なぞしないのだと。
"施し"という徳を積む行為をさせて上げているのだから、礼を言われても良いくらいだと。
皆が思っているか否かは知らないが、考え方としてあるとは聞いている。

この場合、作用と反作用は綺麗に完結する。
施し→に対して、←徳であって、相手が有難く受け取ってくれるか否かに関わらず、常に等価交換が成り立つ。
思考の逃避でもあるけれど、宗教って社会の知恵だね。
余計なループをせず、生産的なことに頭を使えって言うことなんだろうな。


寄付もそうだが、同じ意味でクリスマスプレゼントも苦手だ。
相手の反応を期待して、期待しているだけならいいんだ。
思ったとおりに相手がリアクションしてくれないことに対して、自分ががっかりしたり
(勝手に思い違いをして失望する)腹を立てたり、そんなことをしそうな自分がなー、情けない。

プレゼントを選ぶのに、そこまで気持ちががーっと行ってしまい、かなり暗くなってしまう。
なのでほぼ、気に入っても気に入らなくても時間がたつと消えるお花とか食べ物飲み物を選ぶことがほとんど。


と、まぁこんなことを考えていた。
浮き浮きしながらプレゼントを選んだり、現地でボランティア活動したりする人って、
どう気持ちに落とし前つけているのかを知りたい。
あと、東京に住む身としては、被災者になった時に、どう寄付と善意に反応するか?とかも。
「コンビニのおにぎり、きらい。」とか言っちゃあいけないんだろうな。
善意からお金も取らずにくれてるんだから。でもきらいー・・・・。

話は戻るが。
結局育英会への3,000円の寄付はどうしようか。

するつもりです。
まぁ3,000円くらいだし。一応続けてきているし。

反作用はどうおくかというと、額が額だし、自家発電でなんとかなる。
自己満足ともいう。
”誰かの役に立っている、かもしれないという可能性”と”自分褒め"で、逆ベクトルのエネルギー還流は成り立つ。

ただ問題は。
自家発電によるフィードバックって規模に限りがある。
したがってそんなエネルギー循環をしているかぎり、OUTPUTは一定以上に大きくはならない。

他者からのフィードバックが個人のOUTPUTを育てることができる。
あ、そういうことか。
だから宗教があるんだ。決して揺るがない無形の他者としてとても便利だ。
日本の場合は、和という、まんま世間評価がフィードバックで、そうか"和"が宗教と並列に扱われるのも納得だ。




2007年12月24日(月)

音叉セラピーの2回目と見事な受身のこと

先日、音叉セラピーの2回目を受ける。
一回目がかなり苦しかったので、どーなることかと。
しかし、今回はぼけぼけと発熱にも備えて金曜の夜に予約し、準備は万端。

どっからでもかかってこいやぁー!という気構えで望んだにも関わらず。
ん?あれ?普通に気持ち良いんですけど。

紅茶の海にたぷたぷしている感じ。
そのうち、自分の身体が金星の分厚い雲の中に転送。
霧の中を歩くと身体も霧の色にそまるようなそんな感覚があるでしょう?そんな感じ。
身体の細胞が紅茶色に染まっていく。

なんだかとっても大丈夫な気分になって普通に帰宅。
翌日も翌々日も特にぼけぼけの症状も発熱もなし。

ただし。
たまにリボン、身体の幅くらいある広いリボンが身体を通る。
頭からつま先までうねうねと。
蛇が抜けていく感じ(抜けて行ったことないけど)
それからたまに揺れる。地震か?っつーくらいゆっくりと。

あ、一つだけアクシデントがあった。
翌日。部屋ではでに転んだ。

仰向けに倒れるように足を跳ね上げてずってーん!と。
倒れる瞬間、走馬灯ではないけれど。
危機的状況になると脳が猛スピードで色々と考えるというが、瞬間なのに色々考えた。

「あ、これは後頭部を打つ!」
「腰から落ちるか?でもそれもまずい。尾てい骨を打ったら打ち所が悪いとやばい」
「怪我したら正月のスキーに行けない。今からじゃ100%の返金はされない・・・」(お金のことかよ!)

で、次の瞬間。
フローリングの床の上に座っていた。
左足を伸ばし、右足をひざ立ち。左掌を身体側面に置き床に着け、右手は何とはなしに腹の上。

左手の親指の付け根がめちゃくちゃ痛い。
どうやらそこで着地をしたらしい。
けれど、頭は全く打っていない。尾てい骨、お尻も全然痛くない。

率直にびっくりした。
足を跳ね上げる勢いで転んだのに、なんだこれは?

