俳優ユースケ・サンタマリア氏を個人的趣味で鑑賞...いえもと(改名しました)

こちらでは、ユースケ氏の出演作品の中から、後世に残したいとまで気に入った作品&ここまでこのドラマを食い入るように観てるのって私だけだろうと思ったドラマを、筆者が勝手に必要以上に評価させて頂いています。ネタバレ有です。
ドラマのあらすじを知りたくない方にはお勧めできません。
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目次
 

 

「愛と青春の宝塚〜恋よりも生命よりも〜」フジテレビ エリを静かに思い続けた清志 - 2005年10月28日(金)

「愛と青春の宝塚〜恋よりも生命よりも〜」フジテレビ 2002年正月スペシャル

第二次世界大戦前後の日本。歌劇の世界に青春を生きる「タカラジェンヌ」達。
彼女達それぞれが、自分の生きる場所を模索。
秘めた恋とか、短い命とか。戦争が翻弄する出会いと別れ。宝塚を通して、自分には何ができるか・何を守りたいのか、悩んでは一皮むけていく女達男達。

アネゴ肌で、無邪気で、自分がトップであり続けたい、負けず嫌いなリュータン。彼女が思いを寄せている、演出家の景山航。航に助けられて宝塚の世界に飛び込んだタッチーもまた、航を密かに慕いつつ、宝塚に対してはどこか、自分の本当の居場所だと思えないでいた。同期のベニ、エリ、トモ。
なぜか生き急ぐように激しく稽古に精進し、貪欲に役をつかむトモには死の影が迫る。短い命を舞台で燃焼させて逝く。
タッチーは満州で出会った海軍士官の速水と互いに惹かれていく。しかし速水は戦地に散ってしまう。彼との約束「生きて舞台に立つ」ことを全うし、やがてトップスターに。
リュータンは空襲で逃げ遅れたタッチーを助け、そのときに負った火傷で宝塚退団することになる。トップの座を失った彼女を待っていたのは航のプロポーズ。

タカラジェンヌ達はそれぞれ、何か大切なものを失ったり、その代わりに何か大切なものを手に入れたり、運命の中で、心を忘れずに懸命に生きていた。
人って、何もかも手に入れることは無理でも、何かひとつ、大事な宝物のために、ここまで真剣に生きられたら、幸せだろうな。

女も男もみんなそれぞれに輝いていて、可愛い人物達。どの役にも、キャストがすごくピッタリはまっていた。

そしてユースケ氏はここでは、バラエティで見せるような可笑しなハイテンションは抑えて、ちょっと気弱な、純朴な若者を演じている。

音楽学校時代からずっと見守ってきた男役スターのエリに、一途に恋心を寄せる貧乏な画家。それが清志。
芸術や女性に関しては、静かなこだわりを持っていそうだ。

そんな清志を初めは全然相手にしてなかったエリ。サルトルとボーヴォワールのような男女対等の理想の関係に憧れている。
けれど清志の絵のモデルを引き受け、自分の才能と魅力についてを清志に語らせるうちに、エリはだんだん心を開いていく。
「あたしのどこが好き?」何度も確かめるエリ。
「いつも同じこと平気で聞くところ」「ツンとした顔も綺麗なところ」・・・・・「負けず嫌いなところ」「縁談があっても見向きもしないところ」などなど、答える清志の、エリを見る目は、半ばあきれたようで、でも優しい。エリの命令口調も可愛いとさえ思っているように。彼にとっては、エリの舞台での魅力もさることながら、エリの人としての持ち味そのものがすべて好ましいようだ。
しかしエリはなかなか満足しない。宝塚でスターになって沢山の人々から賞賛を浴びたいし、お金だって名声だって欲しいし、それなのに
目の前の、清志というただの一人の男とのつつましい暮らしを幸せと思えるのか?エリの理想とは一見、程遠い男。

そのことを清志もわかりきっていて、でもなお、結婚しようと彼女に言ってしまう。
「あたしは自立する女よ。嫁にするなんて失礼よ!」「嫁にするなんて言ってないよ、結婚しようていったんだ。・・・宝塚じゃなくても女優はできるよ。サルマタとボンオドリみたいに対等に生きられるよ」
結婚はできない、とエリは答える。
「地位も名誉も金もないし、いつ召集令状が来るかもしれない男に、エリちゃんの人生は、賭けられないよな。わかってるのに、なんで言っちゃったのかな」
エリの気の強さ、プライドの高さ、彼女の個性をこよなく愛して尊重しているゆえに、
そんな彼女に自分がふさわしいのか?悩みつつも、清志は誠実に、エリだけを思っている。
この謙虚な、ひたすらな風情。目を伏せ気味に、抑えたマイルドな表情に、そんな清志の人柄がよく表れていて、
もう「ユースケ・サンタマリア」だということをすっかり忘れて観てしまった。

エリは宝塚スターの夢を捨てられない。それに何よりも、彼はもうすぐ兵隊にとられて死ぬかもしれない。そんな男をこれ以上好きになっていいものか?
「今度こそ姿を消して。逢うと辛いから。また絵描いて欲しくなっちゃうから!」清志の描いたエリの肖像をひったくるようにもらって、泣きながら走り去ったエリ。そんな彼女の後姿を、困ったように切なく見送る清志。

清志に召集令状が来て出征の日、駆けつけた駅で思わず叫ぶエリ「死んだら許さんけんね!」清志も「死にませんから!」
しかし、後日エリのもとに届いた知らせは、清志が船から落ちて、サメのいる海に沈んで死んだというものだった。

悲嘆にくれるエリ。でも清志はどうやら奇跡的に生きていた。エリはとうとう、清志の中にこそ本当の愛と幸せを見出す。舞台での賞賛とか、名声とか、それよりも、もっと彼が大事なんだと気づく。
片脚を失って、より一層エリの前に現れることができなくなっていた清志に、今度はエリのほうから飛び込んでいった。
ここでのエリ・米倉涼子も素敵だ。何かを超えて吹っ切って何かを選び取る時の人の姿って、心を打つ。
「あなたがいてくれたら、何も要らない。父も、母も、兄も、お金も、この国も」「・・・宝塚は?」「要らない。」「・・・あたしがあなたの脚になる。だからあなたは、あたしについて来なさい!」きっぱり言い切るエリ。
そんなエリの変わりように驚きを隠せない清志の表情も、どこかとぼけていてユーモラスでありながら、諦めが喜びに変わる幸せの極限に達している様子が、涙を誘う。
本当はエリはもっと前から清志のことを好きだったに違いないのに、そこにあまり気づいていなかった、そういう抜けてるところが、清志の持ち味だし、そういう味を出すのがユースケ氏は上手だ。
「エリちゃん」と呼んでいたのに、途中から「エリが必要だよ。」とさりげなく呼び捨てに変わっていた。子供のような泣き顔だったユースケ氏の表情が、このときの一瞬、男らしいしっかりした顔と口調になってから、またみるみる八の字眉に戻るあたり、いい演技だった。

エリは親から勘当されても清志と一緒になり、二人はその後ずっとおしどり夫婦で暮らしていくが、阪神淡路大震災で寄り添うように一緒に天に召されてしまうのだった。
(そのシーンの年寄りメイクもなかなか上品で、こんなふうに死ぬまでお互いを大事にして夫婦で一緒に逝くのもいいなって思う)

華々しいことは何もないけれど、静かに燃え続ける、小さいけれど確かな炎だったなあ、という印象。
ユースケ氏のこんな役もなかなか良かったですよ。



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「あなたの隣に誰かいる」フジテレビ 腑に落ちぬ点もあれど貴重な絵の宝庫 - 2005年10月25日(火)

「あなたの隣に誰かいる」フジテレビ 2003年秋〜冬 これは放送時に全て録画して鑑賞。

こないだの10月7日の「ホームドラマ!」に関する記事の中にも少し書いたけれど、この「あなたの・・・」には ストーリー上、ちとひっかかる所が多い。
※欧太郎の、琴音との不倫について、梓はあまりにあっさりしすぎていないか。欧太郎はそんな自分をかなり棚に上げてないか。後半で夫婦の絆が深まる展開なだけに、ちょっとその辺が惜しい。
※欧太郎の母・志摩子が、鈴のためにと育児に口出しする、その信念が一貫していない気がする。あれでは梓を追い詰めるのが目的なのか孫可愛さゆえなのかはっきりしない。
※地域住民の迷惑な行動のほとんどはストーリー上の狙いがよくわからない。視聴者を怖がらせたかったから入れたんじゃないかというのもある。
※数馬は以前に子供のころの梓を黒鳥居に連れて行ったことがあるのなら、なぜその後何年も梓を放っておいたのか。あんなに鬼神出没な割に間が抜けている。わざわざ他の男と結婚するのを待っていたとしたら、なぜそんなリスキーなことをするのか。
※鈴が監禁されている間にせっかく地下から草間たちが現れたのに、欧太郎たちは、筆談でもいいから助けを求めたりできないのだろうか。そもそも、あの地下から数馬が逃げることが可能なら、外に警察がいなくなるのを待っている必然性が無い。

など、挙げればきりがない。それを考えると、この作品に対する思い入れが半減してしまう。これはキャスティングとは関係ないことだけれど。
しかし、このドラマに関しては、私はそれを気にしないで観ることにした。
ホラーっぽいサスペンスなのに、子育て中の親ならではの生活感がこんなにいっぱいのドラマって、珍しいし。異色だ。
主婦・母親にはおなじみの、「うん、あるある」と思わずうなずいてしまうような悩み。野菜の共同購入を断って気まずいだとか、幼稚園ママのグループ対立だとか、リアルだ。梓が夫と別れる覚悟を決めて家を出る前日に、掃除をしまくり、クリーニング屋さんに行っておき、料理レシピを作り、心置きなく家事をやっておくなんて、わかるわかる。泣かせるよ。
まわりが妖怪じみているほど、梓や欧太郎や鈴の平凡な毎日が可愛らしく、普通の幸せの有難味を感じさせる。
梓と欧太郎が、それぞれ心の隙間に浮気などしてしまったり、ご近所や姑との行き違いなど多々ありながら、最後はいろいろ乗り切って成長し、お互いを理解し、力を合わせて家族の幸せを取り戻すその過程、そこにこそ、このドラマの主題があるのだろう。

そしてユースケ氏のファンとしても、ここは貴重な場面のオンパレードだから。ウチの旦那さん的な親しみのある、欧太郎のこれらのバラエティに富んだシーンを見逃しては大損失だろう。