そして自分の取っている姿勢をまじまじと見て、かなり受けた。

柔道の受身じゃん!
特に山本さんが筑波大で体験柔道した時の受身の一回転をした後の姿勢そのものじゃん!

姿勢から推測するに。
自分はどうやら
��.やばいと思った瞬間半身をひねり
��.左掌で着地。
��.衝撃を肘で吸収しつつ、右ひざを曲げて着地。その後お尻を床に下ろす。
��.左足を伸ばしてバランスを取り、頭を床に打たないように上半身を起こす。

ということをやったようだ。

自分凄い!
考えられない!基本運動神経は切れているのに!

柔道番組のおかげか?(番宣番組から本放送まで見たからなー。ってどんだけ)
前に太極拳の先生が「レッスンを見ているだけでも脳は動くから。」と言っていたが、そうなのかもしれない。

現在、左の二の腕は若干筋肉痛。
手首もちょっといたい。
でも、床に落ちた衝撃でCDが飛ぶ勢いで倒れたのに、これだけの外傷っていうのはまずありえない。
信じられない気持ちでいっぱいだ。

まず、転ぶなって思うが。
まぁ被害が最小限で良かった。
そしてかなり受けた。


2007年12月20日(木)

組!!の話

録画だけしておいて、先週の前編も見ていないんだ。
組!!の話。
連休か年末に心を静めてから、「いざっ!」と見るつもり。

改めて思い出す。2004年の組!本放送時。
史実の新選組に中学校の頃落ちて、三谷幸喜も好き、SMAP好きだったので、初回から見ていた。
が、正直途中展開がくどくて脱落しかけてもいた。
山本土方がかっこよかったのでなんとかついていったくらいだ。

本気で嵌ったのは24話。新見切腹のシーン。
副長ズ&新見の座敷でのシーンで背中に風が走ったのを感触までありありと覚えている。
「これは・・・。ひょっとして私は今とんでもないものを見ているのではないか?」
それが何だかはさっぱりわからないけれど、でも今、何かが生まれようとしている、と思った。
新しいTVドラマが新しい役者たちが、今までのものとは違う新たな世界が、
ここに作られつつある・・・って、そう思った。

形になるのは今じゃないかもしれない。
でも、いつかきっと、何年後か何十年後かわからないけれど、
きっとここが分岐点もしくは、出発点、いや、出発にも至っていない、いわゆる原点と、
言われる時がきっとくる。ってそう思った。

それまでは流し見していた回もあったが、この回以降は本気で神経張って見るようになった。
テレビドラマを楽しむというよりは、気合入れて受け取るという体制。
見たらHDDから消していた録画Vも24話以降はディスクに焼くようになった。
(結局DVD-BOXを購入したのでディスクは廃棄にいたったが)

話自体も24話以降展開が急で、まさにドはまり状態になっていく。
11月〜12月は、もう気持ちの8割は組!で占められていて、後の2割で日常生活をこなす、そんな日々だった。
組!!が決まった時の舞い上がりも覚えている。5月25日。(←日付まで覚えてる)
本放送までのどきどきと、終わった後の浮力が増したような妙に風通しの良い気持ちとかも。
手で触れそうにリアルに思い出せる。

組!組!!のことになると話が止まらない。
本当にこの作品に出会えたことには、誰に対して言ったら良いのかわからないが、
感謝以外言葉がみつからない。

組!組!!が無ければ、他の何かに対して好きになる、はまることが出来たかもしれない。
もしかしたらそっちの方がより楽しい時間が過ごせたのかもしれない。

可能性あるし、今となっては検証も出来ない。
パラレルワールドを俯瞰で観察できない限り、選ばなかった選択肢のその後の展開は見ることは出来ない。

それでも、なお、私は組!を好きでよかったと思うよ。


2007年12月17日(月)

近頃

何のポリシーもなくつらつらと。

・先週はずっとだるだるだった。(ってここんとこ激烈な悪化もないけれど、イマイチが多いな)

・HDDの整理をした。アド街で、ゲストのオヤジ連が(クリス松村だけでなく)妙にとろけた笑顔で
山本さんをいじっている気がしたのは気のせいか?

・あっという間に12月なんだなーとか。SMAPの表紙のTV雑誌が並ぶ季節。
これっていつ頃からだったろう?今年はどこのを買おうか。

・何だかんだ言って、音叉セラピーにまた行くんだ。予約しちゃった。

・組!!は録画したけど、まだ見れてない。何か気構えが要るって言うか。
身を潔斎してからじゃないと・・・とかそんな気分になる。
やっぱり、組!!(組!もだけど)は別格だ。

・ウルフのキャスター通信でも組!組!!と書いてあって笑った。

・『川上音二郎一座』見に行ったよ!
面白かった。山南さんのダンダラは組!FANへのサービスショットなんだろうなきっと。
練り上げとか緻密な構造美はなかったが、とても楽しい娯楽作品でした。満足。

・そしてシアタークリエ。
評判に違わぬだめっぷり。座席幅は狭いなりにまだ許容範囲。
壁際までみっしり配置された座席もまぁ土地代も高いことだ。広い心で受け入れる。
廊下のようなロビーと人がすれ違えないトイレの廊下も、まだ許せる。
最悪なのは天井が低く狭い階段。これは危ないでしょう。
何かあったら絶対避難なんか出来ないぞ。違法建築じゃないんだろうけれど。
すごく違法建築っぽいデザインに仕上がっている。
座席も許容範囲とは言ったけど、まぁすし詰め感は否めない。
今回のは出し物も大衆演劇だったからその雰囲気も良かったけど。
とてもじゃないけど銀座で優雅な観劇という劇場ではない。
色塗りなおして、暗黒舞踏用かテントっぽくしたほうが良いのではと思う。


『放浪記』の舞台が楽しみだ。
年齢層の高い観客があの階段を登れるのか?!


2007年12月16日(日)

資本主義の次

青森在住のとある医療関係者おそらくは医者の、ブログを好きで読んでいる。
(知り合いが、組!関係のことが載っているー!とリンクを送ってくれて、彼女のブログを知った。)

先日、そこにメディアで抽象的に取り上げられている、
『医療現場の崩壊』についての、現場のリアルな事象が書かれていた。
めちゃくちゃな過重労働で意識朦朧状態で勤務をこなしている毎日らしい。
そーいや、この間読んだ『チーム・バチスタの栄光』にもそんな話が書いてあった。


何なんだろう?
医者の数が足りないのか?
では国が医者をがんがん増やして、医療費の予算を無尽蔵に積み上げれば良いのか?
でも、歯医者は余りまくって、初期の設備投資の借金が返せず自己破産のケースも増えていると聞く。

健康診断や検査や治療が病気を増やしていると、言っている人もいる。
確かに検診受けようキャンペーンってどっかうさんくさい。
"乳がん患者が増えています。乳がん検診を受けよう!"というピンクリボン運動にも、なんか素直にのれない。

「なぜ、乳がん患者がそんなに増えているか?」の原因について、追求しないまま、
発見&治療にFOCUSする対応に納得行かない。
患者が増えているならば、治療も良いけどさ、減らす策を考えろよと思う。

乳製品の摂取過多や、食肉に含まれる成長ホルモンについてお知らせするとか。
(前にグラビアアイドルがテレビで、鶏肉を食べると胸が大きくなるって言っていた。
コンビニやファミレスの鶏肉は、良くて成長ホルモン、悪い場合は
それは排卵を促進するためにホルモン剤与えられ続けていた雌鳥の成れの果てである可能性が高いんじゃん?
ホントに胸が大きくなっちゃうんだーと、知ることが出来て興味深かったが(所詮は人事)、かなりやばいよね。)

食べ物以外でも、シャンプーとか生理用品なんつーのも怪しい。
まぁ業界団体とかあって言えないんだろうけれど。
(利益と人命を計りにかける。うーん。まぁ利益を取るんでしょうね)

薬害も含めて。患者増やして、医者が足りないって、それ、どこまで増やせば終わりがくるのか、わかんない。

終わりがわかんないのは生産と消費の関係も同じ。
製品を安く作るために、人件費を抑えて。
で、給料が安いので、より安い製品を求めて買う。ないしは買わない、買えない・・・。
ってウロボロスの蛇ですがな。

ものを効率的に大量に作って、売るのが産業革命であり、資本主義ならば、
それは買う人がいなきゃなりたたない。つまり市場が不可欠。
でも、もうそんなにモノ要らない。持ってるから。
ないしは買う金がどこにある?
供給が過剰であることを知りつつも、サイクルを止められず、価格を下げることで延命しているだけのような気がする。

医療については。
需要(つまり病人)を作りすぎて、供給(医者)が追いつかず。
かといって充分な供給するだけの資本がない、という状況かと。

何か。
どっちにしても。最早先はないような気がする。暴発以外に。
ふっとばされた後に何が残るかだけど。

物の本には資本主義を超える、仏教経済の世界とか書いてあったりもするけれど。
どうも想像力がないみたいで、お金以外の基準軸の想像が出来ない。

どーなるんだろうね。
とりあえず。病院には出来るだけ近づかず。
かつ、モノを買うときには、出来るだけ作っている人の思いが見えそうなものを選ぶ。
そんなことを心がけて、何かが見えてくるいつか(が来るのならば)までの日を過ごそうと思う。


2007年12月10日(月)

そして早速怒る

あ"−−−−−−−−!
もう、ベランダから飛び降りちゃいたい気分。

昨日あんなこと書いておいて、しかも太字で!
今日いきなり、凄く感じ悪く怒って対応しちまったいっ!