☆妻との明るいキスシーン&ベッドシーン ☆不倫相手とのベッドシーンでオッパイにつぶされる ☆娘とのほのぼの入浴シーン ☆隣の奥さんに誘惑されて慌てるシーン ☆嫁姑のいざこざに巻き込まれ困るところ ☆不倫相手のおねだりに戸惑いながら断ろうとする ☆殺人現場の後始末をさせられる ☆妻の陰口を言う近所の奥さん方に啖呵をきる ☆娘や妻と遊園地で良きパパの顔 ☆ちょっとあぶない人たちにボコボコにやられた図 ☆妻の浮気告白にキレて聞く耳もたないシーン ☆人生を食べ物に喩えて妻を励ます ☆妻の浮気現場を押さえてしまって泣きながら逃亡 ☆そんな妻の顔がまともに見られないで一人でアイロンをかけつつ娘の手前普通にふるまう ☆もう許してもいいかなという気分で、妻の顔は見ずに「おやすみ」と口をきく ☆娘と一緒にアップルパイを作ろうと悪戦苦闘する ☆妻を奪った裏切り者の隣人に対してみせる憎悪の表情 ☆鈴は俺の子だーっ!て叫ぶところ ☆妻の友人のたくらみで薬を盛られて死にそうな病床のシーン ☆自分の娘を愛せなくなりそうなときのこわばった表情 ☆娘のビデオアルバムを観て涙ぐむ顔 ☆自分は傷ついても家族を必死で守ろうと、体当たりで蟲の男と戦い抜く、後半の数々の男気のあるシーン

つまり、見所満載百貨店である。夫の顔、父親の顔、息子の顔、会社人間の顔、男としての顔、情けない顔、後ろめたい顔、振られた顔、意外とイイとこあるじゃないという顔、勇者の顔、優しい顔、等など、ここでは何でもいろいろ取り揃えてございますね・・・。

☆中でも特にお勧めシーンとして、私はまず第9話の、ソファに梓と座って話すシーンを挙げたい。
二階の部屋に鈴が数馬の人質に取られている状態。一階の居間のソファで梓が「人間じゃない。あの男は死なないのよ。どうしよう、私たちみんな、殺される!もう逃げられないの!」と恐怖感一杯に訴えたときの、欧太郎の態度のひとつひとつ。
自分も不安なのに、なんとか妻を安心させて包み込むような、勇気を消さないようにと懸命な様子。 梓に対する愛情がもう揺るぎない段階だと感じさせられる。
「(梓を抱き寄せて撫でながら)落ち着け、落ち着くんだよ。」(私、呪われてるのよ。私が、鈴をあんな目に・・・)「それは違う。見ろ、(家族で笑っている写真を手渡して)ここに写ってるのが本当の俺たちだ。絶対ここに帰るんだ。おまえと鈴は、俺が絶対守る。(梓の髪を撫でて少し笑ってみせる)また、遊園地に行こうな。(そして立ち上がり、数馬と鈴のいる二階をしっかり見据えるように視線を上げる)」俺は蟲姫物語なんか絶対に信じないぞ、家族は絶対俺が守るぞ、と、目がものすごく言ってるシーン。
そして、
☆次にお勧めなのは最終回、森の中での格闘。斧を振り下ろしてくる数馬に、足に大怪我しながらもタックルし、梓と鈴を逃がそうと必死な欧太郎。このとき欧太郎は何の武器ももってないし、怪我してるし、腕力でもそうとう数馬にかなう訳がない。そして相手は不死身の妖怪。明らかに無茶だし、殺されるに決まっているのだけれど、愛ゆえに「死んでも離さない」という強い思いが奇跡を呼ぶ。そしてこんな底力を発揮するときユースケ氏は逆八の字の眉なのだ。普段八の字眉だからこその、逆八バンザイ!VIVA逆八!である。

そして何もかもが欧太郎と対照的な、この世のものでない蟲の男・数馬(=駿介)、これを演じた北村一輝も凄かった・・・。
家宝にしようとまではいかないけれど、ある意味で手放せない作品、それがこのドラマだ。




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「川、いつか海へ〜6つの愛の物語」NHK その2「困ったさん眉毛」の慎平が多実と最後に流れ着いたところ - 2005年10月20日(木)

ガラスの浮き球が、水源の泉から流れ出し、第2、3、4話とそれぞれドラマを紡ぎ、
1年が過ぎて、再び多実と慎平の前に現れるのが、このドラマの第5話。
慎平の心の中で、多実への思いも、細かった川幅が次第に広がるように、大きくなっていったらしい。

その2 離婚から1年、多実と慎平の旅のゆくえ

芝草の専門家となって、サッカースタジアムで生き生きと働く多実の前に、久しぶりに慎平が現れた。
元気そうに振舞っているけれど、どこか様子がおかしい慎平。
多実には隠しているけれど、彼はこの1年、愛人にも振られ、会社経営も失敗して、大変なことになってしまっていた。
既に沢山の人を騙し、それでももう、あとは死ぬしかない、自分に掛けられた生命保険で借金を返さなければならない、そんなところまできた慎平。
そんな彼を支えているのは、あの水源への旅での多実との思い出。皮肉にも、離婚のときに生まれた多実への新たな思い。
それを多実には最後まで隠して、独りで死ぬつもりでいる、彼の精一杯の、ぎりぎりの思いやりというか、プライドというか、尊厳が、泣ける。

愛人の色香とお金に、つい、迷ってしまった。詐欺という犯罪行為に、つい、手を染めてしまった。
そんな、悪い人ではないけれど「つい、○○してしまう」ような、愚かで、弱い人。
一見、乗ってるようで、調子良いふりで、でも、哀しいくらい弱い、でも、情はある、でも、迷い多き凡夫。
そんな男を演じさせたら、やっぱりユースケ氏はうまいし、可愛い。

そこには、あの「困ったさんの眉毛」が効いている。
その下の目尻はクールなので、バランスがいい。
どんなときでもホームポジションが八の字の眉毛が強力だ。
真剣な場面ではそれが逆八気味になってコントラストが一層際立つし、常日頃から、どこか哀しそうだ。「かなし」いのは古語では「可愛い」「いとおしい」と同義だ。
ユースケ氏は眉毛に高額保険をかけるべきだ。
更に、左右非対称な鼻の形も、なにかしら危うい感じを醸し出している。どこか、既に誰かに殴られているような雰囲気だと言ってもいい。
だから表情が、なんとなく深い。

多実とふたりきりで船の上、おそらく人生最後の覚悟で、多実との結婚生活の思い出を反芻する慎平の、顔は笑っていてもさりげなく秘めている悲壮感。
多実の寝姿をみつめてから、携帯電話をそっと海に沈めながら、自分の死ぬ姿を想像するときの、逃げ場の無い感じの目。
別れ際にそのただならぬ決心を多実に問い詰められて彼女に告げる。
「俺、おまえだけじゃなくて、いろんな人を、騙しちゃった・・・・。だから、こんな男、おまえの手で捨ててやれ。」
無理に笑いながら、半ば泣きそうな慎平。ダメな男ながら、せめて精一杯、多実の幸せを願いつつ消え行こうとする様子。
それが、すごく、憎めなく、いとおしい感じがする。
普通なら、こんな借金まみれでヤミ金やら警察やらに追われているような男に、女が救いの手をさしのべるなど、余程のことだ。
でも、あの浮き球が、慎平の心に生まれていた一滴の愛を育て上げて、奇跡を起こしたのか。
それが多実の心の、隠れた愛の力を、引き出してしまったのか。それはもう、愛することに臆病だったあの多実じゃない。何か超えてしまった。
お互いに相手のことが大事だということを、夜の船の上でも、いやもっと前から、本当は気づいていた二人。
そして多実の母。娘が心の底で好きなのはやっぱり慎平だと見抜いていた母。娘が惚れた男を助けるために家を売ろうと決める母。
浮き球の前で彼ら彼女らの心の底力が素直に発揮される。どんな濁りもそのまんまで受け入れてしまう、ワンランクスケールが大きい愛として。
その包容力はやはり、うーん、「母なる海」と言いたくなる。

その後、浮き球は第6話で、母・遼子と父・司郎の思いをのせて、海に還り、流れ流れてカナダの森へ。森は海を育み、海からまた森へ、命がめぐる・・・。
NHK50周年記念だけあって、壮大なドラマ。これならDVD買ってもいい。(と思いつつ、お金のやりくり都合でまだ手に入らないのです。何度もレンタルするくらいなら買ったほうがいいんだけれど)








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「川、いつか海へ〜6つの愛の物語」NHK その1 水源で生まれた、始まりの一滴 - 2005年10月19日(水)

「川、いつか海へ〜6つの愛の物語」NHK 2003年12月 オムニバスドラマ

その1 始まりの一滴のようにかすかな思い

「一本の川は、人間の一生に喩えられる。・・・」森本レオの静かなナレーションに、思わず瞑想したくなる。
そう、確かに川は、一滴の水として山奥深くに生まれ、豊かな森に育まれ、険しい岩間やのどかな野山を、時には激しく時にはやさしく潤しながら、糸のように細かった流れもいつしか流れ流れて大河となって。最後には、全ての命の母なる海とひとつになり、そしてまたいつか大気を漂って、しずくとなって降りて来て、新たな川の命を始める循環。気が遠くなりそうな大自然の営み。森と海は川を通してしっかりつながれている・・・ああホントに気が遠くなってきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。
人間もまた、数十年かけて、いや何世代もかけて、こんな川のめぐりにも似た人生を生きていくのだった。
一滴の無垢な清水も、長い人生の間には、裏切ったり偽ったりと色んな濁りを抱え込むけれど、最後はそんな弱さも何もかも受け容れる大きな愛に一体化してくんだなあー。そういうのいいなあ。

森の男・司郎(森本レオ)は海の女・遼子(浅丘ルリ子)と出会った。一緒に海で生きていく決心をした。二人で作った青いガラスの浮き球の中には、そんな両親の愛が詰まってる。
しかし嵐の海で無くなった父、彼を死なせてしまった罪悪感に苛まれる母。そんな両親の姿は、いつしか娘・多実(深津絵里)にも影を落とし、多実は人を深く愛することをどこかで恐れるようになっていた。
第1話。
多実の夫だった慎平(ユースケ・サンタマリア)との、「離婚旅行」の目的地は、山の奥の水源地。密かに持ってきた荷物の中には、青い浮き球。
大切な浮き球を、父の故郷である森に還したいと、ずっと思っていた多実。本当は、好きな人と来るはずだった。


浮き球には、人の心の扉を開く何かの不思議な力が宿っているらしい。人を素直にさせる何か。
ここで多実は慎平に、心に大切に秘めていた浮き球のこと、両親の秘密を話す。そして、彼の前で初めて、「涙」を見せる。
浮気をしたのは夫のほう。でも実は彼女が彼を本当は愛していなかった、愛する努力をしなかった、愛を恐れていた。心をさらけ出していなかった。そのことに気づいた多実。
彼女の心の奥を初めて垣間見た彼は、彼女と一緒に浮き球を水源の泉に浮かべたいと思った。そのとき彼の心の奥にも何かの思いが一滴、生まれたに違いない。

いかにも薄っぺらな感じだった慎平の表情が、ふと、瞬間に見せた、多実に対する、今までになかったような、ある思い。これから離婚しようというときに、妻の心に触れて・・・。
多実がヤケになって捨てた浮き球を、こんどは慎平が、懸命に拾い、多実に手渡す。慎平の顔からすーっと余計なものが脱げて素になって、自分でも気づかないような本当の心が一瞬現れる。そんなときのユースケ氏の真顔がいい。

「今は、あなたが好き。好きだけど、別れるの。ごめんね、すぐ泣き止むから。」と、強いて笑顔を作って、涙を流す多実。深津絵里ちゃんは、こういう強がりな女の子の表情が素敵だ。
そんな彼女をみて慎平が思わず何か言いかける。ここで彼には、離婚を思いとどまって愛人と別れるということも出来たはずだけれど、それがそうできないところが、彼の弱いところ。

結局、慎平の望んでいた離婚は成立し、スリーサイズ抜群で金持ちの愛人と婚約はしたけれど、その彼の心に生まれた、愛の最初の一滴は、一年という時間をかけて、多実っていう海を目指して流れていたのでは。
浮き球がいつしか川の流れるままに海を目指しながら、その行く先々で多くの人の心の愛を呼び起こし、様々なドラマを生み出して行く間、
慎平もまた、人間のずるやさ弱さや浅はかさを抱えながら、必死に流れてゆくのだった。



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「怪談百物語」フジテレビ 第三話・うば捨て山 愛と勇気を振り絞る姿がいい - 2005年10月18日(火)

最近よく流れる缶コーヒーのCMで「無駄をカーット!」と叫ぶMr.ムダカッターのあの決めポーズは、ユースケ氏自らの考案らしい。
真面目な顔して軽口をたたき、いつのまにか人を「ええええ?」ってな苦笑空間にちょくちょく誘う、知的でお洒落な独特のお笑いセンス。
しかし彼の魅力は、それだけではない。それは、
もう何も出ないだろう・これ以上は無いだろうというギリギリの中から必死で何かを振り絞る様子、それこそ彼の色気だと思う。

「怪談百物語」フジテレビ 2002年8月〜12月 第三話 「うば捨て山」
これも後日レンタルで観て感涙し、今またこの記事を書くにあたり、あらためて借りようと思ったら貸し出し中。

そこで自問自答「借りるべきか買うべきか」そして出た答え「買い」。そしてこの巻だけでも早速カートに入れてレジに進むをクリック、3日で到着。
その分、お茶を20杯ほど我慢すれば済むと思って観よう。
はっきり言ってお化けとかホラーとかのジャンルは私は嫌いだ。でもこの「うば捨て山」はそんな怖さではない。
ドラマって大抵、キャストはいいんだけどストーリーがどうも、とか、ここのセリフは惜しいな、とか、いろいろ言いたいところがでてくるものだけれど、この作品はそういうひっかかるところが無かった。話もちゃんと落ちが良く、女の怖さを味わう怪談としても素敵だ。親子愛とか、いかに死ぬかなど、色々考えさせる保存版だ。

浅香光代は勿論、素晴らしい。命も惜しまずわが子に大きな愛を注ぐ母・ふみ。この世で肉体を失ってもなお、息子のために、存在感どっしり。思わず「おっかあーっ」て胸に飛び込みたくなる。
秋山菜津子は強欲で化け物っぽい妻・りんという女がよく似合っていた。ドント・トラスト・オーバー30のレイコをちょっと彷彿とさせる。どこまでも自分勝手でガツガツいらいらした感じが良く出てる。こんな憎たらしい嫁なら、あの結末でスッキリできる。

こんな二人の女の並々ならぬ情念の間で、ユースケ氏の演じる太吉の、とことん庶民で情けなく弱く甲斐性なしでみっともなくて切羽詰った感じ。
絶対に素敵とは言えぬ、口開けて横たわる顔。うば捨て決行の前夜だというのに寝床で無神経にふるまう妻に、はっきりした態度もとれぬふがいなさ。
山中でカミナリの音に幼児のようにおびえて母に負ぶさる姿には、男らしさの片鱗も見られない。
だからこそ、このまるっきりダメ男の中の、振り絞るようないっぱいいっぱいの勇気で、母を守ろうとする懸命さ、母に報いたい必死さが、その小さな目から、蛍の光のように徐々に強く発されたとき、その意外な美しさには、思わず息を呑むようだ。
やっ、こんな無力な男の中に、こんな輝きがあろうとは。と驚かされる。
ここ一番の背水の陣のときに、窮鼠猫を噛むように、太吉の芯から、心のパワーが滲み出てくる。声の調子、視線の揺れ、ありとあらゆる顔の筋肉に走る神経の緊張に、それが滲み出て来るのがわかる。
(そして私は、「無いと思わせておいて絞り出されて滲み出てくるマットウな心」に、めっぽう弱い)

それにしても親子の情愛とは、人をかくも強く育てるものかと。このドラマを観ている間にも、太吉は母・ふみに包まれて進化している。
最初のころの太吉は、この地の理不尽な掟(六十歳に達したものは口減らしのため地獄谷に捨てる)に逆らいきれる知恵も勇気も無いし、冷酷な女房に三行半を突きつけるだけの気概も無いし、ただ優しさだけがとりえの男だった。
しかし後半、ふみの助言で見事に太吉が殿様の無理難題をクリアして、さあ何なりと褒美をとらせるぞというとき、自分の命も惜しくはないから母を助けてほしいと、頭を地に擦り付けて懇願する太吉。あっぱれ良くぞ言った。性根の立派な男だったんだね、と拍手喝采したくなる。
これこそ親孝行の鏡だし、また、こんなふうに太吉を(死後もなお)慈しみ育てた母こそは、母親の鏡だ。
親子の情は、過酷な運命に勝った。死んでも母は勝ったのだ。必ず最後に愛は勝つということだ。太吉にしか母の姿が見えなくたって、母にとっては一向に構わないだろう。ちょっと怖いってだけである。
そして結局勝負は、エゴイストな妻・りんの完全な負けなのだ。嬉々として褒美の品を探しに出かけたりんを見送りながら、後ろでふみは泣いていた。
あれは息子の嫁にこんな形で復讐しなければならない皮肉な成行きを嘆いていたのか、あるいは、息子や自分を苦しめた嫁に恨みを晴らせる嬉し涙?怖いけれど、不思議とそんなふみを憎めない。既にふみと太吉にすっかり感情移入しちゃって観ているからだろう。




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「ホテルサンライズHND」テレビ東京 ユースケ氏がスッピンになるまでの軌跡  - 2005年10月11日(火)

「ホテルサンライズHND(羽田)最後のステイ」テレビ東京 2005年3月31日放送

すばらしい日の出の見えるソファーが売りの老舗ホテルの「最後の一日」を、堤 幸彦原案で、
4人の監督(堤 幸彦・大根 仁・薗田賢次・二階 健)がショートドラマに仕上げたもの。
ROOM555「LOSTMAN」 ROOM666「TRIPLE SIX」 ROOM777「伝説の男」 ROOM888「妻の本音」
4つの部屋を舞台に、異質のドラマが、同じ一日の中で、繰り広げられる。
どの話もそれぞれに、意外性のあるオチが楽しめて良かった。

ここでは、ユースケ氏の出演した、ROOM777(監督・大根 仁)を取り上げる。
「伝説の男」

20年間ずっとホテルの777号室を借り切って住んでいる、師匠であり「伝説の男」映画監督野口カズヒコ(松尾スズキ)に呼び出された山本ヒロシ(ユースケ氏)。彼はかつて野口を目標に映画の道を歩み、今は売れっ子監督になっている。
部屋に入ってみるとそこはゴミ溜めのような有様で、世間とのつながりを断ち切って愛する妻と二人きりで暮らす野口がいた。
妻は、野口のかつての傑作映画に主演したヒロインの、16歳の少女の時の姿そのままの高宮伸子(蒼井優)だ。
ただひたすら妻と二人で閉じこもり、新しい作品も生み出すことなく、また他の映画を観ることもせず、二人だけの自己満足世界に生きる野口。
そんな野口に期待を裏切られ、驚きあきれ、失望する山本。憧れの存在が、壊れていくやりきれなさ。だが最後はこの哀れな伝説の男の、あんまりな悲劇的決断を見せつけられることになる。
ユースケ氏の持ち味のひとつ・常識人としての巻き込まれスタンスのうまさが、松尾スズキや蒼井優の異常さと対比して相乗効果をなし、印象深いドラマだ。
それも、ユースケ氏の場合、異常なキャラを寄せつけないような単なる常識人ではなくて、異常さへの共感も包容力も漂わせる、ゆらゆらした土台の常識人を思わせる。だからよけいに私も、彼の目を通して観た野口に危なっかしい気分を味わうことになる。