もーーーーっ!だめだめだ。
人としてなってない。ベッドの中でじたばたしちゃう。

何なんだろう。自分のこの子供子供した振る舞いって。
見ちゃいられんよ。まじで。

何をどーすればどーにかなるのだろう?って、
自動販売機でジュース買うみたいに対応を即物的に求めすぎ?
では、毎日座禅でも組みますか?
けっ!やらねーよっ!(うー。完全やさぐれてる。)

「よし。これだけ反省すればいいだろう。」
って川原泉の漫画のセリフなんだけど。
それは彼女の思考回路なのか理想像なのか知りたいな。

とりあえず。
延々のたうっていてもせんないので、「これだけ反省したから。もういい!」って思うことにする。

今日は髪の毛がごっそり抜ける夢を見た。
真ん中のわけめが綺麗にはげになってんの。

疲れてんのかな。
まぁそうだろうな。



2007年12月09日(日)

怒らない、否定しない、自分というものをはっきり表現出来る。

嘉納杯ワールドグランプリの3日間。
(まだ今日のはほとんど見ていないけれど。)

柔道。案外に楽しませて貰いました。
ポイント制とか駆け引きとか相手に合わせての戦術の変化とかは、
未だに良くわからないけれど、
目指すもの手に入れたいものに向かう姿勢にはパワーを貰えたように思います。

しかし、スター選手だけを取り上げての宣伝ってどーなんでしょう。
何度も同じVを流すし。しかも実家が"まぐろ漁師"って、イメージ映像まで使ってことさら取り上げることか?
本人より実家の家業に時間を割いて伝えるって、本人にも失礼なような。

しかも、始まってみたら取り上げた選手がほぼこないという展開。
それが日本選手の層の厚さと言えない事もないが、2日目までの金メダリストって、
事前番宣では誰のインタビューも取ってないし、ほぼ選手紹介も無かったよね。

futureする人選はプロデューサー?協会?
読みが浅いっつーか。
競馬の予想屋だったら廃業ものですな。

山本さんのキャスターぶりは。
3日間。日ごとの進化が見られてそれはとても興味深かった。
日替わり衣装も楽しめたし、番宣番組への出演も多く、中々ごちそうさまなお仕事でした。
HDDがぐちゃぐちゃだ。整理しないと。


今日の題名は。
TV東京でやっていたミニ番組で本日山本さんが話していた男の理想像の3つの条件から頂いた。

・・・深い。

我が身を振り返って、ため息ついて反省です。
OPEN MINDも含め彼には教えられることが多いな。感謝。
彼に。彼を知ることが出来たことに。

っつーか。
もしかすると、今までも同じことを私に伝えようとした人は他にも居たかもしれない。
受け取らなかっただけで。

たまたま今はこっちが受け取る体制でいて、
かつ、現在のところ山本さん関連情報のINPUT量が情報総量に比して相対的に多いので、彼から受け取っているように感じているだけかも知れない。

まぁ入り口はなんでもいいや。
心して。

怒らない、否定しない、自分というものをはっきり表現出来る。
それからOPEN MINDと。

おおよそすぐ忘れてしまうんだろうけれど。
思い出したときだけでも。
ちょっとやってみる。


あ、最後に全然違う話。
癒しの7弦バイオリンのこと。

コンサートについては、前にも書いたけど、『"のり"が合わない、それから、電子楽器はイマイチ好きじゃない』
って感想。それは今でも変わってない。

でも、もしかして来年機会があったらまた行ってみるかも。

だって変なんだもん。
聞こえるか聞こえないかの音にしてだけど、CDをオートリピしまくり。
寝る時もだよ。流しっぱにして寝るとね、普通、音楽流していると寝にくいと思うでしょ。
それがふわーっと寝られる。
私は身体にひきづられるタイプなので、身体がイヤなことは出来ない。
好みとか思考を超えて、身体は結構気に入っているみたいなんだ。