さて、ユースケ氏のファンとしての私が、特に見逃せないコマはどれか。
☆野口の部屋に案内した支配人(大杉蓮)と会話する、いかにも売れている映画監督、な山本。売れてるけれど、それほど巨匠でもないのかな、という、ほどほどな雰囲気を匂わせていて、こんなユースケ氏も貴重だ。
☆部屋に入ったものの、なかなか姿を現さないで声だけで撮影を指示する野口にいらだちながらも、その辺のゴミなどを撮らされる山本。
「被写体とセックスしろ!!」等わけのわからないことを叫ぶ野口の声に対する、困惑した山本の反応が、ファンにはおいしい。
☆20年前に映画のヒロインだった女優・伸子が、当時の姿そのままに目の前に現れたときの、疑惑と混乱と恐怖の山本の表情
まるでお化け屋敷に迷い込んで助けを求める子供のようだ。
☆かつての傑作「豚と太陽」の中の、伸子の映像だけがモニターにエンドレスに流れる寝室で、野口の話を聞いているうちに、すっかり伝説の男のイメージが崩壊して、冷え切った心の山本が、現在の伸子に向かってさびしく、
「今日会ってはっきり分かりましたよ。伝説の男はもう死んでますよ」と言い放つときの表情。こんな人を追ってきた自分までバカみたい、という自虐的気分も読み取れる。
この、内心の虚無的でシニカルな感じを上手に引き出した撮り方もまた良い。特に、目元。特に、下まつげが良い。こういうアングルで、こういう掘り出し物が見せてもらえて、ファンとしてはとても嬉しい。
☆野口が妻とベッドでビデオ撮影したくだらない「最新作映画」に哀しくなる山本。「あなたほんとに野口カズヒコですか。あの、ギラギラしてて、おっかなくて、・・・やさしくて、・・・スケベで、・・・」失ったアイドルへの哀惜の念が切ない。かつての野口への愛がこもっているセリフだ。そしてモニターに蹴りを入れる山本。いったいあの憧れの、伝説の「野口カズヒコ」はどうしちゃったんだ!?という怒りに、情けなさ哀しさが入り混じってて良い。
☆野口が自分なりに本当の意味での「伝説」のラストを作ろうと、物騒な行動に出始めたときの、山本のうろたえ。やや涙声入った「ふざけるなよ?もう!」というセリフ。
これは冗談だと思いたい、お願いだからやめて欲しい、嘘だと言ってくれという思いと、あるいは、ここまで行くしかない伝説の男の結末を、見守るハメになるのかという、嫌な予感が、交錯した感じが、よく現れた口調だった。このあたりから、山本のセリフから皮肉っぽい感じが消えていく。(それどころじゃなくなっていく。)
松尾スズキは、伝説を伝説で通すことにこだわりたい男の弱さ哀しさもにじませつつ、一層アッチの世界に行ってしまったような演技。蒼井優も浮世離れした感じで素敵だ。とんでもないことになるとわかっても止めきれない山本・ユースケ氏の最後の演技にはもう、何のカッコつけもなく、スッピンそのものの悲鳴。
この三人の息詰まるようなラストに、結構、泣かされてしまった。







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「ウェディングプランナー〜スウィートデリバリー」フジテレビ その3 ファンとしておいしいシーン - 2005年10月10日(月)

その3 ユースケ氏のファンとして、観るとおいしい数々のシーン

一般に漫画にはしばしば、シリアスな画風のすぐあとに軽いタッチの絵で顔に縦線入れたり表情をクルクル変えることが多い。こんな漫画風な感じを出すのに、ユースケ氏の持ち味がぴったりだ。
おとなげなく加奈子にくってかかるところも、加奈子にすっかり負かされている顔も、どれもコミカルで憎めない。それに彼は、笑いながら・かつ困ったように・怒るのが上手だと思う。何を表すにしても、ひとつのニュアンスだけじゃないところがすごくいい。

例によってお気に入りのユースケ氏をもう少しピックアップ。

☆第1話 教会で葉子との結婚式、トオルの表情の変遷が見もの。花嫁が遅れているときの焦った様子。誓いの言葉のときの幸せそうな顔。その後、突然他の男が現れて葉子をさらって行ってしまい教会に取り残されたトオルが、呆気にとられた親族のほうに向き直りながら「あれは…誰!」いい演技だった。
☆第2話 トオルと加奈子の二人が、外回りの帰りにホットドッグ屋でムキになり、張り合うように次々追加注文している様子。「二つ」「じゃあ三つ」このシーンはチャーミングで保存もの。
☆第4話 元恋人の結婚式が終わって一皮向けた鳴海柊平(妻夫木聡)に、「専属になってくれないか」と穏やかに語るトオル。後輩に対する暖かい目線を感じる。
☆第5話 元彼女が働いているという歯科医院で、治療音に身悶えするトオル。加奈子との小学生のような口喧嘩と、身悶えが、交互に見られるので楽しい。
☆また第5話 新白金クリニックで、勉と出来ていると誤解され、その通りだと白状すればお仕置き部屋行きは勘弁してあげるといわれて、無理やり勉と抱き合い「好きだー!」と言わされた後も、まだしばらく抱き合い勉の髪の毛をいじるトオル
☆第9話 千恵理の手作り弁当に入っていた小玉葱、苦手なんだけど、加奈子の手前も、頑張って食べるトオル。かわいそうなくらい、いいひとだ。死にそうな思いで飲み込んでから「うまあ〜い!」と言ってあげる、あの口調・表情、思わず頭を撫でたくなる。
☆同じく第9話 加奈子に「ホテルグランディア、行くなら行けば」と言われての、トオルのいつもとは違う静かなリアクション。加奈子に言われるとショックだったんだろうな・・・。(それなら千恵理とデートなんかしなければいいのだが、そこがトオルの弱くておひとよしなところ)
普段うるさい奴が神妙だと、はっとするものだ。
☆第10話 元夫に拓を渡さなきゃならないかもしれないらしい加奈子の、落ち込みを少しでも癒そうと、拓も含めた社員旅行を企画するトオル
加奈子に笑顔が戻ったのを見て、ほっとした表情を浮かべたトオルの、実に優しげなこと。
☆第11話 トオルの、加奈子に対する最初のプロポーズの口調。「だったら、結婚してやってもいいかなあー、なんて」の「なあー」の声がうわずっているその塩梅が、うまい。セクシーですらある。
軽い気持ちで冗談っぽく言ってる振りして、実は心臓バクバクしてるらしいことを、よく表してる。加奈子も、どうして気がつかないのか、この二人は鈍感にもほどがある。だからドラマとして成立するのだけれど。

その他、他の個性的過ぎるキャラ達に巻き込まれ困惑系、お調子ハッタリほら吹き系(練馬春日町の○○と呼ばれていた系)など、地だかなんだかわからないような魅力をあますことなく出してくれている数々のシーン。たまにムショウにコーラを飲みたくなるように、私は時々このドラマを観たくなるのだった。こんなカラフルなユースケ氏をはじめ、豪華なキャストの意外な一面がたくさん観られるお買い得なドラマが、レンタルにも出ていないなんて、なんとこの世はご無体な話だ。
(今、気がついたけれど、「アル花」も「お見合い」も「ホームドラマ」も「ウェプラ」も、全ていしだあゆみさん出演作だ・・・。)



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「ウェディングプランナー〜スウィートデリバリー」フジテレビ その2 トオルと加奈子はいつから恋? - 2005年10月09日(日)

その2 トオルと加奈子は、いったいいつごろからお互いに恋を意識したのか

登場メンバーみんなの恋と自分探しストーリーが入り混じる中、トオルはいつから加奈子を好きに、加奈子はいつからトオルを好きになったのか、
それが分からない・・・。いつからなんだろう。最初からともいえなくもないし、もっと遅いのかもしれない。
とりあえず二人とも非常に恋に鈍感だ。自分の恋心を自覚するのも遅いし、相手からの気持ちをキャッチするのも甘い。
他のメンバーのラブストーリーのどさくさに紛れて加奈子とトオルの恋の道が見えずらい。それも狙いのうちかも。

好感が恋にいつ変わったのか、観ればみるほどよく分からない。
ここでは、相手への好意とか尊敬とか共感とか友情といったものを含めた、恋のタネを感じさせる場面をピックアップしてみる。

☆第1話 結婚式で新婦に逃げられた過去を持つ自分にはウェディングプランナーなどには向かない、と一度は去ったトオルが、オフィスを覗いたときに聞いた加奈子たちの会話に、なにかを感じたらしい場面
結婚は、恋愛よりも、ずっと大変なもの。その出発地点が結婚式なのだから、せめてみんなで祝福してあげたい。結婚に失敗した私だからそう思うのかも・・・そんなふうに語る加奈子に何か背中を押され、そのおかげで、トオルは一歩踏み出せたのかもしれない。その後、例の、結婚に反対されているカップルのお父さんを、頑張って説得して式場(といっても菜の花畑なんだけど)に連れてきたトオルを、加奈子も少し見直したようだ。
☆第2話 担当していた披露宴で、冷め切っているカップルが案の定トラブルを起こして、新婦が控え室から出てこなくなった際、場つなぎにトオルと加奈子が即席で馴初め再現ドラマを演じるハメになったとき、新婦の心を代弁して加奈子が、新郎役のトオルに向かって「不安にさせないって約束して欲しいの」と真に迫って語り、それを受けてトオルも「約束するよ。結婚してください」と返すところ
もちろん余興の芝居でのことだけど、なんだか将来を暗示しているようなシチュエーションに、本当に暗示にかかってしまったのではないだろうか。
(最終回での実際のプロポーズが、間が抜けた感じのものだけに、ここでこんな絵を観られて嬉しい。)
☆第3話 加奈子の息子・拓のたっての望みで、仲良し家族ごっこで遊園地にいくことになってしまって、でも案外楽しんで帰りは外食しようというときに、社から緊急呼び出しがあり、帰りたくないという拓に加奈子が「ママはいつも拓といたいけれど、パパの代わりもしなきゃならないの」と言い聞かせているシーン
この加奈子の姿を見て、トオルの加奈子観がだいぶ変わって来たような気がする。偉いナーって感心したでしょう。
☆同じく第3話 トオルの上司だった柿沼部長が、スウィートブライダル社のスタッフに難癖をつけ、特に加奈子を馬鹿にするような発言をしたときに、これまであれほど言いなりだったトオルが怒って掴みかかるシーン
そしてそんなトオルに共鳴したであろう加奈子が、トオルの代わりに部長を思い切り殴ってやったのが爽快である。その後、トオルは加奈子に「余計なことしてくれて」等、冗談めかしてしゃべりながら、結構嬉しそうだ。
☆第5話 結婚式の最中に他の男と逃亡した女、つまりトオルの元彼女が、また現れて、トオルとよりを戻したいと、ずうずうしくも言ってトオルに抱きついているとき、息子を連れて通りかかった加奈子が、皮肉たっぷりにバトルをしかけているシーン
その後オフィスでも加奈子はずっとトオルにつんけんして「できの悪いラブストーリー見せられて腹が立つ」と言っている。なぜ加奈子がそこまで怒るのかトオルには理解できない。その鈍感さがいい。
☆同じく第5話 スーパーのトイレットペーパー売り場で加奈子がトオルと遭遇「なんでいつもあたしの前に現れるの」よほどトオルと葉子のことがひっかかっているらしい。トオルも「俺だって、仕事以外でお前の顔見たくない」といいつつ、四六時中気になる存在に変わりつつあるのでは。
☆さらに第5話 その元彼女・葉子を捨てた歯科医の門松の結婚式で、わざと門松にライスシャワーをぶつけまくる葉子に、「これを海に投げて忘れちまえ」と諭している、お人よしなトオルを眺める加奈子
自分を振った女の為にあんなに一生懸命になって・・・そんなトオルの素敵な一面を見て、無意識の領域で加奈子はトオルに惹かれていったようだ。
☆第6話 拓のサッカーの練習の流れで加奈子の部屋にあがりこんで普通にご飯を食べてるトオル、拓と仲良く一緒にデートする女の子の存在が心配でたまらないからといって拓と彼女の後を尾行する際にトオルを巻き込む加奈子
拓を通してすっかり友達になった二人は、絵だけみるともう夫婦のようだ。
☆第7話 和菓子屋の勉に結婚式をドタキャンされて落ち込み、プランナーを辞めようと考え、拓の恋の相談にもつれない答えをする美咲、に対して、今までの仕事のアルバムを渡しながら「まっすぐで混じりっけのない気持ちを、今までたくさん見てきたんだろう」と気づかせるトオル
それを影でそっと加奈子が見て「社長らしいこと言ってる」と微笑む。トオルの好感度アップ。
☆第8話 この回ではトオルが見合いをするにあたり、カウンセラーの響子に「実は気になるひとがいて・・・」と言いかけたり、拓に加奈子の気持ちをそれとなく「俺のこと、何か言ってなかった?」とさぐりを入れてみたりして、かなりトオルは加奈子を意識しているらしい。拓が「うん、言ってたよ。」というやいなや「えっ!?何て!?」と身を乗り出してくるところが可愛い感じ。「あんな大人になっちゃだめよ、って。」と聞いたら「なんだあの女は!」とまた怒るのも楽しい。
☆やはり第8話 デパートで加奈子の元の夫・友之と出会い、加奈子はとっさにトオルとつきあっているような振りをするが、その芝居に乗っかってトオルが、友之の前で精一杯見栄を張るシーン
その後オフィスにもどって、純に「そいつどんな奴?」と聞かれて「センスも悪いし、だめだめ」などとトオルが言うのだが、だめだめなのはどうみてもトオルのほうだ。この時点でトオルはこの元夫の存在を面白く思っていない。
☆第9話 トオルはなぜか見合い相手の千恵理と付き合うことになって、公園でデート。一方加奈子は、友之と拓との3ショットでこれまた公園に来て、トオルたちと出くわす。そのお互いの心理かけひきのシーン
すごい。やっぱり加奈子のほうがヤキモチ焼きだ。加奈子はトオルのことが気になってホテルグランディアに潜入調査までしている。
しかしトオルがこの縁談で大手ホテルの婚礼部門をまかされるなら、そのほうが彼にとっては幸せなのかと思って、わざと突き放した言動をとって、転職をうながすあたり、だんだん愛になってきているんじゃないだろうか。当人は気づいていないが。トオルのほうも、加奈子と元夫がよりを戻して拓とまた3人で暮らすようになるなら、そのほうが彼女にとって幸せなのかと考えるにつれて、さびしいような複雑な気持ちのようだ。
☆また第9話 転職できないことを千恵理にうちあけ、結局トオルは千恵理と別れることになるが、そのとき「俺はやっぱりスウィートブライダルが好きだ」「あいつらを裏切れない。“彼女”を裏切れない」というセリフがある
これは考えようによっては、彼女・加奈子を好きだということかと思われる。
☆第10話 ここでは、友之から「拓を引き取りたい」と告げられてしまった加奈子の、尋常ならぬ様子に、トオルが気遣うシーンがいっぱいだ。
いつもあれほど喧嘩していた相手が静かというのは、とても気になるものだろう。
事情を知ってからは、友之に会いに行って拓の引取りを思いとどまらせようとしたり、「何もかも一人で抱え込むな」と加奈子を手伝おうとしたり、その献身ぶり。
☆第11話最終回 加奈子の病室に見舞いに来た純が、やたらべたべたするので、やきもきしたりうろたえたりするトオル 
この後、加奈子の事態を解決する妙案として、偽装結婚計画がもちあがり、その相手役に純はどうかという話になると、トオルはまた心穏やかではない。しかしそれを目立たなくさせているのが、もっとヤキモチ心をあらわにしはじめた美咲の言動。
結局この偽装結婚計画は立ち消えになったが、そのときはトオルも嬉しそう。
・・・・これ以降、トオルの冗談めかした(でも実は本気の)プロポーズから、ラストに向けて、トオルと加奈子の心は、恋の探りあいと、相手の幸せを思う心のせめぎあい、さらに拓の将来など、いろいろ絡み合った問題に悩む。
トオルの最初の冗談的プロポーズに必要以上に加奈子が立腹したのは、本気のプロポーズを望む本音が隠されている。
トオルのプロポーズが実は本心かもしれない・でもどうなんだろうと、加奈子を迷わせるのは、トオルの愛情表現が素直じゃないからだ。
教会の屋根に登ってしまった拓を説得しているトオルのセリフを、よくよく聞けば、あれほどの告白もないと思うのだけれど、「友達はパパにはなれないんだよ」という言葉を、言葉通り受け取ってしまう加奈子が愚かしくて可愛い。(でも実際こんな事件があったら教会の周りは消防車やらで騒然となっててトオルの声なんか聞こえないんじゃないかな?)
そして最後の、喧嘩してるんだかなんだかわかんない、トオルのプロポーズと加奈子の承諾は、いかにもこの二人らしい。色気もなにもあったもんじゃないけど、なかなか良い。(欲を言えばこのときのユースケ氏の絵をもう少し綺麗に撮って欲しかった。)
スウィートブライダル社のみんなが二人に内緒で用意してくれた、アウトドア結婚式では、やっと仲良し幸せ新婚家族の表情が観られて、安心させられる。ホッペのキスで良かった。(絵として)



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「ウェディングプランナー〜スウィートデリバリー」フジテレビ その1 心臓にやさしいドラマ - 2005年10月08日(土)

「ウェディングプランナー〜スウィートデリバリー」(フジテレビ)2002年春

初回放送時のクールでは私はまだユースケ氏の魅力に気づいてなかったので、「サトラレ」(テレビ朝日系。オダギリジョー主演)を観るのに忙しかった。
「サトラレ」はDVDも買ったし、これと「ウェディングプランナー」を比較するなら、正直言って「サトラレ」に軍配を上げる。

しかしっ。このときに録画もしていなかったことが、後々こんなに後悔をもたらすとは、夢にも思わず。
なぜならレンタルにもセルにもなってないドラマだから。どこを探してもビデオもDVDもない。こんなことがあっていいのか。
出演者はユースケ氏、飯島直子さん、木村佳乃さん、妻夫木聡くん、阿部寛さん、神木隆之介くんなどなど、豪華なメンバーだし、
主題曲はケミストリーだし・・・・。どうしてビデオがないのか不思議でしょうがない。
3年近くも飢餓感に苛まれていた私の前に、最近やっと「再放送」という救いの手が差し伸べられた。
(だけど再放送ってCMの関係でしばしばシーンカットされてるので、放送当時のノーカット版を是非観たい)

その1 心臓にやさしいドラマ

感触が、テンポのいい「漫画」みたいだ。それも、力を抜いて笑って読める漫画。
(一応、コミックが原作だけど、それとは別物の作品に仕上がっているようだ)
どの登場人物も、なんだか憎めなくって可愛くって、でも、感情移入しすぎずに、汗もそれほどかかずに、心拍数を上げすぎることも無く、観ていられる。
随所に笑えるセリフ・芝居・展開がたくさんあって、免疫力も上がる。恋のすれ違いも、胸を苦しくして息が詰まることもないので、楽しく観ていられる。脳溢血で倒れることもなさそうだ。
じゃあ笑ってばかりかというと、そんなことはない。基本は毎回、結婚エピソードが一話完結で、これが観ていてほろっとくる。いろんなカップルの愛を応援するのは楽しい。
それにからんで、主人公の結婚観も、だんだん揺さぶられ、進化していく。恋だの愛だの信じられなかったトオルも、スウィートブライダル社に感化されて、いつしかスタッフはさりげなく友情で結ばれていく。そんな随所にほろっとくる。
ほろっとくるんだけれど、集計すると明らかに、笑って観ている時間が多い。いや集計まではしていないけれど。


どのキャラも良い。それぞれ笑わせてくる。
特に、大森トオル(ユースケ氏)の妹(石橋けい)が絶品。トオルの家の食卓で交わされる会話の妙。お見合いの席で他人の振りをする妹と父親の小芝居がもう一度観たくなる。なんだっけ、ボクシングジムのオーナーとその愛人っていう設定?よくそんなの兄の見合いに備えて考えておけるものだ。
メンタルクリニックの女性カウンセラー(高橋ひとみ)も、異常さが際立って最高。来ている相談者も、なぜ頭の薄い男ばかりなのか可笑しい。
怪しい空気の中で、しまいにはトオルは老舗和菓子屋の勉(温水洋一)に抱きついて「好きだ!大好きだー!」と叫ぶハメになるのだ。
フローリストの小此木純(阿部寛)も、彼と最後は結ばれてしまう美咲(木村佳乃)も、コメディアンだ。カッコイイはずなのに、あたふたするとすごく面白い。(この阿部寛のコメディ路線は、共演の妻夫木くんと「できちゃった結婚」でも生きている)
でも、なんといってもトオルと加奈子(飯島直子)の毎度毎度の喧嘩腰の仲良しぶり。小学生が好きな子をいじめたくなるあれかもしれない。
あの、マナマナ〜〜♪のBGMがぴったりはまる。何かと張り合う二人。そんな加奈子は、トオルに女の影があると、とたんにコワい顔でバトル。分かり易い。
いいカップルだなあ。トオルと加奈子。あんなに反発して噛みつきあっていたのに、その反面、ちゃんと相手の良さを認めて行って、最後は結婚までしてしまうんだから、ドラマって魔法のようだ。

もう、とにかく気楽に観られる。ユースケ氏がどんなにうるさくっても、かっこ悪くっても、手のかかる息子ほど可愛いように、可愛いのだ。



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「ホームドラマ!」TBS 秋庭智彦の演技 - 2005年10月07日(金)