部屋で何かしている時、例えば今とかも流しっぱ。
TVを見ている時も流しっぱ。
(音は寝ている時と同じく凄く小さくしてるんで、TV普通に見てるとほぼ聞こえない。)

うーん・・・どんなもんなんでしょう。




2007年12月03日(月)

音叉セラピーの感想

時間はおよそ1時間くらいかな。
最初の半分がうつぶせでその後仰向け。

で、周りで音叉をカンカンと鳴らすという、それだけ。(それを言っちゃあ(笑))

音の感じはハーモニーベルとはちょっと感じが違う。
倍音っつーのかな?
濁りとも取れるし、はまりが悪いとも言えるし・・・。
主役たる一つの音がまず、音程に嵌らず、かつ、後ろに違う音階の音をいくつか引き連れているって感じ。

ハーモニーベルでは初回からがん寝。一度たりとも寝なかった回は無かったが、
今回は全く眠れなかった。
頭が冴えるでもないんだけど、なんか眠気はないんだよね。

苦しかったからかもしれん。
内臓が雑巾しぼるみたいにねじくれるし、歯磨きチューブみたいに絞られるし。
そんな腹抱えてりゃ眠れませんわな。
あと、怖かったっつーのもある。

それはセッションの開始からまもなくのこと。
右肩に掌を感じた。「あーマッサージもついているんだー。」と普通に思っている間に。
ベルの音はどんどん足のほうに移動していく。
「長い手だなー。って長すぎ?ありえねー。ってこの手は誰よ?!」

うつぶせなんで見えない。
でも落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、改めて右肩に神経を向ける。さぁ何が有る?

やっぱり、"手"なんですよ。
暖かいし、確実に掌の形だし、擦ってるし。
顔上げちゃおうかな・・と思ったけれど、そこで妙なものと目があっても怖いので止めました。
手の感覚はかなり長く続き、その後なーんとなく薄くなり消えていきました。

仰向けになってからは、鼻腔っていうのか?鼻の奥、口と繋がっている空間。
そこをパイプ洗浄されてるみたいに圧力掛かって、水泳しているみたいに痛かった。


という感じで、お仕舞い。
湯あたりしたみたいにぼーっとなった。気持ちよさはほぼ皆無。すっきり感なし。

翌日は輪をかけてぼけぼけ。
電車に乗れば乗り過ごし、エレベーターに乗れば降り忘れ、歩けば迷うし、
塩胡椒と間違えてサラダに七味掛けちゃうし。

とにかく注意力が散逸していて、戻ってこない。

身体もどっか心もとなし。
外界との境界線である皮膚が普段は万里の長城みたいに明確な遮蔽なんだけど、
音叉セラピーの翌日は、うーん。例えるならばあたかも木星と火星との間の小惑星帯のように。
ラインちゃあラインなんだけど、可変流動的ですかすかな感じ。

どこまでが自分だかわからん状態。
何でも入ってきちゃいそうで、どっか不安だった。
まぁ、入ってもスルーして出しちゃえばいいが・・・とは思いつつも、
そのあまりの無防備さには、落ち着かないムズムズを覚えた。

で、昨日も書いたが、その翌日、つまり音叉の翌々日には熱が出て、
風邪の症状もなく、別に動けないほど具合が悪いというものでもなかったのだけれど、
ぼけぼけで何するかわからなかったのと、裸の赤子のように何の防御壁も持たないで外に出るのが、
何処と無く怖かったのもあり、一日ベッドで寝ていた。これがまた良く寝られたんだ。

日中は熱は測るたびに上がる。と言ってもMAX37.5だから大したこと無いが。
夕方にはすーっと下がって、後はおおよそ普通。


さぁ、音叉セラピー。これからどーしましょうかね。
今まで通っていたところが、ハーモニーベルやらなくなっちゃったから。
これはこれでマッサージ・エステ感覚で好きだったんだけどな。
気持ち良いし、寝られるし。

音叉は今回は辛かったからねー。
あと料金もぶっちゃけ高いし。気軽に身体メンテナンスとして掛けられる金額を超えてる。

うーん。。。考えどころ。
他にハーモニーベルをやってくれるとこ探すかなーという気持ちもある。
でも、辛さの詳細(どこがどのくらい痛いのかとか、それが時間軸に対してどう変化していくのか?)を、
もうちょっと突き詰めて知りたい気持ちも有る。
現状の調査と原因解明みたいな。

12月はお試し価格っつーんで、12月中にもう一回やってみて、その後の展開はそれから考えようっていうのが、
今ん所の気持ち。



alain

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