「ホームドラマ!」TBS 2004年春 タイ観光バスの事故で大切な人を失った遺族同士老若男女。寄せ集まって「家族」を作り上げる。

※岡田惠和さんが脚本。いしだあゆみさんも出演。「お母さん」の役を上手にこなしている。智彦の息子役で、佐藤和也君も出ている。という点で「アル花」との縁を感じる。

ここに集う「家族」たちはそれぞれに性格も立場も違ってて、でも「大切な人を事故で亡くした」ということでつながっている。
一緒に住むのは傷を舐めあうためではなくて、「前に進むため」なんだ、と大家族的な同居を勧める、やや「うざい」あんちゃん・もとい、井坂将吾と、
彼とは対照的なちょっとクールな秋庭智彦、
「家族ごっこ」なんて嫌だ・自分の家族は死んだ妻と息子だけだ、と最後まで抵抗するあたり、「ひとつ屋根の下」の福山雅治ちい兄ちゃんを思い出す。局も脚本も違うけど・・・・。
でも始めの頃の智彦の気持ちはなんとなく私にも想像はつく。完全な理解はできないけど。
今、夫や子供が、もし死んでしまったら、なんて考えてみる。考えたくもないけれど。そのとき自分がどうなるのかはその立場になってみないと、本当にはわからないけれど、
ある程度イメージはできる。多分私なら、もう自分独り生きていくこと自体がしんどいことになりそうだ。後を追って死にそうだ、でもそれは、やってはいけないこと。 頭ではそう思う。何の意味があって自分独り生き残ったのかを考えれば、生かされた以上、嫌でも何でも、生きなければならないだろう。頭ではそう思う。でも実際その境遇に出くわしたら、そんなふうに、しゃんとして歩ける自信はないかも。

生きる意味。何をよすがに、どう生きていくのか。なぜ生きるのか。
あんなに大事に思っていた故人との思い出を抱えつつも、それと矛盾することなしに新しい人間関係の中でどう暮らせるのか。
簡単に答えは出ないし、きっと答えは一つでもないだろう。でもそのヒントの中の一つは、このドラマにあるように思う。

さて、ここではユースケ氏の演じる秋庭智彦に注目して、印象に残るシーンを挙げてみた。
☆第1話 ニュースでバス事故を知って現地の診療所に駆けつけるも、遺体となってしまった妻と息子を発見した智彦
遺体を包んだ袋(息子の野球帽が載っている)の上からしっかり抱きついて「お父さんが来たから、もう大丈夫だよ」と震える声でささやくところ。
かなり悲しい場面だけれど、それに溺れ過ぎることなく、ちゃんと絶妙なボリュームの感情表現で、かえって真に迫ってくる。
☆第3話 仕事でミスをして強制的に休暇を取らされ、仕事をさせてくれと上司に訴えたけれど聞き入れられなくて堪忍袋も切れる智彦
「なんで家族がいる時に休みくれなくて、いなくなったら、休め、なんだよ。何にもすることねえよ。休んで何しろって言うんだ!」
家族の為にと頑張って働いてきた、その仕事のせいで、子供の参観日にも運動会にも行けなかった皮肉さに対して、痛烈な後悔。
我に返って一すじ涙を流してそれを指でそっとぬぐいながら「辞めてやる・・・。」ここでいったん静かな口調になってから、「もう俺には、失うものなんて無いしな!」ものすごく悲痛な叫びだ。ここの一連の表情・しゃべり・間合い・が、私には何度観ても飽きない。

※ちょっと話が逸れるけれど、「あなたの隣に誰かいる」(フジテレビ・2003年秋)で、娘・鈴のことを「自分の子供だ」と言ってきた沢村数馬に対して「鈴は俺の子だ!俺と梓の子だ!」と泣かんばかりに叫ぶユースケ欧太郎の姿を思い出した。しかしここでの智彦は、それよりも更に虚しさを含んだ叫びで、とてもすてき。その弱った感じは、妻が浮気相手とホテルにいるのを突きとめてしまった欧太郎が「俺を見るな・・・」と言い捨ててぽろぽろと落涙しながら逃げ去った感じとも、似て非なるものだ。だいぶ話が逸れました。「あな隣」については、ユースケ氏の演技は見所満載だけど、ストーリーに幾つか腹立たしいところがあるので、後世に残したいとまでは行きませんで。では「ホームドラマ!」に戻ります※

☆第10話 亡き妻・香にそっくりの、喫茶店の女性・桃子に恋してしまって、でも、死んでしまった香のこともあって相当複雑な心境で、この件について将吾が快くは思っていないだろうと、帰宅してから食卓で「そういうこと思ったんだろう、嫌な気持ちになったんだろう?」と智彦が将吾にくってかかるシーン☆同じく第10話 もやもやした自分の矛盾、そしてそれでも桃子を妻とは別の女性として捉えて好きになっていること、などを居酒屋で将吾に打ち明けてさっぱりする智彦☆さらに第10話 休日、「家族」のみんなの応援もあって、私服でおしゃれして喫茶店に行き桃子と会うが、告白以前に「ご相談があるんですけど」「家を建てるので」「私、結婚するんです。」と衝撃の事実を知らされ、人知れず失恋した瞬間に、智彦が左手の結婚指輪(外していなかった)を指でなぞって、その左手をぎゅっと握り締めたシーン
つかの間の恋が敗れたその時、妻との大切な思い出をぎゅっと握って確かめたのだろうか。いろいろ感じさせられるシーンだ。その後の「もうね、サービスしちゃいますよ」と無理に明るく桃子にしゃべる智彦の強がり方が、哀しくて可愛い。  この第10話は智彦のストーリーなので、よくよく味わって繰り返し観たものだ。

智彦は、将吾と比べれば、冷静なキャラのようだけれど、ふっきれて大家族生活に馴染んでからは、お笑いも担当するようなホッとする役どころだ。
しかし、常に現実的な視点を忘れずに家族たちにアドヴァイスを入れる、良き「長男」。
・・・実は、これって、実際のユースケ氏の素顔にかなり近いのでは?と想像もできる。
ユースケ氏の普段の「地」は、きっとそんなにウルサくしゃべりまくったりはしていないだろうと思う。そう思い浮かべながら観ると、また興味深いドラマだ。


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「お見合い結婚」フジテレビ その2 光太郎保存版  - 2005年10月06日(木)

その2 広瀬光太郎が意外とカッコイイor可愛いと思ってしまったシーン

ストーリーの流れに沿って、光太郎を保存したい場面を、勝手に選んでみた。

☆第3話 「僕と結婚する気は、全然、ありません、?よね?」
熱を出して倒れた光太郎を看病する節子の優しさを垣間見たり、節子の家族と触れ合ったせいで、かなり結婚したくなってきたあたりの光太郎の、このセリフのしゃべり方が、なんとも可笑しく可愛いニュアンスだった。この回のラストには結局指輪を持ってって節子にプロポーズしてしまうのだった。指輪を買った(おば様たちに買わされた)時点では、まだプロポーズを決意していなかったという、このドラマ独特の「ずれ」が味わい深い。
☆第5話 節子の部屋でふたりきりの夕食時、誤って光太郎の手にワインがこぼれてしまったシーン
慌ててワインを拭こうとする節子が光太郎の手をつかむと、光太郎はとまどって手をひっこめてしまう。
それまでの二人の会話が、落ち着いて上品でまじめで、心温まるものだったので、よけいにその初々しさが好ましい。
そこで急に二人はお互いを意識して見つめ合い、なんとなくキスまでいきそうなところで、いきなり帰ってきたミカたちのせいで中断されるのだが、
そのユースケ氏の「男」の要素がやっぱり初々しい。こんなシーンを演じられるのに、どうして普段はオッサンみたいなエロトークするんだろうか。 
☆第6話 懸命に手作りしたバレンタインのチョコレートと一緒に、指輪も渡す節子に、「あなたの過去を、忘れるんじゃなくて、受けとめたい」と言ってもう一度指輪を節子の指にはめてあげてから、口づける光太郎
これはユースケ氏の演技がどうっていうよりも、シーン自体が感動するので、「光太郎、良かったね。節子、良かったねー。」という気持ちになる。あれほど彼女の男遍歴を聞かされてへこんだ光太郎が、この試練を乗り越えて成長したことに、なんていい男なんだろうー大事にしないとバチがあたるよ、と私は節子に言いたくなる。
ただ、このキスシーンをまゆみが目撃してしまっているので、次回どうなるの?という終わり方だ。
☆第7話 勘違いしているキャバクラ嬢「まゆみ」のせいで、節子に誤解され喧嘩となり、その優柔不断ぶりを「ナメクジみたい」と節子に非難されたので、光太郎も売り言葉に買い言葉的に「あなたがそんなに、ヘビみたいにしつこい人だとは、思いませんでした」と言ってしまう
普段は「いいひと」そうな人物が、何かの拍子に怒るとき、ちょっとカッコイイーって思うのは私だけだろうか?しかもユースケ氏の怒り方はどこか哀れっぽい可愛らしさも含みつつ、でもホントに怒ったぞーっていう、なんだか私を釘付けにするような顔をするので。
☆第8話 あまりにも「見合いなんか」「ときめきも愛もない」と言いすぎる大畑たちに耐えかねて、いきなり立ち上がり「見合いだけど、大事な出会いだと思ってる」「節子さんはときめきがないとか言うけれど、少なくとも俺はときめいてる」「いつも会いたい、早く結婚したいっていつも思ってるよ」と怒鳴るようにまくしたてるシーン
これも、怒るところ。普段あまり怒ったところを見せない彼が、しかも節子への愛情を訴えるために、ああまで怒鳴ってくれれば、それは節子さんにだって相当ぐっと来るものがあるだろう。見合いだということにちょっと引け目を感じていた節子と、光太郎の距離が、これをきっかけにかなり縮まっていく。
その後の帰り道での二人の会話では、安心したような表情で光太郎の肩にもたれかかる節子と、その節子の髪にそっと手を置く光太郎の優しい雰囲気が、幸せ感いっぱいである。ここでのユースケ氏は驚くほどノーブルな、やわらかい表情で、貴重な絵だ。
☆第10話 節子のためにもたくましい男に成長しようと、ベンチャー企業への転職を決意したのに、節子の父から、「海山物産をやめるなら娘との結婚はさせられない」と言われ、しかも婚約の破棄を光太郎から節子に宣告してくれと言われてしまった光太郎の、涙ながらの別れのシーン
お父さんから反対されたからともはっきり言わずに、ただ「結婚できないんです」と、大好きな(そして彼女も自分を好きだとわかっている)節子に言い渡さなければならない光太郎の断腸の思いが、痛いほど伝わってくる悲しいシーンである。
これまで二人が紆余曲折の末に築いてきた愛がこんな形で終わるなんて、でも節子さんのお父さんの気持ちを無視できない・・・。光太郎が「いいひと」だからこその苦しみなわけで、その心情を伝えるユースケの涙が保存ものだ。
☆第11話 やっと光太郎をビッグイースト社に旅立たせる決意をした節子に対して、土壇場で「やっぱり行くの止めます。あなたと離れたくない」と言い出した光太郎。そこであえて彼の頬っぺたを平手で叩き「男が一旦決めたことでしょう!」「あんたなんか、振ってあげる」と彼の為に去っていく節子
・・・でもまた引き返して光太郎に駆け寄り、飛びつくようにキスする節子。ほんっとにくちびるにキスしてる松たか子が潔くてステキだなと思う反面、ちょっと嫉ましい気がする。この絵はユースケ氏のファンになってから観るからこそ、よけいに心に残るのだろう。

おまけ このドラマの第1話オープニングや、エンディングタイトルの映像に、ユースケ氏や松たか子さんはじめ、キャストの人々の子供の頃の写真が多々出てくるのが、なかなか楽しい。




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「お見合い結婚」フジテレビ その1 吉田紀子さんの結婚シリーズ - 2005年10月05日(水)

「お見合い結婚」フジテレビ 2000年冬〜春

その1 吉田紀子さん脚本の結婚シリーズ

ユースケ氏ファンとなった私はその後、ビデオを借りて、これを観ました。
初回放送は、2000年1月。まさしくミレニアム。しかし放送当時には、自分がユースケ氏に興味を持つなどとは想像もしていなかったのだった。
「アルジャーノンに花束を」では、モチーフとなった原作がすごいだけに、原作ファンから嫌われたりしそうで、その意味でもどこかハラハラ緊張しながら観ていたけれど、
こういうラヴコメは観ていて気が楽で良い。
「お見合い結婚」以前に、私は「成田離婚」(1997年 クサナギ君と瀬戸朝香さんが主演)を観たことがあって、それもかなり面白かった。怒るクサナギ君はかっこいい。
そして近年、テレビ再放送で「できちゃった結婚」(2001年 竹之内豊さんと広末涼子さんが主演)も観てみた。これもなかなか良かった。
ちなみに、この「できちゃった結婚」の第1話オープニングには、ユースケ氏が様々な扮装をして、運命の大当たりを引き当ててしまう男のいろいろを演じている。「お見合い結婚」の設定もちょっと登場したのには笑えた。
で、これら「結婚シリーズ」の脚本は吉田紀子さんだ。キャラ設定やストーリーの共通点をあげてみると。

◎女の子はわりと気が強い。思ったことをどんどん言って来る。男はちょっと口がヘタだけど、彼女に負けじと汗かきながら応酬。
◎二人の恋は、どこかみっともない外聞を伴っている。(お見合い、というのも一見みっともない感じ)
◎恋心の経過タイミングと、二人の実際のカップル形式とが、ずれているために、困ったことになる。
(まだ好きでもないのに婚約前提で家族公認になっていたり、離婚しようと決めているのに周囲には新婚カップルだと思われていたり、相手のことをこれから理解する途中なのに既に子供ができていたり)
◎家族の(特に女の子の方の、特に父親)意向を無視できない。しばしば上司もからんでくる。
◎男のほうの家族はだいたい最初から二人の恋を応援している。
◎男は最終的には彼女の全てを寛容に受け入れる。(家族のうるささも含む)
◎男の浮気トラブルは本当は浮気ではなくて、ただ優柔不断のせいだ。
◎相手以外に目移りする対象は、本命とは対照的なキャラだ。(お金持ちだったり、男前だったり。女なら、セクシーバディだったり)
◎男は誠実さゆえに、もっと自分を磨こうとして仕事上の出世や転職を目指すが、それが裏目に出て彼女との恋にピンチが訪れる。
◎女はそんな男を引き止めたい反面、相手を大切に考えるがゆえに身を引く(一旦)。もうこれでお別れなんだなと思わせて、最終回で一緒になる。

今のところ思いつく共通点はこんなところかな。
笑いあり涙あり。波乱万丈カップルの、掛け合い漫才のようにエキサイティングな会話の妙が楽しめる。喧嘩シーンの台詞が秀逸。

さてその3作品の主人公のうち、ユースケ氏演じる広瀬光太郎は、もっともモテなさそうなタイプ(キャバクラのまゆみちゃんからは好かれているけど)ではないだろうか。そしてお見合いの席にいても何の違和感もない。要するに地味。
でも不器用ながら真心がある。なんだか頼りなさそうで、いざとなるとしっかり自分を確立してる。松たか子演じる中谷節子は、そこに比較的早くに気がついて惹かれるわけだ。そんな節子も、気が強いばかりじゃなくて、けっこうかいがいしく可愛いところがある。
観ていて、どうしても思わず二人を応援したくなるような、そして光太郎にも節子にも感情移入してしまって、光太郎の目で節子を好きになり、節子の目で光太郎を好きになってしまうような、そんな仕組みがこのドラマにはあるようだ。






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「アルジャーノンに花束を」フジテレビ その4 ハルのお気に入りシーン - 2005年10月04日(火)

その4 特に保存したいシーン

ユースケ氏のシーンだけに絞っても、どのシーンも見所満載だけれど、あえて絞りに絞って特記すると、次の六つ。

☆第1話オープニング 
去ってゆく母の背中を見つめて立っている子供時代のハル(佐藤和也)に続いて、大きくなったハル(ユースケ氏)が同じ風情で母を待って立っているシーン。
最初の登場シーンなので、とても印象的。もやーっと夢の中で生きているかのような顔で、でもかすかな期待ももって、今日も同じ姿勢で、いつまでも来ないお母さんを待っている、絶妙な感じ。佐藤和也くんというのも、いいキャスティング。いしだあゆみも、ユースケ氏の母役にぴったり。どことなくルックスも似た要素あるし。

☆第3話 パン屋に訪ねてきて恭子と話していたエリナ先生が泣いている様子を見て、恭子に「あんたが元気ないからだよ。」と聞いたので、おもむろに粉を被って真っ白になってエリナを笑わせようとするハル。
子供って、お母さんに面白いことをやってみせるとき、これから自分がやることに既にもう自分が笑ってしまっているものだ。そんな雰囲気。純粋だなあ。

☆第5話 エリナの家で、手術成功を祝う会
今まで味わったことのなかった、高度なおしゃべりの楽しみに、改めてその奇跡的な自分の立場に気づいて、感極まって泣いてしまうシーン。
想像だけでよくあのような演技ができるなあと感心する。本当にその立場に立った人間が実際どうなるのかというより、それがリアルだと感じさせる。
いろいろな思いが去来していたことだろう。頭の良い人間にしかわからない冗談に笑える現在の自分の、その前の境遇の哀れさも考えると、それもまた泣けてしまうんだろう。こんな世界を知らずにいたという事実にも、やりきれないほど泣けてしまうんだろう。

☆第7話 学会に向かう途中で偶然蓮見冬美に遭遇 
実の妹だと気づいて内心驚き、でも一緒にいるエリナの立場や、何も知らない妹の身の上、更に母の幸せなど、あらゆる方面に気遣い、これ以上無いくらいスマートに対処するハル。
その表情が、これきり会えないかもしれない実の妹への思いなど複雑な心情をあらわしつつ、とてもかっこいい。
ちょっと数日前までは、建部教授に対して、あれほど意地っぱりな態度をとっていたのに、この一皮向けた感じはいったい・・・。
どうやったらユースケ氏がここまでかっこよく見えるというのかに、びっくりしたシーン。

☆第9話 花伊市の床屋で髪を切ってもらいながら、自分が実の息子であることを名乗れないでいるシーン
妹に対してもそうだったけれど、この父親に対する態度も、なんともいえない切なさを漂わせる。まだ親の愛を感じられていた遠い昔への、ハルの届かぬ思いなんかも感じさせられる。

☆同じく第9話 花伊市の川辺でのエリナとのキスシーン
同情とか愛情とか、恋愛とか男女とか、そういうことがもう判別できないくらい、ハルに対して愛を感じてしまったエリナが、そんな弱さをさらけ出して泣きじゃくるわけだけれど、その彼女の矛盾とか苦しみさえ、包み込んで受け入れてしまうまでにハルは成長したんだなあー。よくここまで成長した。偉い。
思わず駆け寄っていって横から抱き寄せるハルは、第6話での抱きつき方とは明らかに違う。
第6話のほうは、子供がお母さんに抱きつくようなものだったけれど、ここでは間違いなく、彼女を守る彼として抱きしめているのがわかる。
キスシーンも、ハルの一瞬ためらうような、でもエリナを大事に思っていることがよくわかるようなもので、その後の台詞もまた泣かせる。
「大丈夫ですよ、僕はきっと忘れてしまうから」←なんとかエリナの悩みを軽くしてあげたいという優しさが感じられてすばらしい。ついさっきまでは、いろいろな思い出を忘れたくない、と語っていたというのに。

☆第11話(最終話) 晴彦との会話
知能が元以下になってしまったハルに向かって、「わからなくてもいいから聞いてくれ」と、エリナとの結婚の決意を語る晴彦、それを聞きながら、わかったんだかわからないんだかわからない顔で、でもすごく優しい表情で聞いているハル。
この二人の心を思うと、もうそれだけで号泣したくなるのは私だけだろうか。
エリナ先生が笑うと、僕も嬉しい、僕が笑うとエリナ先生も嬉しい、そしてエリナ先生が笑えるように幸せにして欲しいと、晴彦に望んでいる、ハルの心の綺麗さが、
かつては晴彦に対して嫉妬して苦しんでいたあのハルと同一人物なのかと思うと、よけいに悲しくもあり、それがわかるだけに、晴彦も涙うるうるしているのだろう。ハルのためにも、エリナと晴彦はどうか末永くお幸せにと願わずにはいられない。

このドラマは家宝にしたいとまで思っている。もちろんDVD6巻セットで。
DVDには特典映像としてクランクアップインタビュー付。ここでのユースケ氏の涙が実に感動を呼ぶのであった。




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「アルジャーノンに花束を」フジテレビ その3 よくぞユースケ氏をキャスティング - 2005年10月03日(月)

その3 ユースケ氏というキャストの良さ

ここで、主人公の「ハル」に、よくぞユースケ・サンタマリア氏を起用したものだと、キャストを考えた人に感謝したい。
「ハル」は、実年齢設定は30歳前後。でも頭は幼児〜大人。
子供っぽいところ・生意気なところ・大人っぽいところ・馬鹿っぽいところ・繊細で切れそうなところ、すべて内包していなければならない。
人の心の成長過程を、青いところも熟成したところも。イヤなところも優しいところも。虹のように順繰りに繰り出さなければならない。
そんな役を自然に、演じていないように演じきる役者でなければならない。
さらに言えば、ルックスも、見ようによっては理知的な、ある種のかっこよさ、でも基本的に、ほよーんとした癒し系の、かっこ悪い感じもなければならない。
気性の素直さも、虚無的なひねくれも、全部矛盾なく見せなきゃならない。
さあ、難しい。

それをユースケ氏がちゃんとクリアしている。もって生まれた素材と、それを引き出す演技で、クリアしているに違いない。
つまり俳優としてのユースケ氏には、そういう奥深い多面性があるということだ。どこらへんが素材で、どのあたりが演技力なのか、はっきりとした線引きはわからないが。

細いながらも可愛らしくスタイリッシュな目の形や、福笑いのような眉毛の動かし方も、いろいろな表情を醸し出すのに役立っている。前髪が眉にかかるかどうかでも、ファニーな雰囲気で行くのか、ちょっと男っぽく低温に抑えるのか、調節ができる。
口元とか相当面白い顔でありながら、実は角度によっては口角がきゅっと上がって見えることから、次のような効果をもたらす。
・・・あら、この人、情けない男かと思ったら、包容力もあってすてきな笑顔だし、あんがい出来た大人?ただものではないな?と思わせるのだ。
そうなると、この人の演じる役柄に、俄然興味が集中してくる。いったいどういう人間なんだろうと。
意外性を見せ付けられると弱い、私のようなファンには、これがかなり効いてしまう。
つまり、最初っから二枚目で、頭よさそうな、そんな人はつまらない。
かといって、最初から最後までどこをとってもみっともない三枚目なのもがっかりだし、
どこかで「あらっ」と思わせて欲しい、そのほうが夢がかきたてられるし将来が明るいから。

それから声だ。ざらつきのある、高すぎず低すぎない声がポイント。品も保ちながら、馬鹿っぽい台詞も似合ってくる。
泣くシーンなど、本当に悲しそうな、共感しやすい泣き声だ。抑揚のつけ方も、パターンをうまくはずすことで、かえって感情が表に出てくる。
マウスのアルジャーノンが死んだときの台詞、最初の「友達だったのに・・・。」と、「友達だったのにい・・。」のしゃべりかたを比べると、なるほど深いなーと思える。

もちろん、演出や、メイク、カメラの角度なども大変大変重要だ。その点、これはユースケ氏の味をしっかり出せるように作られたドラマだと思う。




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「アルジャーノンに花束を」フジテレビ その2 ハルの心の変化 - 2005年10月02日(日)

その2 ハルの心の変化

☆第1話〜第2話 知能は幼児並みだけれど、もともと明るくて人間が好きで、人が笑っていれば幸せ。からかわれても、いつも笑っている。母親に認められ受け入れられる日を心待ちにして、頭が良くなりたいと頑張っている。母に捨てられたことなど全く思いも及ばない。学校のエリナ先生が大好き。エリナを好きだという晴彦の存在は、同志だと感じている。エリナ先生を喜ばせたいと懸命になるが、低い知能が災いして、うまくいかないこともある。頭が良くなれば、きっと母も迎えに来てくれるし、同僚とも更に仲良くなれると信じて、実験的脳手術をうける第一号となる。

☆第3話〜第4話 頭がよくなる手術を受けたはずなのに成果が出ないことで、初めて自分の能力に対して悲しみを覚える。しかし知能が上昇してくると、今まで理解できなかったことが理解でき、難しかった料理などもできるようになって、今までにない喜びを味わう。
しかし同時に、自分によせられる感情が、好意だけではなく、パン屋の同僚に見下されていることがわかってしまう。笑われても嬉しく思えない。そして実は母親に捨てられたということも悟ってしまう。

☆第5話〜第6話前半 本当は同僚からは笑いものにされていたこと・彼らはハルの頭が良くなることを望んではいないことなどを実感してしまい、ハルの中に憎しみが生まれる。馬鹿にされたくないというプライドが強くなる。世話をしてくれていた桜井恭子にも不信感をあらわにしてしまう。母親に会いに行くが拒絶され、人間不信に拍車をかける。エリナに対する好意も、恋愛感情に変わり始め、その感情をどう扱っていいかわからず、もてあまし気味。友達だと思っていた晴彦に対して、嫉妬という感情が芽生える。まだまだ小学生レベルの成長段階かと思われる。

☆第6話〜第7話前半 パン屋を出て大学に住み、研究にいそしむ。知能は天才の域に達したのに、人間とどうつきあっていいかわからない未熟。自分を実験材料として扱う建部教授への軽蔑・怒り。と同時に、知能の低い人間を、かつての自分の姿とダブらせ、嫌悪する。エリナに恋する自分への晴彦の友情を信じることができず、晴彦の立場に届かない自分に引け目を感じる。自己嫌悪と人間不信が表裏一体となっている。そして自分の受けた脳手術に対する、ある疑いが芽生え始める。

☆第7話後半〜第8話 この手術の結末を知ってしまう。自分の知能は今後どんどん下がってしまい、もと以下にまで達するだろうとわかってからは、高い知能のある今のうちに自分のできることをきちんとしておこうとの思いもあり、エリナに自分の恋を告白する。しかもエリナの気持ちの負担にならないように・かつ本当の愛情を誠実に伝えるという、やや理屈っぽい大人の告白をやり遂げる。その上で、小さなプライドはあえて乗り越え、学術的な真実を訴えるため、学会への出席を決意。道すがら思いがけず実の妹に出会うが、彼女の幸せを壊したくないので、名乗らずに握手だけするハル。相当な大人に脱皮。しかし真実を知った妹・冬美が会いに来る。兄貴として一日だけのデートを楽しむが、高い知能の兄の姿だけ知っていて欲しいという思いで、「外国へ行く」と嘘をついて、母を許してあげて欲しいと告げ、別れる。その後建部教授らと和解し、協力して知能低下防止への道を探る。結果としては知能の低下は避けられなかったけれど、ハルにとっては人の善意を信じられる出来事となり、大きな収穫を得た。

☆第9話〜第10話  ともすると恐怖と悲しみに襲われながらも、知能がすっかり元に戻るまでの残された時間を、大切に使おうとするハル。自分の症例をきちんと論文にまとめる作業。自分の運命を、少しでも世の中に役立てて欲しいという思い。会いたかった父親にも会いに行くことができたが、既に幸せな家庭を持っている父親に、名乗ることはできなかった。エリナに対する愛情もすっかり昇華して、「生まれてきて良かった」「知能が高くなって良かった」と、周囲の人間に対する理解や感謝を深めていき、エリナの罪の意識を取り除こうとする。晴彦との友情も復活し、エリナの幸せを晴彦に強く託していく。そして今一度、母親に会って、生み育ててくれたことに「ありがとう」と伝えることができるまでになる。自分の人生を愛する心が戻り、他人の幸せを強く願うようになった。無私の愛情にたどり着いたハルは、すでに悟りの境地といえる。

☆第11話  子供→思春期→青年→老年?と心の成長を一気に駆け抜けてきて、赤ちゃんのように純な善意でいっぱいになったハルに、もはや恋の悩みもなく、ただ愛する人の笑顔が見たいだけ。パン屋の同僚もハルを暖かく見守って暮らしているし、ミキちゃんはかつてのハルを目標に前向きに生きている。晴彦とエリナはそんなハルの気持ちをありがたく頂いて、幸せな家庭を作る決心をする。そしてそんなハルの祈りが通じたのか、母はやっとハルを受け入れられる母親に成長した。ラストの幸せはハル自身が呼び込んだものだろう。まったくもって大団円である。




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「アルジャーノンに花束を」フジテレビ その1 原作とは別物  - 2005年10月01日(土)

初回放送から、もう3年も経ってしまったけれど、いつまでも忘れられない。
3周年記念ということで、感想文を書いてみる。

「アルジャーノンに花束を」フジテレビ 2002年秋 ※このドラマのせいで私はユースケ氏のファンになってしまったのだった。

その1 原作とはまた違う、テレビドラマの良さ

当時は賛否両論あったようだけれど、あまり原作にとらわれずに鑑賞するのがよいのでは。
時間も場所も人間関係も設定を変えてあるし、原作とは別な作品と思ったほうがいい。

けれど題名も原作と同じなのだから、簡単に比較してみると。
原作では、チャーリィとアリスの間に恋のライバルはない→ドラマでは、エリナは晴彦とカップルで、ハルはエリナのことを最後は晴彦に託す。
原作では、チャーリィには性に関する罪悪感が根強くある→ドラマでは、性的なコンプレックスはあまり取り上げられていない。
原作のラストでは、知能が元に戻ってゆくチャーリィの、誰にも迷惑かけたくないというような悲壮な感じの遺書的な覚悟が前面に出ている→ドラマでは、その段階を通過した後に通り越し、最終話では更に「原作の続き」が描かれて、ついに母親がハルを受け入れる。(この「続き」を蛇足だと感じる人もいると思う)

その他細かく書けば違いが諸々あるけれど。
ドラマは、原作という素材の中から、ある特定のテーマをクローズアップして、独自の物語に仕上げている。これはこれで私は好きなのだ。
この脚本では、あらゆる登場人物が、最後は結局ほとんど善人になっていく。これは好き嫌いが分かれるところだと思う。でも私はこれが好きなのだ。
ここまで周りの人間たちを優しくしたのは、つまるところ「ハル」という人間の人間性が、そうさせたのだと思う。
ハルが人を許すから、周囲もハルに感化されて幸せになっていったと考えられる。
このドラマは「アルジャーノンに花束を」の一見ありえないような設定を借りて、一人の人間の成長&周りの人間の成長を書きたかったのかもしれない。





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